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第8話 優しさ①
しおりを挟む「お願いだ…もう一度、やり直してくれないか」
ルイス様は、私に向かって深く土下座した。
「…望みは何ですの?」
「は?」
「ティアナを、あるいはお手つきの女性たちを、守るためですか。それとも、自分の威厳を守るためでしょうか?」
「!?」
彼は、何を言っているんだ、と顔をばっとあげる。
「まさか、そんなわけ…」
「誓えますか」
「は…」
「この場には、私の専属侍女、それから友人、執事だっております。皆が証人となれるよう、正しい答えを教えてくださいませ」
ルイス様は、周りを見渡した。
レナ、リアム、アーク…。皆を認識し、彼は立ち上がらぬまま私に告げた。
「ああ。約束しよう…私は反省しており、もう一度アイリスとやり直したいと…そう思っている」
残念なことにーー彼の瞳が真っ直ぐに私を捉えていないことに気づけなかった。
彼はこの時だって、私を蔑ろにしていたのだーー。
◇
「色々とあって、ごめんなさいね」
「いや、大丈夫。…だけど、まさか社交界でも有名なラグリー家が、なかなか深い闇を抱えているんだね」
「ええ、まあ。前当主は良識のある良いお方だったのだけれど。今は、あの人が当主ですもの」
「ふっ…、あははっ」
突然笑い出したリアムに、私は首を傾げた。
「何かおかしなことを言ったかしら」
「いいや、そんなことはない」
それでもなぜか笑いが止まらないようで、彼がひとしきり笑ったと同時に、迎えの馬車が来た。
「どんな家でも、何があるかわからないものだね」
そう言って、彼は乗り込んだ。
いつまでもにこやかな彼に、私は彼のような幼馴染を持って良かったと改めて思うのだった。
◇
「…手伝おうか」
そう口にしたのは、夫だった。
私は今日、使用人と共に、季節の変わり目ということで模様替えをしている。
寒い季節になるので、もちろん暖炉が壊れていないかとか、薪の調達など、様々な確認も兼ねて行っていた。
そんな時、私に話しかけてきた。
「…手伝おうか」
私はこの家で二番目に身分が高い。そして、そんな私に敬語を使わなくて良いのは…。
「ルイス様?」
振り返ると、ついこの前私に土下座までして許しを乞うた夫がいた。
「手伝うなんて…お気持ちだけで十分ですわ」
「そう、か…」
うなだれて、しゅんとするなんて。
夫は、こういう人ではなかったはずなのだがーーなんて、私だって彼のことを知っているわけではないけれど。
それからというもの、彼は私の行く先々に現れては優しさを施してくれた。
だから、勘違いしそうになるのよね…だって、こんなにも優しいのだもの。
私を、想ってくれているんじゃないかってーー。
「ルイス様?仕事は…」
「終わった。だから、何か手伝おうと思って」
「まぁ、ありがとうございます。なら、お言葉に甘えて…」
たまにこうやって頼る。
けれど今でも、その意図は掴めない。
「なぁ…アイリス。出かけないか」
「で、でかけっ……!?」
まさか、よりによってこの私を誘うだなんて…!
けれど、同時に「捨てた」としてきた心が、またふつふつと湧き上がってくる。
「綺麗な景色が見えるところを知っている。良ければ」
「はい…」
ああ、どうしよう。
せっかく一年前に捨てた心が、戻ってきてしまった、なんて…そんなの、花嫁となったあの時の私が、許すはずもないけれど。
嬉しい…。
「準備できたか?」
「はい、お待たせいたしました…っ」
ちょっと張り切ってしまった。
けれど、やはり綺麗なルイス様の横に並ぶのは、不安ではあるけれど。
「じゃあ、行こうか」
「はい…!」
彼が連れて行ってくれたのは、山を少し登ったところにある、湖だった。
「アイリス。見てーーすごく、綺麗だろ?」
「はいっ…絶景ですね」
「ああ」
湖に綺麗に反射した光が照らしたその街の風景は、まさに人々の心を打つようで。
その湖の上でボートに、私たちは向かい合って座った。
気まずかったが、やがて他愛のない話が弾んだ。
その後、街に降りて買い物などをした。
ルイス様のお顔がよろしいので、すれ違う人々は皆振り向いていたけれど。
「ルイス様、今日はありがとうございました」
「いや…。楽しめたか?」
「もちろんです!」
これなら、もう一度やり直すことだってーー。
◇
「どうでした?」
レナから訊かれる。
もちろん、こういうことにはなるだろうと覚悟はしていたが。
「楽しかった…」
感傷に浸る私を見て、にこにことしている。
「本当、旦那様ってばアイリス様の魅力に気がつかないのですから。然るべき病院の受診をお薦めしようとか思っておりました」
「然るべき…って、目の?」
「はい!だって、アイリス様の美しさがわからないなんて、目が悪いかもしれないじゃないですか!」
相変わらず嬉しいお世辞を混ぜながらも冗談を言うレナに思わず笑ってしまう。
若いながらに流石、ベテラン侍女である。
改めて、今日のルイス様を振り返る。
いつもよりは表情が柔らかかったがーー。
なんて。
「…もし、最初から」
上手くやっていれば。
私はこんなに悩むこともなかっただろうにーー。
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