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暴走の買い物編
そこはまるでダンジョンのようで、あなたの手が暖かかった
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「……っ!」
圧がある。そこには、特定の人間のみを弾くバリアが張られているかのように。圧倒的なオーラが存在している。
「ネコ、なにしてるんですか?」
「い、いやっ……お前、スゲーな」
「何言ってるんですか。ただの下着売り場ですよ、ここは。ネコが意識しすぎなんです」
男の下着が服と同じ場所に陳列されているのに対し、女声用下着は大抵専用の売り場が設けられている。そこに立ち入る男は必ず女性とペアであり、男が一人でその場にいることはありえず、罪であるかのような空気さえ漂っている。
そんな場所に、翔斗は女装をして入り込んでいる。これは、罪であるかそうでないかと言えば――
「罪……な気がする」
「じゃあボクもいっしょに堕ちてあげますから。ほら、こっちですよ」
くだらない事言ってないで早く来い。ミミはそう言っているようだ。
ランジェリーショップはライティングがとても明るい。商品を良く見せるためなのだろうか。確かにきらびやかなランジェリーはとても魅力的に見える。同時に、店内にいる翔斗自身も明るく照らされていると思うと落ち着かない。
ミミはこの店に来たことがあるのだろう。迷う様子もなくすいすいと奥へ進んでいく。こんなところで逸れてしまったら心細さは電車の比ではないだろう。翔斗はなるべく周りを意識しないようにしながらミミの後ろについた。
「このブラかわいー。どうどう、これ? 似合う?」
「それ、あんた入るの? ほら、大きいサイズはないって書いてあんじゃん」
通りすがりに、女子高生と思しきふたりの雑談が耳に入った。
「お母さん、あたしこれにする!」
「えー、ちょっと派手じゃない? 初めてなんだし、もっと落ち着いたのにしときなさいよ」
通りすがりに、親子の会話が耳に入った。
「あ、これとかいんじゃね? 超エロいじゃん」
「こんなんすぐ脱げちゃうじゃん。ほんと脱がすことしか考えてないよねー」
通りすがりに、カップルの猥談が耳に入った。
意識しないようにすればするほどに、目と耳は外の情報を拾い集める。ここにいる女性たちは、自分が身に着ける下着を買いに来ている。胸と性器に密着させる物を、きゃいきゃいと物色している。
(オレは変態か!?)
いくら理性が働こうとしても、思考は性へと引きずり込まれていく。
「私これにしよーっと」
深紅のブラジャーを手に取った女子高生。
「あたしはこれでいいの!」
派手な下着を手に取った少女。
「脱げそうだけど、エロ可愛いからいっかー」
布地の少ないショーツを手に取った女性。
「何かお探しでしょうかー?」
「っ!!」
店内で挙動不審な人間に声をかける女性店員。
「っ……ぁっ……!」
「どうかされましたか?」
店員をどうにかやり過ごそうとしたところで、声を出せないことに気づいた。声を出したら、男だとバレる。
「……っ……ぁ、ぇ……」
「?」
周りにはミミの姿はない。周囲に気が散っている内に逸れてしまった。助けを借りることはできない。ここは自身でどうにかする必要がある。
ぎゅっと、服の裾が掴まれる。翔斗の手だ。まるであの時の手摺の代わりにするように、手が服の端を硬く掴んでいる。
「ぅ……ふっ……」
「お、お客様? ご気分が悪ければ、店外ですがベンチがありますので、そこまでご案内いたしますが……」
目がじわりと熱くなる感覚。泣きそうだ。じわじわと涙が溜まる感覚と共に、鼻の奥がきゅっと辛くなる。
「ネコ、大丈夫?」
「!?」
「ごめんなさい、この子私の友達なんです。ちょっと人見知りなだけで、具合が悪いとかじゃないんです」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。失礼いたします」
「お気遣いありがとうございました……。ネコ、本当に大丈夫ですか? かなり顔色が悪いですけど」
「お、お前……声」
「ああ、女声ですか? 一応練習してあるんです。どうでした? 違和感はなかったですか?」
女性そのものの声ではなかったが、少なくとも男性の声ではなかった。人の声が十人十色であることを考えれば、あの声なら格好も相俟って女性だと認識されるだろう。
「へ、変じゃなかったと思う」
「それはよかったです。出来が不安だから使ってなかったんですけど、これからは女装の時はこの声で喋ることにしますね。ネコも練習しておくといいですよ。また今みたいな場面に遭遇しないとも限らないので」
「う、うん」
「……顔色、戻って来ましたね。ボクのおかげでしょうか?」
「ぐっ」
否定できないので何も言えない。
「くすっ、それじゃあ今度こそ行きましょう。さ、手を」
裾を握っていた手をミミが包み込む。硬く閉じられていた手は、柔らかくスッと解かれた。
「嫌ですか?」
「いいよ……あんがと」
「どういたしまして」
圧がある。そこには、特定の人間のみを弾くバリアが張られているかのように。圧倒的なオーラが存在している。
「ネコ、なにしてるんですか?」
「い、いやっ……お前、スゲーな」
「何言ってるんですか。ただの下着売り場ですよ、ここは。ネコが意識しすぎなんです」
男の下着が服と同じ場所に陳列されているのに対し、女声用下着は大抵専用の売り場が設けられている。そこに立ち入る男は必ず女性とペアであり、男が一人でその場にいることはありえず、罪であるかのような空気さえ漂っている。
そんな場所に、翔斗は女装をして入り込んでいる。これは、罪であるかそうでないかと言えば――
「罪……な気がする」
「じゃあボクもいっしょに堕ちてあげますから。ほら、こっちですよ」
くだらない事言ってないで早く来い。ミミはそう言っているようだ。
ランジェリーショップはライティングがとても明るい。商品を良く見せるためなのだろうか。確かにきらびやかなランジェリーはとても魅力的に見える。同時に、店内にいる翔斗自身も明るく照らされていると思うと落ち着かない。
ミミはこの店に来たことがあるのだろう。迷う様子もなくすいすいと奥へ進んでいく。こんなところで逸れてしまったら心細さは電車の比ではないだろう。翔斗はなるべく周りを意識しないようにしながらミミの後ろについた。
「このブラかわいー。どうどう、これ? 似合う?」
「それ、あんた入るの? ほら、大きいサイズはないって書いてあんじゃん」
通りすがりに、女子高生と思しきふたりの雑談が耳に入った。
「お母さん、あたしこれにする!」
「えー、ちょっと派手じゃない? 初めてなんだし、もっと落ち着いたのにしときなさいよ」
通りすがりに、親子の会話が耳に入った。
「あ、これとかいんじゃね? 超エロいじゃん」
「こんなんすぐ脱げちゃうじゃん。ほんと脱がすことしか考えてないよねー」
通りすがりに、カップルの猥談が耳に入った。
意識しないようにすればするほどに、目と耳は外の情報を拾い集める。ここにいる女性たちは、自分が身に着ける下着を買いに来ている。胸と性器に密着させる物を、きゃいきゃいと物色している。
(オレは変態か!?)
いくら理性が働こうとしても、思考は性へと引きずり込まれていく。
「私これにしよーっと」
深紅のブラジャーを手に取った女子高生。
「あたしはこれでいいの!」
派手な下着を手に取った少女。
「脱げそうだけど、エロ可愛いからいっかー」
布地の少ないショーツを手に取った女性。
「何かお探しでしょうかー?」
「っ!!」
店内で挙動不審な人間に声をかける女性店員。
「っ……ぁっ……!」
「どうかされましたか?」
店員をどうにかやり過ごそうとしたところで、声を出せないことに気づいた。声を出したら、男だとバレる。
「……っ……ぁ、ぇ……」
「?」
周りにはミミの姿はない。周囲に気が散っている内に逸れてしまった。助けを借りることはできない。ここは自身でどうにかする必要がある。
ぎゅっと、服の裾が掴まれる。翔斗の手だ。まるであの時の手摺の代わりにするように、手が服の端を硬く掴んでいる。
「ぅ……ふっ……」
「お、お客様? ご気分が悪ければ、店外ですがベンチがありますので、そこまでご案内いたしますが……」
目がじわりと熱くなる感覚。泣きそうだ。じわじわと涙が溜まる感覚と共に、鼻の奥がきゅっと辛くなる。
「ネコ、大丈夫?」
「!?」
「ごめんなさい、この子私の友達なんです。ちょっと人見知りなだけで、具合が悪いとかじゃないんです」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。失礼いたします」
「お気遣いありがとうございました……。ネコ、本当に大丈夫ですか? かなり顔色が悪いですけど」
「お、お前……声」
「ああ、女声ですか? 一応練習してあるんです。どうでした? 違和感はなかったですか?」
女性そのものの声ではなかったが、少なくとも男性の声ではなかった。人の声が十人十色であることを考えれば、あの声なら格好も相俟って女性だと認識されるだろう。
「へ、変じゃなかったと思う」
「それはよかったです。出来が不安だから使ってなかったんですけど、これからは女装の時はこの声で喋ることにしますね。ネコも練習しておくといいですよ。また今みたいな場面に遭遇しないとも限らないので」
「う、うん」
「……顔色、戻って来ましたね。ボクのおかげでしょうか?」
「ぐっ」
否定できないので何も言えない。
「くすっ、それじゃあ今度こそ行きましょう。さ、手を」
裾を握っていた手をミミが包み込む。硬く閉じられていた手は、柔らかくスッと解かれた。
「嫌ですか?」
「いいよ……あんがと」
「どういたしまして」
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