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兄と弟
初体験
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「あむっ……はむっ……」
目を輝かせながら、玲は饅頭に噛みついては咀嚼して飲み下していく。
そういえば、玲が何かを食べているところをまじまじと見るのはこれが初めてかもしれない。
「もぐっ……っっ!?」
勢いよく食べすぎたのか、玲は喉を詰まらせたらしい。
一口サイズの饅頭ですら詰まるとは、余程食道が貧弱なようだ。
「おい、大丈夫か?」
玲はまだ俺の分しかお茶を淹れていない。
仕方ないので、まだ口を着けていないお茶を玲に差し出すことにした。
「んっ……くっ……!」
玲は少しだけ躊躇していたが、やはり苦しみに耐えかねたのか、
ゆっくりと湯呑に口をつけた。
「っ! ……んっ……んくっ……」
小さな喉仏を精一杯に動かしながら、お茶で饅頭を流し込む玲。
そして湯呑を口から離すと、恍惚とした表情でほうっと息を吐いた。
「……申し訳ありません。直ちに一宏様のお茶を淹れ直します」
「……そんなに美味かったか?」
「っ……はっ、はい……お見苦しいところをお見せしてしまいお恥ずかしい限りです」
玲の耳が赤く染まっていく。
まさか、昼間にこんな人間味のある玲が見られるとは思わなかった。
「普通の饅頭だと思うけどな……もしかして、こういう菓子は食うの初めてか?」
「はい。初めて食べました」
「でも、今までも食おうと思えば食えただろ?」
「はい、食品の管理は私がしておりますので。しかし今までに食べたことはなく、与えられたこともなかったので、食べようとは思いませんでした」
「ああ……まあ、そうか……」
お菓子の美味しさを知らなければ、それを欲しいと思う欲求自体が存在しない。
玲への教育では、その無知が利用されてきたということだろう。
玲が菓子を食べる機会があったとすれば、今日のように俺が許可をして与えた時だけで――
俺が玲の食事に関心を持っていなかったから、今日まで玲は菓子を口にすることがなかったのだ。
「……それで? 食べてみた感想はどうだ?」
「とても美味しかったです。柔らかくて、甘くて……お粥にお砂糖を混ぜれば、同じ美味しさになるのでしょうか……」
「……粥よりも餅の方が近くなるかもな」
「お餅……なるほど……。自作は難しそうです……」
いったいその頭で何を考えているのか。
玲と俺では環境が違いすぎて理解も及びそうにない。
「わざわざ自分で作らなくても、これを食えばいいじゃないか。菓子はある程度保管してるんだろ?」
「はい。しかし、それは一宏様にいつでもお出しできるようにです。私が手をつけるわけには参りません」
「じゃあ、仕入れの時についでに玲の分も買えばいいじゃないか」
「私が任せていただいているお金は、宗田の家のお金です。私的な目的で消費するなんてことがあってはなりません」
「……それじゃあ、この饅頭をこの先一生食えなくても玲は構わないのか?」
「はい」
そこに、饅頭で顔を綻ばせていた玲の面影はなかった。
無表情に――。
無感情に――。
機械的に――。
玲はまっすぐに俺の顔を見つめて断言した。
「……そうか」
「一宏様、お茶を淹れ直しました」
玲から湯呑を受け取る。
淹れられたばかりのお茶は湯気を立てていて、とても口をつけられそうにない。
「…………」
「…………」
「……まだ腹に入るなら、せんべいと羊羹も食ってみてくれ。玲の感想が聞いてみたい」
「承知しました」
お茶が飲めないと、沈黙の重圧を誤魔化せない。
だからお茶が冷めるまでは、玲にお菓子の感想を喋らせておく他ないだろう。
目を輝かせながら、玲は饅頭に噛みついては咀嚼して飲み下していく。
そういえば、玲が何かを食べているところをまじまじと見るのはこれが初めてかもしれない。
「もぐっ……っっ!?」
勢いよく食べすぎたのか、玲は喉を詰まらせたらしい。
一口サイズの饅頭ですら詰まるとは、余程食道が貧弱なようだ。
「おい、大丈夫か?」
玲はまだ俺の分しかお茶を淹れていない。
仕方ないので、まだ口を着けていないお茶を玲に差し出すことにした。
「んっ……くっ……!」
玲は少しだけ躊躇していたが、やはり苦しみに耐えかねたのか、
ゆっくりと湯呑に口をつけた。
「っ! ……んっ……んくっ……」
小さな喉仏を精一杯に動かしながら、お茶で饅頭を流し込む玲。
そして湯呑を口から離すと、恍惚とした表情でほうっと息を吐いた。
「……申し訳ありません。直ちに一宏様のお茶を淹れ直します」
「……そんなに美味かったか?」
「っ……はっ、はい……お見苦しいところをお見せしてしまいお恥ずかしい限りです」
玲の耳が赤く染まっていく。
まさか、昼間にこんな人間味のある玲が見られるとは思わなかった。
「普通の饅頭だと思うけどな……もしかして、こういう菓子は食うの初めてか?」
「はい。初めて食べました」
「でも、今までも食おうと思えば食えただろ?」
「はい、食品の管理は私がしておりますので。しかし今までに食べたことはなく、与えられたこともなかったので、食べようとは思いませんでした」
「ああ……まあ、そうか……」
お菓子の美味しさを知らなければ、それを欲しいと思う欲求自体が存在しない。
玲への教育では、その無知が利用されてきたということだろう。
玲が菓子を食べる機会があったとすれば、今日のように俺が許可をして与えた時だけで――
俺が玲の食事に関心を持っていなかったから、今日まで玲は菓子を口にすることがなかったのだ。
「……それで? 食べてみた感想はどうだ?」
「とても美味しかったです。柔らかくて、甘くて……お粥にお砂糖を混ぜれば、同じ美味しさになるのでしょうか……」
「……粥よりも餅の方が近くなるかもな」
「お餅……なるほど……。自作は難しそうです……」
いったいその頭で何を考えているのか。
玲と俺では環境が違いすぎて理解も及びそうにない。
「わざわざ自分で作らなくても、これを食えばいいじゃないか。菓子はある程度保管してるんだろ?」
「はい。しかし、それは一宏様にいつでもお出しできるようにです。私が手をつけるわけには参りません」
「じゃあ、仕入れの時についでに玲の分も買えばいいじゃないか」
「私が任せていただいているお金は、宗田の家のお金です。私的な目的で消費するなんてことがあってはなりません」
「……それじゃあ、この饅頭をこの先一生食えなくても玲は構わないのか?」
「はい」
そこに、饅頭で顔を綻ばせていた玲の面影はなかった。
無表情に――。
無感情に――。
機械的に――。
玲はまっすぐに俺の顔を見つめて断言した。
「……そうか」
「一宏様、お茶を淹れ直しました」
玲から湯呑を受け取る。
淹れられたばかりのお茶は湯気を立てていて、とても口をつけられそうにない。
「…………」
「…………」
「……まだ腹に入るなら、せんべいと羊羹も食ってみてくれ。玲の感想が聞いてみたい」
「承知しました」
お茶が飲めないと、沈黙の重圧を誤魔化せない。
だからお茶が冷めるまでは、玲にお菓子の感想を喋らせておく他ないだろう。
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