上 下
5 / 9

第5話

しおりを挟む
 その話はレオナルド殿下とわたくしが婚約破棄した後、婚約者のいないキーラと白い結婚をして、アイラを側妃に迎えるという話だった。

 キーラは王となったレオナルド公認でファビアンを愛人にするという。
 そしてファビアンがラ・トゥール公爵家の親戚であることを利用して、公爵家を乗っ取ろうとしているのだ。

「あたしに王妃教育なんて出来っこないから、キーラがこの国を運営してくれたらすごく助かる。
 キーラパパだって、あのクソ公爵家より権力が強くなるはずよ。
 どうせ公爵家もファビーのものになるしね」

「まぁしょうがない子ね、アイラ。
 でもわたくしならそれが可能なのは否定しないわ」


 立ち聞きした女生徒は前述した中立派のエリントン伯爵令嬢と親しくしており、この話を彼女にしたのだ。
 これってほぼ国家に対する反逆計画だ。
 そんな話を平民とはいえ、人がいるところでするなんて馬鹿としか思えない。

 エリントン伯爵令嬢は中立派の貴族たちにこの話をしており、ターナー侯爵家に近寄らないよう注意を呼び掛けていた。
 その流れでウチにも声がかかったのだ。
 ハッキリ言うと知らないのはターナー侯爵家とその寄り子、レオナルド殿下とその側近たちだけなのだ。


 そして一番嫌なことが起こった。
 ファビアンにキーラが近づいてきたのだ。
 彼女はゲームの内容通り、元義母義妹のことを当てこすり、わたくしからもひどい目に遭っていることを慰められたという。

「どんな目に遭ってもあなたはきれいなまま。どこも汚れていないわ」
 ゲームのアイラの決め台詞をキーラが自信満々に言う。

 ファビアンにはあらかじめ彼女たちから何か言われても「ありがとう」と立ち去るように伝えてあった。
 その時に手をベタベタと触られたらしい。
 彼の手が洗い過ぎて真っ赤になっている。


 ファビアンは未遂だったとはいえ元義母たちの暴力に遭い、わたくし以外の女性から触られることをものすごく嫌う。
 しかもキーラの彼に送る視線が元義母たちと同じ性欲に満ちた目だったそうだ。

「マリー、アイツらめちゃめちゃ気味悪いんだけど切り殺していい?
 魔法でもいいよ」

「ダメよ、ファビアン。あなたが手を汚すことないわ」

「アイツら、あのことを知ってたんだ。
 ラ・トゥール公爵家だけですませて、誰も話すはずないのに」

「そうね、どうやって知ったのかしら?」

 ゲームの知識だよとはいえない。

「マリーのこともものすごく悪く言うんだ。
 取り合ってはいけないというから反論できなかったけどすごくイヤだった。
 俺のマリーはこんなにきれいで優しくて愛しいのに……」

「ファビアン……」


 前世でのわたくしの推しが誰だったかはもう思い出せない。
 いくら顔や声が素敵でも、自分のことを毛嫌いする相手を好きになれるほど心が広くないからだ。
 だから初めは仲良くなかったけど、どんどんわたくしに心を開いてくれるファビアンを心から好きになった。

「手が真っ赤ね。貸して、クリームを塗ってあげるわ」
 ファビアンは黙って椅子に座るわたくしの前に跪いて手を差し出した。


 わたくしは香りのついていないハンドクリームを手に取り、自分の体温で温めながら丁寧に彼の手に塗った。
 てのひらから甲へ、さらに指先、指の股にいたるまで丁寧に。
 そのうち指を絡めるように触れると、ファビアンも応じてきた。
 わたくしたちが触れ合えるギリギリの行為。

 いや、他人に見られたらアウトだろう。
 ファビアンの眼がわたくしを求めているから。
 その眼を直に見たらわたくしは抗えなくなってしまう。
 だから彼の手だけを見つめることにする。

 だってわたくしもファビアンを愛しているから。


「もう少しだけ我慢してね。全部終わってうまくいったらご褒美上げる」

「ほんとに? じゃあ楽しみにしてる」


 わたくしは成人である15歳になった。
 このままでは卒業と同時に王宮入りし、半年後に結婚だ。

 殿下が婚約を破棄したいなら、是非してもらいたい。
 わたくしだって全く結婚したくない。
 彼が馬鹿でなければ、王宮から婚約破棄の打診が来るだろう。
 その時にいくばくかの慰謝料をもらって、ファビアンと地方の領地に引っ込むつもりだ。

 もし乙女ゲーム通りの馬鹿ならば、わたくしにも考えがある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の幸せ

深月カナメ
恋愛
いつもは側に来ない貴方がなぜか、側にいた。

【完結】もしかして悪役令嬢とはわたくしのことでしょうか?

桃田みかん
恋愛
ナルトリア公爵の長女イザベルには五歳のフローラという可愛い妹がいる。 天使のように可愛らしいフローラはちょっぴりわがままな小悪魔でもあった。 そんなフローラが階段から落ちて怪我をしてから、少し性格が変わった。 「お姉様を悪役令嬢になんてさせません!」 イザベルにこう高らかに宣言したフローラに、戸惑うばかり。 フローラは天使なのか小悪魔なのか…

婚約者のお姉さんには、悪意しかありません。それを身内だからと信じたあなたとは、婚約破棄するしかありませんよね?

珠宮さくら
恋愛
アリスの婚約者は、いい人で悪意に満ちているお姉さんだけが厄介だと思って、ずっと我慢して来た。 たが、その彼が身内の話を信じて、婚約者の話を全く信じてはくれなかったことで、婚約破棄することになったのだが……。 ※全3話。

他には何もいらない

ウリ坊
恋愛
   乙女ゲームの世界に転生した。  悪役令嬢のナタリア。    攻略対象のロイスに、昔から淡い恋心を抱いている。  ある日前世の記憶が戻り、自分が転生して悪役令嬢だと知り、ショックを受ける。    だが、記憶が戻っても、ロイスに対する恋心を捨てきれなかった。

その悪役令嬢、問題児につき

ニコ
恋愛
 婚約破棄された悪役令嬢がストッパーが無くなり暴走するお話。 ※結構ぶっ飛んでます。もうご都合主義の塊です。難しく考えたら負け!

悪役令嬢は勝利する!

リオール
恋愛
「公爵令嬢エルシェイラ、私はそなたとの婚約破棄を今ここに宣言する!!!」 「やりましたわあぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」 婚約破棄するかしないか 悪役令嬢は勝利するのかしないのか はたして勝者は!? ……ちょっと支離滅裂です

婚約破棄した王子が見初めた男爵令嬢に王妃教育をさせる様です

Mr.後困る
恋愛
婚約破棄したハワード王子は新しく見初めたメイ男爵令嬢に 王妃教育を施す様に自らの母に頼むのだが・・・

婚約破棄裁判

Mr.後困る
恋愛
愛国心溢れる大公令嬢ヴィーナスは 自身の婚約者を誑かしたマーキュリー男爵令嬢を殺害した その裁判が今、行われる・・・

処理中です...