上 下
86 / 185
兄と弟と弟だった人

キャッチボールの意味

しおりを挟む
「きゃっち……ぼーる……?」

 家の庭にて。
 渡されたグローブをしげしげと見つめる玲。

 お詫びがケーキではなかったことへの落胆半分、
 初めて聞く言葉への疑問半分という様子だろうか。

 少なくとも、玲にわくわくしているような様子は欠片もない。

「やることは単純で、互いにボールを投げ合うだけだよ。ただ、投げられたボールを素手で受け止めると痛いからね。ボールを受ける際は、このグローブをはめた手を使うんだ」
「なるほど……これは鍋掴みのようなものですか……」

 玲の例えは一見近いようでそうでもない。
 手を守るという意味では同じだが、グローブと鍋掴みでは防ぐ対象と用途が違いすぎる。

 鍋掴みは熱を遮断し、グローブは衝撃を緩和する為の物だ。
 グローブでも熱は防げるが、鍋を掴むことができない。
 鍋掴みならボールを受け止めることもできるが、その衝撃はほぼ素通りだ。

 2つは似ているようで、代用品にはなりえない。

「……それで、きゃっちぼーるをすることに何の意味があるのでしょうか?」
「……」

 一瞬、空気が凍った気がしたのは俺だけだろうか。

 玲は純粋に不思議そうな表情を浮かべているだけだし、
 珠美は和やかに笑っているし、
 やはり俺の気のせいだったのかもしれない。

 いや、そんなはずはないのだけれども。
 普通だったら玲の発言は空気を読めてなさすぎて息苦しくなるくらいなのだけれども。

 玲自身にその自覚がなくて、
 珠美がおおらかなせいで、
 正常な反応をしているはずの俺が滑稽に思えてしまう。

「はっはっはっ、意味、意味か。まさかそうくるとは……。玲君はさすがだね。キャッチボールに意味なんて、私は考えたことがなかったよ」
「無意味な行為なのですか?」
「そうだね。意味なんて無いと言い切ってしまってもいいかもしれない。少なくとも、私たちにとってはキャッチボールは無意味な可能性が高そうだ」

 キャッチボールを無意味と断じては色んな方面から怒られそうな気がするけれど。
 しかし、この3人の間では無意味なことには同意である。

「……では、わざわざキャッチボールをすることもないのでは?」
「でも、楽しいかもしれないよ?」
「……ボールを投げて、それを受け取る行為がですか?」
「意味が無いなら無いで、そこ以外に価値があるものさ。むしろ、この世の楽しいことというのはどれも無意味なものばかりで、困ったものだよ」

 そう言って珠美は苦笑した。

 その言葉には含蓄があって、
 珠美の生きてきた年月が感じられて
 その目は田舎の風景ではなく、
 どこか遠くを見ているようだった。

「……一宏様は、どう思われますか?」
「えっ?」
「一宏様はきゃっちぼーるをしたいと思われますか? 意味が無かったとしても……私と……」
「……まあ、偶にはそういう日があってもいいだろ」

 俺もあまりスポーツが好きな人間ではないのだが。
 珠美の手前、キャッチボールを否定することはできなかった。

「……かしこまりました」

 玲は両手で持っていたグローブを左手に持つと――

 スムーズな手つきでその右手にはめた。

「……逆だぞ、玲」
「え?」
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...