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14. 推理:容疑者
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それは嶺二の口から突然飛び出した。
"鍵の紛失日当日、津は部室を訪れていた"
「……ああ、そういえばそうだったかもしれませんね」
それは一年前の出来事だ。
だから、忘れていたって仕方ない。
「授業で使用するプリントの彩りとして写真を使わせていただくことがあるので、あの日もPCをお借りしていたかもしれません」
だけど、部室に居たことを自ら証言した嶺二が疑わしくないのであれば。
例え本当に忘れていたのだとしても、指摘されるまで黙っていた津は――
「しかし、特に気が付いたことはありませんね。何せ部室に居たことも忘れていましたから」
一度生じた疑念はパンの生地が発酵するように、シオンの中で膨らんでいく。
一度疑いの目を向けた途端に、その言動の全てが怪しさを滲み出し始める。
『まるで恋に落ちたみてぇな顔をしてるな、シオン?』
サナの揶揄さえ、シオンの直感を正しいと肯定するかのような感覚。
不鮮明だったパズルのピースが見え始めて、シオンの思考が急速に回り始める。
『……サナ、聞いて。ボクの話を』
『クックッ、”発表”か? こりゃ事件も佳境だなぁ?』
”自問自答”が疑問の整理なら、”発表”は論理の整理だ。
『まず、”鍵を持ち去ったのが生徒である可能性は低い”』
『論拠を聞かせな』
『鍵の紛失が事故だろうと故意だろうと不自然だから。
紛失が事故だった場合:
嶺二の帰宅直後に鍵がかけられたことは不自然だ。
鍵のかけ忘れに気付き、鍵を明確に意識している人間が、その返却を忘れるなんて考えられない。
紛失が故意だった場合:
結局は嶺二の帰宅直後に鍵がかけられたことが不自然だ。
わざわざ犯人が鍵をかける理由がない。
したがって、鍵を持ち去ったのが生徒の場合論理性が破綻していると考える』
『異存ねぇな。確かに生徒が持ち帰ったわけじゃなさそうだ』
ちなみに、この”発表”時のサナの返答に意味はない。
ただシオンの心を読んでそれを肯定しているだけだ。
『次に、”鍵を持ち去ったのが津であるならば、事故ではなく故意である”』
『言い切れるのか?』
『理由は2つ。
1:津は万紀から鍵の紛失を報告されている。
2:教師は帰る前には必ず職員室にいる』
『そうだなぁ。鍵の紛失を聞いているのに、誤って持ち帰るなんてありえねぇなぁ。それに鍵の返却場所である職員室に元からいるのに、鍵を返し忘れるだなんて変な話だよなぁ』
『そして、”鍵を持ち去ったのが津であるならば、嶺二の帰宅後に鍵をかけたのは生徒が持ち帰ったように見せかける為である”』
『それまたどうして?』
『鍵の紛失が発覚した時、津は絶対に疑われてはならない。もしも津の手元から鍵が発見されたりしたら、それは事故ではなく故意であることが確定する』
『どう言い繕っても、教師が紛失した部室の鍵を持ってるのは怪しいだろうなぁ』
『だから、鍵をかけた。あたかも部員が鍵をかけた後に返却を忘れたのだと思わせる為に。状況に違和感があったのは、犯人が故意を事故に見せかけていたからだったんだ』
『生徒に濡れ衣着せるたぁ、それが真実なら最低だなぁこいつ』
『最後に、”津が鍵の紛失を隠蔽しようとしたのは不自然である”』
『口止めを頼んだことか。説明が欲しいねぇ』
『津は学校に予備のスーツを備えるほどにリスクを嫌っている人間だ。それなのに、部員はともかく教務主任にまで口止めを依頼するのはリスクが高すぎる』
『部員が鍵を紛失したことよりも、隠蔽を試みる方が教師が背負う罪は重くなるよなぁ。っていうか、あのオッサンもよく口止めに応じたよなぁ? 教務主任ってそんなんでいいのかねぇ』
万紀はルールよりも人情を優先する人柄だ。
万紀に落ち度があるのは確かだが、津が上手く丸め込んだのだと認識するべきだろう。
『結論として、”鍵を持ち去った犯人として最も疑わしい容疑者筆頭は佐藤津だ”』
『それで?』
『だから、サナ……”確認”する』
シオンが宣言したその瞬間。
右腕を覆う紋様がピンク色に輝き始めた。
『……いいんだな?』
『……”佐藤津は写真部部室の合鍵を所持している”』
『ククッ……』
サナは笑った。
その笑みが何を意味しているのかはわからない。
それでもシオンは視線を少しも揺らすことなく、正面からサナを見つめ続け。
サナは大きく溜めてから、口を三日月形に開き、答えを口にした。
『”YES”』
紋様が放っていた光がぱぁっと散っていく。
まるでシオンを祝福するかのように、光の残滓を降り注ぎながら。
……あぁ、これで確定した。
佐藤津は、真実を隠そうとする探偵の敵だ。
シオンが敵対するべき相手が、ようやく定まった。
『それで? これからどうするんだ?』
サナの出した答えは絶対の真実ではあるものの、それを認識できているのはシオンとサナだけだ。
したがって、津が犯人であることはあくまでも論理的に導く必要がある。
『多分、先生が犯人という証拠は残ってない。鍵にしても、プリンにしても、部室はもうあらかた探し終えているから。唯一あるとするならば、目撃証言だけど……』
『いまから聞き込みか?』
『……わざわざ探さなくても、事件に一番詳しい人が目の前にいる』
合鍵の所有者がプリンを食べたのならば、津は今日部室に入っている。
だから、知っているはずなんだ。
ここにいる誰よりも、犯人しか知りえない情報を。
『尋問を始めるよ、サナ』
"鍵の紛失日当日、津は部室を訪れていた"
「……ああ、そういえばそうだったかもしれませんね」
それは一年前の出来事だ。
だから、忘れていたって仕方ない。
「授業で使用するプリントの彩りとして写真を使わせていただくことがあるので、あの日もPCをお借りしていたかもしれません」
だけど、部室に居たことを自ら証言した嶺二が疑わしくないのであれば。
例え本当に忘れていたのだとしても、指摘されるまで黙っていた津は――
「しかし、特に気が付いたことはありませんね。何せ部室に居たことも忘れていましたから」
一度生じた疑念はパンの生地が発酵するように、シオンの中で膨らんでいく。
一度疑いの目を向けた途端に、その言動の全てが怪しさを滲み出し始める。
『まるで恋に落ちたみてぇな顔をしてるな、シオン?』
サナの揶揄さえ、シオンの直感を正しいと肯定するかのような感覚。
不鮮明だったパズルのピースが見え始めて、シオンの思考が急速に回り始める。
『……サナ、聞いて。ボクの話を』
『クックッ、”発表”か? こりゃ事件も佳境だなぁ?』
”自問自答”が疑問の整理なら、”発表”は論理の整理だ。
『まず、”鍵を持ち去ったのが生徒である可能性は低い”』
『論拠を聞かせな』
『鍵の紛失が事故だろうと故意だろうと不自然だから。
紛失が事故だった場合:
嶺二の帰宅直後に鍵がかけられたことは不自然だ。
鍵のかけ忘れに気付き、鍵を明確に意識している人間が、その返却を忘れるなんて考えられない。
紛失が故意だった場合:
結局は嶺二の帰宅直後に鍵がかけられたことが不自然だ。
わざわざ犯人が鍵をかける理由がない。
したがって、鍵を持ち去ったのが生徒の場合論理性が破綻していると考える』
『異存ねぇな。確かに生徒が持ち帰ったわけじゃなさそうだ』
ちなみに、この”発表”時のサナの返答に意味はない。
ただシオンの心を読んでそれを肯定しているだけだ。
『次に、”鍵を持ち去ったのが津であるならば、事故ではなく故意である”』
『言い切れるのか?』
『理由は2つ。
1:津は万紀から鍵の紛失を報告されている。
2:教師は帰る前には必ず職員室にいる』
『そうだなぁ。鍵の紛失を聞いているのに、誤って持ち帰るなんてありえねぇなぁ。それに鍵の返却場所である職員室に元からいるのに、鍵を返し忘れるだなんて変な話だよなぁ』
『そして、”鍵を持ち去ったのが津であるならば、嶺二の帰宅後に鍵をかけたのは生徒が持ち帰ったように見せかける為である”』
『それまたどうして?』
『鍵の紛失が発覚した時、津は絶対に疑われてはならない。もしも津の手元から鍵が発見されたりしたら、それは事故ではなく故意であることが確定する』
『どう言い繕っても、教師が紛失した部室の鍵を持ってるのは怪しいだろうなぁ』
『だから、鍵をかけた。あたかも部員が鍵をかけた後に返却を忘れたのだと思わせる為に。状況に違和感があったのは、犯人が故意を事故に見せかけていたからだったんだ』
『生徒に濡れ衣着せるたぁ、それが真実なら最低だなぁこいつ』
『最後に、”津が鍵の紛失を隠蔽しようとしたのは不自然である”』
『口止めを頼んだことか。説明が欲しいねぇ』
『津は学校に予備のスーツを備えるほどにリスクを嫌っている人間だ。それなのに、部員はともかく教務主任にまで口止めを依頼するのはリスクが高すぎる』
『部員が鍵を紛失したことよりも、隠蔽を試みる方が教師が背負う罪は重くなるよなぁ。っていうか、あのオッサンもよく口止めに応じたよなぁ? 教務主任ってそんなんでいいのかねぇ』
万紀はルールよりも人情を優先する人柄だ。
万紀に落ち度があるのは確かだが、津が上手く丸め込んだのだと認識するべきだろう。
『結論として、”鍵を持ち去った犯人として最も疑わしい容疑者筆頭は佐藤津だ”』
『それで?』
『だから、サナ……”確認”する』
シオンが宣言したその瞬間。
右腕を覆う紋様がピンク色に輝き始めた。
『……いいんだな?』
『……”佐藤津は写真部部室の合鍵を所持している”』
『ククッ……』
サナは笑った。
その笑みが何を意味しているのかはわからない。
それでもシオンは視線を少しも揺らすことなく、正面からサナを見つめ続け。
サナは大きく溜めてから、口を三日月形に開き、答えを口にした。
『”YES”』
紋様が放っていた光がぱぁっと散っていく。
まるでシオンを祝福するかのように、光の残滓を降り注ぎながら。
……あぁ、これで確定した。
佐藤津は、真実を隠そうとする探偵の敵だ。
シオンが敵対するべき相手が、ようやく定まった。
『それで? これからどうするんだ?』
サナの出した答えは絶対の真実ではあるものの、それを認識できているのはシオンとサナだけだ。
したがって、津が犯人であることはあくまでも論理的に導く必要がある。
『多分、先生が犯人という証拠は残ってない。鍵にしても、プリンにしても、部室はもうあらかた探し終えているから。唯一あるとするならば、目撃証言だけど……』
『いまから聞き込みか?』
『……わざわざ探さなくても、事件に一番詳しい人が目の前にいる』
合鍵の所有者がプリンを食べたのならば、津は今日部室に入っている。
だから、知っているはずなんだ。
ここにいる誰よりも、犯人しか知りえない情報を。
『尋問を始めるよ、サナ』
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