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16. 証言:佐藤 津
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「相田さんが朝に見たスーツと、いま先生が着ているスーツは別なんでしたよね?」
“ あれ?
サトシン、スーツ着替えた? “
「……はい。先ほども言いましたが、黒板消しを落として汚してしまったので予備に着替えました」
「それでは、その着替える前のスーツを見せていただいてもいいですか?」
「……」
津は答えなかった。
固く口を閉ざしたまま、真っ直ぐにシオンを睨みつけている。
シオンも何も言わず、無言で津に視線を返す。
「…………」
シオンと津の我慢比べに、先に音を上げたのは三葉だった。
「し、思音くん? どうしてサトシンのスーツが見たいの?」
「相田さんは、部室でジュースが零れていたのを憶えていますか?」
「うん。カラスくんが零したやつでしょ?」
「零してないっスよ!」
「キャップを締めなかったのは烏丸だろ」
「烏丸くんはキャップをちゃんと締めないままに、ジュースを机の上に置き去りにしました。もしも誰かがそのジュースを不意に零してしまったら、きっとその誰かにジュースがかかったと思うんです。簡単には落とせないジュースの染み模様が、誰かの服にできているはずなんです」
“ 嘘でしょっ!?
これ、あまりにも色が濃すぎてどんな素材でも必ず緑に染め上げるって評判のジュースなのよ!? “
「まあ、あの緑色っぷりだからね。カラスくんが床を拭いても全然綺麗にならなかったくらいだし……って、それってもしかして……!?」
「最初は、何かしらの揺れでペットボトルが倒れたのだと思っていました。いまでもその可能性は残っています。でも、誰かがペットボトルを倒した可能性だってあるんです。むしろ、今日は人が感知できるような大きさの地震は起きていないですから。誰かが倒したと考える方が自然なんです」
シオンだけでなく、写真部部員たちの視線も受けて。
それでもなお、津は沈黙を守っていた。
「……あなたがジュースを零したんじゃないですか? 佐藤先生」
「…………」
シオンからの名指しを受けても、それでも津は黙っている。
何かを考えるかのように、手のひらで口元を覆って。
回る思考を表すかのように、眼球をあちらこちらとぎょろぎょろ動かして。
焦らしに堪え兼ね、シオンがもう一度言及しようとしたところで嶺二が口を開いた。
「ちょっと待て、十八女君。先生はそもそも部室に入ってないだろ? 近藤先生が言っていたじゃないか。今日部室の鍵を使ったのは僕たち部員の3人だけだって。先生がペットボトルを倒すことは不可能なんじゃないか?」
まだシオンは合鍵が存在する可能性を3人に説明していなかった。
津の入室が確定となれば、同時に合鍵の存在も確定する。
そのためにスーツの汚れを確認したいのだと説明しようとしたところで、ついに津が沈黙を破った。
「いやー、バレちゃいましたか。私、部室の合鍵を持ってるんですよ」
まるでなんでもないことのように。
ちょっとしたイタズラが露呈した程度だと言うように。
津は自白した。
「っ……!」
第一印象と同じ、穏やかな雰囲気を纏った津の笑顔。
その笑顔を見たシオンは確信し、背筋を震わせた。
津は黙っている最中、ずっと考えていたのだ。
この形勢を逆転する方法を。
そして、頭の中で何度もシミュレートし、確信を得たからこそ自白した。
津の顔は、逃げ切りを確信した笑みだった。
“ あれ?
サトシン、スーツ着替えた? “
「……はい。先ほども言いましたが、黒板消しを落として汚してしまったので予備に着替えました」
「それでは、その着替える前のスーツを見せていただいてもいいですか?」
「……」
津は答えなかった。
固く口を閉ざしたまま、真っ直ぐにシオンを睨みつけている。
シオンも何も言わず、無言で津に視線を返す。
「…………」
シオンと津の我慢比べに、先に音を上げたのは三葉だった。
「し、思音くん? どうしてサトシンのスーツが見たいの?」
「相田さんは、部室でジュースが零れていたのを憶えていますか?」
「うん。カラスくんが零したやつでしょ?」
「零してないっスよ!」
「キャップを締めなかったのは烏丸だろ」
「烏丸くんはキャップをちゃんと締めないままに、ジュースを机の上に置き去りにしました。もしも誰かがそのジュースを不意に零してしまったら、きっとその誰かにジュースがかかったと思うんです。簡単には落とせないジュースの染み模様が、誰かの服にできているはずなんです」
“ 嘘でしょっ!?
これ、あまりにも色が濃すぎてどんな素材でも必ず緑に染め上げるって評判のジュースなのよ!? “
「まあ、あの緑色っぷりだからね。カラスくんが床を拭いても全然綺麗にならなかったくらいだし……って、それってもしかして……!?」
「最初は、何かしらの揺れでペットボトルが倒れたのだと思っていました。いまでもその可能性は残っています。でも、誰かがペットボトルを倒した可能性だってあるんです。むしろ、今日は人が感知できるような大きさの地震は起きていないですから。誰かが倒したと考える方が自然なんです」
シオンだけでなく、写真部部員たちの視線も受けて。
それでもなお、津は沈黙を守っていた。
「……あなたがジュースを零したんじゃないですか? 佐藤先生」
「…………」
シオンからの名指しを受けても、それでも津は黙っている。
何かを考えるかのように、手のひらで口元を覆って。
回る思考を表すかのように、眼球をあちらこちらとぎょろぎょろ動かして。
焦らしに堪え兼ね、シオンがもう一度言及しようとしたところで嶺二が口を開いた。
「ちょっと待て、十八女君。先生はそもそも部室に入ってないだろ? 近藤先生が言っていたじゃないか。今日部室の鍵を使ったのは僕たち部員の3人だけだって。先生がペットボトルを倒すことは不可能なんじゃないか?」
まだシオンは合鍵が存在する可能性を3人に説明していなかった。
津の入室が確定となれば、同時に合鍵の存在も確定する。
そのためにスーツの汚れを確認したいのだと説明しようとしたところで、ついに津が沈黙を破った。
「いやー、バレちゃいましたか。私、部室の合鍵を持ってるんですよ」
まるでなんでもないことのように。
ちょっとしたイタズラが露呈した程度だと言うように。
津は自白した。
「っ……!」
第一印象と同じ、穏やかな雰囲気を纏った津の笑顔。
その笑顔を見たシオンは確信し、背筋を震わせた。
津は黙っている最中、ずっと考えていたのだ。
この形勢を逆転する方法を。
そして、頭の中で何度もシミュレートし、確信を得たからこそ自白した。
津の顔は、逃げ切りを確信した笑みだった。
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