女として兄に尽くすよう育てられた弟は、当たり前のように兄に恋をする

papporopueeee

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主従

兄への毒

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「えっ……なっ……なんで……?」

 意味がわからなかった。

 それは、言葉通りに謝意を示しているのだろうか。
 それとも、一宏の推測を暗に肯定しているのだろうか。

 珠美はなぜ謝罪しているのか。
 それがわからなくて、俺は動揺してしまった。

「そうだね……いきなり謝られても困ってしまうよね。それじゃあまずは、そこから説明させて欲しい」

 先ほどまで口を噤んでいた様から一変して、珠美は話の主導権を握り出した。
 困惑する俺を導きでもするような声色で、黙っていた理由を語り出した。

「拉致が必要なのかという疑問を聞いて、私は一宏君が宗田の毒に屈してしまったのかと勘違いしてしまったんだ。一宏君に疑いを抱いてしまったことに対して、私は謝罪をしたんだよ」
「俺が……毒に……?」

 珠美の言葉は簡単には理解しかねるものだった。

 宗田の毒に侵されているのは玲だったはずだ。
 だからこそ玲には治療が必要で、そのために珠美は拉致を画策しているのではなかったか。

 それなのにどうして今、俺が宗田の毒に屈するなどという発言が出てくるのか。

「玲君ほど深刻ではないけれど、宗田の毒は一宏君の体も蝕んでいるのさ。言い方は悪いかもしれないけれど、宗田の家で、宗田の人間達に囲まれて生活してきたのなら、汚染は避けられないことだからね。現に、外の世界を知る一宏君は宗田の異常さを知ってはいたものの、それを日常としても受け入れていただろう。その日常が外の人間には決して知られてはいけないものだと理解しながら、環境を変えようとはしなかったのだから……」
「っ……すみません」
「前にも言ったけれど、一宏くんが謝る必要はないよ。一宏君はただこの家に生まれて、生活していただけさ。一宏君が責められる謂れはどこにも無いよ」
「……すみません……」

 やはり、珠美が弟だからなのだろうか。
 そして、俺が兄だからなのだろうか。

 どうしても、その一言一句が俺への非難に聞こえて仕方がない。

 お前のせいで玲が苦しんでいるのだと。
 兄であるお前が、弟を家畜にせしめたのだと。

 何を言われても、そう責められているように思えた。

「でも、毒って……? 確かに、俺も宗田の毒に浸っているのかもしれないですけれど……それって、玲とは違う毒ですよね?」

 毒によって玲は、自身を従者としてしか見れなくなっている。
 人ではなく、ただ主に奉仕するだけの道具、または家畜として誇ってすらいる。

 そして、その症状は俺には当てはまらない。
 俺は自身を従者だなんて微塵も思っていないし、そんな身分に甘んじてもいない。

 珠美が言っている俺を蝕む毒とは、何なのだろうか。

「そうだね……玲君を蝕む毒が、その認知を狂わせ思考を汚染する物だとすれば……一宏君を蝕んでいるのは、害が無いどころか甘美ですらある、中毒性に特化した甘い毒かな」
「……?」

 それは遠回しで、抽象的な例えだった。
 中毒性というのは毒々しさを感じさせるものの、害が無く甘美である毒とはどういう意味なのだろうか。

「一宏君のお父さんは……一雅さんは、その毒に負けてしまった……屈してしまったからね……。もしかしたら、一宏君もと考えてしまったが、杞憂で良かったよ」
「親父が……?」
「言っただろう。一雅さんは、この家の第二子がどのように扱われるかを知っていながら玲君を作った……一宏君の為に、玲君を用意したんだ」
「俺の……」
「味を占めていたのさ。従者が存在することによって主に齎される恩恵のね……」

 それはつまり、親父が弟の存在によって得た有益性を、俺にも用意したということなのだろうか。
 あの無愛想で、父としての愛情なんて欠片も見せたことのない親父が。

 例えそれが非道とされる行いであっても、親父は俺の為に玲を作ったと、珠美は言っているのか。

「まあ、その気持ちも理解できなくはないけどね……。結局一雅さんは最後まで兄であり、主のままで、周囲にはそれを糾弾する人間もいなかったのだから。自分の子である一宏君の為に従者を用意しておくのも親心ではあるんだろう……。玲君も、一雅さんの立派な息子なんだけれどね……」
「…………」
「一宏君も、そんな毒に侵されてしまっていたのかと思ったんだ。寸前になって、都合の良い従者を手放すのが惜しくなったのかもしれないってね……。でも、それは私の思い過ごしだった。一宏君の疑問は、真摯に玲君の身を案じてのものだった。だから、私は謝罪をしたかったんだ」
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