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第1話 記憶喪失
しおりを挟むなにここ……。
目が覚めるとわたしはものすごいゴージャスな部屋にいた。
テレビでしか見たことのない天蓋付きのベッドに、手の込んだアンティーク調の家具。
着てる寝巻も絹のネグリジェだ……。
なんだこれ、ホテルか何かに泊ったの?
でもテレビとか、フロントへの電話とかがないんだけど。
うーん、なんか頭痛い。
とにかく立ち上がって顔でも洗おうと床に足をついたら、立てなかった……。
なんで?
見たらびっくりするほど、足が痩せている。
えっ? なに? どういうこと?
するとドアがノックされて、返事もしていないのに人が入ってきた。
メイドコスプレした外国人だ。
うん? メイドコスプレって何……?
彼女はわたしを見て、驚きの声をあげた。
「お嬢様! 起きてくださったんですね‼」
へっ? お嬢様?
だってわたしは……。
わたしは?
えっ? ちょっと待て。
わたしは誰だ……。
目が覚めたら、記憶喪失になっていた。
わたしが目覚めたことで、家の中は大騒ぎになった。
まず父母兄が飛んできた。
なんと4か月も意識不明だったのだ。
さらに記憶を完全に失っている。
食べたり、すぐには無理だったけど歩いたりは出来た。
だけど字が全く読めなくなった。
当然書くこともできない。
それだけならまだいい。
大人ならば普通にできることができなくなっていた。
例えば着替えだ。
自分でパパっと着替えていたような気がするんだけど、何もかもメイドさんたちの手を借りないと着替えられない。
こんな背中にボタンや紐がある服、着ていただろうか?
お風呂もそうだ。
お湯を出すことができない。
困ってたら手伝いにきたメイドさんたちに、泣かれた。
「あれほどの魔力を誇っておられたお嬢様が……おいたわしい」
魔力?
どうやら、わたしは魔法が使えたらしい。
火・水・風・土・光・闇とほとんどの属性を持ち、しかも複合魔法(ちがう属性の魔法を掛け合わせて使うこと)もできたんだって。
だから火魔法と水魔法を組み合わせて、お湯を出すぐらい簡単だったそうなのだ。
いや、ちゃうやろ。
わたし、自分に魔法を使える気がこれっぽっちもしないんだけど。
お湯なんか蛇口をひねるだけで出てくるものでしょ。
そう言ったらまた泣かれた。
うん、あんまりいろいろ言わない方がいいのかもしれない。
もっと困ったことがある。
トイレだ。
トイレに行きたいと言ってもすぐには伝わらなかった。
わたしがもじもじして下腹部を抑えたから、なんとかわかってもらえた。
ここではお花摘みとかご不浄とか言うんだって。
とにかくトイレに行くと、口が広めの壺しかなかった。
嘘! ここにするの?
でも漏らすよりいい。
水を流そうとしたら、レバーも何もない。
魔法か! 無理だ。
それで恥を忍んで、メイドさんに助けを求めた。
「流す水が出せないんだけど」
「流す水とは? 手を洗う水ですか?」
「えっ? したものを流す水だよ」
「したものを流す?
ご不浄は転移魔法で自動的に下水に飛ばされ、スライムたちが浄化してくれますけど……」
スライム? 何それ?
「ああ、お嬢様は本当に何もかもお忘れになってしまわれた……」
また、泣かれた。
でも手を洗う水は出してもらった。
大分落ち着いてきて、自分のことを教えてもらった。
わたしはシンシア・レイア=カルボック、14歳。
公爵令嬢なんだって。
プラチナブロンドにアクアマリンみたいな水色の瞳の儚げな美少女だ。
父は宰相、母は社交界の華、兄は財務次官だそうだ。
この国の第二王子シャルル様と婚約しており、王子妃教育を王妃様直々に受けていたらしい。
だがそんなものは頭の片隅にもなかった。
でもおかしいな。
父母兄は飛んで来たのに、婚約者は見舞いどころか花すら寄こさないんだけど?
すると教えてくれたメイドさんはまた泣いた。
私は王家に嫁ぐから、専任侍女をつけてなかったらしい。
王宮に連れて行けるとは限らず、私家を出ていったらその人の仕事があぶれるからだ。
「不敬とは存じておりますが、殿下は大変ひどいお方なのです」
なんとシャルル王子はわたしという婚約者がありながら、女遊びがお盛んらしいのだ。
しかも今はマインとかいう男爵令嬢にご執心で、本来私といくはずの夜会や茶会を全てその令嬢と行くのだそうだ。
わたしも招待されているので行かない訳にもいかず、いつも恥をかかされていたようだ。
何の記憶もないから、夜会や茶会がよくわからない。
メイドさんの様子でひどい話なんだろうとは察するけれど、どうでもよかった。
しかも学校の宿題やシャルル王子の仕事もさせられていたらしい。
わたしが意識を失ってからも、頼んだ宿題がどうなったか聞いてきただけだった。
それを父が聞いて、王宮でやってない宿題を返して「ご自分でなさいませ」と言ってくれたらしい。
どちらにせよ4か月も待ってくれる宿題なんてないだろうから、自分でやったか、家来にさせたんだろう。
これは記憶がなくてもわかる。
そいつ、ダメ王子だわ。
わたしに貴族のことなんかわからないけど、たぶん婚約してるのに他の女と遊び惚けてる上に、宿題や仕事も押し付けてるなんて明らかにおかしい。
どうやら前のわたしはとても優秀だったらしく、それらをやりこなしても余りある実力だったらしい。
つまりダメ王子の体裁を取り繕うために、わたしと婚約させたってとこだな。
だけどもうわたしにそんな仕事はできない。
だって自分の名前すら書けないんだもの。
いや、書けるようにはなったよ。名前は。
ただ羽ペンって、ものすごく書きづらいんだよね。
もっと書きやすいペンがあったと思うんだけど。
だからみみずが這いまわったような字しか書けなかった。
それを見てまたメイドさんたちが泣いた。
わたしは母の次の社交界の華になると言われていて、すべてにおいて完璧令嬢だったらしい。
美しい手紙を出すことも女性の仕事で、その中でもわたしの筆跡はこの国の3本の指に入るほど上手だったそうだ。
どうやらわたしは記憶を失っただけでなく、貴族として、令嬢としての価値も全てうしなったらしい。
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記憶がないのに関西弁のツッコミを入れてしまう……。
お笑いが好きだったんでしょうね。
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