182 / 185
主従
覚悟
しおりを挟む
「……すみません」
「どうして一宏君が謝るんだい?」
「俺は、玲の兄ですから……」
玲の身内として。
宗田の当主としての責任として。
俺は珠美に謝罪をした。
「そうか……。なら、その謝意は素直に受け取っておくことにしよう」
「それと、ありがとうございます……玲を助けてくれて」
珠美は傷を負いながらも、玲の自殺を止めてくれた。
何より、玲を殺人者にしないでくれた。
珠美には感謝してもしきれない。
文字通り、俺と玲の人生を救ってくれたと言っていいだろう。
「気にしないでいいよ。私は私のしたいことをしているだけだからね。一宏君の方も色々あったみたいだけれど……詳しくは訊かないでおこうかな」
珠美が来た時、俺は両手を拘束されて下半身が丸出しの状態だったのだ。
珠美であれば何があったのかは察しているのだろう。
言及してこないのは優しさに違いない。
「私はこのまま玲君を御橋の家に連れていく。眠ってしまっている内に拘束して、車に乗せてくるよ」
そう言って珠美は玲を抱え上げた。
怪我をしているはずなのにその動作にぎこちなさが見られないのは玲の軽さ故か、それとも珠美の強靭さ故か。
もしくは、珠美の意思の強さの表れなのかもしれない。
「御橋の家に玲君を預けたらすぐに戻って来る。そうしたら騒動の後片付けをしよう。それまで、一宏君は眠って休んでいなさい」
一方的に言いつけると、珠美は部屋の外へと歩き出し始める。
俺はその後ろ姿を――
「……」
――黙って見送ろうとしている。
それはあまりにも呆気なかった。
唐突に玲との別れの時がやってきてしまった。
抱えられた玲の細い腕が、ゆらゆらと揺れている。
脱力した状態で、玲が珠美に運ばれていく。
このまま御橋の家に玲が連れていかれれば、それで一件落着だ。
御橋の人が見ていれば玲も自殺はできないだろう。
俺の知らないところで玲はどんどんと人になっていって。
俺はこれから玲の居ない家で生きていく。
いつか、大人になった玲と再会することがあったとしても――
――きっと、別人のように変わり果てているに違いない。
「……」
どんどんと遠ざかっていく玲。
年の割に未熟で小柄な体と、座敷童を思わせる中性的な見た目。
そんな見慣れた姿も、年が経つにつれて思い出せなくなっていくのだろう。
「……玲」
目を離せないままに、玲を見送る。
髪の隙間から見えた玲の表情は、安らかな寝顔をしていて――
――しかしその目には、流したばかりの涙の跡が――
「っ、玲!」
――玲の泣いていた姿がフラッシュバックして、気づけば俺は玲の手を掴んでいた。
「……何があったのかを詳しく聞くつもりはないけれど、一つだけ言っておく。一時の感情に流されてはいけないよ、一宏君。玲君にとっての最善が何なのか、一宏君もわかっているはずだよね?」
あくまで優しい物言いだったが、その声からは珠美の確固たる意志が感じられた。
今更心変わりも、邪魔することも許さないと。
でも――
『一宏様……』
――あんな顔をした玲を見ておいて、このまま行かせるわけにはいかない。
――玲を泣かせておいて、このままさよならなんてできない。
「……はぁ。仕方ないな」
溜息を吐くと、珠美は玲をそっと床に寝かせた。
そして、俺の正面に腰を下ろすと――
「それなら、聞かせてもらおうかな。一宏君が考えている玲君の将来を」
――まっすぐな視線で、俺の覚悟を問うた。
「……俺は、玲を――」
「どうして一宏君が謝るんだい?」
「俺は、玲の兄ですから……」
玲の身内として。
宗田の当主としての責任として。
俺は珠美に謝罪をした。
「そうか……。なら、その謝意は素直に受け取っておくことにしよう」
「それと、ありがとうございます……玲を助けてくれて」
珠美は傷を負いながらも、玲の自殺を止めてくれた。
何より、玲を殺人者にしないでくれた。
珠美には感謝してもしきれない。
文字通り、俺と玲の人生を救ってくれたと言っていいだろう。
「気にしないでいいよ。私は私のしたいことをしているだけだからね。一宏君の方も色々あったみたいだけれど……詳しくは訊かないでおこうかな」
珠美が来た時、俺は両手を拘束されて下半身が丸出しの状態だったのだ。
珠美であれば何があったのかは察しているのだろう。
言及してこないのは優しさに違いない。
「私はこのまま玲君を御橋の家に連れていく。眠ってしまっている内に拘束して、車に乗せてくるよ」
そう言って珠美は玲を抱え上げた。
怪我をしているはずなのにその動作にぎこちなさが見られないのは玲の軽さ故か、それとも珠美の強靭さ故か。
もしくは、珠美の意思の強さの表れなのかもしれない。
「御橋の家に玲君を預けたらすぐに戻って来る。そうしたら騒動の後片付けをしよう。それまで、一宏君は眠って休んでいなさい」
一方的に言いつけると、珠美は部屋の外へと歩き出し始める。
俺はその後ろ姿を――
「……」
――黙って見送ろうとしている。
それはあまりにも呆気なかった。
唐突に玲との別れの時がやってきてしまった。
抱えられた玲の細い腕が、ゆらゆらと揺れている。
脱力した状態で、玲が珠美に運ばれていく。
このまま御橋の家に玲が連れていかれれば、それで一件落着だ。
御橋の人が見ていれば玲も自殺はできないだろう。
俺の知らないところで玲はどんどんと人になっていって。
俺はこれから玲の居ない家で生きていく。
いつか、大人になった玲と再会することがあったとしても――
――きっと、別人のように変わり果てているに違いない。
「……」
どんどんと遠ざかっていく玲。
年の割に未熟で小柄な体と、座敷童を思わせる中性的な見た目。
そんな見慣れた姿も、年が経つにつれて思い出せなくなっていくのだろう。
「……玲」
目を離せないままに、玲を見送る。
髪の隙間から見えた玲の表情は、安らかな寝顔をしていて――
――しかしその目には、流したばかりの涙の跡が――
「っ、玲!」
――玲の泣いていた姿がフラッシュバックして、気づけば俺は玲の手を掴んでいた。
「……何があったのかを詳しく聞くつもりはないけれど、一つだけ言っておく。一時の感情に流されてはいけないよ、一宏君。玲君にとっての最善が何なのか、一宏君もわかっているはずだよね?」
あくまで優しい物言いだったが、その声からは珠美の確固たる意志が感じられた。
今更心変わりも、邪魔することも許さないと。
でも――
『一宏様……』
――あんな顔をした玲を見ておいて、このまま行かせるわけにはいかない。
――玲を泣かせておいて、このままさよならなんてできない。
「……はぁ。仕方ないな」
溜息を吐くと、珠美は玲をそっと床に寝かせた。
そして、俺の正面に腰を下ろすと――
「それなら、聞かせてもらおうかな。一宏君が考えている玲君の将来を」
――まっすぐな視線で、俺の覚悟を問うた。
「……俺は、玲を――」
0
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説
弱みを握られた僕が、毎日女装して男に奉仕する話
あおい
BL
高校3年間を男子校で過ごした僕は、可愛い彼女と過ごすキャンパスライフを夢見て猛勉強した。
現役合格を勝ち取ったが、僕の大学生活は、僕が夢見たものとは全く異なるものとなってしまった。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
借金を抱えて拉致誘拐されてメス調教を受けてアダルト女優として売り出された男の娘女優
湊戸アサギリ
BL
借金返済のためにAV女優する男の娘女優です。事情はあっさりしか知らないモブ視点です
最近短編書けてないですが、他の作品もよろしくお願いします。おかんPCでのテスト投稿でもあります
山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜
ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。
高校生×中学生。
1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる