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25. 最終局面

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 部室の中に軽い音が響き渡った。

 どこかで聴いた覚えのある音。
 それを三葉は津への答えとした。

「なっ……なにを……!?」

 何をしているのか理解できないという津の狼狽。

 シオンも三葉が何をしているのかわからなかった。
 この状況でそれをする理由がわからなかった。

「……ふっ……何って……。写真撮影だよ、サトシン?」

 音の正体は、三葉のスマホのシャッター音だ。

 三葉は自身と津の姿を写すように自撮りをしていた。

「サトシンが無理やり証拠消させるからさー……新しく作っちゃった♪」
「なっ!?」
「ふふっ、これはもう言い訳できないよねー。女生徒にこんな密着して羽交い絞めとかさー……誰かに見られたら終わりだよ」
「渡しなさ――」
「渡すわけないじゃん」

 三葉が腕をブンと振ると、その手からスマホが空へと投げ出された。

「っ!?」

 スマホの向かう先には誰もいない。
 ただ一直線に、開け放たれた窓の向こうへと――

「くっ!」

 津が腕を伸ばしても届かない。
 咄嗟に駆けても及びもしない。

 落下音すらも聞こえない距離へ、津の暴行を収めたスマホは飛んで行った。

「これでもう逃げられないよ。ここで何したって、あのスマホにはバッチリ証拠が写ってる。落下の衝撃でスマホが壊れるなんて期待はしないでね。写真部部長でありスマホ派筆頭の私が、そんなヤワな物使ってるわけないから」
「……言ったはずですよ。あなたの盗撮映像を拡散することもできると」
「上等……変態の言いなりになるよりはマシ」

 三葉が強がっていることは、シオンでもわかった。

「……あなたのスマホに電話をかけ続け、画面を着信状態に変えてしまえばすぐにあの写真を見られることはありません。写真を見られる前に私が回収することも可能です」
「だったら、早く取りにいかないと。ほら、私たちのことは放っといていいよ。これからカラスくんを保健室に連れて行って、バンちゃんに色々報告しないとだし。私たちも忙しいんだよ」
「ええ、もちろんすぐに行きますよ。きついお灸をすえたらね」

 一度は窓に駆け寄った津が、再び三葉へと歩み寄る。

 確かな怒りを露わにした津を前にして三葉も後退るが、その後退は棚に阻まれてしまった。

「本当はその肢体を傷つけることはしたくなかったんですけれどね……。でも仕方ない。痛みに勝る教育はありませんから。安心していいですよ……死にたくなるほど痛いでしょうけど、顔だけは傷つけませんから」

 シオンが叫んでも、駆け出しても間に合わない。

 津の左手が三葉の首を掴み、右手は握り拳を構え。

 三葉はその目をぎゅっと瞑って。

 純夏が起き上がった。

「ミツ先輩!」
「えっ、きゃぁっ!」

 純夏は三葉を抱きながら倒れ込み、その小さな体の上へ覆い被さった。

「っ! この期に及んで! お前はっ、まだ私からミヨを奪うのかっ! お前は!!」

 津が純夏の横腹を蹴りあげ、背中を踏みつけ。

 それでも、純夏は決して三葉の上から退かなかった。

「カラスくんっ! カラスくんっ!!」
「だいっじょぶ……ぐっ、だいじょぶっス……!」
「こっんのっ……!」

 ついに津は純夏の根性に業を煮やし。
 両手で傍らにあったパイプ椅子を持ち上げた。

『サナ!!』
『使ってもいいのか?』
『さすがにこれ以上はマズいよ!』

 あんなものを無防備な背中に振り下ろされたら、良くて後遺症だ。
 淫魔の力がどうとか言っている場合ではない。

『早くっ、急いで!』
『まあそう慌てるなよ。わざわざアタシが出しゃばらなくても、非力なシオンが無茶やらなくても。写真部のケリは写真部がつけるってよ?』
『え?』

 パイプ椅子が振り下ろされるその間際。
 重い打撃音が部室の中に鳴り響いた。

「あ゙っ、がはっ!?」

 苦痛の声を漏らし跪いたのは津だ。

 倒れ込むその体の陰には、重厚なフィルムカメラを両手で支える嶺二の姿があった。

「はっ……はっ……!」

 嶺二の息遣いは荒く、酷く興奮した様子で。
 手に持ったフィルムカメラには赤黒い液体が付着していた。

「お、お前っ!!」
「っ、ああぁぁぁっ!!」

 振り返った津に向かって、もう一発。

「っ――!!」

 そして、津は倒れ伏した。



「はぁっ……はぁっ……!」
「…………お、終わった?」

 シオンの疑問に答える人間はいない。

 純夏は苦しそうに呻き。
 三葉は必死に純夏の名を呼び続け。
 嶺二は倒れ伏した津に追撃を入れ始めた。

「は?」
「あぁっ! ああぁっ!! うわああぁぁっ!」
「ちょ、倉持先輩! もういいですから! それ以上は死んじゃいますからっ!!」

 人を殴ったことによる興奮と、反撃を恐れるあまりの恐怖から暴走した嶺二はシオンだけでは止められず。
 結局三葉とのふたりがかりでようやく止まってくれて。
 幸いにも津は死んではいなかった。
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