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第21話 帰還
しおりを挟むルフはドラゴンが立ち去ったのを見て、王とのやり取りが終了したことを把握した。
アルスが一度だけ、ドラゴンに話しかけたのを最後に、アルスとドラゴンが、どんなことををやり取りしていたのか、ルフには分からなかった。
その時、二人に向けて多数の足跡の音ともに向かってくる存在がいた。
「陛下、生き残りを連れて参りました」
ロランの後ろには、鎧の原型も見えない程に、ぼろぼろになった三十数名の兵士がいた。
よく見ると、ロランの背にはベルルが担がれている。
ぼろぼろになった兵士達を見て、アルスは驚く。百人はいた兵士が三十人まで減ったのだ。だが、アルスは彼らの自業自得という事にした。
ルフに勝手に付いて行き、そして恐らくだがドラゴンを目覚めさせ、何故かザーマイン軍と戦っていた。結果的に良かったものの、アルスに死の危険が迫ったのだ。
つまり、彼らがやったことは、ドラゴンに喧嘩を売って、王である自分に危険を及ぼし、僅か百人でザーマイン軍の大群に襲いかかった。
アルスからすれば、ただの自殺志願者である。
といっても、アルス自身がルフにドラゴン討伐を命じた責任もあり、彼らに対して、ひとまずは責任を問う事はしなかった。
「では帰るぞ」
アルスはその一言だけ、兵士達に声をかけると、歩き出した。その後ろ姿に、ルフ含めて兵士達はざわざわとする。身体が震えるものもいた。
一万の軍勢に対して、たった百人で襲いかかったのだ。通常なら全滅する所を、三十数名も生き残りがいる。
普通なら労いの言葉をかけるだろう。だが、アルス王はそれをしなかった。これが普通の王なら、兵士達は失望するだろう。
だが、アルス王は普通ではなかった。ドラゴンを操り、ザーマインの皇太子ルシウスを打ち取ったのだ。それ程の人間が、ただ背中だけを見せる。
それは当然のことだとアルス王は示したのだ。彼らはそこに絶大な信頼を感じ取った。お前らならやれて当たり前だと。
彼らは凛々しい顔つきで、その背中を見つめ、そして堂々とした歩みでついていく。
ルフはふと、何故アルス王は、ドラゴンに乗って帰らなかったのかと疑問を抱いた。だがそれは、ルフの中ですぐに答えが出た。
共に戦った者達との凱旋をするためだ。それこそ、アルス王が兵士を大事にしている証だった。
アルスは王都に帰還中、これまでの出来事を整理していた。ドラゴンが突然、城に襲来して、色々あってその背に乗ることになり、そしてその後に、ドラゴニア山脈で、何故かいるザーマイン軍と戦ったのだ。
改めて振り返って見ると、アルスには訳が分からなかった。
「我が王よ。この結果はいつから......どこまで描いていたものなのでしょうか?」
隣を歩いていたルフが、不意にアルスに問いかける。
「どこまでか......」
ルフにそんな事を言われも、アルスには答えようがなかった。何も描いていないからだ。
疲れていたアルスは、そのまま正直に答えた。
「......何も描いていない」
「フッ......御冗談を」
ルフはアルスの言葉を、そのままの意味通りに受け取らなかった。何故なら、ドラゴニア山脈から侵攻してくるザーマイン軍に対して、ルフ達をタイミングよく派遣したのだ。
そして、ワイバーンの襲来、最後は王自らドラゴンに乗って、ルシウスを打ち取った。
どれか一つでも欠けていた場合、最終的にはザーマイン軍を撃退出来たかもしれないが、ルシウスを打ち取る事は難しかっただろう。
それに、ルフには今なら分かる事があった。ルフに何も伝えなかったのは、完全に信用していないからだろう。ザーマインから脱退して、カーマイン王国に任官しに来たのだ。普通なら信用しない。
「ドラゴンに乗って、王自ら前に出たのは本当に驚きでした。そして、ザーマインの皇太子ルシウスを打ち取るとは、感服致しました」
皇太子ルシウスと聞いて、アルスの眉毛がピクリと動く。
(ルシウスって......皇太子ルシウスのことか!)
皇太子ルシウス自ら、ドラゴニア山脈にいる理由。それは一目瞭然だった。
つまり、ドラゴニア山脈にいたザーマイン軍は、カーマイン王国に侵攻の途中だった事に、アルスはようやく気付く。
まさかザーマイン軍が、ドラゴニア山脈から侵攻して来るとは、アルスは夢にも思わなかったのだ。
ドラゴニア山脈にいる魔物相手に、軍の訓練でもしていたのかと、アルスは適当な事を考えていたのである。
そうと考えるなら、アルス達はザーマイン軍を撃退した事になる。
アルスからしたら驚愕の事だった。気づいたら勝手に、宣戦布告してきたザーマイン軍を撃破していたのだ。
アルスにはもう何がなんだが分からず、考えるのを辞めた。
「陛下、ベルル殿が目を覚ましたようです」
「そうか」
ベルルが目を覚ました事を聞いたアルスは、少し考えると、王都に伝令を飛ばす事にした。
アルスはこれまでの出来事を、当事者であるルフとベルルにまとめさせるのだった。
そして途中、彼らは村に何度か泊まり、物資を補給しながらも、王都に帰還するのだった。
アルス達一行が、王都に凱旋した時、民達の歓声は凄まじかった。王都に飛ばしていた伝令が民達に漏れたのだろう。ザーマインとの戦の勝利は民達にも既に伝わっていた。
僅か百人の軍隊で、ザーマイン軍一万を撃退するという偉業に、民達は熱狂を以てして、勇敢なるカーマ王国の兵士達を称えた。
そのあまりの熱狂振りに、ベルルは目を白黒させた。
「「「アルス王万歳!!カーマ王国万歳!!」」」
アルス王という名前が、連呼される中、アルスは街中を進んでいた。
アルスは内心恥ずかしかったが、いつもの王としての心の仮面を被り、感情が表に出ないようにしていた。民からすれば、アルスは凛々しく見えていた。
「お、王様!」
突如、一人の少年がアルスの前に出て来た。その瞬間、その場がざわつく。
「ジーク!......も、申し訳ありません陛下。よ、よく言って聞かせるので......」
母親らしき人が、ジークと呼ばれた子供の身体を抱きしめた。アルスが前に出て来た子供を見ると、その目はきらきらと輝いており、憧れのような眼差しでアルスを見ていた。
アルスはその瞳に、どこか懐かしさを感じた。彼は子供の前にまで行くと、黙って頭を軽く撫でる。そしてそのまま横を通り過ぎた。
その様子を見ていた、周囲の民達は安堵すると、先ほどよりも大きな歓声を上げた。
やがて、アルス達が城の前にまで来ると、そこには宮廷貴族含めた、宰相のアランが城の前に立っていた。
どうやら、アルス達を出迎えてくれたようだった。
アランはその場で膝を付いて、臣下の礼をとる。
「我らが陛下、ご帰還をお待ちしておりました。事の詳細は伝令によって把握しております。しかし、陛下ご自身の口から、後ほど詳細をお聞きしたいと思っております」
「......いいだろう。我は今は疲れておる。明日、会議室でいつもの者達を集めろ」
「承知しました」
アルスは騎士達に出迎えられながら、城へと入って行った。
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