3 / 5
第3話 目をつぶる
しおりを挟むそんな時に思ってもみない事故が起こりました。
エミリオ様はいつもベロニカ様のいる別宅に帰宅されていました。
ですがその日は蒸し暑かったせいかいつもよりお酒を召し上がったそうで、送ってくださった方がこちらに馬車を走らせたのです。
この状態でベロニカ様のところに送る訳にも行かないので、夫は一番良い部屋である夫婦の寝室に寝かされることになりました。
わたくしはとうにベッドに入っていたので、ご挨拶だけして邪魔にならないよう客室に行こうとしたのです。
するとエミリオ様はわたくしの手首を掴んで引き寄せました。
「愛しい人よ。もう我慢できない」
そのままエミリオ様に深く口づけされて、わたくしはあの方と契ってしまったのです。
お義母さまがいらっしゃらない時に、1度だけ下世話な話をするお茶会に出たことがございました。
それで聞くには、殿方にはベッドの作法が上手な方と下手な方がいるらしいのです。
下手な方は乱暴、痛い、早すぎる、独りよがりだそうです。
でもエミリオ様は、とてもお上手なのだと思います。
初めては痛いと聞いていたのに全然そんなことはなく、まるで夢のようでした。
これで愛されていないなんて信じられないほど優しい愛撫なのに、驚くほど気持ちがいいのです。
あられもなく声をあげてしまったのに、
「大丈夫、我慢しないでもっと上げてもいいよ」と言ってくださったんです。
気が付くとわたくしは眠ってしまったようでした。
エミリオ様が身支度をされて出ていく音で目が覚めると、わたくしの体はきれいに拭かれ、夜着が簡単に着せられていました。
メイドがしたものではありません。
エミリオ様です。
下手な作法は、やったらやりっぱなしだそうですが、あの方はそこまで気を遣ってくださったのです。
ああ、愛されているのがわたくしだったらよかったのに……。
翌朝、ハンナが来て言いました。
「奥様、おめでとうございます。
これで名実ともに坊ちゃまの奥様ですよ」
わたくしは本当にエミリオ様と契ってしまったのだ。
白い結婚を成立させるのは無理だったのです。
ひとりになりたいと伝えるとハンナたちは下がってくれました。
鏡の中には昨日のわたくしとは違う、1人の女がいました。
夫の愛撫を知ってしまった女です。
でもあの方が愛するのはベロニカ様。
あの妖艶で蠱惑的な女性と、まだ16歳の小娘にすぎないわたくしとでは違い過ぎます。
昨日のエミリオ様はお酒のために、わたくしのことをベロニカ様と間違われたのでしょう。
でなければあれほどの優しさを「愛することはない」わたくしに与えてくださるはずがありません。
夜着を直してくださったのは、事後のマナーなのでしょう。
勘違いしてはいけません。
わたくしは1人、涙しました。
愛してはいけない方を愛してしまったのですから。
わたくしは母が風邪をひいたらしいと嘘をついて、実家に帰ることにしました。
お父様ならベロニカ様のことをご存じのはずです。
実家に帰ると、お父様もお母様も弟もとても元気そうでした。
ハモンド公爵家が送ってくれた支援はお金だけでなく、人材も貸してくださったのです。
おかげで元の領地の半分を取り返すことができ、前よりも活気づいているようでした。
「お姉さま、おかえりなさい。
今日はエミリオ義兄さまはいないの?」
「まぁ、エミリオ様はお忙しいのよ。ガスパル」
「でも時々来てくれるよ。
僕、木剣をもらったんだ。
次は教えてくれるって約束したよ」
エミリオ様がレイノルズ領に?
「どうしたんだい? フィリシア。急に戻ってきたりして」
「お父様、その……ベロニカ様のことでお話が……」
お父様は真顔になってわたくしの肩を抱き寄せました。
「おいで、執務室に行こう。あそこならばゆっくり話ができるからね」
わたくしはありのままを話しました。
恥ずかしかったのですが、エミリオ様と夫婦になったことも伝えました。
「お父様、どうすればよいのでしょうか?
白い結婚は無理だったのです」
お父様は考え込んでおられましたが、
「フィリシア、お前はハモンド公爵家に気に入られているし、社交界の評判もとてもよい。
もうそのまま妻でいればよいのではないか?」
「でもベロニカ様との契約が……」
「白い結婚も条件だったはずだ。
手練手管のないお前にエミリオ殿を誘惑できるわけがない。
つまりエミリオ殿の失態だ。
あちらから離縁を言い渡された訳でもないし、今のまま過ごしているといい」
お父様は気楽すぎます。
「ベロニカ様はどうなさっているのでしょうか?」
「私もあまり連絡を取っていないのだよ。
最初の支援はあったのだが、公爵家からの人が入ったことで目立った動きはできないと来なくなったんだ。
お金に不足はなかったし、特に後追いはしなかった」
「ではお子ができたかどうか、ご存じないのですね」
「できてないと思うね。
連絡は取っていないが、彼女主導で大きな取引をまとめていたと噂があった。
未婚の子どもがいれば、その時話題になっただろう」
公爵家に帰る時間になり、お父様が馬車まで送ってくれた。
「なぁに、まだ期限まで月日があるのだ。
そのうち話があるなら向こうからされるだろう。
エミリオ殿を信じて差し上げなさい」
わたくしはお父様ほど楽観的には考えられませんでしたが、とりあえずは今のまま過ごすことにしました。
すると不思議なことに、ずっと別宅にいたエミリオ様が時々こちらにお帰りになるようになったのです。
ドレスや宝石、お菓子などのたくさんの贈り物もくれるようになりました。
しかもお酒を召し上がっていないのに、わたくしと優しい夜を過ごすようになりました。
初めは日を空けてだったのに最近では毎日お戻りになり、わたくしとふれあうのです。
「愛することはない」とおっしゃっていたのに、美しいお顔に優しい微笑みを浮かべて「愛している」とまでおっしゃるのです。
そしてベロニカ様ではなく、わたくしが懐妊してしまいました。
さすがに子を成してから、離婚することはできません。
それでとうとうエミリオ様にベロニカ様のことを聞くことにいたしました。
「ベロニカ? ああ、彼女は商談をまとめるために外国の男と結婚したよ」
「でも愛していらしたんですよね?」
「すまない、愛しているというほどではなかったのだ。
その……君と結婚した時、あまりに華奢なので触れるのが怖かったんだ。
その後の1年でよく学んでくれたから、妻にできると思ったんだよ」
でもそれではつじつまが合いません。
ベロニカ様にご執心だったから、貧乏なわたくしと結婚したはずでは?
「さぁさぁ、そんな難しい顔をしているとお腹の子に障るよ。
私は本当に君のことを愛しているんだよ。
これからは君以外見ることはない。
だから許しておくれ」
そう言われると許さない訳にはまいりません。
エミリオ様は不実でしたが、わたくしを危険な結婚から救い、実家の没落を防いでくれました。
ガスパルの様子からも、知らぬ間に実家にかなりよくしてくださったようです。
彼の態度がよくなかったからこそ、わたくしがハモンド公爵家に好意的に迎え入れられ、多くを学ぶことができました。
望んではいけないと思っていた全てを、愛までも手にすることができました。
しかも無理だと思っていたエミリオ様の赤ちゃんまで授かりました。
だから少しのつじつまが合わないぐらい、この子のためにもそっと目をつぶることにしたのです。
--------------------------------------------------------------------------------
下世話な話とは、「ねえねえ、エミリオ様って夜どうなの? ウチはね~」って感じで聞かされたと思ってください。
上流階級でも親しくなったらこういう話をするヒトはいると思います。
これもある意味必要な情報共有なんです。
安全な浮気相手の選択につながります。
つまり相手は侮って、エミリオの情報を得ようとしているんです。
フィリシアは賢いので、こういう話は適当にあしらっています。
99
お気に入りに追加
365
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

悪役令嬢を彼の側から見た話
下菊みこと
恋愛
本来悪役令嬢である彼女を溺愛しまくる彼のお話。
普段穏やかだが敵に回すと面倒くさいエリート男子による、溺愛甘々な御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】私の好きな人には、忘れられない人がいる。
Rohdea
恋愛
───あなたには忘れられない人がいる。だから私はー……
厳しい入学試験を突破したエリートだけが入学出来る王立学校に通っている、元・男爵令嬢で平民のマリエール。
この学校を首席で卒業すると、陛下から一つだけ何でも願い事を叶えてもらえるという夢のようなご褒美がある。
そんな褒美の為に、首席卒業を目指すマリエールの最大のライバルは公爵令息のルカス。
彼とは常に首位争いをする関係だった。
そんなルカスに密かに恋心を抱くマリエール。
だけどこの恋は絶対に叶わない事を知っている。
────ルカスには、忘れられない人がいるから。
だから、マリエールは今日も、首席卒業目指して勉強に励む。
たった一つの願いを叶えてもらう為に───

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる