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兄と弟と弟だった人

兄の将来

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「そうだ……親父と言えば、会社って今どうなってるんですか? 一応、親父が社長だったんですよね?」
「一応も何も、れっきとした代表取締役社長だったよ。一雅かずまささんが会社の方針を決めて、従業員は皆それに従ってたんだ」

 一雅。
 その響きを聞くのももはや懐かしく思えてしまう。

 普通の家なら父親の名前を家で聞く機会はあまり多くないだろう。
 子供は親を名前では呼ばないし、
 母親も子が生まれたら父として呼ぶ家庭の方が多い。

 しかし俺の周りでは親父を名前で呼ぶ人間が2人もいた。
 しかもどちらも様付けなのだから、嫌でも耳に残ってしまうというものだ。

「今は社長は誰がやってるんですか? やっぱり珠美さんですか?」
「まさか。私が社長なんて、それこそ今の幹部が全員会社からいなくなりでもしない限りありえないよ」

 そんな事態になるのだとしたら会社は倒産も同然であり、
 つまりは絶対にありえないと珠美は言っているようだった。

「そうなんですか? でも、珠美さんって社長の弟なんだし、親父の仕事のサポートもやってたんですよね?」
「あくまでサポートはサポートさ。一雅さんが病床に臥せってからは、宗田と縁の深い家の長男が代表をしているよ」
「そうなんですね……」

 わざわざ長男という情報を付け加えたということは、そこが重要なのだろう。
 おそらく、その縁の深い家というのも宗田と似たような家に違いない。

 時代遅れの田舎貴族は宗田だけではないということだ。

「でも、然るべき時が来たらちゃんと一宏君に代表を受け継ぐようになっているから。そこは安心してくれていい」
「然るべき時、ですか?」
「大学卒業してすぐはさすがに無理だけれどね。会社に就職してから40歳になる頃……早ければ30中盤にはそろそろという話になっているかな」
「はぁ……」

 そうは言われても、学生の身分では実感の湧かない話である。
 そもそも、今時社長を世襲で決めるなんて従業員たちは納得するのだろうか。

「もちろん、一宏君がそれを選ぶならという仮定の話だけれどね」
「え?」
「一人の新卒として、別の会社に入社する選択肢もある。その場合は社長を継ぐ時期はちょっと予想しかねるけれど……なんなら、用意された社長の椅子なんて蹴っ飛ばして自由に生きたっていいんだ」
「……俺に継がない選択肢なんてあるんですか?」
「もちろんだよ。一宏君に夢があるのなら、それを追いかけるのもいい。宗田の家の財産を考えれば、人一倍夢に打ち込めるだけの余裕はあるだろう」
「夢……」

 そんなものは考えたこともなかった。
 幼少期の頃から、ずっと俺は親父の跡を継ぐものだと思い込んでいたから。

 確かに思い返してみると、親父が俺に仕事の話をしたことはない。
 無理やりにでも継がせるつもりなら、そんなのはありえないだろう。

(…………あれ、でも――)

 ――それなら、親父の跡を継ぐなんて俺の思い込みはどこからきたのだろうか――

「まあ、今すぐに決めなきゃいけないという話でもない。大学に通いながら、ゆっくりと考えるといいよ」
「はい……」
「……ところで――」

 その後の珠美の言葉を聞いて、過去の記憶を漁っていた俺の思考は力づくで現代に引っ張りあげられた。

「玲君の将来については、一宏君は何か考えているかい?」
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