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主従

ふたりで

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 途中ではたと言葉を止めた玲。
 ぎぎぎ、と音が鳴りそうなぎこちなさでこちらの顔を見たかと思えば――

「い、いま……」
「どうした?」
「かっ、一宏様……今、”も”って……」
「”も”……? ……ああ、”も”ってそのことか。言ったよ、確かに言った。珠美さんだけじゃなく、俺も玲のことを大切に思ってるって」
「……………………」

 玲の表情がコロコロと変わる。

 喜んだような。
 赤面したような。
 何かを思い出したような。
 悲し気なような。

「っ…………一宏様にそこまで思ってもらえること、従者として大変光栄です」

 最終的に仏頂面に落ち着いた玲は、お世辞でも受け取ったかのような反応だった。

「だから、従者としては扱わないって言ってるだろ。俺が言ってる大切っていうのは、そういう意味だよ」
「え……?」

 玲は宗田の家によって人生を狂わされた。
 狂っていることを自覚すらさせてもらえないままに、人並みの幸せを奪われた。
 代わりに作り物の幸福を与えられ、認識まで歪められた。

 玲の告白もきっと必然だったのだ。
 自身は女なのだと教えられて、兄への奉仕を喜びとするよう教えられているのだから。 

 おそらく珠美もそれをわかっていた。
 珠美も玲と同じ弟だから。
 玲が人間になるには、まず俺への執着を何とかする必要があると知っていたのだ。

 例え独りにされた玲が悲嘆に暮れようとも、その先にしか人としての幸せがないから。
 だから、珠美は玲の拉致に拘っていて――

 ――俺はそんな珠美に異を唱えた。

「決めたんだ。俺は玲の傍に居ようって。玲が俺を慕ってくれる限り、ずっとな」
「そっ、それって……!」

 未来の玲が幸せになれるとしても、今の玲も悲しませたくなかった。
 玲に人としての幸せを知ってもらいたくはあるが、絶望を知ってほしくなかった。

 悲恋も。
 別離も。
 孤独も。
 何一つとして。

 玲は俺に人生を捧げて尽くしてくれた。
 だから今度は、俺が人生を捧げる番なのだ。

「っ……し、しかし……私は女ではないのですよね……。私では、一宏様のお子を授かれません……。宗田の血を私のせいで絶やすわけには――」
「本当にそう思ってるのか?」
「っ……」
「俺は宗田の後継ぎのことなんてどうでもいいと思ってる。俺の代でこの血が途絶えたって構わない。多分、誰も文句は言わないだろうしな」

 むしろ、宗田の家系なんて途絶えてしまった方が世の為人の為になるのではなかろうか。

「玲はどうなんだ? 俺にどこかの女性と結婚して、子供を作って欲しいと思ってるのか?」
「そっ、それは……」
「本当の気持ちを教えてくれ、玲」
「……いや……それは、いやです……。た、例えお子を授かれなくても……一宏様の隣には、私が……居たいです……」
「なら、それで決定だな」
「でっ、でもっ――」
「玲」
「え――っ!?」

 今まで玲とは散々繋がってきた。
 夜伽という名目で、普通の夫婦ですらしない営みをしてきた。

 それでも、これだけはしたことがなかった。
 だって、これは恋仲の人間がすることだ。
 俺と玲が今までする理由なんてなかった。

 大抵の人はこれを同性の間ではしない。
 大抵の人はこれを兄弟の間ではしない。
 でも俺と玲には関係ない。

 家によって結ばれた主従の契りではなく。
 親に依って生まれた兄弟の血縁でもなく。

 俺は俺自身の意思で、玲に寄り添うと決めた。

「っ……これでも、まだ何かあるか?」
「あっ……ぁっ……」

 玲の顔は真っ赤で――
 自身の唇に手をかざして震えていて――

 ――それはまるで、キスが恋愛の終着点だと思っている小学生のようだった。

「これから、玲には知ってもらわなきゃならないことがたくさんある。将来、玲が一人でも外に出られるようになるためにな。ちょっと大変かもしれないけど……でも、ずっと隣に居るから」

 玲が俺に向けている感情と、俺が玲に向けている感情は多分同じじゃない。
 どうしたって、俺は玲に恋愛感情は抱けそうにない。

 それでも、思いの強さはきっと同じだ。
 玲が望む間は傍に居たいと思うし、玲のして欲しいことはなんだってしてやりたい。

 その為に、俺は珠美だって説得してみせた。
 人生を賭して玲を幸せにしてみせると誓ったのだ。

「…………っ、あ、あの……一宏様……」
「ん? なんだ?」
「っ……その、あの……」

 まごまごと口籠る玲。

 その先は言葉にせずともわかった。
 この様子だと、俺の言葉も碌に耳に入らなかったに違いない。

「ああ、わかった。でも、その先はしないからな。個室とはいえ、ここは病院なんだから」
「先……?」

 俺の言葉を受けて、玲はきょとんと首を傾げた。

「いや、何でもない……俺が悪かった」
「あ、あの、私は、先ほどのさえしていただければ、十分で……む、むしろ、ずっとあれだけでも――っ!」

 玲に喋らせていると、なんだか余計に気恥ずかしくなってきたので――

 ――とりあえず、俺はその言葉を早々に塞ぐことにした。
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