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疲労困憊
働き過ぎた冬
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突然師長と看護部長に呼び出された。
「後で、院長室に一緒に行くので。」
師長が言った。
「月性さん何か悪いことでもしたんですか?」
ナースステーションで皆にふざけて聞かれた。
「何も…。」
小鳥遊と今泉のことがあるので、後ろめたさもあった。
…もしかして…その話?
顔では平静を装っていたが、内心ドキドキしていた。
「今度うちの病院で、インドネシアからの実習生を受けることになったの。今年の12月頃で今の所3日間の予定です。そこで英語が話せるあなたに病院病棟の案内をして欲しいんですけれど、大丈夫かしら?」
看護部長が言った。
「はい…それは大丈夫です。人数はどのくらいですか?」
「今の所6-8人になるそうだけれど、通訳と案内冊子を作ってほしいの。担当者の人は日本語が少し出来るんだけれど、英語の方が良いらしくって、その人との連絡調整などもして下さい。まあコーディネータ兼通訳ね。」
…マジですか。
「電話でもメールでも良いから連絡を取り合って、相手の希望などが判ったら、私達に教えて欲しいんだけれど。」
面倒くさい事になって来たぞと冬は思った。
「他に医療系の通訳をつけたりとかはしないんでしょうか?日常会話なら大丈夫ですけれど、医療英語はちょっと怪しいものですから。」
間違いがあったら大変だ。
「そういうことも全て調整をお願いします。小鳥遊医局長には私から直接お願いしますから…。」
…それを人は丸投げと呼ぶ。
病棟に戻ると皆に聞かれた。
「うーん…なんか雑用係だった。」
冬は笑った。病棟へ戻って来て業務へ戻ろうとすると
「月性さん…看護部長室へ来てくださいって部長が…。」
冬は部長室へと戻った。
「担当者の連絡先と、これが資料ね。週に一度は進行状況を師長か私に報告して頂戴。」
「判りました。」
「それから…月性さん…あなた何年目だっけ?そろそろ主任試験受けてみない?」
…え…。
「脳外病棟は今主任不在でしょ?だから丁度良いと思ったんだけど。」
「はい…。」
「考えておいてくれる?試験は秋か冬になるから。頑張ってね頼りにしてるわ。」
冬は資料を持ち帰り、早速担当者とコンタクトを取った。ジャカルタにある大学病院だった。担当者は事務と看護師長だった。
事務とは主に、宿泊先や、日程の調整、バスの手配や移動手段の確認、師長とは見学を希望する内容の確認をしなければいけなかった。時差は2時間ほどなので、電話連絡の方が早い気がした。
…インドネシア…文化から勉強しないといけないのか。
担当の人は二人ともマリアさんという名前で、苗字も無いので混乱しそうだった。どちらも英語がとても流暢で思っていた以上にスムーズに話が進んだ。大きなイベントは病院見学、看護業務見学と体験、最終日は、交流会だった。
「イスラム教の人はいますか?」
冬は恐る恐る聞いた。ハラールフードを探すのは大変だったからだ。
「今の所2人でそれ以外は、キリスト教徒だって聞いてるわ。」
…やばい…思ったよりも大変な気がする。
冬は頭を抱えた。都内のホテルなら対応していることも出てきているが、情報収集をする必要があった。いっそのこと、その二人だけマンションに来てもらうとか?
「先生…トーコピンチです。」
「僕は別に良いですけれど…。まだ院長から何も言われて無いんですけれど。」
小鳥遊はいつもの様に冬を膝に乗せて新聞を本を読んでいた。
「男女一緒にいる事も駄目みたい…だから、先生と静さんが3日間だけ一緒に住んでもらっても良い?」
「え…。エッチ無し?それは困りますー。」
…当たり前だ。
小鳥遊も今泉もどうにかなりそうだったが、その3日間は完全にベビーシッターにならないといけないと思うと、ため息が出た。
その間にも学生指導、新人指導や病院の委員会などで帰りが遅くなり、へとへとだった。
…夏休みに無事にたどり着けない気がしてきた。
「トウコさん…食事とか家のことは自分で何とかしますから、無理をしないで下さいね。」
…静さんが天使に見える。
「ありがとう…。」
冬は湯船の中で今泉の上に座っていた。
「今年の冬に、主任試験を受けないかって言われたんだけど…無理な気がするの。」
ため息をついた。
「トウコさんは、どうしたいの?」
今泉は冬の乳房にそっと触れながら言った。
「物凄く悩んでる。年末には私…過労で死んでるかも。」
今泉はまた大げさなと笑ったが、それが年末を待たずして現実になってしまった。
――― 夏休み2日前の日勤。
冬は個室の患者の血圧を測っていた時だった。突然眩暈に襲われ、意識を失った。
――― ガシャー――ン。
「誰かぁー!!看護師さーん!看護師さんが倒れたー!」
ナースコールが鳴ったのと同時に、個室の患者が大きな声で叫んだ。偶然病棟に居合わせた小鳥遊が病室へ飛んでいくと、冬が床に倒れていた。
「ストレッチャー持ってきて下さい。」
そう言いつつ小鳥遊は冬を横抱きにして空いている病室へと運んだ。
…なんか…軽い?
同僚が来て血圧を測った。
「70の42。頻脈。ちょっと足挙げときますか。」
…貧血?
「あ…医局長の服血が付いてる。」
小鳥遊の袖に血液が付着していた。
「倒れた時どこかぶつけたかね?」
意識が無い冬の頭部を調べると、2センチ程傷が出来ていた。
「月性さん…大丈夫?」
う…ん…大丈夫。
冬はまだ頭が少しボーっとしているようだった。同僚が回診車をガラガラと押して持って来て、冬の頭にガーゼを当てた。
「ナート必要そう?」
「うーん…そんなに深くなさそう…要らないです。
小鳥遊が言った。
5分程すると冬の眼が覚めた。
「あれ?…」
同僚が血圧を測っていた。
「96の50。脈も80だから落ち着いたかも」
小鳥遊が冬を見ていた。
「病室で倒れたって…。」
…すみません。
身体をゆっくり起こすとまた少しクラクラした。
「まだ寝てた方が良いかも。」
小鳥遊がCTまでオーダーしてくれたが、冬は拒否した。無理やり内科へ連れて行かれ採血後、2-3日入院した方が良いかも…と言われ、そのまま内科入院になった。
…ヤバい…着替えとかどうしよう。
小鳥遊も、今泉もここにはこれない。
師長が入院道具一式を持ってきてくれた。
…今泉先生から聞いたの。一緒に住んでるんでしょ?
これ預かって来てから。
「…本当に済みません。」
「あなたたち上手く言ってたのね…。安心したわ。」
師長が嬉しそうに笑った。
「これからは、今泉先生から預かって着替えを持ってきて貰うようにするから心配しないで。一応ご家族には連絡しておいたから…。」
…あ…それが…一番ヤバい。
午後になっていそいそと母が来た。
「過労だって?あなたが?」
笑っていた。
…だから嫌なんだ。
「それに同棲してるんだって?もう水臭いんだかから♪」
タッパーに詰めて自分が作って来た料理を床頭台の上に置いた。
「空き次第特室にして貰いましょうね♪」
母は言った。
「え…誰に聞いたの?」
…だから嫌なんだ…この人が来ると何でも大げさになる。
「師長さん♪お相手にご挨拶に行かなくっちゃ。それに病棟にも菓子折り持って来たから、ご挨拶に後で行って来るわね。」
…あああ もうっ…いやだいやだ!
「わわわわ…行かなくて良いから!大丈夫だから!あのね…師長以外にはお付き合いも、同棲のことも内緒にしてるから、ほんとやめて。ばれたら困るから。」
冬は慌てて言った。
「ねぇねぇ…お相手ってどんな方?お医者さんなんでしょう?素敵な方?お年はいくつ?」
母は嬉しそうだった。
――― コンコン。
ドアが開くと…今泉だった。
…あちゃー…最悪のタイミングだわナルシスさん。しかも来ないでって言っておいたのに。
「あれ?トウコさんがふたり?」
冬の母と冬はそっくりだった。一緒に歩けば双子や姉妹と常に間違えられるほどで、滅多に親子だとは思われない。
「いつもトーコがお世話になってます。双子の姉の春です。」
…おいこら。
「おー。トウコさん双子だったんだ!スゲー。」
…いやいや違うんだってば。だから嫌なんだよ。
「静さん…違います母です。」
今泉は私服で来ていたのであまり目立たず病棟に来れたらしい。
「えーーー!!!マジで?それの方が双子よりびっくりだわ。」
今泉は驚いていた。体型も、髪形も背の高さもほぼ一緒。顔もしわ伸ばしをしているので、冬と同い年と言っても違和感は無かった。
「あなたは…?」
春はにやけながら聞いた。
「今泉先生…御付き合いしていて、一緒に住んでいます。」
今泉は初めましてとにこやかに挨拶をした。
「あら…素敵な人じゃない♪」
春は、うっとりと今泉を眺めた。
「本当にトーコさんとそっくりですね…小鳥遊先生にも見せたい。」
今泉は春を傍でじっと眺めたので、お互いに見つめあう形となった。
「あら…嫌だわ。トーコが老け顔だからでしょ?ほほほ。」
…ほほほじゃなーい。
「2-3日の入院でしょ?ホテルに泊まってるわ。あなたその後、夏休みでしょ?家に来ればいいんじゃない?あ…そうだ彼氏さんもどう?」
「え…一緒に行っても良いんですか?」
今泉は嬉しそうに言った。
「ええ勿論よ…お父さんも喜ぶわよー。」
春は、上機嫌だった。
…何この急展開?
「ホテルに泊まるんでしたら、家に泊まって貰えば良いんじゃん?」
…駄目…絶対…静さん余計な事を。
「えーっ良いんですか?」
…おい…悪いですから~とか言わないのかい。
「ええ良いですよ。これから家に帰るんで一緒に行きましょうか?」
「わー嬉しいわ♪こんな素敵な人と一緒に歩けるなんて♪ちょっとお父さんに写真送りますから一緒に写真撮って貰って良いですか?」
…お願いだ…大人しくしててよ。
「良いですよー♪あ…じゃあ僕の携帯でも撮って貰って良いですか?」
…静さん…。
なんだかふたりで楽しそうだ。
「トウコさんのお母さんって、トウコさんより乗りが良いんですね。」
今泉が笑った。
「春と書いて「かず」って言います♪カズって呼んでね~♪」
…おいこら…調子に乗るな。
「へー トーコさんにカズさんかぁ。素敵ですね。じゃぁ僕の事は静と呼んで下さい。」
「じゃあ 静さん一緒に行きましょうか?」
春は、おもむろに今泉に腕を絡ませた。
「ちょ…ちょっと…やめてよ、それで病院を歩かないで!!私と完全に間違われるでしょ?」
今泉は、至近距離で春を見ながら、やっぱりそっくりだぁと何度も言った。
「じゃあトーコ良い子にしてなさいね。またねー♪」
春は嬉しそうだった。
「カズさん あとでもう一人あなたに合わせたい人が居るんです。とってもカッコいいお医者さんですよ。」
…小鳥遊先生の事だ。
「あら♪カッコいい先生だったらぜひぜひお会いしたいわ~♪」
冬のことを完全に無視してふたりは仲良く部屋から出て行ってしまった。
「ちょっとぉ!!お母さんっ!腕組むなって言ってるでしょっ!!」
病室から大きな声で叫んだ。ふたりが心配で休めそうにない冬だった。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:
マンションへ戻る途中、今泉は多分ご理解を戴けないと思うのですけれど…と春に、小鳥遊と自分、そして冬の関係について説明した。
「もう大人ですから、私は何も言いません。3人がそれで良ければ良いんじゃない?」
と笑った。今泉は流石冬の母だと感心していた。
「あの子…真面目で面白味が無いでしょ?プライベートでそれぐらい弾けてた方がつり合いが取れてて良いんじゃないの?」
あれだけ冬に止められたのにも関わらず、春は今泉と腕を組んで歩いていた。
「もう一人の彼氏が、まさにそんな感じです。」
今泉も腕を組んで歩いてもまんざらでは無い様子だった。春は料理研究家で、冬の父親とはあるパーティーで出会ったと話した。
「あの子…ご飯作るの下手でしょう?いつも美味しく無いもの食べさせられてるんじゃない?」
春は笑った。病院からマンションまでの道のりを蒸し暑い夜風に吹かれながらふたりで肩を並べ帰った。
「いいえ…トウコさんは今まで僕が付き合った女性の中で一番お料理上手ですよ。」
今泉は言った。
「私が居る時には美味しいもの作ってあげるから、何か食べたいものがあったら言ってね♪」
春は冬よりも声が少し低いくらいで、“ほぼトウコ”だった。これは面白いことになりそうだと今泉は思った。
「じゃあ 僕は春さんの得意料理が食べたいです♪」
春は、あらお部屋とっても綺麗にしてるじゃないと言いながら、冷蔵庫を開けた。
「うーん…色々あるけど?洋食?和食?」
「僕はどちらでも良いですが、相方が、和食好きなので和食でお願いします。」
「オッケー。」
今泉は小鳥遊にメールを送った。
(今日は絶対早く帰って来てください…絶対です!!)
(変態:どうしました?)
(兎に角大変なことが起こってますから!)
今泉の部屋へ行くと楽しそうな話し声が聞こえた。部屋からは揚げ物の良い香りがしていた。
「あ…先生お帰りなさい。」
今泉が笑顔で迎えた。
「今泉先生…あなたもあなたです。トーコさんは入院が必要だと言われているのになんでここに彼女が居るんですか?」
そういうと、台所へつかつかと歩いて行った。
「トーコさん!あなたはここで一体何をしているんです?今すぐ病院に戻って下さい。」
厳しい口調で春に言った。
「あら お帰りなさい。あなたですね…もう一人の方は。初めまして…妹のカズです。どうぞ宜しく。」
春はニコニコと笑った。
「冗談じゃ無いんです。早く病院へ帰って下さい。」
今泉が噴き出した。
「先生…何が可笑しいんですか?」
小鳥遊はムッとして今泉を見た。
「小鳥遊先生 よく見て下さい。」
…え?
じっと春を見つめ、今泉の顔を見て、再び春を見つめた。
「えっ?」
春がおどけて小鳥遊の真似をして笑った。
「あれっ?トーコさん…っぽい」
今泉はお腹を抱えて笑っていた。
「初めまして…トウコの双子の姉 カズです。いつも妹がお世話になっています。」
「トーコさん 双子だったの!!」
小鳥遊も驚いて大きな声をあげた。
「あら…冬は言ってなかったのかしら?双子なのよ。」
よくみると冬より、少しふっくらしているようだったが、言われるまで気が付かないほどに、体型も顔立ちも、髪の色までそっくりだった。
「妹が良いのなら、どちらかおひとり私とお付き合いをしません?」
揚げ物を手早くあげながら笑った。
「こんなことって…こんなことってあるんでしょうか?」
小鳥遊は驚いてそういったまま動かず、春の姿を眺めていた。
「妹の代わりに、夜のお相手は私がしますわ♪」
春がおどけて言うと、今泉が涙を流して笑った。
「…というのは、冗談でトーコの母です。」
「えっ!!お母さん!!!!」
小鳥遊は暫く春を見つめたままだった。
「…ね?凄くびっくりでしょ?」
今泉が小鳥遊が驚いて言葉を失っている姿を見てまた笑った。
小鳥遊は春の顔をじっと見た。
「こんなことって…あるんでしょうか?」
見れば見るほどよく似ていた。
「あら…大変…天ぷら焦げちゃう。」
そういって戻って行った。驚き過ぎて声を出せない小鳥遊だった。
ほら見て下さい…と言って今泉は冬と春のツーショットの写真を見せた。
「お姉さんじゃなくって、お母さん?」
もう一度聞いた。びっくりでしょう?今泉はまた笑った。小鳥遊は春の顔をマジマジと見た。
「さぁご飯を頂きましょう。」
確かに…よくよく見ると冬よりキビキビとしている気がする。
「あの…大変失礼致しました。僕はてっきりトーコさんが病院を抜け出してきたのかと…。」
「いつものことですから、気にせずに。」
春はケラケラと笑いながら、ご飯を並べた。
「うわ~美味しそうです。」
今泉はテーブルの上の料理を見て嬉しそうだった。
「どうぞ召し上がれ。」
春は小鳥遊にも勧めた。
「あ…僕たちの関係はカズさんに話してあるんで大丈夫です。」
そういって、ナスの天ぷらを頬張った。
「マジ…うまい~。お店で食べるみたいだ。」
…あらそれは良かったわ。
そういって春はワインを出してきた。
「小鳥遊先生…いつもトーコがお世話になっています。愛想が無いし、気が利かないでしょう?あの子。」
「いえ…そんなことは無いです。」
小鳥遊は今になって笑いが込み上げてきた。
「本当に…本当にそっくりですね。」
「あの子が歳をとって来たら余計言われるようになりました。」
そう言ってワインを小鳥遊と今泉に注いだ。
「こんな素敵な人達に見染められるなんて、トーコも幸せものですね。」
「カズさんと僕、トウコさんと夏休み月性家に行くことになりました。」
小鳥遊はびっくりした。
「ご一緒に如何ですか?」
…でも…
「お部屋ならあるからいらっしゃいな。」
「トウコさんがどんなところで育ったのか、すごく気になります。」
今泉が2膳目のご飯の御替わりをした。
「ね…そうしなさいな。美味しいご飯をご馳走しますから。あ。スーツ持ってきて♪パーティしますから。」
春は今泉からご飯茶碗を受け取り、ご飯をよそって今泉に渡した。
「今泉先生の所にトーコが退院まで、お世話になることになりましたのでその間はご飯の心配はしなくても良いですよ。私が腕を振るって作りますから。」
そう言ってワイングラスを一気に開けた。
「あ…。」「あ…。」
今泉と小鳥遊は一瞬焦ったが、その心配は無用だった。ひとりでワインを1本開けても、春に酔った様子は見られなかった。
「トーコは飲めないでしょ?あの子は夫に似たのね。」
そう言って笑った。今泉も小鳥遊もほろ酔い気分だった。
「カズさん…夜中に起きて、トウコさんと間違えて襲っちゃうかも。」
小泉は笑った。
「あら親子で…って楽しそうね。」
小鳥遊は、ワインを咽た。
「あらら…冗談ですよ。」
面白そうに春は笑った。
「でも…あなたたち…これからどうするの?ふたりと同時に結婚は出来ないでしょう?子供が出来たら?将来は3人で一緒に住むの?堅いお仕事だし、それにご家族の方への説明はどうするの?」
…また答えにくい事を。
小鳥遊は苦笑した。
「トウコさんは小鳥遊先生と結婚するならしたいって言ってます。」
今泉はいつものようににこにこしていた。
「あら…じゃあ今泉先生はどうするんですか?」
…僕も冬さんも聞けなかったことを、ズバズバと。
小鳥遊は苦笑したが、今泉の様子を伺っていた。
「愛人?ですかね…。」
今泉は少し酔っているようだった。
「でもあなた…ご家族にはどう説明するつもり?」
春は2本目のワインを開けた。
「うーん。別に…僕とトウコさん…お互いが好きなら、結婚なんてしなくても良いと思ってます。」
今泉は微笑んだ。
「あなた…それで辛くないの?」
…そうだ…それなんだ。何故この男は辛くないんだ?嫉妬をしないんんだろう?
「彼女が幸せならそれで良い。一緒に居られればそれで良いんです。」
…この余裕が時々腹立たしいのは何故なんだ?
「あらそれはそれで素敵ね…でもあなたたちはお互いに嫉妬をしないの?」
春は、歳の差があるふたりを見つめながら言った。
「僕は…時々嫉妬します。トーコさんを独り占めにしたいと思うことがありますよ。」
小鳥遊は寂しそうだった。
「…でも…トーコさんが二人とも同じぐらい愛してると言いますし、一度離れてみてやっぱり、彼女が好きだから離れたくないんです。」
小鳥遊も少し酔っていた。多分酔って居なければこんなことを話せなかったように思う。
「ふーん…そうなのね。」
「僕は嫉妬は無いかなぁ…小鳥遊先生は僕の憧れの先生でもあったし…。僕はEDなのでセックス出来ないし…。」
小鳥遊はまた咽た。
「ちょ…今泉先生…そこまで言わなくても…。」
でも長く付き合って居れば判ることですし…と今泉は言った。
「あら…そうなの…それは残念ね。でもそれだけじゃないでしょ?しなくたって、愛し合ってる人はいるんじゃないかしら。」
「ええ…僕もそう思います。ただ…トウコさんは肉欲系なので、そこは小鳥遊先生にお任せと言うことで。」
今泉はあけすけ過ぎて、小鳥遊は少々戸惑った。
「でも…大変ね…トーコも…ふたりを同じくらい好きなんて。ひとりでもイライラしたりやきもきしたりするのに…それが単純計算で2倍になるんですものね。」
…そうだ…トーコさんは無理していたんだ。
春は、グラスワインを一気に開けてた。
「…でも気を付けないと…あの子 逃げるわよ。」
…逃げる?
「束縛が大嫌いだから…時々ふらっといなくなっちゃうときがあるかも…必ず元の場所に戻って来るけれど、それが貴方がたに耐えられるかどうかね。」
そう言ってふたりを代わる代わる見つめながらワインをグラスに半分程注いだ。
「私はね…驚いてるの…あの子がこんなに長く看護師をするとは思って無かった。真面目で小さい頃から我慢強くて、我儘なんて殆ど言わない子だった。けれどエリックが死んで、全てが変わってしまって…とても心配だった。」
そしていれたばかりのワインを一気に空けた。
「酷い鬱状態でね、無理やり連れ戻した時も、自分で大学の編入をさっさとしちゃって、いつの間にか家には寄り付かなくなったわ。看護師なんてとても大変な仕事じゃない?最初の頃は、アメリカに帰ってまた医者になりたいなんて言い出すんじゃないかと思っていたの。」
春はため息をついた。
「え?トウコさん医者になりたかったの?」「医者ですか?」
今泉と小鳥遊は驚いた。
「ええ…メディカルスクールに入ってすぐに…辞めちゃったの。」
…入学してたのか…それは初耳だ。日本よりも医学部に入るのは大変だと聞いていたが、それをあっさり辞めてしまう程に傷ついたのか。
愛する人を目の前で無くした衝撃は小鳥遊には想像もつかなかった。
「彼氏を作らなかったのも、束縛が嫌だったからじゃないかしら…エリックのこともあるとは思うけど。ふわふわした自由な生活が好きなのよ…きっと。」
「さっ…そろそろ片付けましょうか。」
「でも…ふらっといなくならないようにするにはどうしたら良いんでしょうか?」
冬は何でも一人で決めてしまうので、小鳥遊はそれが一番心配だった。
「束縛しないこと…いえるのはそれだけ。自分を追いつめちゃう子だから。」
春はさっさと片づけを済ませ、じゃあ静さんお風呂借りるわね…小鳥遊せんせどうぞごゆっくり…とお風呂へ行ってしまった。
「なんか…見た目はトウコさんなのに、もっと自由な感じだったんですねお母さんは。」
今泉は笑った。
「圧倒される感じでした…エネルギッシュで。」
「束縛をしないって…こうして3人で近くにいる事が窮屈になっちゃうのかなぁ。だとしたら、同棲は良く無かったかも知れないな。」
今泉がポツリと言った。
「そうだ…聞きました?トーコさん主任試験受けるみたいですよ?」
数切れ残ったチーズを指で摘まんで口に入れた。
「え…それは聞いて無かったな。」
小鳥遊は、キッチンでふたりぶんのお茶を煎れていた。
「なんか…そういうこともしがらみになって嫌になっちゃわないのか心配です。」
小鳥遊はじっと考えていた。このバタバタが終わった後が、心配だと二人とも思っていた。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:
「ねえ…何で二人とも家に来るの?」
冬は母親の春が運転する真っ赤なボルボの助手席で少しイライラしていた。
「だって春さんに誘われちゃったんですもん。」
後部座席に小鳥遊と一緒に座る今泉が嬉しそうに窓の外を眺めていた。
「あら良いじゃない♪お父さんも喜ぶと思うわよ。二人も彼氏が出来たって言ったら。」
この母にしてこの子…だと小鳥遊は思った。冬の実家は別荘地として名高い葉山にあった。相模湾に隣接し、御用邸などがある場所だ。
「トーコさんマジっすか?」
「月性家へようこそ。」
冬の家は豪邸だった。
「後で、院長室に一緒に行くので。」
師長が言った。
「月性さん何か悪いことでもしたんですか?」
ナースステーションで皆にふざけて聞かれた。
「何も…。」
小鳥遊と今泉のことがあるので、後ろめたさもあった。
…もしかして…その話?
顔では平静を装っていたが、内心ドキドキしていた。
「今度うちの病院で、インドネシアからの実習生を受けることになったの。今年の12月頃で今の所3日間の予定です。そこで英語が話せるあなたに病院病棟の案内をして欲しいんですけれど、大丈夫かしら?」
看護部長が言った。
「はい…それは大丈夫です。人数はどのくらいですか?」
「今の所6-8人になるそうだけれど、通訳と案内冊子を作ってほしいの。担当者の人は日本語が少し出来るんだけれど、英語の方が良いらしくって、その人との連絡調整などもして下さい。まあコーディネータ兼通訳ね。」
…マジですか。
「電話でもメールでも良いから連絡を取り合って、相手の希望などが判ったら、私達に教えて欲しいんだけれど。」
面倒くさい事になって来たぞと冬は思った。
「他に医療系の通訳をつけたりとかはしないんでしょうか?日常会話なら大丈夫ですけれど、医療英語はちょっと怪しいものですから。」
間違いがあったら大変だ。
「そういうことも全て調整をお願いします。小鳥遊医局長には私から直接お願いしますから…。」
…それを人は丸投げと呼ぶ。
病棟に戻ると皆に聞かれた。
「うーん…なんか雑用係だった。」
冬は笑った。病棟へ戻って来て業務へ戻ろうとすると
「月性さん…看護部長室へ来てくださいって部長が…。」
冬は部長室へと戻った。
「担当者の連絡先と、これが資料ね。週に一度は進行状況を師長か私に報告して頂戴。」
「判りました。」
「それから…月性さん…あなた何年目だっけ?そろそろ主任試験受けてみない?」
…え…。
「脳外病棟は今主任不在でしょ?だから丁度良いと思ったんだけど。」
「はい…。」
「考えておいてくれる?試験は秋か冬になるから。頑張ってね頼りにしてるわ。」
冬は資料を持ち帰り、早速担当者とコンタクトを取った。ジャカルタにある大学病院だった。担当者は事務と看護師長だった。
事務とは主に、宿泊先や、日程の調整、バスの手配や移動手段の確認、師長とは見学を希望する内容の確認をしなければいけなかった。時差は2時間ほどなので、電話連絡の方が早い気がした。
…インドネシア…文化から勉強しないといけないのか。
担当の人は二人ともマリアさんという名前で、苗字も無いので混乱しそうだった。どちらも英語がとても流暢で思っていた以上にスムーズに話が進んだ。大きなイベントは病院見学、看護業務見学と体験、最終日は、交流会だった。
「イスラム教の人はいますか?」
冬は恐る恐る聞いた。ハラールフードを探すのは大変だったからだ。
「今の所2人でそれ以外は、キリスト教徒だって聞いてるわ。」
…やばい…思ったよりも大変な気がする。
冬は頭を抱えた。都内のホテルなら対応していることも出てきているが、情報収集をする必要があった。いっそのこと、その二人だけマンションに来てもらうとか?
「先生…トーコピンチです。」
「僕は別に良いですけれど…。まだ院長から何も言われて無いんですけれど。」
小鳥遊はいつもの様に冬を膝に乗せて新聞を本を読んでいた。
「男女一緒にいる事も駄目みたい…だから、先生と静さんが3日間だけ一緒に住んでもらっても良い?」
「え…。エッチ無し?それは困りますー。」
…当たり前だ。
小鳥遊も今泉もどうにかなりそうだったが、その3日間は完全にベビーシッターにならないといけないと思うと、ため息が出た。
その間にも学生指導、新人指導や病院の委員会などで帰りが遅くなり、へとへとだった。
…夏休みに無事にたどり着けない気がしてきた。
「トウコさん…食事とか家のことは自分で何とかしますから、無理をしないで下さいね。」
…静さんが天使に見える。
「ありがとう…。」
冬は湯船の中で今泉の上に座っていた。
「今年の冬に、主任試験を受けないかって言われたんだけど…無理な気がするの。」
ため息をついた。
「トウコさんは、どうしたいの?」
今泉は冬の乳房にそっと触れながら言った。
「物凄く悩んでる。年末には私…過労で死んでるかも。」
今泉はまた大げさなと笑ったが、それが年末を待たずして現実になってしまった。
――― 夏休み2日前の日勤。
冬は個室の患者の血圧を測っていた時だった。突然眩暈に襲われ、意識を失った。
――― ガシャー――ン。
「誰かぁー!!看護師さーん!看護師さんが倒れたー!」
ナースコールが鳴ったのと同時に、個室の患者が大きな声で叫んだ。偶然病棟に居合わせた小鳥遊が病室へ飛んでいくと、冬が床に倒れていた。
「ストレッチャー持ってきて下さい。」
そう言いつつ小鳥遊は冬を横抱きにして空いている病室へと運んだ。
…なんか…軽い?
同僚が来て血圧を測った。
「70の42。頻脈。ちょっと足挙げときますか。」
…貧血?
「あ…医局長の服血が付いてる。」
小鳥遊の袖に血液が付着していた。
「倒れた時どこかぶつけたかね?」
意識が無い冬の頭部を調べると、2センチ程傷が出来ていた。
「月性さん…大丈夫?」
う…ん…大丈夫。
冬はまだ頭が少しボーっとしているようだった。同僚が回診車をガラガラと押して持って来て、冬の頭にガーゼを当てた。
「ナート必要そう?」
「うーん…そんなに深くなさそう…要らないです。
小鳥遊が言った。
5分程すると冬の眼が覚めた。
「あれ?…」
同僚が血圧を測っていた。
「96の50。脈も80だから落ち着いたかも」
小鳥遊が冬を見ていた。
「病室で倒れたって…。」
…すみません。
身体をゆっくり起こすとまた少しクラクラした。
「まだ寝てた方が良いかも。」
小鳥遊がCTまでオーダーしてくれたが、冬は拒否した。無理やり内科へ連れて行かれ採血後、2-3日入院した方が良いかも…と言われ、そのまま内科入院になった。
…ヤバい…着替えとかどうしよう。
小鳥遊も、今泉もここにはこれない。
師長が入院道具一式を持ってきてくれた。
…今泉先生から聞いたの。一緒に住んでるんでしょ?
これ預かって来てから。
「…本当に済みません。」
「あなたたち上手く言ってたのね…。安心したわ。」
師長が嬉しそうに笑った。
「これからは、今泉先生から預かって着替えを持ってきて貰うようにするから心配しないで。一応ご家族には連絡しておいたから…。」
…あ…それが…一番ヤバい。
午後になっていそいそと母が来た。
「過労だって?あなたが?」
笑っていた。
…だから嫌なんだ。
「それに同棲してるんだって?もう水臭いんだかから♪」
タッパーに詰めて自分が作って来た料理を床頭台の上に置いた。
「空き次第特室にして貰いましょうね♪」
母は言った。
「え…誰に聞いたの?」
…だから嫌なんだ…この人が来ると何でも大げさになる。
「師長さん♪お相手にご挨拶に行かなくっちゃ。それに病棟にも菓子折り持って来たから、ご挨拶に後で行って来るわね。」
…あああ もうっ…いやだいやだ!
「わわわわ…行かなくて良いから!大丈夫だから!あのね…師長以外にはお付き合いも、同棲のことも内緒にしてるから、ほんとやめて。ばれたら困るから。」
冬は慌てて言った。
「ねぇねぇ…お相手ってどんな方?お医者さんなんでしょう?素敵な方?お年はいくつ?」
母は嬉しそうだった。
――― コンコン。
ドアが開くと…今泉だった。
…あちゃー…最悪のタイミングだわナルシスさん。しかも来ないでって言っておいたのに。
「あれ?トウコさんがふたり?」
冬の母と冬はそっくりだった。一緒に歩けば双子や姉妹と常に間違えられるほどで、滅多に親子だとは思われない。
「いつもトーコがお世話になってます。双子の姉の春です。」
…おいこら。
「おー。トウコさん双子だったんだ!スゲー。」
…いやいや違うんだってば。だから嫌なんだよ。
「静さん…違います母です。」
今泉は私服で来ていたのであまり目立たず病棟に来れたらしい。
「えーーー!!!マジで?それの方が双子よりびっくりだわ。」
今泉は驚いていた。体型も、髪形も背の高さもほぼ一緒。顔もしわ伸ばしをしているので、冬と同い年と言っても違和感は無かった。
「あなたは…?」
春はにやけながら聞いた。
「今泉先生…御付き合いしていて、一緒に住んでいます。」
今泉は初めましてとにこやかに挨拶をした。
「あら…素敵な人じゃない♪」
春は、うっとりと今泉を眺めた。
「本当にトーコさんとそっくりですね…小鳥遊先生にも見せたい。」
今泉は春を傍でじっと眺めたので、お互いに見つめあう形となった。
「あら…嫌だわ。トーコが老け顔だからでしょ?ほほほ。」
…ほほほじゃなーい。
「2-3日の入院でしょ?ホテルに泊まってるわ。あなたその後、夏休みでしょ?家に来ればいいんじゃない?あ…そうだ彼氏さんもどう?」
「え…一緒に行っても良いんですか?」
今泉は嬉しそうに言った。
「ええ勿論よ…お父さんも喜ぶわよー。」
春は、上機嫌だった。
…何この急展開?
「ホテルに泊まるんでしたら、家に泊まって貰えば良いんじゃん?」
…駄目…絶対…静さん余計な事を。
「えーっ良いんですか?」
…おい…悪いですから~とか言わないのかい。
「ええ良いですよ。これから家に帰るんで一緒に行きましょうか?」
「わー嬉しいわ♪こんな素敵な人と一緒に歩けるなんて♪ちょっとお父さんに写真送りますから一緒に写真撮って貰って良いですか?」
…お願いだ…大人しくしててよ。
「良いですよー♪あ…じゃあ僕の携帯でも撮って貰って良いですか?」
…静さん…。
なんだかふたりで楽しそうだ。
「トウコさんのお母さんって、トウコさんより乗りが良いんですね。」
今泉が笑った。
「春と書いて「かず」って言います♪カズって呼んでね~♪」
…おいこら…調子に乗るな。
「へー トーコさんにカズさんかぁ。素敵ですね。じゃぁ僕の事は静と呼んで下さい。」
「じゃあ 静さん一緒に行きましょうか?」
春は、おもむろに今泉に腕を絡ませた。
「ちょ…ちょっと…やめてよ、それで病院を歩かないで!!私と完全に間違われるでしょ?」
今泉は、至近距離で春を見ながら、やっぱりそっくりだぁと何度も言った。
「じゃあトーコ良い子にしてなさいね。またねー♪」
春は嬉しそうだった。
「カズさん あとでもう一人あなたに合わせたい人が居るんです。とってもカッコいいお医者さんですよ。」
…小鳥遊先生の事だ。
「あら♪カッコいい先生だったらぜひぜひお会いしたいわ~♪」
冬のことを完全に無視してふたりは仲良く部屋から出て行ってしまった。
「ちょっとぉ!!お母さんっ!腕組むなって言ってるでしょっ!!」
病室から大きな声で叫んだ。ふたりが心配で休めそうにない冬だった。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:
マンションへ戻る途中、今泉は多分ご理解を戴けないと思うのですけれど…と春に、小鳥遊と自分、そして冬の関係について説明した。
「もう大人ですから、私は何も言いません。3人がそれで良ければ良いんじゃない?」
と笑った。今泉は流石冬の母だと感心していた。
「あの子…真面目で面白味が無いでしょ?プライベートでそれぐらい弾けてた方がつり合いが取れてて良いんじゃないの?」
あれだけ冬に止められたのにも関わらず、春は今泉と腕を組んで歩いていた。
「もう一人の彼氏が、まさにそんな感じです。」
今泉も腕を組んで歩いてもまんざらでは無い様子だった。春は料理研究家で、冬の父親とはあるパーティーで出会ったと話した。
「あの子…ご飯作るの下手でしょう?いつも美味しく無いもの食べさせられてるんじゃない?」
春は笑った。病院からマンションまでの道のりを蒸し暑い夜風に吹かれながらふたりで肩を並べ帰った。
「いいえ…トウコさんは今まで僕が付き合った女性の中で一番お料理上手ですよ。」
今泉は言った。
「私が居る時には美味しいもの作ってあげるから、何か食べたいものがあったら言ってね♪」
春は冬よりも声が少し低いくらいで、“ほぼトウコ”だった。これは面白いことになりそうだと今泉は思った。
「じゃあ 僕は春さんの得意料理が食べたいです♪」
春は、あらお部屋とっても綺麗にしてるじゃないと言いながら、冷蔵庫を開けた。
「うーん…色々あるけど?洋食?和食?」
「僕はどちらでも良いですが、相方が、和食好きなので和食でお願いします。」
「オッケー。」
今泉は小鳥遊にメールを送った。
(今日は絶対早く帰って来てください…絶対です!!)
(変態:どうしました?)
(兎に角大変なことが起こってますから!)
今泉の部屋へ行くと楽しそうな話し声が聞こえた。部屋からは揚げ物の良い香りがしていた。
「あ…先生お帰りなさい。」
今泉が笑顔で迎えた。
「今泉先生…あなたもあなたです。トーコさんは入院が必要だと言われているのになんでここに彼女が居るんですか?」
そういうと、台所へつかつかと歩いて行った。
「トーコさん!あなたはここで一体何をしているんです?今すぐ病院に戻って下さい。」
厳しい口調で春に言った。
「あら お帰りなさい。あなたですね…もう一人の方は。初めまして…妹のカズです。どうぞ宜しく。」
春はニコニコと笑った。
「冗談じゃ無いんです。早く病院へ帰って下さい。」
今泉が噴き出した。
「先生…何が可笑しいんですか?」
小鳥遊はムッとして今泉を見た。
「小鳥遊先生 よく見て下さい。」
…え?
じっと春を見つめ、今泉の顔を見て、再び春を見つめた。
「えっ?」
春がおどけて小鳥遊の真似をして笑った。
「あれっ?トーコさん…っぽい」
今泉はお腹を抱えて笑っていた。
「初めまして…トウコの双子の姉 カズです。いつも妹がお世話になっています。」
「トーコさん 双子だったの!!」
小鳥遊も驚いて大きな声をあげた。
「あら…冬は言ってなかったのかしら?双子なのよ。」
よくみると冬より、少しふっくらしているようだったが、言われるまで気が付かないほどに、体型も顔立ちも、髪の色までそっくりだった。
「妹が良いのなら、どちらかおひとり私とお付き合いをしません?」
揚げ物を手早くあげながら笑った。
「こんなことって…こんなことってあるんでしょうか?」
小鳥遊は驚いてそういったまま動かず、春の姿を眺めていた。
「妹の代わりに、夜のお相手は私がしますわ♪」
春がおどけて言うと、今泉が涙を流して笑った。
「…というのは、冗談でトーコの母です。」
「えっ!!お母さん!!!!」
小鳥遊は暫く春を見つめたままだった。
「…ね?凄くびっくりでしょ?」
今泉が小鳥遊が驚いて言葉を失っている姿を見てまた笑った。
小鳥遊は春の顔をじっと見た。
「こんなことって…あるんでしょうか?」
見れば見るほどよく似ていた。
「あら…大変…天ぷら焦げちゃう。」
そういって戻って行った。驚き過ぎて声を出せない小鳥遊だった。
ほら見て下さい…と言って今泉は冬と春のツーショットの写真を見せた。
「お姉さんじゃなくって、お母さん?」
もう一度聞いた。びっくりでしょう?今泉はまた笑った。小鳥遊は春の顔をマジマジと見た。
「さぁご飯を頂きましょう。」
確かに…よくよく見ると冬よりキビキビとしている気がする。
「あの…大変失礼致しました。僕はてっきりトーコさんが病院を抜け出してきたのかと…。」
「いつものことですから、気にせずに。」
春はケラケラと笑いながら、ご飯を並べた。
「うわ~美味しそうです。」
今泉はテーブルの上の料理を見て嬉しそうだった。
「どうぞ召し上がれ。」
春は小鳥遊にも勧めた。
「あ…僕たちの関係はカズさんに話してあるんで大丈夫です。」
そういって、ナスの天ぷらを頬張った。
「マジ…うまい~。お店で食べるみたいだ。」
…あらそれは良かったわ。
そういって春はワインを出してきた。
「小鳥遊先生…いつもトーコがお世話になっています。愛想が無いし、気が利かないでしょう?あの子。」
「いえ…そんなことは無いです。」
小鳥遊は今になって笑いが込み上げてきた。
「本当に…本当にそっくりですね。」
「あの子が歳をとって来たら余計言われるようになりました。」
そう言ってワインを小鳥遊と今泉に注いだ。
「こんな素敵な人達に見染められるなんて、トーコも幸せものですね。」
「カズさんと僕、トウコさんと夏休み月性家に行くことになりました。」
小鳥遊はびっくりした。
「ご一緒に如何ですか?」
…でも…
「お部屋ならあるからいらっしゃいな。」
「トウコさんがどんなところで育ったのか、すごく気になります。」
今泉が2膳目のご飯の御替わりをした。
「ね…そうしなさいな。美味しいご飯をご馳走しますから。あ。スーツ持ってきて♪パーティしますから。」
春は今泉からご飯茶碗を受け取り、ご飯をよそって今泉に渡した。
「今泉先生の所にトーコが退院まで、お世話になることになりましたのでその間はご飯の心配はしなくても良いですよ。私が腕を振るって作りますから。」
そう言ってワイングラスを一気に開けた。
「あ…。」「あ…。」
今泉と小鳥遊は一瞬焦ったが、その心配は無用だった。ひとりでワインを1本開けても、春に酔った様子は見られなかった。
「トーコは飲めないでしょ?あの子は夫に似たのね。」
そう言って笑った。今泉も小鳥遊もほろ酔い気分だった。
「カズさん…夜中に起きて、トウコさんと間違えて襲っちゃうかも。」
小泉は笑った。
「あら親子で…って楽しそうね。」
小鳥遊は、ワインを咽た。
「あらら…冗談ですよ。」
面白そうに春は笑った。
「でも…あなたたち…これからどうするの?ふたりと同時に結婚は出来ないでしょう?子供が出来たら?将来は3人で一緒に住むの?堅いお仕事だし、それにご家族の方への説明はどうするの?」
…また答えにくい事を。
小鳥遊は苦笑した。
「トウコさんは小鳥遊先生と結婚するならしたいって言ってます。」
今泉はいつものようににこにこしていた。
「あら…じゃあ今泉先生はどうするんですか?」
…僕も冬さんも聞けなかったことを、ズバズバと。
小鳥遊は苦笑したが、今泉の様子を伺っていた。
「愛人?ですかね…。」
今泉は少し酔っているようだった。
「でもあなた…ご家族にはどう説明するつもり?」
春は2本目のワインを開けた。
「うーん。別に…僕とトウコさん…お互いが好きなら、結婚なんてしなくても良いと思ってます。」
今泉は微笑んだ。
「あなた…それで辛くないの?」
…そうだ…それなんだ。何故この男は辛くないんだ?嫉妬をしないんんだろう?
「彼女が幸せならそれで良い。一緒に居られればそれで良いんです。」
…この余裕が時々腹立たしいのは何故なんだ?
「あらそれはそれで素敵ね…でもあなたたちはお互いに嫉妬をしないの?」
春は、歳の差があるふたりを見つめながら言った。
「僕は…時々嫉妬します。トーコさんを独り占めにしたいと思うことがありますよ。」
小鳥遊は寂しそうだった。
「…でも…トーコさんが二人とも同じぐらい愛してると言いますし、一度離れてみてやっぱり、彼女が好きだから離れたくないんです。」
小鳥遊も少し酔っていた。多分酔って居なければこんなことを話せなかったように思う。
「ふーん…そうなのね。」
「僕は嫉妬は無いかなぁ…小鳥遊先生は僕の憧れの先生でもあったし…。僕はEDなのでセックス出来ないし…。」
小鳥遊はまた咽た。
「ちょ…今泉先生…そこまで言わなくても…。」
でも長く付き合って居れば判ることですし…と今泉は言った。
「あら…そうなの…それは残念ね。でもそれだけじゃないでしょ?しなくたって、愛し合ってる人はいるんじゃないかしら。」
「ええ…僕もそう思います。ただ…トウコさんは肉欲系なので、そこは小鳥遊先生にお任せと言うことで。」
今泉はあけすけ過ぎて、小鳥遊は少々戸惑った。
「でも…大変ね…トーコも…ふたりを同じくらい好きなんて。ひとりでもイライラしたりやきもきしたりするのに…それが単純計算で2倍になるんですものね。」
…そうだ…トーコさんは無理していたんだ。
春は、グラスワインを一気に開けてた。
「…でも気を付けないと…あの子 逃げるわよ。」
…逃げる?
「束縛が大嫌いだから…時々ふらっといなくなっちゃうときがあるかも…必ず元の場所に戻って来るけれど、それが貴方がたに耐えられるかどうかね。」
そう言ってふたりを代わる代わる見つめながらワインをグラスに半分程注いだ。
「私はね…驚いてるの…あの子がこんなに長く看護師をするとは思って無かった。真面目で小さい頃から我慢強くて、我儘なんて殆ど言わない子だった。けれどエリックが死んで、全てが変わってしまって…とても心配だった。」
そしていれたばかりのワインを一気に空けた。
「酷い鬱状態でね、無理やり連れ戻した時も、自分で大学の編入をさっさとしちゃって、いつの間にか家には寄り付かなくなったわ。看護師なんてとても大変な仕事じゃない?最初の頃は、アメリカに帰ってまた医者になりたいなんて言い出すんじゃないかと思っていたの。」
春はため息をついた。
「え?トウコさん医者になりたかったの?」「医者ですか?」
今泉と小鳥遊は驚いた。
「ええ…メディカルスクールに入ってすぐに…辞めちゃったの。」
…入学してたのか…それは初耳だ。日本よりも医学部に入るのは大変だと聞いていたが、それをあっさり辞めてしまう程に傷ついたのか。
愛する人を目の前で無くした衝撃は小鳥遊には想像もつかなかった。
「彼氏を作らなかったのも、束縛が嫌だったからじゃないかしら…エリックのこともあるとは思うけど。ふわふわした自由な生活が好きなのよ…きっと。」
「さっ…そろそろ片付けましょうか。」
「でも…ふらっといなくならないようにするにはどうしたら良いんでしょうか?」
冬は何でも一人で決めてしまうので、小鳥遊はそれが一番心配だった。
「束縛しないこと…いえるのはそれだけ。自分を追いつめちゃう子だから。」
春はさっさと片づけを済ませ、じゃあ静さんお風呂借りるわね…小鳥遊せんせどうぞごゆっくり…とお風呂へ行ってしまった。
「なんか…見た目はトウコさんなのに、もっと自由な感じだったんですねお母さんは。」
今泉は笑った。
「圧倒される感じでした…エネルギッシュで。」
「束縛をしないって…こうして3人で近くにいる事が窮屈になっちゃうのかなぁ。だとしたら、同棲は良く無かったかも知れないな。」
今泉がポツリと言った。
「そうだ…聞きました?トーコさん主任試験受けるみたいですよ?」
数切れ残ったチーズを指で摘まんで口に入れた。
「え…それは聞いて無かったな。」
小鳥遊は、キッチンでふたりぶんのお茶を煎れていた。
「なんか…そういうこともしがらみになって嫌になっちゃわないのか心配です。」
小鳥遊はじっと考えていた。このバタバタが終わった後が、心配だと二人とも思っていた。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:
「ねえ…何で二人とも家に来るの?」
冬は母親の春が運転する真っ赤なボルボの助手席で少しイライラしていた。
「だって春さんに誘われちゃったんですもん。」
後部座席に小鳥遊と一緒に座る今泉が嬉しそうに窓の外を眺めていた。
「あら良いじゃない♪お父さんも喜ぶと思うわよ。二人も彼氏が出来たって言ったら。」
この母にしてこの子…だと小鳥遊は思った。冬の実家は別荘地として名高い葉山にあった。相模湾に隣接し、御用邸などがある場所だ。
「トーコさんマジっすか?」
「月性家へようこそ。」
冬の家は豪邸だった。
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