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トウコがふたり
冬の過去
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「トーコさんの実家って金持ちだったの?」
今泉も小鳥遊もその大きさに驚いた。来る途中に海沿いの一等地に広いお城のような豪邸が見えたが、そこが冬の家だったのだ。
「ねえプールとかもあるの?」
冬は怒ったまま、止まった車を荷物を持ってさっさと降りてしまった。
「プールもあるし、テニスコートもあるから好きに使って頂戴ね。」
春は冬をみてため息をついた。
「もういい加減、機嫌を直しなさいよ。」
冬は春を無視し、屋敷の中へと入っていった。小鳥遊と今泉は春に家の中を案内された。エントランスはひんやりとした大理石でできており、心地が良かった。そしてゲストルームがいくつもあった。
「お父さんって何してる人?」
今泉が冬に聞いた。
「土地成金…。」
ぶっきらぼうに冬は言った。成金趣味のこの家が大嫌いだった。なので、友人を実家へ連れて来ることは今まで一度も無かった。
「疲れた…おふたりはどうぞ自由に…。」
そういって冬はリビング近くの大きなドアを開けた。
「ああ…あそこが冬の部屋ね。あれは機嫌が直るまでだいぶかかるわ。」
春は笑った。リビングも広かったが、キッチンもレストランの厨房の様に広く、綺麗だった。
「ここは私の仕事場だから。撮影もするし、大きめに作って貰ったのよ。」
春はキッチンに二人を案内した。一般家庭の3倍の大きさはありそうな見事なアイランドキッチンは、まるで料理の本からそのまま出てきたような印象を受けた。ピアノが置いてある部屋…と言うよりはホールに近いところを通り過ぎた。
「あれトーコさんピアノ弾くんだ。」
今泉が言った。国産だがコンサートでも使える大きなグランドピアノだ。
「ええ…昔ね。とっても上手だったのよ。」
そこを通り過ぎると、中庭にはジャグジーが設置されており、その周りを囲むようにして部屋が並んでいた。
「夜はね…。ここで星を見ると綺麗なのよ。」
二人にそれぞれ与えられた部屋は、小鳥遊の部屋のベットと同じくらいの幅があったが、長さが2mぐらいありそうだった。
「外国からお客様が来るんだけど、背が高かったり、ふくよかだったりするからベッドも特注なのよ。」
「なんか広すぎて落ち着かないかも…。」
今泉は綺麗に手入れをされた庭木を眺めていた。
「ここは全てゲストルームだから好きな部屋を使って。作りは殆ど同じだから。」
まるでそこは立派なホテルのようだった。ただ調度品類が部屋を家庭的なものにしていた。
「トウコさん…何にも言ってなかった…お金持ちだってこと。」
今泉が言った。
「お金持ちって程でも無いわ。…あの子ここが嫌いだから寄り付かないの。」
春は笑った。
「昔は馬を飼っていたから、嫌でも馬目当てでここに住んでたんだけど、死んでしまってからは全く。」
「すごい…馬飼ってる家なんて聞いたこと無い。」
今泉はきょろきょろと周りを見ていた。
「本当に…。」
小鳥遊も驚いていたが、冬には驚かされることばかりなので、今泉程では無かった。
「ジャグジーは好きな時に入ってね。あとジムはあっちにあるから、あそこも好きな時間に使って。」
あとは…地下ね…そう言って春はふたりを地下へと案内した。これまたレストランに設置されているより大きなワインセラーが並び、照明をつけるとビリヤードが2台設置されていた。隅にはバーカウンターもあり、アルコール類は一通り揃っているように見えた。
「プールバーに来ているような錯覚を起こしますね。」
小鳥遊は言った。
「冬はここには来ないわ。あの子お酒飲むの変になるでしょう?あなたたちも判っていると思うけれど、飲ませない方が良いわね。ここも好きな時に使って頂戴ね。」
春たちは1階のフロアに戻った。庭にはプール、テニスコートそしてその先には砂浜が見えた。
「うわ…プライベートビーチ?」
「それはさすがに無いわよ。でも歩いて7分ぐらい掛かるのよね。」
ガラス張りのポーチを横切った。
「プールのシャワー室はこっち。室内のプールはちょっと寒いかも、この時期は屋外の方が良いかも知れないわね。」
ジムの隣をみると室内プールがあった。2レーン程の幅で25mはあった。
「冬は水泳は得意だったのよ。昔は毎日ここで練習してたの。」
あなたたちに関係ありそうな場所は…と言いつつ春は先に歩いた。
「ここはダンスホールね。そんなに大きくはないけれど、クリスマスパーティーとかに使うのよ。そしてこの隣が、テレビルームって言うのかしら。」
そこは小さな映画館のようだった。ただスクリーンの前には柔らかそうなソファが数台置いてあるだけだった。
「DVDをここで聞いたり、音楽を聞いたりCDはクラッシックしかないけど…。」
あっそうそう…お風呂は各部屋についてるけど、少しゆったり浸かりたいのなら、私達が使っているお風呂があるからそこを使ってねと言って丁度今いる場所から反対側を指さした。
「あとは好きなようにみて回って良いわ。では夕食の時に呼ぶわね。ごゆっくり。」
そう言って春は去って行った。ふたりとも何も話さなかった。
今泉は、興味津々で、あちこちをひとりで見て回っていた。
「何故トウコさんは何も言わなかったんだろう。お父さんって本当は何をしてる人なんだろう?」
今泉の独り言だった。
…トーコさんは本当に秘密が多い人だ。
小鳥遊は複雑だった。最初の頃は新しい冬を発見するたびに嬉しかったが、今は、何故、そこまでして秘密にしたがるのかが、理解できなかった。
「彼女のことだから、説明するのも面倒だった…とか単純なことだったりするかもしれませんよ」
小鳥遊は苦笑した。
…全く!腹立たしいったらありゃしない。
冬は自室のベットに寝転んでいた。大きな机の上にはエリックと一緒に笑う写真が飾られたままだった。
その昔集めていたガレット・デ・ロアのフェーブのコレクションが飾られていた。子供の頃に乗馬大会で貰ったトロフィー、ピアノの発表会の写真。Sandieの写真、何かのパーティーでダンスを踊っているときの写真。
まるで子供の時で時間が止まってしまったかのようだった。大きな窓からは夕日が挿していた。
「ここで2週間は嫌だな…あのふたりを説得して1週間ぐらいで切り上げて帰ろう。」
冬は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
――― コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
…トーコさん?
声の主は小鳥遊だった。
「どうぞ」
ベットに転がったまま返事をすると、ドアがそっと開く音が聞こえた。
「つい押しかけてしまって…済みません。」
小鳥遊は冬の部屋を見渡しながら言った。女の子らしいものは、小さい時に使っていたものらしく、機能的なものは冬が集めたのかも知れない。
「ここがトーコさんの育った部屋ですか?」
冬はベットからゆっくりと体を起こした。
…ここに来るのは何年振りだろうか?
冬も周りを見渡したが、もう何年も前でこの部屋は時が止まってしまったようだった。顔を合わせれば、両親と喧嘩ばかりしていた気がする。遅くに来た反抗期だと皆は言ったが、それを見かねたジェフとジェスが、アメリカで過ごさないかと提案してきたのだった。
「はい。そうです。」
両親と関係が修復したかのように見えたが、エリックが死んでほぼ強制的に引き剥がされる様に日本へ連れて帰ってこられてからは、酷かった。
「そんなに怒らないで下さい。僕は新しいトーコさんを見つけることが出来て嬉しかったです。」
隣に腰かけ、冬を抱き寄せた。
「私は知られるのが嫌だった。好奇の目で見られるから。」
冬はいつも監視をされているような気がした。大人たちは冬がエリックの後を追うのではないかと心配していたからだ。
「そんなことはありませんよ。僕は春さんを紹介して貰えてとても嬉しかったです。」
小鳥遊の言葉はとても優しかった。冬はもう誰も愛さないと心に誓った。家を飛び出し、親や知り合いの目の届かないところで生活をしたかった。
「あなたが倒れて抱き上げた時に痩せてしまったことに初めて気が付いたんです。気が付かなくて申し訳ありませんでした。」
「別に良いわ。丁度良いダイエットだったかも。」
冬は言った。
「あなたは小さい頃から乗馬をされていたんですね。ピアノも…ダンスも」
小鳥遊は部屋の写真を眺めていた。冬が親にどれほど期待をされていたのかが良く判った。
…どれもこれも全部中途半端。
冬の独り言だった。
そして大きなため息をついた。
「フェーブを集めていたんですね。」
「毎年母がおせちと一緒に、ガロッテ・デ・ロア作ってくれてました。」
壁には春と冬が一緒に並んで撮っている写真があった。入学式の写真で、春の年齢は今の冬より少し上かも知れないが、まるで冬のようだった。
「春さん…あなたにそっくりで、家に戻ってそうそう、あなただと思って、〝病院を抜け出してきて”って叱ってしまいました。」
冬はいつもの笑顔で笑った。
「大抵は双子とか、お姉さんとか言われるの。」
小鳥遊はエリックと冬が肩を寄せ合って笑う写真をみつけた。今より冬は日に焼け、健康的に見えた。エリックはワイルドで、男性的ながっしりとした体格をしており医者と言うよりも、フィットネスクラブのインストラクターの様だった。
「あなたもきっと、春さんのように美しく年齢を重ねると思いますよ。」
顔も体型も、アメリカ人女性にいかにもモテそうな、グッドルッキングガイだった。髪は、ライトブラウンで目はグレイっぽい淡いブルーにも見えた。笑った口元からは真っ白な歯が覗いていた。小鳥遊が想像していたよりもエリックは格好が良く何だか複雑だ。
…あれ?今泉先生は?
「家の中を探検してくるってその辺をうろうろしています。」
小鳥遊は笑った。
「私はこんなところに来るより、3人で海外旅行とか行った方が良かったな…。」
小鳥遊は冬の本棚を眺めていた。英語で書かれた病理学、解剖学の本なの医学書などが並んでいた。
「良いじゃないですかどこでも3人で一緒に居られるのなら。」
英語、国語、フランス語、ドイツ語,ラテン語、医学用語集などの立派な辞書が沢山本棚には並んでいた。
「アメリカで医者になろうとしていたんですね。春さんが教えてくれました。」
教科書には付箋が沢山挟まっており、良く勉強していた様だった。
…また…余計な事を。
春のおしゃべりは今に始まった事では無い。冬と違い人懐っこくて、余り飾らない性格をしているので、春には友人も沢山居た。
「エリック…が医学部へ行ったの…だから私もと…。傍に居て一緒に働きたかったという不純な動機。」
あの頃は死ぬほど勉強をしてた。もう忘れちゃったけど…と冬は苦笑いを浮かべながら言った。
「私…何もかもが中途半端なの…。」
少し寂しそうに笑った。
「そんなことはありませんよ。あなたは立派な看護師になった。」
「…。」
「自分を卑下することはないと思います。それにあなたがどれも中途半端に終わらせてくれなかったら、僕はあなたに出会えなかった。」
…なんか 素敵なこといってくれた。
「そう言われてみれば、そうですね。」
冬は小鳥遊の胸での中で笑った。
「それにしても、あなたはパワフルだと思って居ましたが、あなたのお母さんの方が2倍ぐらいパワフルなのには驚きました。」
「確かに…もう突き抜けちゃってますから…色々と」
冬は笑った。
「でも…あなたと違ってお酒が強いんですね。この間は、ワイン1本開けて、また新しいワインを開けてましたから。」
「なんか疲れちゃいました。一緒に添い寝して下さい。」
「良いですよ…。」
小鳥遊が冬の隣に寝転ぶと、冬はいつものように小鳥遊の胸に顔を押し当てて深呼吸を繰り返した。
「夕食まで少し間があるようなので、寝ましょう。」
小鳥遊から冬が貰うのは、生命力や忍耐力のような気がしていた。こうやって抱き合っていると、冬は元気になれた。
「寝るまで、傍に居てね。」
少し病院の消毒薬の香りがする冬の頭にキスをして小鳥遊は静かに笑った。
「勿論です。」
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「トウコさんが寝ている間にお話しがあるんですけれど…良いですか?」
部屋でラップトップを開いていた小鳥遊に今泉は声を掛けた。小鳥遊は、冬が寝息を立て始めて暫くその顔を眺めた後、自分の部屋へと戻っていた。
「はい…改まって何でしょう?」
小鳥遊は、きちんと今泉に向き直った。
「僕…トウコさんと…してみたいんです。」
小鳥遊は今泉の顔をじっと見つめた。
「薬を飲んでしてみたいんです。その前にあなたにお伺いしておこうと思って。」
「あなたはどうしてそれを僕に聞くんですか?」
「この関係を始めた時に、僕は出来ない…と言いましたが、それを破ることになるからです。」
小鳥遊は遅かれ早かれこんな日が来ると思っていた。
…いや…遅かったぐらいだ。
「もしも、僕が嫌だと言ったら?」
…そうだ…伺いを立てると言うことは、拒否の可能性も含めて聞いているんだ。
「そのときは…しません。」
今泉はきっぱりといった。
…この男のことだ。するなと言ったら本当にしないだろう。
小鳥遊は今泉が、出来ないからこそ安心していた部分もあった。だが、それが変わってしまうと関係はどうなるのだろうか?
「多分…。」
開いていたラップトップを閉じて小鳥遊は言った。
「それは僕が決める事では無いと思います。」
今泉は少し考えた。
「しかし…それでは…」
今泉の言葉をさえぎった。
「それはあなたとトーコさんの間で決めることだと思います。それが僕の答えです。」
…この男は、正直すぎるところが冬に似ている。
小鳥遊の中で今泉との間に信頼関係のようなものが築かれつつあった。冬の事で、自分では気が付かなくとも、今泉が今回の様に察知する事が多いからだ。冬のメンタル部分を支えてきたのは自分よりも、この男だと小鳥遊は思っていた。
…こう言うしかない。
「どうかトーコさんと話し合って下さい。」
小鳥遊は、静かに微笑むと判りましたと今泉が去って行った。夕食の時間になっても冬は起きてこなかった。
「いいわよ…あの子がいるとややこしくなるから。」
春は笑った。
「でも…以前に比べてトーコは随分明るくなったように思う。きっとこれはあなた達の影響だと思うの。」
後ろ姿は全く冬と同じだった。酔った勢いで…間違えてもおかしく無いと、小鳥遊は本気で思っていた。
「夕食はイタリアンにしてみたの♪ピッツァは生地から作ってるから、イーストの匂いが少しきついかも知れないけど。」
テーブルの上には、アルフレドソースのエビとあさりのスパゲッティ、薄いクラストでトマト、バジル、モッァネラチーズが乗ったシンプルなピッツァ、そしてオリーブが入ったレタスと豆のサラダ、冷製コーンポタージュ、揚げピーマンのチーズ詰めなどだった。
「やっぱり春さん凄いですね。」
今泉は春の手際の良さと美味しそうな料理に興奮していた。
「あっちの冷蔵庫は撮影用に使う食材が入ってるから駄目だけど、こちらの冷蔵庫に入ってる食材や料理は食べて良いからね。」
ふたつの大型冷蔵庫はアメリカから輸入したものだと春は笑い指をさした。ふたつで2-30人のパーティーの食材なら余裕で保管できそうな大きさだった。
小鳥遊も今泉もお腹いっぱい食べた。
「そう言えば…これピーマンだったんですよ。」
小鳥遊が笑った。
「えっ?」
今泉がじっとピーマンのフライを見つめた。
「あらピーマン駄目だった?ごめんなさい。」
笑いながら、ふたりが食べている間に春は片付けまで済ませてしまった。
「青臭くないから、気が付きませんでした。美味しかったです。」
今泉は、皿の上に残ったピーマンのフライをじっと見つめた。
「冬も作り方知ってるから、今度作ってもらうと良いわよ。」
冬の料理の味は、春のそれに似ていた。
「料理上手な春さんから、料理を教われば、トウコさんが料理上手なのも良く判る。」
自分が食べた皿をキッチンへと運びながら今泉が言った。
「そう言えばトーコさんの嫌いなものって聞いたことが無いですね。」
食べ終わっていた小鳥遊は、残ったおかずをキッチンテーブルの上に置いた。
「オイルサーディンよ。匂いだけでも駄目なの。」
春は、残った料理にラップを掛けた。余り普段は食べなさそうなものですね。と言って小鳥遊は笑った。暫く、冬が小さかった頃の話を春はふたりにし、食後にワインとチーズ、生ハムなどを二人に振舞った。
冬はサラダとピーマンのチーズ詰めだけ食べた。
「静さんが嫌いだから家じゃほとんど作らないから。」
と言って笑った。
「これ気が付かずに食べちゃったけど、美味しかった。」
今泉が笑った。
「あと静さんは人参も駄目なの。」
「あらそうなの?じゃあいる間に攻略しちゃいましょう♪」
そう言って春は笑った。その笑顔は冬にそっくりだった。デザートはアフォガードだった。エスプレッソとのコンビネーションが最高だと食べたことが無い二人は絶賛していた。
「これも冬に作って貰ったら良いわ。」
ジェラートから作るからメンドクサイから
何か特別な時にね…と言って二人を牽制した。食後一休みしてから、三人でお風呂に入った。
「あら…あなたたち三人でお風呂も入るの?仲が良いわね。私も一緒に入ろうかしら?」
と春が言った。男ふたりはどぎまぎしていた。
「いやよ…一緒に入らないでよ…この偽物おっぱい!」
冬はあからさまに眉を顰めて春に言った。
「あなたもこの歳になったら重力に負けて色々下がって来るんだからね。」
男性陣は笑って良いものか悩んでいた。
「入って来たら、もう絶対この家に帰って来ないから!それにお父さんに言いつけるわ。」
冗談なのにムキになって…と春は笑った。
「いや…お母さんは隙あらば、本気で入ろうとしてたでしょ?判るんだから!」
冬は春を睨んだ。
「あらばれちゃった?」
3人でごゆっくりと春は笑った。
冬は少し広いと春が言っていた家族用の風呂に連れて行ってくれた。
「そこら辺の旅館より立派なお風呂じゃん。」
温泉では無いが、大人5-6人が入れる大きさだった。
石造りの風呂は、旅館の風呂のようだった。
「春さんの偽物おっぱいも見て観たい気がする。」
小鳥遊が真面目な顔で呟いた。
「でた…熟女キラー発言。この熟女好きめ!」
冬が思い切り嫌な顔をすると,今泉が笑った。
「お言葉を返すようですが、僕は熟女が好きだとカテゴリーを固定した覚えは無いんですけれど…。」
真面目な顔で再び小鳥遊が反論したので、今泉の笑い声が風呂場に響いた。
…このエロは、ストライクゾーン広すぎるのよ。
「でも私と母を間違えた癖に…。」
冬が意地悪く言い、それを聞いて今泉がまた笑った。
「僕も双子ですと言われて危うく信じるところでしたもん。」
皆が一斉に笑った。
「今度4人でデートしたら面白そう♪」
今泉は冬をからかった。
「そんなの嫌だ…絶対。」
冬が本気でムッとしたので、冗談だよと今泉が笑った。
…冬がリラックスしているのが判る。
冬に必要なのは今泉だ。冬のことになるとよく気が付いた。普段の冬と比べてみても、どれだけいつもは緊張して過ごしていたのかが、小鳥遊にも判る気がした。風呂上がりには、撮影で余ったグレープフルーツのシャーベットを皆で食べ寛いだ。
「そろそろ寝ましょうか…。」
冬が背伸びをした。
「僕は論文を仕上げたいのですが、トーコさんのお部屋には机もあるので、お借りしたいんですけれど良いですか?」
小鳥遊が冬に話をしているのを今泉は静かに眺めていた。
「ええ…それは構わないですけれど…。」
少し戸惑いの表情をみせた。
「あともう少しで仕上がりそうなので、この休み中に終わらせたいんです。だから暫くは今泉先生と寝て下さい。」
小鳥遊は優しく笑った。
「判りました…じゃあ邪魔しない様に論文書き終えるまで、静さんの所で過ごしますね」
やっぱりお腹空いたーと言って冬は冷蔵庫をあさっていた。
(小鳥遊先生…ありがとう…。)
今泉が小鳥遊と目が合うと、微笑んだ。
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「ねぇ…トウコさん。今夜試してみない?」
恥ずかしそうに今泉が言った。
「本当に?」
冬の顔がパッと明るくなった。
「うん♪小鳥遊先生にも相談したんだ。」
今泉が静かにいうと、冬が少し考えて居る様子だった。
「先生はなんて?」
「トウコさんと相談して下さいって言われました。」
「そう。」
今泉は冬に近づきそっと抱きしめた。
「トウコさんは迷ってる?」
今泉が静かに聞いた。
「ううん。全然迷ってなんかいないわ。先生に相談するなんて、静さんらしいなと思って。」
ふたりとも長い間待ち望んでいたこと。
…ふたりで愛し合う事。
それが叶うと思うと、冬はそれだけで胸がいっぱいになった。
「じゃあそれまでジャグジーで星でも一緒に見ようよ。」
今泉は冬と手を繋いで、ジャグジーへと向かった。中庭に出ると、蒸し暑かった。虫の無く声と、かすかに潮風が吹いていた。
「倒れるほど無理をしなくても良いんだよ?」
大きなジャグジーは中庭の吹き抜けにあり、ライトを消すと星がきれいに見えた。
「僕も小鳥遊先生も、あなたに負担を掛けないように自分達でする様にしますし、ご飯もお弁当も気にしないで?」
「でも…。」
冬は自分の都合で、作らないのは申し訳ないような気がした。
「だってふたりともあなたに会う前までは、自分で出来ていたんだから。」
…せっかく一緒に住んでるんだから美味しいものを食べさせたい。
「勿論、トウコさんの作る美味しい料理は、毎日でも食べたいけれど、からだが心配だから。」
「お気遣いをありがとう。それを聞いただけで幸せです。」
冬は優しく微笑む今泉の唇に指でそっと触れた。
「静さんの唇は、セクシーなんですよね。」
細い唇の左右には、笑い皺ができている。
「あれ…おかしいなぁ。僕の全てがセクシーなんだけどな。」
…でた。
「ナルシストっぽいところも好き。」
今泉は自分の膝の上に向かい合わせで冬を座らせた。
「いや…本当の事だから。」
…母性本能をくすぐられるというのはこういうことなのかな。
「そうですよ…本当の事ですよ。」
そう言って冬は優しいキスをした。
「僕には肉欲系のキスはしてくれないんですか?」
今泉は冬を抱き寄せ、膝に乗せた。
「まだ優しいキスの方が良いかなと思って…お望みなら今ここでお見せしましょうか?」
冬は愛おしそうに微笑んだ。
「じゃあ今夜のキスは、全て肉欲系で♪」
今泉は笑った。その微笑んだ口に、吸いつくように唇を重ね、舌先で今泉を探す。冬の両乳房に今泉の手が添えられて、そっと乳首を指先で摘まんでゆっくりと揉んだ。
…あぁ。
甘い吐息が、口づけの間から零れ落ちた。舌先同志が恥じらうように触れ合い、そして絡まっていく。皮膚の上に広がる愛撫。
…トウコさん…ほら。
冬の手を自分の下腹部に持っていくと、臍にくっつくほどにしっかりと硬く、大きくはち切れんばかりにそれは立ち上がっていた。
「ベッドへ行こう♪」
ふたりはタオルを巻いてジャグジーから出た。
「本当に凄いんですね…びっくりしました。」
冬が感心しながら、嬉々とした今泉のそれにもう一度触れた。
「自分でもびっくり。不思議な感じだよ。」
今泉は、冬の手を引いて寝室へと向かった。
ベットにふたりで横になると、今泉は冬の上に覆いかぶさり、鎖骨を舌で愛撫した。
「静さん…気持ちが良いけど、ちょっとくすぐったい。」
首をすくめながら言った。
「なんか…ドキドキするよ。トウコさんの裸は、今までも見てきた筈なのに。」
その舌は胸元まで滑り、冬の乳輪の周りを愛撫した。触れられていない先が少し尖った。もどかしさが快感へとシフトしていく変化も冬は楽しんだ。冬の心臓もドキドキと期待と緊張で早く聞こえた。
「あん…焦らさないで。」
尖った先端を長い舌で愛撫し、優しく吸った。冬は今泉の頭を抱き、快感が走るたびに、その指に力が入った。
「感じる…の。」
今泉の指は、冬の下腹部にそろりそろりと降りた。待ちどおしくそれを眺めている間にも冬は甘い蜜がたらりと流れるのを感じた。
「もう凄く濡れてる。」
ゆっくりとその中へ指をいれた。
「柔らかくて温かくて…いやらしい」
お互いに見つめ合い微笑み合っていた。蜜は今泉の手に絡みつきキラキラと光っていた。ゆっくりと動かす度に、冬の白い下腹部に力が入り細い腰が自然に持ち上がった。
「聞こえる?トウコさんが僕を欲しがっている音。」
甘い音が聞こえ始めた。
今泉は興奮していた…のと同時に自分に性欲があったことに驚いていた。もともと淡泊で、女性と付き合ったとしても、薬を飲んでまで愛し合いたいと冬と出会うまでは思わなかった。
「うん…恥ずかしい。」
きびきびと病院で働いている姿も素敵だが、こうして自分だけに見せる甘えた冬の姿が堪らなく愛おしく可愛いと思った。
冬は情熱的に自分を見つめているが、実はその皮膚の下には、憂いや悲しみが時々透けて見えることも今泉には良く判っていた。
「トウコさんを今夜はいっぱい愛したい気分だよ。」
色々な出来事が彼女に起こり傷つくたびに、
それは破れ、血の様に悲しみが溢れ出るのでは...といつも心配だった。
「ええ…もう静さんのが欲しい。」
少し微笑んだ冬は緊張しているように見えた。熱いその顔に触れ、長い口づけを交わした。そして今泉は先ほど覚醒したばかりのそれにコンドームを着けた。
今泉も小鳥遊もその大きさに驚いた。来る途中に海沿いの一等地に広いお城のような豪邸が見えたが、そこが冬の家だったのだ。
「ねえプールとかもあるの?」
冬は怒ったまま、止まった車を荷物を持ってさっさと降りてしまった。
「プールもあるし、テニスコートもあるから好きに使って頂戴ね。」
春は冬をみてため息をついた。
「もういい加減、機嫌を直しなさいよ。」
冬は春を無視し、屋敷の中へと入っていった。小鳥遊と今泉は春に家の中を案内された。エントランスはひんやりとした大理石でできており、心地が良かった。そしてゲストルームがいくつもあった。
「お父さんって何してる人?」
今泉が冬に聞いた。
「土地成金…。」
ぶっきらぼうに冬は言った。成金趣味のこの家が大嫌いだった。なので、友人を実家へ連れて来ることは今まで一度も無かった。
「疲れた…おふたりはどうぞ自由に…。」
そういって冬はリビング近くの大きなドアを開けた。
「ああ…あそこが冬の部屋ね。あれは機嫌が直るまでだいぶかかるわ。」
春は笑った。リビングも広かったが、キッチンもレストランの厨房の様に広く、綺麗だった。
「ここは私の仕事場だから。撮影もするし、大きめに作って貰ったのよ。」
春はキッチンに二人を案内した。一般家庭の3倍の大きさはありそうな見事なアイランドキッチンは、まるで料理の本からそのまま出てきたような印象を受けた。ピアノが置いてある部屋…と言うよりはホールに近いところを通り過ぎた。
「あれトーコさんピアノ弾くんだ。」
今泉が言った。国産だがコンサートでも使える大きなグランドピアノだ。
「ええ…昔ね。とっても上手だったのよ。」
そこを通り過ぎると、中庭にはジャグジーが設置されており、その周りを囲むようにして部屋が並んでいた。
「夜はね…。ここで星を見ると綺麗なのよ。」
二人にそれぞれ与えられた部屋は、小鳥遊の部屋のベットと同じくらいの幅があったが、長さが2mぐらいありそうだった。
「外国からお客様が来るんだけど、背が高かったり、ふくよかだったりするからベッドも特注なのよ。」
「なんか広すぎて落ち着かないかも…。」
今泉は綺麗に手入れをされた庭木を眺めていた。
「ここは全てゲストルームだから好きな部屋を使って。作りは殆ど同じだから。」
まるでそこは立派なホテルのようだった。ただ調度品類が部屋を家庭的なものにしていた。
「トウコさん…何にも言ってなかった…お金持ちだってこと。」
今泉が言った。
「お金持ちって程でも無いわ。…あの子ここが嫌いだから寄り付かないの。」
春は笑った。
「昔は馬を飼っていたから、嫌でも馬目当てでここに住んでたんだけど、死んでしまってからは全く。」
「すごい…馬飼ってる家なんて聞いたこと無い。」
今泉はきょろきょろと周りを見ていた。
「本当に…。」
小鳥遊も驚いていたが、冬には驚かされることばかりなので、今泉程では無かった。
「ジャグジーは好きな時に入ってね。あとジムはあっちにあるから、あそこも好きな時間に使って。」
あとは…地下ね…そう言って春はふたりを地下へと案内した。これまたレストランに設置されているより大きなワインセラーが並び、照明をつけるとビリヤードが2台設置されていた。隅にはバーカウンターもあり、アルコール類は一通り揃っているように見えた。
「プールバーに来ているような錯覚を起こしますね。」
小鳥遊は言った。
「冬はここには来ないわ。あの子お酒飲むの変になるでしょう?あなたたちも判っていると思うけれど、飲ませない方が良いわね。ここも好きな時に使って頂戴ね。」
春たちは1階のフロアに戻った。庭にはプール、テニスコートそしてその先には砂浜が見えた。
「うわ…プライベートビーチ?」
「それはさすがに無いわよ。でも歩いて7分ぐらい掛かるのよね。」
ガラス張りのポーチを横切った。
「プールのシャワー室はこっち。室内のプールはちょっと寒いかも、この時期は屋外の方が良いかも知れないわね。」
ジムの隣をみると室内プールがあった。2レーン程の幅で25mはあった。
「冬は水泳は得意だったのよ。昔は毎日ここで練習してたの。」
あなたたちに関係ありそうな場所は…と言いつつ春は先に歩いた。
「ここはダンスホールね。そんなに大きくはないけれど、クリスマスパーティーとかに使うのよ。そしてこの隣が、テレビルームって言うのかしら。」
そこは小さな映画館のようだった。ただスクリーンの前には柔らかそうなソファが数台置いてあるだけだった。
「DVDをここで聞いたり、音楽を聞いたりCDはクラッシックしかないけど…。」
あっそうそう…お風呂は各部屋についてるけど、少しゆったり浸かりたいのなら、私達が使っているお風呂があるからそこを使ってねと言って丁度今いる場所から反対側を指さした。
「あとは好きなようにみて回って良いわ。では夕食の時に呼ぶわね。ごゆっくり。」
そう言って春は去って行った。ふたりとも何も話さなかった。
今泉は、興味津々で、あちこちをひとりで見て回っていた。
「何故トウコさんは何も言わなかったんだろう。お父さんって本当は何をしてる人なんだろう?」
今泉の独り言だった。
…トーコさんは本当に秘密が多い人だ。
小鳥遊は複雑だった。最初の頃は新しい冬を発見するたびに嬉しかったが、今は、何故、そこまでして秘密にしたがるのかが、理解できなかった。
「彼女のことだから、説明するのも面倒だった…とか単純なことだったりするかもしれませんよ」
小鳥遊は苦笑した。
…全く!腹立たしいったらありゃしない。
冬は自室のベットに寝転んでいた。大きな机の上にはエリックと一緒に笑う写真が飾られたままだった。
その昔集めていたガレット・デ・ロアのフェーブのコレクションが飾られていた。子供の頃に乗馬大会で貰ったトロフィー、ピアノの発表会の写真。Sandieの写真、何かのパーティーでダンスを踊っているときの写真。
まるで子供の時で時間が止まってしまったかのようだった。大きな窓からは夕日が挿していた。
「ここで2週間は嫌だな…あのふたりを説得して1週間ぐらいで切り上げて帰ろう。」
冬は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
――― コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
…トーコさん?
声の主は小鳥遊だった。
「どうぞ」
ベットに転がったまま返事をすると、ドアがそっと開く音が聞こえた。
「つい押しかけてしまって…済みません。」
小鳥遊は冬の部屋を見渡しながら言った。女の子らしいものは、小さい時に使っていたものらしく、機能的なものは冬が集めたのかも知れない。
「ここがトーコさんの育った部屋ですか?」
冬はベットからゆっくりと体を起こした。
…ここに来るのは何年振りだろうか?
冬も周りを見渡したが、もう何年も前でこの部屋は時が止まってしまったようだった。顔を合わせれば、両親と喧嘩ばかりしていた気がする。遅くに来た反抗期だと皆は言ったが、それを見かねたジェフとジェスが、アメリカで過ごさないかと提案してきたのだった。
「はい。そうです。」
両親と関係が修復したかのように見えたが、エリックが死んでほぼ強制的に引き剥がされる様に日本へ連れて帰ってこられてからは、酷かった。
「そんなに怒らないで下さい。僕は新しいトーコさんを見つけることが出来て嬉しかったです。」
隣に腰かけ、冬を抱き寄せた。
「私は知られるのが嫌だった。好奇の目で見られるから。」
冬はいつも監視をされているような気がした。大人たちは冬がエリックの後を追うのではないかと心配していたからだ。
「そんなことはありませんよ。僕は春さんを紹介して貰えてとても嬉しかったです。」
小鳥遊の言葉はとても優しかった。冬はもう誰も愛さないと心に誓った。家を飛び出し、親や知り合いの目の届かないところで生活をしたかった。
「あなたが倒れて抱き上げた時に痩せてしまったことに初めて気が付いたんです。気が付かなくて申し訳ありませんでした。」
「別に良いわ。丁度良いダイエットだったかも。」
冬は言った。
「あなたは小さい頃から乗馬をされていたんですね。ピアノも…ダンスも」
小鳥遊は部屋の写真を眺めていた。冬が親にどれほど期待をされていたのかが良く判った。
…どれもこれも全部中途半端。
冬の独り言だった。
そして大きなため息をついた。
「フェーブを集めていたんですね。」
「毎年母がおせちと一緒に、ガロッテ・デ・ロア作ってくれてました。」
壁には春と冬が一緒に並んで撮っている写真があった。入学式の写真で、春の年齢は今の冬より少し上かも知れないが、まるで冬のようだった。
「春さん…あなたにそっくりで、家に戻ってそうそう、あなただと思って、〝病院を抜け出してきて”って叱ってしまいました。」
冬はいつもの笑顔で笑った。
「大抵は双子とか、お姉さんとか言われるの。」
小鳥遊はエリックと冬が肩を寄せ合って笑う写真をみつけた。今より冬は日に焼け、健康的に見えた。エリックはワイルドで、男性的ながっしりとした体格をしており医者と言うよりも、フィットネスクラブのインストラクターの様だった。
「あなたもきっと、春さんのように美しく年齢を重ねると思いますよ。」
顔も体型も、アメリカ人女性にいかにもモテそうな、グッドルッキングガイだった。髪は、ライトブラウンで目はグレイっぽい淡いブルーにも見えた。笑った口元からは真っ白な歯が覗いていた。小鳥遊が想像していたよりもエリックは格好が良く何だか複雑だ。
…あれ?今泉先生は?
「家の中を探検してくるってその辺をうろうろしています。」
小鳥遊は笑った。
「私はこんなところに来るより、3人で海外旅行とか行った方が良かったな…。」
小鳥遊は冬の本棚を眺めていた。英語で書かれた病理学、解剖学の本なの医学書などが並んでいた。
「良いじゃないですかどこでも3人で一緒に居られるのなら。」
英語、国語、フランス語、ドイツ語,ラテン語、医学用語集などの立派な辞書が沢山本棚には並んでいた。
「アメリカで医者になろうとしていたんですね。春さんが教えてくれました。」
教科書には付箋が沢山挟まっており、良く勉強していた様だった。
…また…余計な事を。
春のおしゃべりは今に始まった事では無い。冬と違い人懐っこくて、余り飾らない性格をしているので、春には友人も沢山居た。
「エリック…が医学部へ行ったの…だから私もと…。傍に居て一緒に働きたかったという不純な動機。」
あの頃は死ぬほど勉強をしてた。もう忘れちゃったけど…と冬は苦笑いを浮かべながら言った。
「私…何もかもが中途半端なの…。」
少し寂しそうに笑った。
「そんなことはありませんよ。あなたは立派な看護師になった。」
「…。」
「自分を卑下することはないと思います。それにあなたがどれも中途半端に終わらせてくれなかったら、僕はあなたに出会えなかった。」
…なんか 素敵なこといってくれた。
「そう言われてみれば、そうですね。」
冬は小鳥遊の胸での中で笑った。
「それにしても、あなたはパワフルだと思って居ましたが、あなたのお母さんの方が2倍ぐらいパワフルなのには驚きました。」
「確かに…もう突き抜けちゃってますから…色々と」
冬は笑った。
「でも…あなたと違ってお酒が強いんですね。この間は、ワイン1本開けて、また新しいワインを開けてましたから。」
「なんか疲れちゃいました。一緒に添い寝して下さい。」
「良いですよ…。」
小鳥遊が冬の隣に寝転ぶと、冬はいつものように小鳥遊の胸に顔を押し当てて深呼吸を繰り返した。
「夕食まで少し間があるようなので、寝ましょう。」
小鳥遊から冬が貰うのは、生命力や忍耐力のような気がしていた。こうやって抱き合っていると、冬は元気になれた。
「寝るまで、傍に居てね。」
少し病院の消毒薬の香りがする冬の頭にキスをして小鳥遊は静かに笑った。
「勿論です。」
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「トウコさんが寝ている間にお話しがあるんですけれど…良いですか?」
部屋でラップトップを開いていた小鳥遊に今泉は声を掛けた。小鳥遊は、冬が寝息を立て始めて暫くその顔を眺めた後、自分の部屋へと戻っていた。
「はい…改まって何でしょう?」
小鳥遊は、きちんと今泉に向き直った。
「僕…トウコさんと…してみたいんです。」
小鳥遊は今泉の顔をじっと見つめた。
「薬を飲んでしてみたいんです。その前にあなたにお伺いしておこうと思って。」
「あなたはどうしてそれを僕に聞くんですか?」
「この関係を始めた時に、僕は出来ない…と言いましたが、それを破ることになるからです。」
小鳥遊は遅かれ早かれこんな日が来ると思っていた。
…いや…遅かったぐらいだ。
「もしも、僕が嫌だと言ったら?」
…そうだ…伺いを立てると言うことは、拒否の可能性も含めて聞いているんだ。
「そのときは…しません。」
今泉はきっぱりといった。
…この男のことだ。するなと言ったら本当にしないだろう。
小鳥遊は今泉が、出来ないからこそ安心していた部分もあった。だが、それが変わってしまうと関係はどうなるのだろうか?
「多分…。」
開いていたラップトップを閉じて小鳥遊は言った。
「それは僕が決める事では無いと思います。」
今泉は少し考えた。
「しかし…それでは…」
今泉の言葉をさえぎった。
「それはあなたとトーコさんの間で決めることだと思います。それが僕の答えです。」
…この男は、正直すぎるところが冬に似ている。
小鳥遊の中で今泉との間に信頼関係のようなものが築かれつつあった。冬の事で、自分では気が付かなくとも、今泉が今回の様に察知する事が多いからだ。冬のメンタル部分を支えてきたのは自分よりも、この男だと小鳥遊は思っていた。
…こう言うしかない。
「どうかトーコさんと話し合って下さい。」
小鳥遊は、静かに微笑むと判りましたと今泉が去って行った。夕食の時間になっても冬は起きてこなかった。
「いいわよ…あの子がいるとややこしくなるから。」
春は笑った。
「でも…以前に比べてトーコは随分明るくなったように思う。きっとこれはあなた達の影響だと思うの。」
後ろ姿は全く冬と同じだった。酔った勢いで…間違えてもおかしく無いと、小鳥遊は本気で思っていた。
「夕食はイタリアンにしてみたの♪ピッツァは生地から作ってるから、イーストの匂いが少しきついかも知れないけど。」
テーブルの上には、アルフレドソースのエビとあさりのスパゲッティ、薄いクラストでトマト、バジル、モッァネラチーズが乗ったシンプルなピッツァ、そしてオリーブが入ったレタスと豆のサラダ、冷製コーンポタージュ、揚げピーマンのチーズ詰めなどだった。
「やっぱり春さん凄いですね。」
今泉は春の手際の良さと美味しそうな料理に興奮していた。
「あっちの冷蔵庫は撮影用に使う食材が入ってるから駄目だけど、こちらの冷蔵庫に入ってる食材や料理は食べて良いからね。」
ふたつの大型冷蔵庫はアメリカから輸入したものだと春は笑い指をさした。ふたつで2-30人のパーティーの食材なら余裕で保管できそうな大きさだった。
小鳥遊も今泉もお腹いっぱい食べた。
「そう言えば…これピーマンだったんですよ。」
小鳥遊が笑った。
「えっ?」
今泉がじっとピーマンのフライを見つめた。
「あらピーマン駄目だった?ごめんなさい。」
笑いながら、ふたりが食べている間に春は片付けまで済ませてしまった。
「青臭くないから、気が付きませんでした。美味しかったです。」
今泉は、皿の上に残ったピーマンのフライをじっと見つめた。
「冬も作り方知ってるから、今度作ってもらうと良いわよ。」
冬の料理の味は、春のそれに似ていた。
「料理上手な春さんから、料理を教われば、トウコさんが料理上手なのも良く判る。」
自分が食べた皿をキッチンへと運びながら今泉が言った。
「そう言えばトーコさんの嫌いなものって聞いたことが無いですね。」
食べ終わっていた小鳥遊は、残ったおかずをキッチンテーブルの上に置いた。
「オイルサーディンよ。匂いだけでも駄目なの。」
春は、残った料理にラップを掛けた。余り普段は食べなさそうなものですね。と言って小鳥遊は笑った。暫く、冬が小さかった頃の話を春はふたりにし、食後にワインとチーズ、生ハムなどを二人に振舞った。
冬はサラダとピーマンのチーズ詰めだけ食べた。
「静さんが嫌いだから家じゃほとんど作らないから。」
と言って笑った。
「これ気が付かずに食べちゃったけど、美味しかった。」
今泉が笑った。
「あと静さんは人参も駄目なの。」
「あらそうなの?じゃあいる間に攻略しちゃいましょう♪」
そう言って春は笑った。その笑顔は冬にそっくりだった。デザートはアフォガードだった。エスプレッソとのコンビネーションが最高だと食べたことが無い二人は絶賛していた。
「これも冬に作って貰ったら良いわ。」
ジェラートから作るからメンドクサイから
何か特別な時にね…と言って二人を牽制した。食後一休みしてから、三人でお風呂に入った。
「あら…あなたたち三人でお風呂も入るの?仲が良いわね。私も一緒に入ろうかしら?」
と春が言った。男ふたりはどぎまぎしていた。
「いやよ…一緒に入らないでよ…この偽物おっぱい!」
冬はあからさまに眉を顰めて春に言った。
「あなたもこの歳になったら重力に負けて色々下がって来るんだからね。」
男性陣は笑って良いものか悩んでいた。
「入って来たら、もう絶対この家に帰って来ないから!それにお父さんに言いつけるわ。」
冗談なのにムキになって…と春は笑った。
「いや…お母さんは隙あらば、本気で入ろうとしてたでしょ?判るんだから!」
冬は春を睨んだ。
「あらばれちゃった?」
3人でごゆっくりと春は笑った。
冬は少し広いと春が言っていた家族用の風呂に連れて行ってくれた。
「そこら辺の旅館より立派なお風呂じゃん。」
温泉では無いが、大人5-6人が入れる大きさだった。
石造りの風呂は、旅館の風呂のようだった。
「春さんの偽物おっぱいも見て観たい気がする。」
小鳥遊が真面目な顔で呟いた。
「でた…熟女キラー発言。この熟女好きめ!」
冬が思い切り嫌な顔をすると,今泉が笑った。
「お言葉を返すようですが、僕は熟女が好きだとカテゴリーを固定した覚えは無いんですけれど…。」
真面目な顔で再び小鳥遊が反論したので、今泉の笑い声が風呂場に響いた。
…このエロは、ストライクゾーン広すぎるのよ。
「でも私と母を間違えた癖に…。」
冬が意地悪く言い、それを聞いて今泉がまた笑った。
「僕も双子ですと言われて危うく信じるところでしたもん。」
皆が一斉に笑った。
「今度4人でデートしたら面白そう♪」
今泉は冬をからかった。
「そんなの嫌だ…絶対。」
冬が本気でムッとしたので、冗談だよと今泉が笑った。
…冬がリラックスしているのが判る。
冬に必要なのは今泉だ。冬のことになるとよく気が付いた。普段の冬と比べてみても、どれだけいつもは緊張して過ごしていたのかが、小鳥遊にも判る気がした。風呂上がりには、撮影で余ったグレープフルーツのシャーベットを皆で食べ寛いだ。
「そろそろ寝ましょうか…。」
冬が背伸びをした。
「僕は論文を仕上げたいのですが、トーコさんのお部屋には机もあるので、お借りしたいんですけれど良いですか?」
小鳥遊が冬に話をしているのを今泉は静かに眺めていた。
「ええ…それは構わないですけれど…。」
少し戸惑いの表情をみせた。
「あともう少しで仕上がりそうなので、この休み中に終わらせたいんです。だから暫くは今泉先生と寝て下さい。」
小鳥遊は優しく笑った。
「判りました…じゃあ邪魔しない様に論文書き終えるまで、静さんの所で過ごしますね」
やっぱりお腹空いたーと言って冬は冷蔵庫をあさっていた。
(小鳥遊先生…ありがとう…。)
今泉が小鳥遊と目が合うと、微笑んだ。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:
「ねぇ…トウコさん。今夜試してみない?」
恥ずかしそうに今泉が言った。
「本当に?」
冬の顔がパッと明るくなった。
「うん♪小鳥遊先生にも相談したんだ。」
今泉が静かにいうと、冬が少し考えて居る様子だった。
「先生はなんて?」
「トウコさんと相談して下さいって言われました。」
「そう。」
今泉は冬に近づきそっと抱きしめた。
「トウコさんは迷ってる?」
今泉が静かに聞いた。
「ううん。全然迷ってなんかいないわ。先生に相談するなんて、静さんらしいなと思って。」
ふたりとも長い間待ち望んでいたこと。
…ふたりで愛し合う事。
それが叶うと思うと、冬はそれだけで胸がいっぱいになった。
「じゃあそれまでジャグジーで星でも一緒に見ようよ。」
今泉は冬と手を繋いで、ジャグジーへと向かった。中庭に出ると、蒸し暑かった。虫の無く声と、かすかに潮風が吹いていた。
「倒れるほど無理をしなくても良いんだよ?」
大きなジャグジーは中庭の吹き抜けにあり、ライトを消すと星がきれいに見えた。
「僕も小鳥遊先生も、あなたに負担を掛けないように自分達でする様にしますし、ご飯もお弁当も気にしないで?」
「でも…。」
冬は自分の都合で、作らないのは申し訳ないような気がした。
「だってふたりともあなたに会う前までは、自分で出来ていたんだから。」
…せっかく一緒に住んでるんだから美味しいものを食べさせたい。
「勿論、トウコさんの作る美味しい料理は、毎日でも食べたいけれど、からだが心配だから。」
「お気遣いをありがとう。それを聞いただけで幸せです。」
冬は優しく微笑む今泉の唇に指でそっと触れた。
「静さんの唇は、セクシーなんですよね。」
細い唇の左右には、笑い皺ができている。
「あれ…おかしいなぁ。僕の全てがセクシーなんだけどな。」
…でた。
「ナルシストっぽいところも好き。」
今泉は自分の膝の上に向かい合わせで冬を座らせた。
「いや…本当の事だから。」
…母性本能をくすぐられるというのはこういうことなのかな。
「そうですよ…本当の事ですよ。」
そう言って冬は優しいキスをした。
「僕には肉欲系のキスはしてくれないんですか?」
今泉は冬を抱き寄せ、膝に乗せた。
「まだ優しいキスの方が良いかなと思って…お望みなら今ここでお見せしましょうか?」
冬は愛おしそうに微笑んだ。
「じゃあ今夜のキスは、全て肉欲系で♪」
今泉は笑った。その微笑んだ口に、吸いつくように唇を重ね、舌先で今泉を探す。冬の両乳房に今泉の手が添えられて、そっと乳首を指先で摘まんでゆっくりと揉んだ。
…あぁ。
甘い吐息が、口づけの間から零れ落ちた。舌先同志が恥じらうように触れ合い、そして絡まっていく。皮膚の上に広がる愛撫。
…トウコさん…ほら。
冬の手を自分の下腹部に持っていくと、臍にくっつくほどにしっかりと硬く、大きくはち切れんばかりにそれは立ち上がっていた。
「ベッドへ行こう♪」
ふたりはタオルを巻いてジャグジーから出た。
「本当に凄いんですね…びっくりしました。」
冬が感心しながら、嬉々とした今泉のそれにもう一度触れた。
「自分でもびっくり。不思議な感じだよ。」
今泉は、冬の手を引いて寝室へと向かった。
ベットにふたりで横になると、今泉は冬の上に覆いかぶさり、鎖骨を舌で愛撫した。
「静さん…気持ちが良いけど、ちょっとくすぐったい。」
首をすくめながら言った。
「なんか…ドキドキするよ。トウコさんの裸は、今までも見てきた筈なのに。」
その舌は胸元まで滑り、冬の乳輪の周りを愛撫した。触れられていない先が少し尖った。もどかしさが快感へとシフトしていく変化も冬は楽しんだ。冬の心臓もドキドキと期待と緊張で早く聞こえた。
「あん…焦らさないで。」
尖った先端を長い舌で愛撫し、優しく吸った。冬は今泉の頭を抱き、快感が走るたびに、その指に力が入った。
「感じる…の。」
今泉の指は、冬の下腹部にそろりそろりと降りた。待ちどおしくそれを眺めている間にも冬は甘い蜜がたらりと流れるのを感じた。
「もう凄く濡れてる。」
ゆっくりとその中へ指をいれた。
「柔らかくて温かくて…いやらしい」
お互いに見つめ合い微笑み合っていた。蜜は今泉の手に絡みつきキラキラと光っていた。ゆっくりと動かす度に、冬の白い下腹部に力が入り細い腰が自然に持ち上がった。
「聞こえる?トウコさんが僕を欲しがっている音。」
甘い音が聞こえ始めた。
今泉は興奮していた…のと同時に自分に性欲があったことに驚いていた。もともと淡泊で、女性と付き合ったとしても、薬を飲んでまで愛し合いたいと冬と出会うまでは思わなかった。
「うん…恥ずかしい。」
きびきびと病院で働いている姿も素敵だが、こうして自分だけに見せる甘えた冬の姿が堪らなく愛おしく可愛いと思った。
冬は情熱的に自分を見つめているが、実はその皮膚の下には、憂いや悲しみが時々透けて見えることも今泉には良く判っていた。
「トウコさんを今夜はいっぱい愛したい気分だよ。」
色々な出来事が彼女に起こり傷つくたびに、
それは破れ、血の様に悲しみが溢れ出るのでは...といつも心配だった。
「ええ…もう静さんのが欲しい。」
少し微笑んだ冬は緊張しているように見えた。熱いその顔に触れ、長い口づけを交わした。そして今泉は先ほど覚醒したばかりのそれにコンドームを着けた。
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