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兄と弟と弟だった人
立ち去る直前
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「今日は…………」
「今日は?」
「……いえ、その…………」
喋り出したかと思えば、また押し黙ってしまう玲。
本当に挨拶に来ただけならば、もう用件は済んでいるはずだ。
いつもの玲であれば、用が終わった時点で澄ました顔をして去って行くと思うのだが。
「っ……」
玲は一向に立ち去る気配がない。
つまり、まだ何か用があるのだろう。
挨拶というのは建前で、言い難そうにしている本当の用があるのだろう。
しかし、俺にわかるのはそこまでだ。
玲と過ごした時間は長くとも、深い時間を過ごしたことのない俺にはその心の内は全くわからない。
わかるのはあくまで表面的なことだけ。
風呂上りの為に上気している頬。
ちらちらと俺の顔と体を見ては逸らしている視線。
言い出せない自分にもどかしさでも感じているのか、もじもじとしている仕草。
玲が口に出してくれないと、俺には何もわからず何もできない。
あまりに黙られ続けると、眠気もどんどんと増してくる。
さっさと用を済ませて、早く寝かせて欲しいものだ。
「…………いえ……なんでもありません。ただ、一宏様が疲れているように見えたので……必要のない心配でした」
長い沈黙の末、玲はそう言った。
それが本心なのか誤魔化しなのかはわからないけれども、わざわざ問い詰める必要も無いだろう。
仮に誤魔化しなのだとしても、玲がそう判断したのなら構わない。
何があろうと、玲が意図して俺の不利益になるようなことはしないのだから。
「そうか……まあ、なんだ……。玲も今日はゆっくり休め」
「はい……おやすみのお邪魔をして申し訳ありませんでした。それでは、失礼いたします」
玲が踵を返す。
白い長襦袢の裾が翻って――
艶のある黒髪がふわりと舞って――
――嗅いだことの無い香りがした。
「……ん? 玲、ちょっと待て」
「はい?」
玲が振り返る。
呼び止められたことが余程意外だったのか、その表情はきょとんとしている。
「玲、何か香水をつけているのか?」
「こうすい…………ぁっ……。はい、つけております」
「今まではつけてたことなかったよな。急にどうした?」
「媚薬を作成した際に、香料の作成も伝授されていたことを思い出しまして」
脳裏に昨日の夜伽のことが思い起こされる。
あれは媚薬とは名ばかりの、ただの潤滑液だったけれど。
確か、夜伽の前に玲が媚薬について色々と話していたはずだ。
「……ってことは、それもあの人から教わったのか?」
「はい、母より教わったものです」
「……」
「今日は試しにつけてみただけなのですが……一宏様のお気に召さなければ、今後の使用は控えます」
「……」
「いかがでしょうか……?」
「……玲」
「はい」
「ちょっと、こっちに来てくれないか」
「ぇっ……かっ、かしこまりました……」
「今日は?」
「……いえ、その…………」
喋り出したかと思えば、また押し黙ってしまう玲。
本当に挨拶に来ただけならば、もう用件は済んでいるはずだ。
いつもの玲であれば、用が終わった時点で澄ました顔をして去って行くと思うのだが。
「っ……」
玲は一向に立ち去る気配がない。
つまり、まだ何か用があるのだろう。
挨拶というのは建前で、言い難そうにしている本当の用があるのだろう。
しかし、俺にわかるのはそこまでだ。
玲と過ごした時間は長くとも、深い時間を過ごしたことのない俺にはその心の内は全くわからない。
わかるのはあくまで表面的なことだけ。
風呂上りの為に上気している頬。
ちらちらと俺の顔と体を見ては逸らしている視線。
言い出せない自分にもどかしさでも感じているのか、もじもじとしている仕草。
玲が口に出してくれないと、俺には何もわからず何もできない。
あまりに黙られ続けると、眠気もどんどんと増してくる。
さっさと用を済ませて、早く寝かせて欲しいものだ。
「…………いえ……なんでもありません。ただ、一宏様が疲れているように見えたので……必要のない心配でした」
長い沈黙の末、玲はそう言った。
それが本心なのか誤魔化しなのかはわからないけれども、わざわざ問い詰める必要も無いだろう。
仮に誤魔化しなのだとしても、玲がそう判断したのなら構わない。
何があろうと、玲が意図して俺の不利益になるようなことはしないのだから。
「そうか……まあ、なんだ……。玲も今日はゆっくり休め」
「はい……おやすみのお邪魔をして申し訳ありませんでした。それでは、失礼いたします」
玲が踵を返す。
白い長襦袢の裾が翻って――
艶のある黒髪がふわりと舞って――
――嗅いだことの無い香りがした。
「……ん? 玲、ちょっと待て」
「はい?」
玲が振り返る。
呼び止められたことが余程意外だったのか、その表情はきょとんとしている。
「玲、何か香水をつけているのか?」
「こうすい…………ぁっ……。はい、つけております」
「今まではつけてたことなかったよな。急にどうした?」
「媚薬を作成した際に、香料の作成も伝授されていたことを思い出しまして」
脳裏に昨日の夜伽のことが思い起こされる。
あれは媚薬とは名ばかりの、ただの潤滑液だったけれど。
確か、夜伽の前に玲が媚薬について色々と話していたはずだ。
「……ってことは、それもあの人から教わったのか?」
「はい、母より教わったものです」
「……」
「今日は試しにつけてみただけなのですが……一宏様のお気に召さなければ、今後の使用は控えます」
「……」
「いかがでしょうか……?」
「……玲」
「はい」
「ちょっと、こっちに来てくれないか」
「ぇっ……かっ、かしこまりました……」
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