40 / 84
一日目:いつものふたりで、いつもどおりに
願った理由は
しおりを挟む
「あー、甘い。そして上手い。幸せに形があるとしたらそれは間違いなくクレープのことだな」
ボクの手から取り戻したクレープを頬張りながら、抄は恍惚とした笑みを浮かべている。
「しかもそれが人の金で食えるんだから、そりゃ上手いだろうな」
「ああ、ごちそうさまだぜ、親友。やっぱ出かけるなら財布は持ち歩かないとな」
「? ショウが財布を持ち歩いてないから、ボクが奢ってるんじゃないか」
「俺の財布なら座ってるだろ。隣にな」
「……お前の親友は財布なのかよ」
「冗談だって。ちゃんと金が稼げるようになったら返すからさ」
「それ、いつになるんだよ」
戸籍を持たない抄が簡単にバイトなどができるとは到底思えない。
「待ちきれないなら体で返そうか?」
「お断りだよ!」
「んー? 家事労働で返すことの何が不満なんだ?」
「ぐっ、お前……!」
ニマニマと意地悪く微笑む様子から、抄が意図的に誤解を生む言い方をしたのは明らかだった。
「タクは不思議なことを言うんだなー? それなら、お言葉に甘えてぐうたら寝て過ごすのも悪くないなー。掃除も、炊事も、洗濯も。タクがどうしてもしてほしいって言うなら、吝かじゃないけどなー?」
「別に、したくないならしなくていいけどな……。ボクだって家事はズボラな方だし、それなのに人には強制させるのも気分悪いし……」
「ウソウソ、拗ねんなよタク。家事はもう全部俺に任せとけって。だから機嫌直せ?」
「っ!」
それは、抄の意図した行動ではなかったのかもしれない。
抄はただ、そっぽを向いたボクを振り向かせようとしただけで。
男の時と同じように、ボクの肩に肘を置こうと思っただけで。
ただ、今はその胸部が男の時とは比べようもないほどに膨らんでしまっているから。
だから結果としてそれが当たってしまっただけで――
「おっ、耳が真っ赤ってことは機嫌直ったな」
あ、わざとだこれ。
転生して日が浅いというのに、抄はすっかり女の武器を使いこなしているように見える。
「……そういえば、どうしてショウは美少女になりたかったんだ?」
「そりゃお前、どうせなら可愛い方がいいだろ?」
「そうじゃなくて、どうして女になりたかったんだってことだよ。実は心の性別は女性でしたってわけでもないんだろ?」
性同一性障害。
体と精神の性別に乖離があるという症状だが、抄がそれに当てはまっていたとは思えない。
「大した理由じゃないんだけど……美少女になってみたい、なんてそう変わった願望でもないだろ?」
「いや、少なくともボクはそんな願望持ってないぞ。むしろイケメンになりたいくらいだし、ショウがあのルックスを捨てたのだって勿体ないって思ってるくらいだ」
「イケメンだってそんな万能じゃないけどな。人生を有利に楽しむための要素ではあるけど、デメリットもあるし」
「それにしたって、自分の死と引き換えにするような願いとは思えないんだけどな、女体化って」
「いや、むしろ死なないと意味がないだろ」
「そうか?」
「後天的な性転換手術だと、挿入される側の感覚を本当の意味では味わえないからな」
「……ん?」
今の言葉はボクの聞き間違いだろうか。
抄は呑気にクレープのアイスを齧っているが。
「今、ショウが挿入される側になりたかったって言ったように聞こえたんだけど……」
「なりたかったというよりは、体験してみたかったの方が近いな。だってさ、男で生まれてしまった以上、膣に挿入される感覚は絶対に経験できないんだぜ?」
「そっ、それは、確かにそうだろうけど……」
絶対に手の届かない物に憧れるという気持ちはわからないでもない。
抄はセックスでありふれた生活を送っていたために、女性側の感覚が気になったのだろうか。
「逆に女性は絶対に挿入ができない。本当の意味で両方の感覚を知るには、異性に転生するしか方法がないんだよ。そしてそんなチャンスが急に目の前に転がりこんできたら、そりゃ願うだろ」
抄はボクに巻き込まれて二度も死ね神に殺された。
この罪悪感を忘れたことはないし、これから先も決して消えることはないけれども。
今の抄の話を聞いて、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「しかし想定外だったのは処女だったことだな。元々が童貞じゃないんだし、そこは気を利かせて欲しかったんだが……これじゃあセックスなんて一生できない、というかする気が起きない。……ああ、そうだな。もう二度とセックスができないってのは、ちょっと後悔してるかもな……」
過去を、もう二度と戻らない日々を思い返すように抄は空を見上げた。
仕方のない事と自分を納得させるように、小さく溜息を吐きながら。
ボクの手から取り戻したクレープを頬張りながら、抄は恍惚とした笑みを浮かべている。
「しかもそれが人の金で食えるんだから、そりゃ上手いだろうな」
「ああ、ごちそうさまだぜ、親友。やっぱ出かけるなら財布は持ち歩かないとな」
「? ショウが財布を持ち歩いてないから、ボクが奢ってるんじゃないか」
「俺の財布なら座ってるだろ。隣にな」
「……お前の親友は財布なのかよ」
「冗談だって。ちゃんと金が稼げるようになったら返すからさ」
「それ、いつになるんだよ」
戸籍を持たない抄が簡単にバイトなどができるとは到底思えない。
「待ちきれないなら体で返そうか?」
「お断りだよ!」
「んー? 家事労働で返すことの何が不満なんだ?」
「ぐっ、お前……!」
ニマニマと意地悪く微笑む様子から、抄が意図的に誤解を生む言い方をしたのは明らかだった。
「タクは不思議なことを言うんだなー? それなら、お言葉に甘えてぐうたら寝て過ごすのも悪くないなー。掃除も、炊事も、洗濯も。タクがどうしてもしてほしいって言うなら、吝かじゃないけどなー?」
「別に、したくないならしなくていいけどな……。ボクだって家事はズボラな方だし、それなのに人には強制させるのも気分悪いし……」
「ウソウソ、拗ねんなよタク。家事はもう全部俺に任せとけって。だから機嫌直せ?」
「っ!」
それは、抄の意図した行動ではなかったのかもしれない。
抄はただ、そっぽを向いたボクを振り向かせようとしただけで。
男の時と同じように、ボクの肩に肘を置こうと思っただけで。
ただ、今はその胸部が男の時とは比べようもないほどに膨らんでしまっているから。
だから結果としてそれが当たってしまっただけで――
「おっ、耳が真っ赤ってことは機嫌直ったな」
あ、わざとだこれ。
転生して日が浅いというのに、抄はすっかり女の武器を使いこなしているように見える。
「……そういえば、どうしてショウは美少女になりたかったんだ?」
「そりゃお前、どうせなら可愛い方がいいだろ?」
「そうじゃなくて、どうして女になりたかったんだってことだよ。実は心の性別は女性でしたってわけでもないんだろ?」
性同一性障害。
体と精神の性別に乖離があるという症状だが、抄がそれに当てはまっていたとは思えない。
「大した理由じゃないんだけど……美少女になってみたい、なんてそう変わった願望でもないだろ?」
「いや、少なくともボクはそんな願望持ってないぞ。むしろイケメンになりたいくらいだし、ショウがあのルックスを捨てたのだって勿体ないって思ってるくらいだ」
「イケメンだってそんな万能じゃないけどな。人生を有利に楽しむための要素ではあるけど、デメリットもあるし」
「それにしたって、自分の死と引き換えにするような願いとは思えないんだけどな、女体化って」
「いや、むしろ死なないと意味がないだろ」
「そうか?」
「後天的な性転換手術だと、挿入される側の感覚を本当の意味では味わえないからな」
「……ん?」
今の言葉はボクの聞き間違いだろうか。
抄は呑気にクレープのアイスを齧っているが。
「今、ショウが挿入される側になりたかったって言ったように聞こえたんだけど……」
「なりたかったというよりは、体験してみたかったの方が近いな。だってさ、男で生まれてしまった以上、膣に挿入される感覚は絶対に経験できないんだぜ?」
「そっ、それは、確かにそうだろうけど……」
絶対に手の届かない物に憧れるという気持ちはわからないでもない。
抄はセックスでありふれた生活を送っていたために、女性側の感覚が気になったのだろうか。
「逆に女性は絶対に挿入ができない。本当の意味で両方の感覚を知るには、異性に転生するしか方法がないんだよ。そしてそんなチャンスが急に目の前に転がりこんできたら、そりゃ願うだろ」
抄はボクに巻き込まれて二度も死ね神に殺された。
この罪悪感を忘れたことはないし、これから先も決して消えることはないけれども。
今の抄の話を聞いて、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「しかし想定外だったのは処女だったことだな。元々が童貞じゃないんだし、そこは気を利かせて欲しかったんだが……これじゃあセックスなんて一生できない、というかする気が起きない。……ああ、そうだな。もう二度とセックスができないってのは、ちょっと後悔してるかもな……」
過去を、もう二度と戻らない日々を思い返すように抄は空を見上げた。
仕方のない事と自分を納得させるように、小さく溜息を吐きながら。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。
青花美来
ライト文芸
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。
大怪我を負っていた私は、その時全ての記憶を失っていた。
私はどうしてこんな怪我をしているのだろう。
私は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。
忘れたままなんて、怖いから。
それがどんなに辛い記憶だったとしても、全てを思い出したい。
第5回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる