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主従

目覚め

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 目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
 体を起こして周囲を見ても、一つも見覚えのある物が無かった。

 主の部屋ではない。
 玲の部屋でもない。
 宗田の家ですらない。

 外に出てはならないという禁を破ってしまったことは間違いなかった。

「…………?」

 玲の頭に浮かぶ疑問は三つ。

 ここはどこなのか。
 なぜここで寝ていたのか。
 主はどこに居るのか。

「一宏様……っ」

 主の名前を呼ぶと、次第に記憶が湧き上がってきた。

 玲が何をしたのか。
 主が何をしたのか。
 そして、玲が最後にしたことを思い出した。

「私、死んでいないの……?」

 玲は珠美にしたのと同じように、刃物を自らの身体に突き立てようとした。

 主への告白に失敗したから。
 主と結ばれる可能性が無いことを知ってしまったから。

「……なんて、不心得なことを」

 自らの命を絶つということは、主への奉仕を放棄することに等しい。
 動揺していたとはいえ、それは従者のすることではない。

 最初から、主の傍に居られるだけで良いと諦めていたのだから。
 また心を殺して主に仕えていれば、それで良かっただろうに。

「はぁっ……」

 自らの未熟さを後悔しながらも、玲は溜息を吐いて気を取り直した。

 過去はもう覆せない。
 重要なのは今の状況である。

「……痛みは無い。傷も……無い……?」

 あの時主は玲の手によって縛られていた。
 つまり、玲は誰の邪魔も受けずに刃を突き立てられたはずだった。

 しかし、体には傷一つ無い。
 つまり、玲は失敗したということだ。

「どうして……?」

 記憶を遡っても、刃を突き立てようとした直前までしか覚えていない。
 最後の記憶は必死に玲を呼ぶ主の姿しか残っていない。

「一宏様……!」

 その姿を思い描いた瞬間に、他の全てのことがどうでも良くなった。

 ここがどこなのかはわからない。
 しかしなぜ玲がここにいるのかは明白だった。

 主は予定通り玲を廃棄したのだ。
 主は玲の言葉よりも珠美の言葉を優先したのだ。
 玲は主の洗脳を解くことに失敗したのだ。

 だってそうだろう。

 玲は従者でありながら、主に思いを寄せる欠陥品だった。
 主の意図を汲み違えて、告白してしまうような粗悪品だった。
 叶いっこない願望を抱くばかりか、叶わないと知るや自殺する脆弱者だった。

 そんな従者は捨てられて当然だ。
 だから悔やみこそすれ、主に恨みなど抱かない。

「っ……一宏様……っ……一宏様……!」

 白いシーツに泪が落ちて、黒い水玉模様を作った。

 これから玲がどうなるのかはわからない。
 でもそんなことはどうでもいい。

 もう主に会うことができないことだけが、今はただ悲しい。

「ひっく……うっ、ぅっ……」

 玲は体を小さく丸めながら、声を押し殺すようにさめざめと泣き始めた。

 泣いたところでどうにもならないことはわかっていても。
 それでも、涙を止めることができなかった。

「ひっ、ぃっ……ぅくっ…………?」

 その時突然、玲の耳にとある音が聴こえてきた。

 それは――足音だ。

 それは――誰かが近づいてくる音だ。

 それは――玲がとてもよく知っている歩き方をしていて――

「え…………? かずひろさま……?」
「玲、起きたのか?」

 ――滲んだ視界に突然、玲の愛した主が現れた。
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