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兄と弟と弟だった人
拒絶
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「あ……」
「……」
ケーキを食べながら珠美に玲との雑談の様子を根掘り葉掘りと聞かれて。
玲がお菓子を食べていた様子を事細かに話すことでなんとか尺を稼いで。
ボロを出す前にリビングから逃げてきたところで玲と出くわした。
「……」
「……」
玲は干していた洗濯物を回収していたようで、胸に衣類の入った籠を抱えている。
これからは珠美の分も増えるので、より玲の負担は増えることだろう。
「……」
「……」
玲は立ち止まってこちらを見つめている。
そこに逃げ出した時の様子は微塵も残っていない。
赤く染まっていた頬は、健康を疑うくらいに白く。
見開いていた目は、冷たさすら感じるくらいに冷静で。
あわあわとしていた口は、一文字に結ばれている。
すっかり気を取り直したようで、いつもの機械的な玲に戻っている。
「……何か御用でしょうか?」
「ん、ああ……」
どうやら、俺がじろじろと見ているから玲は立ち止まっていたようだ。
あんな醜態を晒しておきながら、もしも俺が立ち止まらなかったらすたすたと歩き去っていたのかもしれない。
こういうのも面の皮が厚いと言えるのだろうか。
「……玲のケーキは冷蔵庫にしまっておいたぞ。時間がある時に食って、珠美さんにお礼を言っておけ」
「かしこまりました。お手数をかけてしまい申し訳ありません」
いつも通り、反省はしていても落ち込みはしない謝罪。
どことなく安心すら覚えてしまう。
「……」
「……あの、他に何かありますでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。家事に戻っていいぞ」
「承知しました」
玲が歩き去って行く。
その落ち着いた仕草を背後から眺めていて、ふと思い出した。
「ああ、そうだ……玲!」
「……」
ぴたりと歩みを止めた玲が、振り返ってこちらへと戻って来る。
髪を清楚に揺らして、髪先を肩に掠らせながら。
足早に、けれど焦らずに。
「何でしょうか?」
「言い忘れてたんだが、今日から俺は風呂は1人で入るぞ」
「えっ……」
どさりと音がした。
玲が抱えていた籠を落としたようだ。
「どうした?」
「……いえ、何でもありません」
玲はいそいそと床に散った衣類を拾い始めた。
「……あの……理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ん? いや、別に大した理由じゃないんだけどな……」
「…………大した理由でないのなら、昨日までと同じようにすればよろしいのではないでしょうか」
「いや、でも珠美さんも増えたからな。玲の家事の負担も増えるだろうから、削れるとこは削った方がいいだろう」
何よりも、玲に頼り切った生活を珠美に知られるのが気恥ずかしいのだ。
玲と違い、俺は外に出て常識も知っている。
この年で玲と風呂に入って、しかも体を洗わせていることの異常性は把握している。
昔からいっしょに住んでいる相手の前なら気にはしないが、叔父とはいえ関わりの浅い珠美に知られるのは勘弁願いたい。
風呂だけではなく、必須ではない世話はこれを機に削っていきたいのだ。
「私なら問題ありません。私の役目は一宏様のお役に立つこと。そして一宏様に奉仕することです。珠美さんの為の家事がおざなりになろうと、一宏様を蔑ろにすることはありえません」
籠を持ち直しながら、きりっとした表情で玲はそう言い放った。
もしかすると、玲なりの決め台詞のつもりなのかもしれない。
「そっちの方が問題なんだよな……。とにかく、今日からは俺に直接世話するようなことは全部しなくていいから。風呂に勝手に入ってきたりするなよ」
「っ…………かしこまりました。珠美さんが家に滞在している間は、一宏様への過度な干渉は控えます」
「いや、珠美さんがいなくなってからも控えてくれ」
「えっ……」
どさりと音がした。
玲が籠を抱えたまま膝から崩れ落ちたようだ。
「大丈夫か?」
「はっ……はい……」
玲はよろよろとした足取りで立ち上がる。
珠美が言っていたことはこういうことなのだろうか。
俺が思っているよりも強い感情。
そして玲の中でのお世話の意味。
お世話を拒否されるということは、玲にとっては存在意義を否定されるような心地なのかもしれない。
「もっ、もうよろしいでしょうか……?」
「ああ、もういいぞ」
「でっ、では……失礼します……」
そして玲は歩き去って行った。
ふわふわとした今にも倒れてしまいそうな足取りは、出来の悪い絡繰り人形のようだった。
「……」
ケーキを食べながら珠美に玲との雑談の様子を根掘り葉掘りと聞かれて。
玲がお菓子を食べていた様子を事細かに話すことでなんとか尺を稼いで。
ボロを出す前にリビングから逃げてきたところで玲と出くわした。
「……」
「……」
玲は干していた洗濯物を回収していたようで、胸に衣類の入った籠を抱えている。
これからは珠美の分も増えるので、より玲の負担は増えることだろう。
「……」
「……」
玲は立ち止まってこちらを見つめている。
そこに逃げ出した時の様子は微塵も残っていない。
赤く染まっていた頬は、健康を疑うくらいに白く。
見開いていた目は、冷たさすら感じるくらいに冷静で。
あわあわとしていた口は、一文字に結ばれている。
すっかり気を取り直したようで、いつもの機械的な玲に戻っている。
「……何か御用でしょうか?」
「ん、ああ……」
どうやら、俺がじろじろと見ているから玲は立ち止まっていたようだ。
あんな醜態を晒しておきながら、もしも俺が立ち止まらなかったらすたすたと歩き去っていたのかもしれない。
こういうのも面の皮が厚いと言えるのだろうか。
「……玲のケーキは冷蔵庫にしまっておいたぞ。時間がある時に食って、珠美さんにお礼を言っておけ」
「かしこまりました。お手数をかけてしまい申し訳ありません」
いつも通り、反省はしていても落ち込みはしない謝罪。
どことなく安心すら覚えてしまう。
「……」
「……あの、他に何かありますでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。家事に戻っていいぞ」
「承知しました」
玲が歩き去って行く。
その落ち着いた仕草を背後から眺めていて、ふと思い出した。
「ああ、そうだ……玲!」
「……」
ぴたりと歩みを止めた玲が、振り返ってこちらへと戻って来る。
髪を清楚に揺らして、髪先を肩に掠らせながら。
足早に、けれど焦らずに。
「何でしょうか?」
「言い忘れてたんだが、今日から俺は風呂は1人で入るぞ」
「えっ……」
どさりと音がした。
玲が抱えていた籠を落としたようだ。
「どうした?」
「……いえ、何でもありません」
玲はいそいそと床に散った衣類を拾い始めた。
「……あの……理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ん? いや、別に大した理由じゃないんだけどな……」
「…………大した理由でないのなら、昨日までと同じようにすればよろしいのではないでしょうか」
「いや、でも珠美さんも増えたからな。玲の家事の負担も増えるだろうから、削れるとこは削った方がいいだろう」
何よりも、玲に頼り切った生活を珠美に知られるのが気恥ずかしいのだ。
玲と違い、俺は外に出て常識も知っている。
この年で玲と風呂に入って、しかも体を洗わせていることの異常性は把握している。
昔からいっしょに住んでいる相手の前なら気にはしないが、叔父とはいえ関わりの浅い珠美に知られるのは勘弁願いたい。
風呂だけではなく、必須ではない世話はこれを機に削っていきたいのだ。
「私なら問題ありません。私の役目は一宏様のお役に立つこと。そして一宏様に奉仕することです。珠美さんの為の家事がおざなりになろうと、一宏様を蔑ろにすることはありえません」
籠を持ち直しながら、きりっとした表情で玲はそう言い放った。
もしかすると、玲なりの決め台詞のつもりなのかもしれない。
「そっちの方が問題なんだよな……。とにかく、今日からは俺に直接世話するようなことは全部しなくていいから。風呂に勝手に入ってきたりするなよ」
「っ…………かしこまりました。珠美さんが家に滞在している間は、一宏様への過度な干渉は控えます」
「いや、珠美さんがいなくなってからも控えてくれ」
「えっ……」
どさりと音がした。
玲が籠を抱えたまま膝から崩れ落ちたようだ。
「大丈夫か?」
「はっ……はい……」
玲はよろよろとした足取りで立ち上がる。
珠美が言っていたことはこういうことなのだろうか。
俺が思っているよりも強い感情。
そして玲の中でのお世話の意味。
お世話を拒否されるということは、玲にとっては存在意義を否定されるような心地なのかもしれない。
「もっ、もうよろしいでしょうか……?」
「ああ、もういいぞ」
「でっ、では……失礼します……」
そして玲は歩き去って行った。
ふわふわとした今にも倒れてしまいそうな足取りは、出来の悪い絡繰り人形のようだった。
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