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主従

覚悟

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「……すみません」
「どうして一宏君が謝るんだい?」
「俺は、玲の兄ですから……」

 玲の身内として。
 宗田の当主としての責任として。

 俺は珠美に謝罪をした。

「そうか……。なら、その謝意は素直に受け取っておくことにしよう」
「それと、ありがとうございます……玲を助けてくれて」

 珠美は傷を負いながらも、玲の自殺を止めてくれた。
 何より、玲を殺人者にしないでくれた。

 珠美には感謝してもしきれない。
 文字通り、俺と玲の人生を救ってくれたと言っていいだろう。

「気にしないでいいよ。私は私のしたいことをしているだけだからね。一宏君の方も色々あったみたいだけれど……詳しくは訊かないでおこうかな」

 珠美が来た時、俺は両手を拘束されて下半身が丸出しの状態だったのだ。
 珠美であれば何があったのかは察しているのだろう。

 言及してこないのは優しさに違いない。

「私はこのまま玲君を御橋の家に連れていく。眠ってしまっている内に拘束して、車に乗せてくるよ」

 そう言って珠美は玲を抱え上げた。

 怪我をしているはずなのにその動作にぎこちなさが見られないのは玲の軽さ故か、それとも珠美の強靭さ故か。
 もしくは、珠美の意思の強さの表れなのかもしれない。

「御橋の家に玲君を預けたらすぐに戻って来る。そうしたら騒動の後片付けをしよう。それまで、一宏君は眠って休んでいなさい」

 一方的に言いつけると、珠美は部屋の外へと歩き出し始める。

 俺はその後ろ姿を――

「……」

 ――黙って見送ろうとしている。

 それはあまりにも呆気なかった。
 唐突に玲との別れの時がやってきてしまった。

 抱えられた玲の細い腕が、ゆらゆらと揺れている。
 脱力した状態で、玲が珠美に運ばれていく。

 このまま御橋の家に玲が連れていかれれば、それで一件落着だ。
 御橋の人が見ていれば玲も自殺はできないだろう。

 俺の知らないところで玲はどんどんと人になっていって。
 俺はこれから玲の居ない家で生きていく。

 いつか、大人になった玲と再会することがあったとしても――

 ――きっと、別人のように変わり果てているに違いない。

「……」

 どんどんと遠ざかっていく玲。

 年の割に未熟で小柄な体と、座敷童を思わせる中性的な見た目。
 そんな見慣れた姿も、年が経つにつれて思い出せなくなっていくのだろう。

「……玲」

 目を離せないままに、玲を見送る。

 髪の隙間から見えた玲の表情は、安らかな寝顔をしていて――

 ――しかしその目には、流したばかりの涙の跡が――

「っ、玲!」

 ――玲の泣いていた姿がフラッシュバックして、気づけば俺は玲の手を掴んでいた。

「……何があったのかを詳しく聞くつもりはないけれど、一つだけ言っておく。一時の感情に流されてはいけないよ、一宏君。玲君にとっての最善が何なのか、一宏君もわかっているはずだよね?」

 あくまで優しい物言いだったが、その声からは珠美の確固たる意志が感じられた。
 今更心変わりも、邪魔することも許さないと。

 でも――

『一宏様……』

 ――あんな顔をした玲を見ておいて、このまま行かせるわけにはいかない。

 ――玲を泣かせておいて、このままさよならなんてできない。

「……はぁ。仕方ないな」

 溜息を吐くと、珠美は玲をそっと床に寝かせた。

 そして、俺の正面に腰を下ろすと――

「それなら、聞かせてもらおうかな。一宏君が考えている玲君の将来を」

 ――まっすぐな視線で、俺の覚悟を問うた。

「……俺は、玲を――」
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