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二日目:生まれて生きて、その先に
理想の死に方
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突風が屋上の表面を撫でて過ぎ去った。
屋上は殺風景に戻っていて、コンクリートにぶち撒けられた血痕と、赤く染まったスーツ姿の抄だけが、死ね神が先ほどまでここにいたという証拠だ。
死ね神は普段は何もしていないと言っていた。
けれど、ボクの近くにいて、挙動を把握しているとも言っていた。
今も見えないけれど近くにはいるのだろうか。
「はぁーーーっ……」
暫く死ね神の消えた空間を見つめていた抄が、尻餅をつくように座り込んだ。
「あぁーー……死ぬかと思った」
「こっちのセリフだよ。ショウ、死ぬ気だったのか?」
「そんなわけないだろ。死ぬ気なんて微塵もない」
「その割には口調がやけに強気だったけど。あれじゃあ死ね神を挑発してるようにしか見えないぞ」
「……まあ、ちょっと冷静ではなかったかな。割と怒ってたかも」
抄の態度は怒りが原因だったらしい。
しかしあれだけ怯えていたのがここまで豹変するとは、いったい何に怒っていたのだろうか。
「死ね神のこと怖いって言ってたのに、あれは嘘だったのかと思っちゃったよ」
「怖いよ。今だって指が震えてるし。ほら、触ってみろよ。ブルブル震えて、箸もまともに持てそうにない」
「……見ればわかる。でも、怖いんだったらだったらなんで出てきたんだよ。様子を見に来たなら、扉の向こう側でも会話くらいは聞こえてただろ?」
「タクが死にかけてたから」
抄がこちらを睨みつける。
先ほどの怒っていたという発言は、もしかしたらボクに対してだったのかもしれない。
「何が一人でも大丈夫、だよ。あっさり死ね神の口車に乗って死にかけやがって。死ぬ気だったのはお前の方じゃないか」
「うっ……どこから聞いてたんだよ」
「俺が屋上に来た時には、タクは死ね神に命乞いしてたな」
『し、死にたくない……ボクは死にたくない! た、頼むっ……こ、怖いんだ。怖くて堪らない。だから、どうか、待ってくれ……お願いします。ボクはまだ、死にたくなっ……うぇっ』
ちょうどボクの情けなさが頂点に達したときだった。
せめてボクが死ね神相手に攻めてるところも聞いていて欲しかった。
「いいか、タク。お前は気が動転していただけだ。あの時どんな思いだったのかも、何を考えていたのかも知らないけど、あんな願いのことは忘れろ。いいな?」
あんな願いというのは祖母の延命のことだろう。
「あんな呼ばわりしなくたって……。冷静じゃなかったのは認めるけど、でも誰かを助けたいっていうのは責められるようなことじゃないだろ」
「省略するなよ、タク。お前が願ったのは、自分の命と引き換えに誰かを助けることだ。しかも、その誰かっていうのは余命の少ない婆さんだ」
「そ、そんな風に言わなくても――」
「いいや、ここははっきり言わせてもらう。お前の婆ちゃんがどんな人だったのかは俺は知らない。それでも、お前がその婆ちゃんのために死ぬのは間違ってる。二度と願うな」
抄の言うことは間違っていない。
余命の少ない老人の為に若者が命を落とすというのは合理的ではないと理解できる。
しかし、この命が誰かの役に立つということに魅力を感じてしまうのも事実だ。
どうせ死ぬのなら、誰かの為に死ぬのだと思いながら死にたい。
自分の生きた道を振り返っても、そこには大したものが転がっていないから。
せめて誰かの幸せな未来を夢想しながら人生を終えたいんだ、ボクは。
屋上は殺風景に戻っていて、コンクリートにぶち撒けられた血痕と、赤く染まったスーツ姿の抄だけが、死ね神が先ほどまでここにいたという証拠だ。
死ね神は普段は何もしていないと言っていた。
けれど、ボクの近くにいて、挙動を把握しているとも言っていた。
今も見えないけれど近くにはいるのだろうか。
「はぁーーーっ……」
暫く死ね神の消えた空間を見つめていた抄が、尻餅をつくように座り込んだ。
「あぁーー……死ぬかと思った」
「こっちのセリフだよ。ショウ、死ぬ気だったのか?」
「そんなわけないだろ。死ぬ気なんて微塵もない」
「その割には口調がやけに強気だったけど。あれじゃあ死ね神を挑発してるようにしか見えないぞ」
「……まあ、ちょっと冷静ではなかったかな。割と怒ってたかも」
抄の態度は怒りが原因だったらしい。
しかしあれだけ怯えていたのがここまで豹変するとは、いったい何に怒っていたのだろうか。
「死ね神のこと怖いって言ってたのに、あれは嘘だったのかと思っちゃったよ」
「怖いよ。今だって指が震えてるし。ほら、触ってみろよ。ブルブル震えて、箸もまともに持てそうにない」
「……見ればわかる。でも、怖いんだったらだったらなんで出てきたんだよ。様子を見に来たなら、扉の向こう側でも会話くらいは聞こえてただろ?」
「タクが死にかけてたから」
抄がこちらを睨みつける。
先ほどの怒っていたという発言は、もしかしたらボクに対してだったのかもしれない。
「何が一人でも大丈夫、だよ。あっさり死ね神の口車に乗って死にかけやがって。死ぬ気だったのはお前の方じゃないか」
「うっ……どこから聞いてたんだよ」
「俺が屋上に来た時には、タクは死ね神に命乞いしてたな」
『し、死にたくない……ボクは死にたくない! た、頼むっ……こ、怖いんだ。怖くて堪らない。だから、どうか、待ってくれ……お願いします。ボクはまだ、死にたくなっ……うぇっ』
ちょうどボクの情けなさが頂点に達したときだった。
せめてボクが死ね神相手に攻めてるところも聞いていて欲しかった。
「いいか、タク。お前は気が動転していただけだ。あの時どんな思いだったのかも、何を考えていたのかも知らないけど、あんな願いのことは忘れろ。いいな?」
あんな願いというのは祖母の延命のことだろう。
「あんな呼ばわりしなくたって……。冷静じゃなかったのは認めるけど、でも誰かを助けたいっていうのは責められるようなことじゃないだろ」
「省略するなよ、タク。お前が願ったのは、自分の命と引き換えに誰かを助けることだ。しかも、その誰かっていうのは余命の少ない婆さんだ」
「そ、そんな風に言わなくても――」
「いいや、ここははっきり言わせてもらう。お前の婆ちゃんがどんな人だったのかは俺は知らない。それでも、お前がその婆ちゃんのために死ぬのは間違ってる。二度と願うな」
抄の言うことは間違っていない。
余命の少ない老人の為に若者が命を落とすというのは合理的ではないと理解できる。
しかし、この命が誰かの役に立つということに魅力を感じてしまうのも事実だ。
どうせ死ぬのなら、誰かの為に死ぬのだと思いながら死にたい。
自分の生きた道を振り返っても、そこには大したものが転がっていないから。
せめて誰かの幸せな未来を夢想しながら人生を終えたいんだ、ボクは。
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