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幕間
裏切り者の言葉
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「玲君が謝る必要は無いよ。玲君は何も悪くないんだから……」
「……何を」
何を言っているのかと、玲は珠美に返した。
そんな口先だけの慰めなどいらないと、玲は珠美を突き放した。
その知識を宗田の家からの教育のみに頼っている玲には、珠美の言葉の意図を十分に理解することはできなかった。
玲にとっては、珠美の言葉よりも宗田の家から教えられた事の方が重要だった。
したがって――
「本当のことさ。玲君は被害者でしかない。子は親を選べないとはよく言ったものだ。最初から破綻しているんだよ、この家は。その矛盾を後に生まれた人間に押っ被せて誤魔化してきただけで、疵はずっと蓄積されてきていたんだ」
「お止めください……」
玲を思うが故の珠美の発言は、宗田の家こそが絶対である玲にとっては逆効果であり――
「玲君が気に病む必要は無いんだ。因習に囚われていた祖父母の言葉も……言いなりでしかなかった母親の言葉も……無能だった父親の事も……全て忘れて――」
「お止めください!!」
――宗田の家を否定するという事は、現当主である主の否定にも等しかった。
「…………」
「何を、知ったような口を……! 裏切り者のあなたが!」
玲は弟であり、つまりは母の胎より後に生まれた者であった。
後に生まれた者は、先に生まれた者に傅かなければならない。
従者として仕え、一生を捧げることを幸福としなければならない。
玲はそう教えられ、調教され、絶対として今まで生きてきた。
幸か不幸か、それとも当然の事だったのか。
玲の体と思考はその教えに良く馴染んでいた。
教えに背く事も無く。
疑問を覚える事も無く。
それが自身の人生なのだと信じ切っていた。
そんな玲から見れば、珠美という存在は裏切り者でしかない。
後に生まれた者でありながら、先に生まれた者に人生を捧げずに外で生きている者。
そんな人間に心を許す事も無ければ、宗田の家に対する侮辱に感化できるはずも無い。
「裏切り者……まあ、そうなのかもしれないね……。確かに、私は宗田の家から見れば敵対者なのかもしれない」
「っ! ……ついに、尻尾を現しましたね! やはり、私の見立ては間違っていませんでした」
まるで鬼の首を取ったかのようにはしゃぐ玲。
しかし、珠美は柔和な表情を全く崩していない。
「うん……それで? 私が敵なら、玲君はどうするんだい?」
「決まっています。一宏様に報告し、即刻この家から追い出して――」
「それなら、私も玲君の夜這いを一宏君に報告することにしよう」
「っ!?」
威勢よく啖呵を切っていた玲は、珠美の一言で途端に言葉を詰まらせてしまった。
「玲君が私と敵対するつもりなら、私もそれなりの対応をさせてもらうよ。どうする、玲君?」
「あっ……うっ……」
狼狽する玲。
その様子はあまりにか弱く、
実年齢よりもずっと弱々しく、
小動物のようでもあった。
「信頼している玲君が夜這いなんてしていると知ったら、一宏君はどう思うだろうね?」
「っ…………いっ、言わない、で……」
「うん、そうだね。玲君が余計な気を起こさなければ、私も玲君を傷つけるようなことはしないとも」
「っ……」
こうして、玲は完全に珠美の言いなりとなった。
珠美に逆らえば、玲は敬愛する主から離されてしまう。
それはある意味では、玲の中で珠美が主よりも上に位置するという意味でもあった。
珠美にその気は無かったけれども。
それは玲の中ではありえてはならない、耐え難い事であった。
「大丈夫だよ、玲君。そう悲観しなくてもいい。玲君はもうすぐ自由になれるんだからね」
「……?」
玲の首に繋がる鎖を見せびらかせておきながら、この男は何を言っているのか。
玲の胸中はその矛盾に対する疑問で埋め尽くされていた。
「やりことをしてもいい。言いたい事は好きに言えばいい。我慢を強いられることも無い。玲君は、本当はもっと自由に振る舞っていいんだよ……そうあるべきなんだ……」
「何を、言っているのですか……?」
意味はわからなかった。
玲に珠美の意図は察せなかった。
しかしその珠美の言い様が、どうしてかとても印象に残った。
「今はわからなくてもいいさ。どうせ、すぐにわかるようになるからね……」
珠美は席を立つと、玲の思考に疑問符を残したまま、リビングを出ていった。
「…………」
その立ち去り際の様子が、どこか上機嫌な様にも見えて――
――玲は、その背中に何かとても嫌な物を感じていた。
「……何を」
何を言っているのかと、玲は珠美に返した。
そんな口先だけの慰めなどいらないと、玲は珠美を突き放した。
その知識を宗田の家からの教育のみに頼っている玲には、珠美の言葉の意図を十分に理解することはできなかった。
玲にとっては、珠美の言葉よりも宗田の家から教えられた事の方が重要だった。
したがって――
「本当のことさ。玲君は被害者でしかない。子は親を選べないとはよく言ったものだ。最初から破綻しているんだよ、この家は。その矛盾を後に生まれた人間に押っ被せて誤魔化してきただけで、疵はずっと蓄積されてきていたんだ」
「お止めください……」
玲を思うが故の珠美の発言は、宗田の家こそが絶対である玲にとっては逆効果であり――
「玲君が気に病む必要は無いんだ。因習に囚われていた祖父母の言葉も……言いなりでしかなかった母親の言葉も……無能だった父親の事も……全て忘れて――」
「お止めください!!」
――宗田の家を否定するという事は、現当主である主の否定にも等しかった。
「…………」
「何を、知ったような口を……! 裏切り者のあなたが!」
玲は弟であり、つまりは母の胎より後に生まれた者であった。
後に生まれた者は、先に生まれた者に傅かなければならない。
従者として仕え、一生を捧げることを幸福としなければならない。
玲はそう教えられ、調教され、絶対として今まで生きてきた。
幸か不幸か、それとも当然の事だったのか。
玲の体と思考はその教えに良く馴染んでいた。
教えに背く事も無く。
疑問を覚える事も無く。
それが自身の人生なのだと信じ切っていた。
そんな玲から見れば、珠美という存在は裏切り者でしかない。
後に生まれた者でありながら、先に生まれた者に人生を捧げずに外で生きている者。
そんな人間に心を許す事も無ければ、宗田の家に対する侮辱に感化できるはずも無い。
「裏切り者……まあ、そうなのかもしれないね……。確かに、私は宗田の家から見れば敵対者なのかもしれない」
「っ! ……ついに、尻尾を現しましたね! やはり、私の見立ては間違っていませんでした」
まるで鬼の首を取ったかのようにはしゃぐ玲。
しかし、珠美は柔和な表情を全く崩していない。
「うん……それで? 私が敵なら、玲君はどうするんだい?」
「決まっています。一宏様に報告し、即刻この家から追い出して――」
「それなら、私も玲君の夜這いを一宏君に報告することにしよう」
「っ!?」
威勢よく啖呵を切っていた玲は、珠美の一言で途端に言葉を詰まらせてしまった。
「玲君が私と敵対するつもりなら、私もそれなりの対応をさせてもらうよ。どうする、玲君?」
「あっ……うっ……」
狼狽する玲。
その様子はあまりにか弱く、
実年齢よりもずっと弱々しく、
小動物のようでもあった。
「信頼している玲君が夜這いなんてしていると知ったら、一宏君はどう思うだろうね?」
「っ…………いっ、言わない、で……」
「うん、そうだね。玲君が余計な気を起こさなければ、私も玲君を傷つけるようなことはしないとも」
「っ……」
こうして、玲は完全に珠美の言いなりとなった。
珠美に逆らえば、玲は敬愛する主から離されてしまう。
それはある意味では、玲の中で珠美が主よりも上に位置するという意味でもあった。
珠美にその気は無かったけれども。
それは玲の中ではありえてはならない、耐え難い事であった。
「大丈夫だよ、玲君。そう悲観しなくてもいい。玲君はもうすぐ自由になれるんだからね」
「……?」
玲の首に繋がる鎖を見せびらかせておきながら、この男は何を言っているのか。
玲の胸中はその矛盾に対する疑問で埋め尽くされていた。
「やりことをしてもいい。言いたい事は好きに言えばいい。我慢を強いられることも無い。玲君は、本当はもっと自由に振る舞っていいんだよ……そうあるべきなんだ……」
「何を、言っているのですか……?」
意味はわからなかった。
玲に珠美の意図は察せなかった。
しかしその珠美の言い様が、どうしてかとても印象に残った。
「今はわからなくてもいいさ。どうせ、すぐにわかるようになるからね……」
珠美は席を立つと、玲の思考に疑問符を残したまま、リビングを出ていった。
「…………」
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