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主従

女として兄に尽くすよう育てられた弟は、当たり前のように――

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 それは、ずっと秘めておこうと思っていた願い。

 ずっとお仕えできればそれでいい。
 いつか主が妻を娶った後も、お傍でそのお世話ができるだけで幸せなのだと。
 まだ見ぬ未来に震える心を、玲は無理やりに誤魔化してきた。

 従者と主では身分が違いすぎる。
 奉仕を許されているだけでも身に余る光栄だというのに、愛して欲しいだなんて。
 分不相応すぎて、心の内に思うだけでも罪悪感に苛まれてしまう。

 でも、もしかしたら――

 ――もしかしたら、主の方からお声がけしてくれるかも、とか――

 ――もしかしたら、主が玲を選んでくれるかもしれない、なんて――

 ――そんな夢想を捨てることもできなかった。

 だってそうだろう。

 主のことを誰よりも知っているのは玲だ。
 主を誰よりも満足させてきたのは玲だ。
 主をずっと近くで支えてきたのは玲だ。

 どこの誰とも知れない外の女性ではなく、玲を選ぶ可能性だって否定はできない。
 それに、ここ最近の主は明らかに玲に優しかった。

 従者である玲に食事の同席を許してくれた。
 従者である玲とねやを共にしてくれた。
 従者である玲の自由について考えてくれた。

 待遇だけを見れば、玲はもう主の大事な家族も同然だ。
 そしてそれだけでも過ぎた幸福だったというのに、主は玲に告白を促してきた。

『俺は本当の玲が知りたいんだ』

 きっと、そういうことだったのだ。
 立場上の問題で玲を選ぶことができなかっただけで、主は受け入れる準備はできていたのだ。
 お優しい主は玲が願いを言うチャンスをくれたのだ。

 邪魔者ももう居ない。
 主が外の女と結婚するなどと嘯く輩は玲自身の手で葬った。

 だから、これが思いを伝える最高の機会なのだと――

 ――そう思って、不敬を断罪される覚悟で――

 ――玲は勇気を振り絞って告白したというのに――

「……は?」

 ――主は、ひどく混乱しておられた。

 玲が何を言っているのか理解できないと。

「えっ……っ!? あっ、ちっ、ちがっ……くてっ……これは、ちが、ぅ……」

 間違えた。
 タイミングを、言葉の選択を、主の意図を、何もかもを。

 それを自覚し弁明を計ろうとも、もう遅かった。
 玲ははっきりと告げてしまったから。
 ずっと秘めておくべきだった願いを主に聞かせてしまい、その上で失敗したのだ。

 頭が真っ白になって、何も考えられない。
 これからどうなるのか、どうすればいいのかもわからない。

 思考が空回りして、脳がオーバーヒートして、それでも――

「あっ……うぅっ……!」

 ――握り締めたその願いだけは諦めきれなかった。

「っ……は、孕んでみせますので……」
「は……はら、む……? 孕むって玲、お前――」
「必ず、一宏様のお子を孕んでみせますっ……。一宏様のような、立派な男の子を産んでみせます! ま、まだ、一度も孕めたことはないのですが……しっ、しかし、一宏様に認めていただければ……つ、妻にしていただければ、きっと……! きっと……だから……どうか……! 私を、一人の女として……お嫁さんにしてはいただけないでしょうか……?」

 それが、玲にとっての誠心誠意だった。

 声を震わせながら。
 涙で視界を滲ませながら。

 玲の全てを主に伝えた。

「玲……もしかして、お前――」
「っ――!」

 目をギュッと瞑って、玲は主の返事を待った。

 どうか、どうか、と心の中で祈りながら、主が優しく名前を呼んでくれることを願った。

 しかし――

「――お前、自分のことを女性だと思っているのか?」

 ――主の口は、ただ残酷なだけの事実を告げるだけだった。
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