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第4話 前を向いて、誇りを失わず

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 事件後、すぐに入った貴族学校は本当に辛かった。

 貴族たちの好奇と侮蔑の眼差しは、わたくしにとって針のむしろだった。
 友人も全然できなかった。


 同学年にカミラ様の弟ぎみであるマクセル=ブリューゲル卿がいらして、わたくしは名も知らぬ貴族たちに彼の前まで引きずり出された。
 そしてひざまずいて謝れと言われた。

 初めてお目にかかったマクセル卿の、値踏みをするようなきらめく青い瞳がわたくしの心臓を貫く。
 なんと美しく、恐ろしい方なのだろう。
 この方の姉をジュリアごときで振るなんて、王太子は愚かすぎる。


 わたくしは跪かなかった。
 貴族が膝を地につけるのは、罪人の時だけだ。
 兄は確かに過ちを犯した。
 だがわたくしは伯爵家の代表として、示談のすんだこの事件で必要以上にへりくだってはならない。
 わたくしが踏みにじられることは、父と母が踏みにじられることになるのだ。

 それでも貴族としてはめったにしない頭を下げて誠心誠意謝ると、マクセル卿は受け入れてくれた。


「この件にあなたが全く関与していないことは知っている。
 ほぼ領地におられ、王都に来たばかりの疲れで体調を崩されていたと聞いた。
 伯爵家の謝罪も当方は受け入れたので、これ以上の謝罪は必要ない。

 皆もこれ以上、ヘンリエッタ=ミューゼル嬢を非難してはならない。
 まだ続けるならば、この私と敵対すると思うがいい!」

 わたくしを貶めて彼に取り入ろうとしていた貴族たちは、その言葉に震え上がった。
 おかげで誇りを失わずに行動していたら少しずつだが友人もでき、穏やかに過ごすことが出来た。

 マクセル卿の広いお心には感謝しかない。


 事件から2年ほどして、わたくしはマクセル卿から姉カミラ様のお茶会に誘われた。
 
 許されたとはいえ謝罪も兼ねて出席すると、カミラ様はマクセル卿に似たとてもお美しいお方だった。
 そして彼女だけでなく、隣国の天才魔法士エセルバート王子もいた。

 驚きのあまり、カーテシーのまま頭があげられなかった。


「面を上げなさい。
 そんなにかしこまらなくていいよ。
 ねぇ、カミラ?」

「ええ、そうですわ。
 エセルバート様とわたくしは、この度婚約いたしましたの。
 これも全てあなたが下さったお手紙のおかげです」


 そう、わたくしは乙女ゲームの記憶を取り戻した時に、おばあさまとカミラ様に手紙を送った。
 おばあさまにはピエールとジュリアの不貞を明らかにするように説得を、カミラ様にはジュリアの目的がエセルバートだということをお伝えしたのだ。

 この方を傷つけた人間の妹からの手紙を、よく読んでくださったと思う。


「あなたのおかげでジュリアの企みの意味がわかって、未然に防げました。
 そのことでエセルバート様とお話しする機会を得ましたの」

「そうそう、僕の前にカミラが来てびっくりしたよ。

〈だってジュリアが来ると思っていたから。
 この乙ゲーのヒロインは好みじゃなかったし、カミラの方がかわいいから嬉しかったよ〉」

 彼は後半の部分だけ、日本語で話した。
 私はマジマジと殿下を見つめてしまった。


 そして、この国の言葉で返した。
「あの、エセルバート殿下?」

「〈わかんない?
 ぼくも転生者ってこと。
 君もでしょ?
 でないとジュリアの逆ハーの目的が、僕だとはわからないはずだ。

 前世の僕は無料ゲームをマサ*ムネって名前で配信してたんだよ。
 それでこの乙ゲーもプレイしてたけど、まさか自分が攻略対象でしかも隠しキャラに転生するなんてね。
 天才魔法士設定のおかげで、結構楽しめたけど〉」

 まさかこの人が腹違いの弟だったとは!
 転生者かもとは思っていたが、そこまでは気が付かなかった。
 とりあえず元気で幸せそうだからよかったよ。


「そんなこと、口にしてよろしいんですか?」

「〈よく見て。
 カミラもマクセルも、日本語やこの手の話は理解できないんだ。
 つまりわかる人物だけが転生者ってこと〉」

「そうだったんですね」


 カミラ様が業を煮やして、わたくしたちの会話に割ってこられた。

「エセルバートさま、いったい何をお話になってらっしゃるの?」

「遠い異国の、遠い昔の言葉さ。
 ミューゼル嬢にはあんまりわからなかったみたい」

 うん、弟よ。
 空気読んで偉いぞ。

「はい、おっしゃる通りです」


「ミューゼル嬢はいち早く僕の魔法銃を購入してくれたので、異国の言葉でお礼を言ったんだ」

「まぁ、そうですの?」
 カミラ様がわたくしの顔を覗き込んだ。

「はい、私は当時まだ13歳で戦うすべを知りませんでした。
 ですがあの銃ならば、不埒な元婚約者を追い払えると思いましたの。
 予想通り脅しにやってきたので、とても役に立ちましたわ」

「関係者以外で買ってくれたのが、彼女が初めてだったのでちょっと試してみただけさ」


 カミラ様は確かとても嫉妬深いキャラクターで、ゲームではジュリアにいじめを行っていた。
 王太子とは転生者のジュリアのせいで早い段階から不仲だったけど、エセルバートは今愛している。
 だからわたくしとだけ話せる言葉があるなんて、知られてはいけない。

 弟はゲームルールやキャラを熟知していた。
 名前や設定を間違えて配信したら、すぐ炎上するからだ。

 それにクズな父親母親のせいで、浮気は自分にも相手にも許さない。
 貞淑なカミラ様はピッタリの相手だ。
 わたくしたちがどうして死んだのか、お母さんがどうなったか聞いてみたかったが今は命の方が惜しい。
 
 遠くから弟の幸せを祈ろう。
 そしていつか機会があれば、お母さんのことを聞くんだ。


 そうしてカミラ様は隣国へ嫁いで行かれた。
 王太子はおかげでたいそう肩身の狭い思いをしているらしい。
 隣国に取られたカミラ様以上の妃が、見つからなかったからだ。

 数年たってから、かなり離れた国から来た幼い姫と結婚していた。
 わがままで癇癪かんしゃく持ちだそうだ。
 この国の行く末がちょっと心配だ。
 優秀と言われていた彼の側近候補は、皆ジュリアのおかげで閑職に回されたからだ。


 そしてわたくしは成績優秀者だけが入る生徒会で何かと話す機会があったせいか、マクセル卿からプロポーズを受けた。
 彼は次男で婿入り先を探しておられたのだ。
 公爵家のバックもあるとても優秀な方なので、伯爵家ではなく侯爵家でも狙えたはずなのに。

 そのご令嬢はわたくしと何かと張り合ってくる方だった。
 成績では敵わないからか、高価なドレスや持ち物を見せびらかすのだ。
 マクセル様にアプローチしていたことも知っている。
 嫌なことがあると使用人や取り巻きを苛めるという噂もあったが、噂程度なら目をつぶる人も多い。

 それに爵位が高いとなにかと優遇されるのだ。
 兄とピエールの扱いの違いでも分かる。

 だが喜んでお受けした。
 ケチのついた伯爵家に、こんな優秀で素晴らしい方が来てくれるなんて幸運過ぎる。


 そしてこの婚約を機に、わたくしはやっと社交界デビューを果たした。
 もちろんマクセル様がパートナーだ。
 ドレスは彼のプレゼントで、美しい青い瞳に合わせたものだ。

「どうしてわたくしを選んでくださったのですか?」

「それはね、あの事件の後の君が凛として美しかったからだ。
 皆は君の態度を図々しいと言ったけれど、私にはそう思えなかった。
 そして他の令嬢たちは憎々し気な顔をして、醜い本性を表していた。
 彼女たちの方がよほど図々しかったよ。
 それから前を向いて努力する君を見続けて、好ましいと感じたんだ」

「あれは虚勢を張っていたのです……」

「それでもだ。
 名誉を失墜した伯爵家でも、君は誇りを失わなかった。
 今後何があろうとも、君は諦めずに最善を尽くすだろう。
 私はそれで、君とならばやっていけると思ったんだよ。
 だから父と母を説得した。
 今後は我々2人でミューゼル伯爵家を盛り立てて行こう」


 今回の結婚で、ブリューゲル公爵家に慰謝料の代わりに物納した領地を祝いの品として頂戴していた。
 それ以上の金銀財宝もだ。

 この結婚には、カミラ様のお口添えもあったみたいだ。
 あの方はわたくしの手紙のことを、本当に感謝していた。
 エセルバートとの仲も良好だから、マクセル様を通じてならいつかお母さんのことを聞けるかもしれない。


 だがそれ以上に、マクセル様のお言葉は嬉しすぎる。

「ありがとう存じます。
 マクセル様、わたくしはあなたをお慕いしております。
 たぶん、初めてお目にかかったときから」

「私も君を愛しているよ
 あのような恐ろしい目には、もう絶対に遭わせない」


 こうして乙女ゲームとジュリアに引っ掻き回されたが、わたくしは愛するお方と幸せな結婚生活を送っている。

 辺境に飛ばされていた兄からもお祝いの手紙が来た。
 あちらは確かに危険だけれど、実力主義で性に合っているみたい。
 武功を上げて、百人隊長になったそうだ。

 ジュリアのことはすっかり忘れて、街のかわいい女の子と結婚するらしい。
 騎士なれなくても、心から愛して剣を捧げる相手が見つかったのだ。
 

 あるべきものがあるべきところに収まっただけ。
 そうしてみんな自分でつかみ取った未来を歩んでいくのだ。



 おしまい

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「〈 〉」が日本語部分です。


体調があまりよくないので、毎週上げていた短編のアップはしばらく取りやめることにいたしました。
再開は未定です。

カクヨムでの『錬金術科の勉強で忙しいので邪魔しないでください』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890677055
の連載は続けます。

どうぞよろしくお願いいたします。
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