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兄と弟と弟だった人
夜の香り
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顔面蒼白で固まる玲。
まるでその周囲だけ時間と空間が固定されたかのように。
ボールを投げた後の姿勢で玲は止まっていた。
一方で、大層愉快そうな笑い声も聴こえた。
爆笑も爆笑。
堪えきれないという風に腹を抱えて笑う珠美の姿がそこにはあった。
そして俺は対照的なふたりに挟まれながら――
この後の玲は面倒くさいモードに入るだろうなとか――
珠美は何がそんなに面白いのだろうかとか――
キャッチボールはこれでお開きだろうなとか――
玲はもう二度とキャッチボールはやらないだろうなとか――
――そんなことをぼんやりと考えていた。
「一宏様……」
夜。
夕食も終えて、入浴も終えて。
今日も早いけど寝てしまおうかと思っていたところで、玲が自室の前にやってきた。
「何か用か?」
「その……っ、本日は申し訳ありませんでした……」
それはもう何度も聞いた謝罪の言葉だ。
幸いなことに、玲の投げたボールによって壊れたのは内庭に飾られていたただの花瓶であった。
仮に窓に当たっていても、玲の腕力で投げたボールでは割れることはなかっただろうが。
とにかく大した損害は出なかった。
しかし、玲の中では損害の規模の問題ではないのだろう。
キャッチボールを終えてからずっとしょげっぱなしだ。
ただでさえ小さい体をもっと縮こまらせて、
口を開けば謝罪ばっかりで、
陰鬱なオーラを漂わせている。
「何度も言ってるだろ。もう気にしなくていい」
「はい…………」
何度俺が気にするなと言ったところで、玲には効果はないのだろう。
時間が過ぎるのを待つしかないのかもしれない。
しょげている玲は珠美に対しても素直に従順になるので、そこはありがたくはあるのだが。
しかし、常時落ち込まれていてはこちらの気が滅入るというものだ。
「……」
「……」
「…………」
「用はそれだけか?」
「いえっ…………っ、あ、あの…………中に入ってもよろしいでしょうか……?」
「? いいぞ」
「……っ、し、失礼いたします……」
障子が開くと、そこにはいつもの夜の姿の玲が立っている。
「っ…………」
「……で? 何か用か?」
「……おっ、お傍に行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ……」
玲はぎこちない足取りでこちらへと寄って来て――
――そして、布団の上に座る俺の隣に腰を下ろした。
「っ……っ……」
「……んで?」
「ぁっ……ぃっ、……いかがでしょうか……?」
「何が?」
「そのっ……今日も……香水を……」
「みたいだな……言われなくてもわかる」
「っ……かっ、かずひろさまのお気に召したようでしたので……どっ、どうでしょうか? っ……きょっ、きょっ……きょうはっ……も……っ」
もじもじと内ももを擦り合わせる玲。
着付けが緩いのか、身じろぎによって薄く白い胸板がはだけている。
風呂上りのせいかその頬は紅潮していて、
緊張のせいかその瞳は濡れていて、
昨日も嗅いだその香りは――
「臭いな」
「…………え?」
「臭い。玲、お前どれだけ香水振ったんだ?」
「え? …………え?」
「次からはもっと少な目でいいぞ。今、結構きついから」
「きっ、きつっ……! ……し、失礼いたしました…………」
玲は即座に立ち上がると、ふらふらとした足取りで部屋を出て行ってしまった。
「……なんだったんだ、あいつは」
まるでその周囲だけ時間と空間が固定されたかのように。
ボールを投げた後の姿勢で玲は止まっていた。
一方で、大層愉快そうな笑い声も聴こえた。
爆笑も爆笑。
堪えきれないという風に腹を抱えて笑う珠美の姿がそこにはあった。
そして俺は対照的なふたりに挟まれながら――
この後の玲は面倒くさいモードに入るだろうなとか――
珠美は何がそんなに面白いのだろうかとか――
キャッチボールはこれでお開きだろうなとか――
玲はもう二度とキャッチボールはやらないだろうなとか――
――そんなことをぼんやりと考えていた。
「一宏様……」
夜。
夕食も終えて、入浴も終えて。
今日も早いけど寝てしまおうかと思っていたところで、玲が自室の前にやってきた。
「何か用か?」
「その……っ、本日は申し訳ありませんでした……」
それはもう何度も聞いた謝罪の言葉だ。
幸いなことに、玲の投げたボールによって壊れたのは内庭に飾られていたただの花瓶であった。
仮に窓に当たっていても、玲の腕力で投げたボールでは割れることはなかっただろうが。
とにかく大した損害は出なかった。
しかし、玲の中では損害の規模の問題ではないのだろう。
キャッチボールを終えてからずっとしょげっぱなしだ。
ただでさえ小さい体をもっと縮こまらせて、
口を開けば謝罪ばっかりで、
陰鬱なオーラを漂わせている。
「何度も言ってるだろ。もう気にしなくていい」
「はい…………」
何度俺が気にするなと言ったところで、玲には効果はないのだろう。
時間が過ぎるのを待つしかないのかもしれない。
しょげている玲は珠美に対しても素直に従順になるので、そこはありがたくはあるのだが。
しかし、常時落ち込まれていてはこちらの気が滅入るというものだ。
「……」
「……」
「…………」
「用はそれだけか?」
「いえっ…………っ、あ、あの…………中に入ってもよろしいでしょうか……?」
「? いいぞ」
「……っ、し、失礼いたします……」
障子が開くと、そこにはいつもの夜の姿の玲が立っている。
「っ…………」
「……で? 何か用か?」
「……おっ、お傍に行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ……」
玲はぎこちない足取りでこちらへと寄って来て――
――そして、布団の上に座る俺の隣に腰を下ろした。
「っ……っ……」
「……んで?」
「ぁっ……ぃっ、……いかがでしょうか……?」
「何が?」
「そのっ……今日も……香水を……」
「みたいだな……言われなくてもわかる」
「っ……かっ、かずひろさまのお気に召したようでしたので……どっ、どうでしょうか? っ……きょっ、きょっ……きょうはっ……も……っ」
もじもじと内ももを擦り合わせる玲。
着付けが緩いのか、身じろぎによって薄く白い胸板がはだけている。
風呂上りのせいかその頬は紅潮していて、
緊張のせいかその瞳は濡れていて、
昨日も嗅いだその香りは――
「臭いな」
「…………え?」
「臭い。玲、お前どれだけ香水振ったんだ?」
「え? …………え?」
「次からはもっと少な目でいいぞ。今、結構きついから」
「きっ、きつっ……! ……し、失礼いたしました…………」
玲は即座に立ち上がると、ふらふらとした足取りで部屋を出て行ってしまった。
「……なんだったんだ、あいつは」
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