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主従

ふたりきりの夜

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「一宏様……一宏様……」

 俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
 儚さが滲み出しているような声は、聞き慣れた玲のものに間違いない。

 もう起きる時間なのだろうか。
 朝になって玲が起こしに来たのだろうか。

 それはいつもの日常で。
 でも今日に限ってはそれはおかしいような気もして。

 何がおかしいのかも判然としないまま、俺は声に導かれるまま目を覚ました。

「……?」

 場所は俺の部屋で。
 暗いから多分夜で。
 玲は俺の股間に顔を埋めていた。

 場所はいい。
 時間も俺が勝手に朝だと勘違いしていただけだ。
 しかし、玲はいったい何をしているのだろうか。

「……玲?」

 名前を呼ぶと、玲が埋めていた顔を持ちあげた。
 暗くて、その表情はよくわからない。

「良かった……起きてくださったのですね」

 玲の言い振りから察するに、玲は俺が起きるのを待っていたらしい。
 ということは、玲はこんな夜中にわざわざ俺の名前を呼んで起こしたということだ。
 何か理由があるに違いない。

「なんだ、いったいどうし……っ?」

 次第に覚めてきた頭が、徐々にこの状況のおかしさを認識し始める。
 夜に起こされたことなんて些事に思えるくらいに。

「玲……なんで、ここに居るんだ……?」
「どうしてと申されましても、今日は夜伽の予定でしたので……」

 昼に今日の夜伽は無しにすると話したはずだけれど、今はそんなことはどうでもいい。

 玲の返答は俺の質問の答えになっていない。
 俺が知りたいのは玲がここに居る理由ではなく、玲が珠美に拉致されていない理由だ。

 珠美の身に何か不都合な事でも起きたのか。
 それとも単純にまだ拉致される前なのか。

 玲に勘付かれないようにするためにも、下手な質問はできない。
 もどかしくても、今は疑問はそのままにしておくしかない。

 珠美は今どこで、何をしているというのだろうか。

「夜伽か……。もしかして俺が寝ちまったから、勝手にやっといてくれたって感じなのか?」
「はい。障害は排除致しましたので、勝手ながら予定通り夜伽をするべきだと判断しました。私としましても、一宏様には認識を改めていただく必要があると感じていましたので……」
「障害……? それに認識を改めるって……玲に対しての認識のことか?」
「はい……私は一宏様にとって有用な存在なのだということをわかっていただきたく……そのために、失礼ながら縛らせていただきました」
「は……っ?」

 玲に言われるまで気付かなかった。

 俺の両手は今、後ろ手に縛られている。
 しかも玲の言葉を信用するのならば、玲の手によって拘束されたらしい。

「いや、なんで、こんな……意味が……?」

 理解できないことが多すぎて、まず何に思考を回すべきかも定まらない。

 珠美の状況も不明だ。
 玲の言葉も意味がわからない。
 玲に拘束されたなんて未だに信じられない。

 ただ一つだけ言えることは――

「申し訳ありません……しかし、今はまだその枷を外すことはできないのです」

 ――従者であるはずの玲の目の前で、俺は危機に陥っているということだ。
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