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第4話 愛を手に
しおりを挟む私エミリオ=ハモンドがフィリシアを最初に見かけたのは、彼女が13歳のデビュタントの時だった。
本物の妖精かと思うほどの美しさだった。
私は3つ上だったが、その可憐で美しい姿に一目で恋に落ちた。
一緒に踊りたかったが、公爵家の人間である私の行動は目立ってしまうので、その時は諦めた。
彼女のことを調べると、レイノルズ伯爵の長女で後継ぎに弟がいるという。
つまり嫁入りできるのだ。
かなり厳しいが優秀と評判の家庭教師から、自慢の生徒だと言われている。
馬鹿な女性では公爵家の妻は務まらない。
これは運命の女性だと心から感じた。
結婚を申し込もうと思った矢先に、彼女の父が愚かなことに詐欺師に騙され、大変な貧乏になってしまった。
それで一度はあきらめかけた。
我が公爵家は王家の血筋を引き、国政を担っている。
だから妻の実家に何の力もないことなど許されない。
だがこのままでは金にあかせたヒヒ爺や成金男にフィリシアを取られてしまう。
何とかしなくてはならない。
だからと言って、愛人にするわけにはいかない。
彼女の命を別の危険に晒してしまう。
必ず正妻にしなくてはならないのだ。
それで一計を案じた。
私の幼馴染に平民だが莫大な富を持つ商家の娘ベロニカがいる。
彼女は仕事が大好きで、私と知的な会話のできるとても付き合いやすい女性だ。
美人だが暑苦しい感じなので私の好みの範疇ではなかったし、彼女もまた貴族と言う枠に囚われるのを好んでいなかった。
そんな彼女が恋をした。
外国人の男で、かなり仕事のできる商人だ。
だが彼女は商家のあととり娘。
それだけでなく富の流出を防ぐために、国の方も外国人との結婚に対していい顔をしなかった。
それで私の愛人のフリをすれば、金になる上に自然な形で外国へ行けるように手配してやると伝えた。
父親の商会の方は自分で何とかするように言ったが、それならできるとベロニカは私の申し出を承諾した。
もちろん彼女に指1本、触れなかった。
それから私は彼女との貴賤結婚を父と母にほのめかした。
王家の血を引く公爵家に平民の血を入れるなどもってのほかだ。
当然反対されたので、次はベロニカとの愛人関係を認める貧乏な女とだけ結婚すると伝えた。
上流階級の女は政略結婚に慣れているので、建前上愛人を認める女は多い。
だが嫉妬のあまり、愛人を消すために後ろ暗い組織に頼る女も少なくない。
我が公爵家は血筋、財力、政治力、どれをとっても王家に次ぐ最上位の家柄だ。
表面的には王家に重用されているが、煙たく思われていることも事実。
彼らにいつでも取って代われるだけの力があるからだ。
そんな家に愛人を消すため暗殺や毒の入手をするような妻が来たら、格好のえじきにされてしまう。
そのことを知っている父母は相当悩んだようだった。
それならば富で操れるフィリシアに目をつける可能性が高い。
それを見越してベロニカに指示して、フィリシアと父親のレイノルズ伯爵へ契約結婚の話を持ち掛けさせた。
本来ならレイノルズ伯にはもっとベロニカの言うことを疑って欲しかったが、さすが詐欺師に引っかかる男、あの与太話を信じ条件を飲んだ。
良く取るならば、娘の幸せを考えたのだろう。
あんなヒヒ爺や成金のところに行けば、捨てられて離婚ならまだしも、あの美貌に目をつけて娼館へ売り飛ばすぐらい平気でやりそうなやつらだったのだ。
悪ければ殺されてしまう。
結婚式まで会えないのもつらかったが、私が贈ったウェディングドレスを着たフィリシアは天使のごとく美しかった。
誓いの口づけの時は、子ウサギのように震えていた。
きっと初めてだったのだろう。
愛おしくて食べてしまいたかった。
だが式を終えた後、父上が近寄ってきてニヤリとした。
「これがお前の目的だったんだな、エミリオ。
お前がベロニカと一緒に暮らしていない事実を私は掴んでいる」
「ええそうです。でも父上は騙されてくださったんでしょう?」
「家柄は悪くないしな。
それにフィリシア嬢を愛人にしたら、確実にお前の妻に暗殺されるだろう」
「その通りです」
「だが母上には知られるなよ。
少なくとも彼女がフィリシア嬢を気に入るまではな。
1年ぐらい、夜はお預けだ」
それは辛い。
でも父の指摘は当たっている。
女性は自分が騙されたと知ったとき誰を恨むかと言えば、騙した男だけでなく原因になった女も恨むものなのだ。
公爵夫人である姑の母にフィリシアが憎まれたら、それは別の意味で死刑宣告を受けたことになる。
だが念のため、乳母のハンナをフィリシアの筆頭侍女に据えた。
彼女には私の気持ちはすべて話してある。
必ずフィリシアの手助けをしてくれるはずだ。
父はもう味方だし、私が冷たく当たることで人間的には悪いところの少ない母もフィリシアを受け入れるだろう。
だからわざわざ「君を愛することはない」と言った。
これが契約結婚だと知っているはずなのに、私の言葉に驚いてフィリシアは涙を流していた。
純粋な彼女を傷つけたと、胸が痛くなった。
ああ、私は本当に彼女を愛しているのだ。
辛い……、苦しい……。
でもハンナが頷いているので、彼女に任せよう。
伯爵家とベロニカに支払う金が必要になった。
公爵家や私の個人資産から払ってもいいが、ムカついていたのでフィリシアに手を出そうとしていたやつらから搾り取ることにした。
悪い噂があっただけあって、叩けば埃がたんまり出た。
私の結婚の最大の障害になった詐欺師も捕まえた。
コイツだけは殺しても殺したりないほど憎い。
くだらない茶番を演じさせられ、結婚したのにフィリシアに触れることができないのだ。
まだ一部の伯爵家の財産証書の引き渡しが完了してなかったので、そのままレイノルズ伯爵に返却することにした。
その時伯爵にも私の本意を知らせた。
買った相手のことなどどうでもいい。
犯罪者から購入した共犯者なのだから。
これで詐欺師の件は終わった。
まだ怒りが収まらなかったが、もう誰もだますことができないようにしたのだ。
一度危ないことがあった。
フィリシアが王宮で一人になって、不埒な男に休憩室へ連れ込まれそうになったのだ。
あの可憐で美しい妖精のような容姿に心惹かれる男など、掃いて捨てるほどいる。
付き添いで来たハンナがすぐに私に伝えてくれた。
それで彼女を救い出すことができたのだ。
子羊のように怯えて、愛おしかった。
私が連れて帰りたかったが、父との約束もある。
我慢して馬車に送るだけにした。
襲った男は、辺境の危険地帯の砦に配置転換しておいた。
父母が親切にすることで素直なフィリシアは、自分にできることは何でもするととても家に尽くしてくれている。
勉強も仕事も手を抜かず、使用人にも領民にも愛される女性になった。
1年が過ぎたころには、そんな彼女を家族は真の意味で認めたのだ。
そこで酒を飲んで酔っ払ったふりをして、フィリシアと夫婦になった。
そこまですると母にもバレてしまった。
私は子どもの頃から、酒や毒に対して耐性をつけるよう訓練されている。
つまり酔っぱらうことなどないのだ。
「フィリシアは愛らしくて素直ないい子だわ。
だから毒蛇のような嫁と実権を争うよりはましだから今回だけは許すわ。
いいことエミリオ。
今回だけですからね!」
母の最後通告を受けたが、もちろん大丈夫だ。
私は本当に欲しいものをしっかり手にしているのだ。
それで安心して、フィリシアとの結婚生活に入った。
夜の彼女もまた美しかった。
私はもう彼女の虜だ。
何年たっても、飽きるとは思えない。
彼女は美しさだけでなく、優しさや誠実さも兼ね備えているのだ。
賢い女性だからこの結婚のからくりを薄々気がついているようだが、子をなしたことで地位を確立し、心からの笑みを見せてくれるようになった。
私はとても幸せだ。
一度はあきらめかけた全てを、愛までも手に入れたのだから。
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