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兄と弟と弟だった人
食事補助
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「腹いっぱいじゃないんだろ? だったら今ケーキを食っても問題ないだろ」
「し、しかし、一宏様と食事を共にするなど……」
「この前のお茶は? あの時は一緒に菓子を食ってたじゃないか」
「あれは、あくまで一宏様のお暇潰しの相手をさせていただいたのであって、お話が目的でありましたので……」
「へぇ……」
珠美が玲の言葉に反応を示した。
おそらく、今の発言で『玲と話をする』という珠美からの頼みに思い至ったのだろう。
なんだか意味ありげな含み笑いを浮かべている。
「だったら、今だって話が目的ってことなら食うのか?」
「そ、それは……しかし…………っ、わ、わかりました」
ついに観念したのか、玲は椅子に座った。
よく考えると、玲がこのテーブルに着く姿を見るのは初めてかもしれない。
何の変哲もない光景だが、どことなく新鮮味が感じられる。
「っ……で、では……いただきます」
玲は両手を合わせて行儀よくお辞儀をすると、銀のフォークを手に取った。
「っ……」
そして、三又に分かれた先端をモンブランに近づけて、
黄色いクリームへと銀色を沈めて……沈め、て……
「っ……っ……」
フォークはいつまで経ってもクリームに沈み込まなかった。
フォークの先端をモンブランに近づけては離し、
別のポイントに狙いを定めては近づけては離し、
頂点の栗にフォークを向けたかと思えば近づけては離し――
玲は一向にモンブランを食べようとしなかった。
「どうした?」
「そ、その……このケーキは、どのように食べるのが正しいのでしょうか……?」
「は?」
「かっ、一宏様にはしたないところを見せるわけには参りません……。どっ、どうか、正しい食べ方をご教授いただきたいのですが……」
「正しい食べ方って……モンブランにはそんなもんないだろうし、あっても大抵の人は気にしてないだろ。普通に食べればいいんだよ」
「ふっ、普通、ですか……」
「玲君、フォークにケーキを掬い取って、口に運べばいいだけだよ。先ほど一宏君がしていた通りだ。玲君が普段している食時と同じようにすればいいんだ」
「ふっ、普段と、同じ……っ」
意を決したのか、ついに玲はモンブランにフォークを差し入れた。
そして、フォークの先端にほんのちょっぴりクリームを乗せた。
(それだけ?)
そういえば、菓子を食っていた時も玲の一口は随分と少なかった。
細かく、細かく食べ進めていく様は、リスのようだった。
「っ……っ……」
クリームがほんの少し乗ったフォークを自らの口元へ運んでいく玲。
その視線はちらちらと俺の方へ向けられており、食べる動作はぎこちない。
フォークを持ち上げたはいいものの、
口をパクパクと開いては閉じてを繰り返し――
顔をフォークに近づけたり、離したりを繰り返し――
フォークを口に近づけたり、離したりを繰り返し――
むしろその迷う所作の方がよっぽどみっともなく――
もどかしくて見ていられないので――
「さっさと食え」
「っ!?」
玲の手からフォークを奪い取って、その先端を口に入れてやった。
「し、しかし、一宏様と食事を共にするなど……」
「この前のお茶は? あの時は一緒に菓子を食ってたじゃないか」
「あれは、あくまで一宏様のお暇潰しの相手をさせていただいたのであって、お話が目的でありましたので……」
「へぇ……」
珠美が玲の言葉に反応を示した。
おそらく、今の発言で『玲と話をする』という珠美からの頼みに思い至ったのだろう。
なんだか意味ありげな含み笑いを浮かべている。
「だったら、今だって話が目的ってことなら食うのか?」
「そ、それは……しかし…………っ、わ、わかりました」
ついに観念したのか、玲は椅子に座った。
よく考えると、玲がこのテーブルに着く姿を見るのは初めてかもしれない。
何の変哲もない光景だが、どことなく新鮮味が感じられる。
「っ……で、では……いただきます」
玲は両手を合わせて行儀よくお辞儀をすると、銀のフォークを手に取った。
「っ……」
そして、三又に分かれた先端をモンブランに近づけて、
黄色いクリームへと銀色を沈めて……沈め、て……
「っ……っ……」
フォークはいつまで経ってもクリームに沈み込まなかった。
フォークの先端をモンブランに近づけては離し、
別のポイントに狙いを定めては近づけては離し、
頂点の栗にフォークを向けたかと思えば近づけては離し――
玲は一向にモンブランを食べようとしなかった。
「どうした?」
「そ、その……このケーキは、どのように食べるのが正しいのでしょうか……?」
「は?」
「かっ、一宏様にはしたないところを見せるわけには参りません……。どっ、どうか、正しい食べ方をご教授いただきたいのですが……」
「正しい食べ方って……モンブランにはそんなもんないだろうし、あっても大抵の人は気にしてないだろ。普通に食べればいいんだよ」
「ふっ、普通、ですか……」
「玲君、フォークにケーキを掬い取って、口に運べばいいだけだよ。先ほど一宏君がしていた通りだ。玲君が普段している食時と同じようにすればいいんだ」
「ふっ、普段と、同じ……っ」
意を決したのか、ついに玲はモンブランにフォークを差し入れた。
そして、フォークの先端にほんのちょっぴりクリームを乗せた。
(それだけ?)
そういえば、菓子を食っていた時も玲の一口は随分と少なかった。
細かく、細かく食べ進めていく様は、リスのようだった。
「っ……っ……」
クリームがほんの少し乗ったフォークを自らの口元へ運んでいく玲。
その視線はちらちらと俺の方へ向けられており、食べる動作はぎこちない。
フォークを持ち上げたはいいものの、
口をパクパクと開いては閉じてを繰り返し――
顔をフォークに近づけたり、離したりを繰り返し――
フォークを口に近づけたり、離したりを繰り返し――
むしろその迷う所作の方がよっぽどみっともなく――
もどかしくて見ていられないので――
「さっさと食え」
「っ!?」
玲の手からフォークを奪い取って、その先端を口に入れてやった。
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