小鳥遊医局長の恋

月胜 冬

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危機一髪

欲望に晒される冬

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全ての客が帰ったのは、深夜を過ぎてからの事だった。秋と、シモーネは二人揃って仲良くソファでうたた寝をしていた。

ふたりのテーブルの上とソファの周りには山のように積まれたビールの空缶が転がっていた。

冬は呆れたようにそれを眺めていた。

「静さんもガクさんも先にお風呂入って来て下さい。あらかた片付いて、後はこの人達だけだから。」

図体の大きなふたりが寄り添うように寝ている姿はおかしかった。

「この二人はギリギリまで寝かしておいてあげましょう。僕達が連れて行きますから。」

小鳥遊は笑いながら言った。

「じゃあ先にシャワーを浴びて来ますね。」

小鳥遊と今泉は二人とも2階へとあがった。ふたりが寝ている部屋には、
あちらこちらに紙皿やコップが置かれたままになっていたのでゴミ袋を持って部屋を歩き回った。

窓辺に置かれたままの、缶ビールを片付け、食べかけのピザや、床に散らばったスナック菓子を拾い集めた。騒がしいパーティーの後のこの気だるい静けさが冬は好きだった。

…もうすぐ日本に帰れる。

新しい友人も沢山出来て、日本に帰れるのは嬉しいことだが、同時に寂しくもあった。結婚をしたら、もうここには来れないだろう。たった1年ちょっとであったが、感慨深いものがあった。

ゴミを全て拾い終わり、部屋に戻って来て、キッチンで洗い物をしているとシモーネが起きて来た。

「あ…シモーネ大丈夫?」

冬が振り返ると、眩しそうな顔のシモーネが立っていた。

「ああ…水飲みたい。あれみんなは?今何時?」

冬がミネラルウォーターを手渡すと、シモーネはそれを一気に飲み干した。

「もうみんな帰っちゃったわよ。もうすぐ2時よ。明日は仕事大丈夫なの?」

「ああ…。」

シモーネは怠そうに答えた。

「何か食べる?ピザとおにぎりぐらいしか無いけど。」

返事はないが、シモーネに何か食べる?と冬が聞いて断ったことが無いので冷蔵庫を開けた。

「ねぇトーコ。今日僕見ちゃったんだ。」

誰かが、冷蔵庫に無理やり突っ込んだ食べ残しを見て、もう…と言ってそれを取りだした。シモーネはだるそうに壁に寄り掛かっていた。

「え…何を?」

皿に残った食べ残しを、ごみ箱に捨てながら冬は聞いていた。

「…シズと君が熱烈なキスをしていたところ。」

シモーネがゆっくりと言うと、冬の手が一瞬止まったように見えた。

「そう…。」

しかし、顔色も変えずに答え、何事も無かったかのようにピザとおにぎりを取り出した。

「ガクと結婚するんだろ?あいつは、君とシズがデキているのを知っているのかい?」

意地悪そうに言った。冬はピザを電子レンジに入れた。

―――ピッピッ…ブーン。

冬は電子レンジが回り始めたのを確認してから再び洗い物を始めた。

「ええ知ってるわ。」

冬の手元でカチャカチャとコップが音を立てた。

「嘘だろ?」

――チーン。

電子レンジの音が、部屋に響いた。シモーネから教わったレシピで作ったピザ。

「そんなの普通の男だったら許す筈無いよ…。」

シモーネは鼻で笑った。

「見え透いた嘘つくなよ。トーコ。」

「でも…知ってるのよ。…もうこの話は止めましょう?あなた酷く酔っぱらってるし。」

ピザのラップを外し、シモーネが立っている横のキッチンカウンターの上にピザが乗った皿とフォークを一緒に置いた。

「ねぇトーコ。シズともう寝たの?」

冬は答えなかった。

「秘密にしてあげても良いよ。僕とも寝てくれたら…ガクには黙っててあげる。」

冬は笑っただけで、何も言わず再びシンクの前に立った。

「シモーネ…あなた…今日は…飲み過ぎよ。」

冬はため息をついた。小鳥遊と付き合い始めたと知った時も詮索されたが、シモーネがここまで露骨に聞いてくることは今まで一度も無かった。

「シズとはしたの?」

シモーネはもう一度冬に聞いた。

「なんで?…あなたには関係無いでしょう?仮に寝ていたとしてもあなたに言う必要はないわ。」

冬は静かに答えた。

「僕…本当に君のことが好きなんだ。」

シモーネが冬に抱きついてきた。

「あっ…。ちょっ…と。」

その大きな体に押され、壁に押し付けられた。洗っていた皿が冬の手からシンクに大きな音を立てて滑り落ちたが、幸いにも割れなかった。皿に流れっぱなしの水が当たり、シンクの中で放射状に広がった。

「僕のものになってよ。」

シモーネは熱い唇を冬の唇に押し付け、優しく囁いた。

「寂しい想いはさせないから。」

冬を壁から抱き寄せると、強く抱きしめた。

「痛いわ…シモーネ。やめて頂戴。あなたは幼馴染の様なものなの。」

「君は僕の気持ちを知っているのに、君を随分前から知っているのに…なんでガクなんだ?」

「腕を…緩めて…息が出来ない…。」

冬はシモーネの胸の中に抑えつけられた。シャツを通して、シモーネの体温が冬にじわじわと伝わってきた。

「ガクに不満があるから、あの男とも付き合ってるんだろ?」

冬が周りを見ると、キッチンカウンターの上にさっきピザと一緒に置いたフォークが見えた。

「あなたに説…明しても理解して…貰えない。」

一生懸命に手を伸ばした。

…あと…もうちょっと。

あと数センチの所で、シモーネが気が付き、チラリとフォークを見た。
その時、締め付けられていた腕が緩み、冬はフォークをさっと掴んだ。

フォークの先を自分の首に向けた。

「トーコ!な…何を…。」

シモーネは慌てた。

「絶対に...やりそこなわないわ。」


シモーネはフォークを持った手をしっかりと抑え、再び冬は壁に押し付けられた。そしてフォークごと両方の手を冬の頭の上で抑えつけて固定した。

「トーコ。危ないよ。」

そう言うと、壁に冬を押し付けたまま何度もキスをした。シモーネからはスパイシーな香水の香りと、アルコール臭がしていた。

「やめ…て。やめてよ!」

冬は必至で抵抗したが、シモーネの体でしっかりと押し付けられ、左手で、手首をギリギリと締め上げた。

指先が冷たくなり、フォークを落としてしまった。足元に落ちたフォークをシモーネが蹴ると、それは、タイルの上を滑って、キッチンとダイニングの入り口で止まった。

「シズにしてたみたいな長いキスを僕にもしてよ。」

ギュッと閉じた冬の唇をこじ開けようとシモーネの長い舌が這った。

「や…めて。」

押し付けられているうえに、唇を塞がれ、再び息が苦しくなった。

「シモーネ。やめて頂戴。」

冬は暴れたが、190センチ以上もあるシモーネの身体はびくともしなかった。

「ガクのものになんかならないで…。」

冬の首元の香りを嗅ぎ、深呼吸をした。丁度冬の臍上の辺りで、シモーネの大きくて硬いものが触れた。

「ああ…良い香りだトーコ。」

ゆっくりと首元に唇を這わせていく途中で、何度かチクチクとした感触があり、音を立てながら、キスマークを付けている事が分かった。

「ガクとなんて別れちゃえば良いんだ。」

シモーネの唇が這った後の皮膚がゆっくりと乾き熱を奪い、ぞわぞわと鳥肌が立った。

「これでも僕…女の子達にキスもセックスも上手だって言われてるんだよ?」

…駄目だ。

「やーめーて!トキッ!!助けてト…。」

隣の部屋のソファで寝ている兄を大きな声で呼んだが途中からキスで塞がれた。

「君のことがずっとずっと好きだった。なのに君は、僕から離れていった。」

ボタンを外し、白い冬の胸にもキスマークをつけた。

「何年前の話をしてるの?子供の頃の話じゃない。」

ブラウスのボタンは全て外され、たくし上げられていた。

「それに、あなたの浮気が原因じゃない!」

シモーネは、ブラの上から冬の胸を優しく揉んだ。

「君に嫉妬させたかったんだ。」

その手をゆっくりと冬の背中に回した。

「あの時は、どれだけ君が僕を愛してくれているのかを試したかったんだ。僕が馬鹿だった…。」

シモーネは冬の背中に手を回し、ブラのホックを外した。

「あの事故の時だって、僕の名前を呼んでくれていたじゃないか。」

…そうだ。あの時は必死でシモーネを呼んだ。

自分を庇ってくれたのに、瀕死の状態で倒れているように見えたからだ。

「あの時のことは、感謝してる。だけど、それとこれとは違う!」

ブラウスもブラも取られない様に必死に握っていたが、力ずくで奪い取られた。

「とっても綺麗だよ…トーコ。」

…よりにもよって何で今なの?

今レイプをされてしまえば、制約がある中で費やして来た努力が無駄になり、計画全てが消えてしまう。

…レイプされては駄目。

冬は自分に冷静になれと何度も言い聞かせていた。

しっかり抑えられた手を無理やり動かそうとすると関節がギシギシと音を立てた。

シモーネの唇は冬の柔らかい乳首を口に含んだ。

「愛してる。」

冬の気持ちとは裏腹に冬の乳房はシモーネの熱い掌の中で硬く締まった。

「君には後悔はさせないよ。あいつより僕の方がもっと魅力的だと思わない?」

反対の乳房も同じように音を立てて愛撫し、その後には赤いキスマークが点々とついた。

「トーコの胸とっても形が良くて綺麗だね。ほら乳首が硬くなってる。」

シモーネの荒く熱い息が耳にかかった。

「お願いだから止めて!」

その唇がゆっくり胸からウエストへと降りていき、スカートまで来ると片方の手でゆっくりとスカートの中へと忍ばせた。

「シモーネ お願いだからやめて! 」

身を捩って抵抗した。

「外に、出すから…。ね。外に出すから心配しないで。」

必死に足を閉じようとしたが、冬の足の間にシモーネが割って入った。

「大丈夫…君が暴れなければ、すぐに気持ちよくしてあげる。」

暴れる冬のショーツとストッキングを少しづつ下した。

「嫌っ!やめてよ!やめてぇーっ」

冬の手を押えたまま、抱きかかえるようにして手を回し、冬の尻の谷間から前へと指を滑らせた。そこは恐怖で濡れていた。入り口を見つけるとシモーネの呼吸はより一層荒くなった。

「トーコのこここんなに濡れて…しかもよく締まりそうだ。」

シモーネが、体を少し曲げた瞬間、肩が丁度冬の目の前にあった。躊躇する事なく、冬はシモーネの肩にシャツの上から噛みついた。

「痛っ。」

冬から少し離れると、

「最初は痛いかも知れないけれど、我慢して…。」

シモーネは少し怒ったように言うと、ズボンのベルトをカチャカチャと片手で外し始めた。

「嫌よ!やめてー!」

それでも抵抗しようと冬は暴れた。腕を外そうともがく冬の手首を逃がさない様にと、シモーネが力任せに捻る様に腕を押えた時だった。


―――― パチン。

冬の頭上で軽く乾いた音がした。

「うっ…。」

体から冷や汗がドッと出て、目の前がチカチカしたかと思ったのと同時に冬の左腕に激痛が走った。

階段を駆け下りて来た小鳥遊の声と、変形した冬の腕を見たシモーネが驚き声をあげたのはほぼ同時だった。

「トーコさん!」「あ…。」

小鳥遊は無表情のままシモーネに近づき、冬から自分よりも背の高いシモーネを引きはがしたかと思うと、大きくよろめいたシモーネの顔を思い切り殴った。

床によろよろと倒れ込んだシモーネの体がテーブルにぶつかり大きな音を立てた。その音に秋がようやく目を覚ましソファから何事かと起き上がった。

小鳥遊が倒れたシモーネの胸ぐらを掴むと、柔らかなシャツのボタンがパチパチとはじけ飛ぶ音がした。

「お前…何やってんだ!」

上半身裸の冬はへなへなとその場にしゃがみこんだ。

小鳥遊を追いかける様に、階段を降りて来た今泉が冬に駆け寄った。落ちていたブラウスを冬にそっとかけ、左手を押える冬をリビングへと連れだした。

冷や汗をかいて痛みに震える冬を椅子に座らせた。

「トウコさん。大丈夫ですか?」

冬は今泉に頷くのが精一杯だった。

手の先がジンジンと痺れ,変形した部分は赤く腫れ上がり,心臓の音に合わせて拍動する様な痛みがあった。

今泉は傍にあった段ボールを折って、冬の腕に添わせると、小鳥遊がその横にあった梱包用ガムテープを段ボールの上から巻き、冬の手を固定した。

「氷を持って来ます。」

そう言って小鳥遊は冷蔵庫から出した氷と水をビニール袋に入れ,その上にタオルを巻き持ってくると、冬の腫れた部分にそっと当てた。

「いっ…。」

思わず冬の口から声が漏れた。その間に今泉が冬の着衣を整えた。

「病院へ行きましょう。夜だし交通量も少ない。僕が運転しましょう。」

そういうと、今泉は車のキーとバックを取った。

「静さん…無免許でしょ?私が運転するわ。」

冬は痛みでクラクラした。

「駄目です‼︎」

小鳥遊と今泉の声が揃った。

「こんな痛みで冷や汗をかいてるのに運転なんて出来ません。」

…いててて。

シモーネはやっと起き上がり,床に座った。

「おい…大丈夫か?」

秋が状況を飲み込めず,シモーネがゆっくり立ち上がるのを手伝った。

「ここから出て行け!今すぐにだ!」

怒りを隠そうともしない強い口調で小鳥遊がシモーネに言った。

よろよろと立ち上がったシモーネは秋に連れられ、冬の家を出た。

冬の前腕の手首よりも少し下の部分が変形して大きく腫れていた。

まるで火の中にでも手を突っ込んだかの様に熱くピリピリとするその腕が、自分のものではない気がした。と同時に、少しでも動かそうものなら強烈に痛み,自分の体の一部である事を主張し続けた。立ち上がると、酷く眩暈がして、ふらふらとした冬を慌てて今泉が支えた。

「トーコさん。僕が抱えた方が早いでしょう。静さんは車を玄関前に着けて下さい。」

玉の様な汗をびっしょりと掻いた冬の髪はべったりと顔に張り付いていた。

「ガクさん…大丈夫。少しすれば良くなるから。」

小鳥遊は何も言わず軽々と冬を抱えた。心臓がドキドキとして顔から血の気が引いていくのが分かった。冬の身体が冷や汗でしっとりと濡れていた。冬は力なく微笑んだが、その顔色は真っ青だった。

「トーコさん。楽にしていてください。静さんが車をつけてくれますから。」

冬は歯を食いしばって、痛みに耐えていたが時々頭がボーとして気が遠くなるような気がした。その度に小鳥遊に名前を呼ばれた。

今泉が戻って来て冬の靴を持った。

「保険の心配はいりませんから、どこの病院でも大丈夫です。」

冬は痛みで眉を顰めた。

小鳥遊は後部シートに冬を乗せ、助手席に乗った。

「静さん…運転大丈夫ですか?」

「日本と反対ですよね?大丈夫だと思います。」

3人は病院へと急いだ。

「変形が酷いので橈骨も尺骨も折れてるかも知れません。」

冬は目をつぶったままそれを聞いていた。少し横になったせいか、冷や汗もすこしずつ引いた。

「だとしたら…ORIFだ。」

今泉が運転しながらため息をついた。

「それでも…結婚式には…ギリギリ間に合うかな…。」

冬は静かに言ったが誰も返事をしなかった。

小鳥遊の見立て通り前腕骨幹部骨折で、緊急手術となった。入院もせず、麻酔から覚めると、すぐに家に帰された。

「術後でも返されちゃうって聞いてはいましたけど、凄いですね。」

今泉が心配そうに言った。

「脳外のクモ膜下出血でも手術して3日後には退院って言ってましたから…。」

「マジですか?」

今泉が驚いた。日本なら状態にもよるが、1ヶ月は入院するからだ。

「マジです。」

小鳥遊が真面目な顔で言った。


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「お願い…シモーネもかなり酔っていたし、もしかしたら覚えていないかも…だから何も言わないで。手を突いて骨折しちゃったって言うわ。」

リビングで3人で話し合っていた。ギプス固定をされた腕は重く、三角巾で吊っていても、肩まで痛くなった。

「あなたは、あんな酷いことをされてこの状況なのに、まだシモーネを庇うんですか?」

小鳥遊はイライラした口調で冬のギプスを巻かれた腕を見た。

「庇っているわけじゃないわ。ただ様子を見ましょうっていってるの。」

自分と今泉が家に居ながら、冬を守れなかったことに自分自身にも苛立ちを小鳥遊は感じていた。

「さぁさぁ二人とも…少し休みましょう。」

ふたりの間の一触即発の雰囲気を悟った今泉は二人の間に割って入った。

「また起きてから話し合えば良いじゃないですか。」

今泉が時計をチラリと見ると朝の9時を過ぎていた。

誰も昨日の夜から一睡もしていなかった。

「じゃぁ僕は寝ます…トウコさんを宜しくお願いします。」

そう言うと自分の部屋へと戻っていった。

「…もう寝ましょう。」

「はい…。」

二人で冬の寝室へと向かった。

冬はビニール袋を手に巻いて、シャワーを浴びる準備をしてた。

「術直後だから腫れてしまいますよ…。」

小鳥遊が止めたが、冬は答えず、タオルを準備しシャワーを捻った。

「僕が手伝いましょう。」

ブラウスを脱ぐと、首元と胸に沢山のキスマークが付いており、小鳥遊はそれを見て息を飲み、冬は慌ててタオルで隠した。こうなることを分かっていてシモーネは、自分への嫌がらせの為につけたのだ。

「一人で出来るから大丈夫。」

冬は無理に明るくしていて、見ているのが痛々しいくらいだった。シモーネに再びふつふつと怒りが湧いてきた。鏡越しに小鳥遊は冬の顔を見た。

「怖かったでしょう。僕があなたに付いていれば…。」

そういうと冬を自分の胸に抱き寄せた。

「ガクさん…ごめんなさい…。私に隙があったから。本当にごめんなさい」

冬の声は震えていた。


「あなたは何も悪くありません。」

小鳥遊はきっぱりと言い、冬の顔を両手で自分の顔を見るように促し再び言った。冬の大きな目には涙が溜まっていたが、泣くまいと必死に堪えているようだった。

「あなたは何も悪くありません。」

シャワーから湯気が立ち始めた。

「さぁシャワーを…。」

ふたりとも何も話さず、シャワーを浴びた。小鳥遊は冬の体を丁寧に拭いた。その間、冬はずっと目を伏せたままだった。

独りで出来ると冬は言ったが、小鳥遊は冬の着替えを手伝った。
良く見ると右手首にも大きな痣が出来ていた。

「痛みますか?」

冬は首を横に振った。
小鳥遊がヘアドライヤーで髪を乾かしてくれようとしたが、
冬の長い髪が大きな指に絡まって四苦八苦していた。

「ドライヤーを持ってて下さい。」

冬はやっと微笑んだ。それを見て小鳥遊はホッとした。

「女性は毎日こうやって髪を乾かしているんですね。」

冬は慣れた手つきで髪を手櫛で乾かし、ブラシで梳くと小鳥遊がいつも見る真っすぐでサラサラの髪になった。

「暫くこの腕だから、髪を短く切った方が良さそうね。」

冬は自分の胸まである髪の毛先を摘まんで言った。

「僕はあなたの長い髪が好きです…切らないで下さい。」

「でも…。」

「すぐ春さんが来ますし、乾かして貰えば良いじゃないですか。それまでは僕か静さんが居る間はお手伝いしますから…。お願いします。」

小鳥遊は懇願した。ふたりはベッドに潜りこんだ。

「ガクさん手を繋いで寝ても良い?」

冬が右手を出すと、小鳥遊は左手を出ししっかりと握った。

…ありがとう…おやすみなさい。

冬は目を閉じた。

暫くすると冬の軽やかな寝息が聞こえて来た。冬の愛らしい寝顔を見ていると、胸が痛くなった。

冬の柔らかく艶やかに濡れた唇にそっとキスをすると

…うう…ん。

冬がうっすらと目を開け、小鳥遊と目が合うと微笑んだ。

…起こしちゃいましたね。


…ううん。大丈夫。

冬は、小鳥遊にぴったりと身を寄せ、その大きな胸の中に体をくっつけて、再び眠りに戻った。

夕方、秋がやってきた。

うろ覚えだったが、騒ぎを起こしたことだけは覚えていた。

冬は痛み止めが効いていて、ぐっすりと眠っていた。

男達は、昨日の事件のことを話し合った。

「シモーネが覚えていようが居まいがトーコさんには、あんなことがあった以上もう合わせないほうが、良いと思います。」

小鳥遊はきっぱりと言った

「母に伝えます。冬は絶対に自分からは言わないでしょうから。」



―――数日後

春が冬のクリニック受診を手伝うために日本からやってきた。もともと冬のアパートは受診後、引き払う予定だった。冬の手をチラリと見ただけで、本人には何も言わなかった。それを見て、秋が既にシモーネの事件を伝えたことが判った。

春は冬が入浴中に二人を呼んだ。

「あの子が帰国するまでもう少しだから、私が一緒に付き合うわ。冬を助けてくれて本当にありがとう。」

そういうと目に涙を浮かべながら、小鳥遊と今泉にハグをした。

「時期が時期だけに、もうちょっと僕たちが気が付くのが遅かったら…。」

3人の間に暫く沈黙が流れた。

「秋は暫くシモーネの所に居るし、私も冬から目を離さない様にするわ。診察が終わって暫くしたらここも引き払う予定だったんですもの。」

春は大きなため息をひとつつき、寂しそうに微笑んだ。シモーネは、うろ覚えであるが夢を見てるようだったと秋に語った。ことの真相を話すと自分がしたことに対し、ショックを受け、冬に謝罪をしたいと申し出たが、誰も許可しなかった。

警察沙汰にしない代わりに、もう二度と冬には合わないと誓約書を春が書かせた。



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