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最終回 馬鹿王子だからこそ
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数年の時が流れた。
俺は弟子たち数名を伴い、神官ノドスと共に王城地下へと歩いて行った。
そして魔導水晶の部屋へと。
部屋に入り、俺は整然と並ぶ弟子たちに言った。
「みな、俺が七日に一度、この国全土に結界を張っているは周知のことと思う。だが余も人間であるし、いつ死ぬか分からぬ」
「「ははっ」」
「お前たちは余のあとを継いで、この国に結界を張らねばならぬ。だが言っておく。いつか余か、他の者が結界を構築するに聖女や聖人を必要としない魔道具を作るであろう。作らねばならぬ。一握りの魔法使いが国防を担う仕組みなど誤っているのだ。すなわちお前たちは余と、その未来に出来る魔道具の間に立つ存在だ。だが中継役と言ってもけして己が任務を軽んじるな。お前たちが放つ結界魔法があって、その中継期を生きる、この国の民たちを守るのだと言うことを誇りとせよ」
「「ははっ」」
「では始める。初回だ。今日は後ろに余がいるし失敗しても構わぬから思い切ってやるように。三人一組で同時に結界魔法を放ち、一組ずつ一番、二番、三番とリレー方式で魔力を放つ。大学での訓練ではうまくいった。何度も訓練した。自信をもってやれ!」
「「はいっ」」
ついにアメリアと俺以外の者、聖女や聖人の肩書を持たない九人の若者が結界を構築する。
三人一組を三列の縦隊にし、リレー方式で結界魔法を放つ。
「師匠…」
「イレーヌ…。今日までよく頑張った。だがこれはゴールではない。スタートだ」
「はいっ」
最初の三人組が魔導水晶に手を触れた。初めてアメリアと俺以外の手が触れた。
三人の体から、ものすごい勢いで魔力が吸い取られる。
「「うあああああっ!」」
二番手、そして三番手と間断なく交代、一寸たりとも途切れさせず。
だが失敗に終わる。最後は俺が魔導水晶に触れて必要な魔力を放出した。
「はぁっ、はあっ」
一番手にいたレノマ、三番手にいたイレーヌは尋常じゃない汗をかき、両手両ひざを地につけていた。
失敗、弟子たちみなが悔し涙を流している。
「国王陛下、アメリア嬢の半分以下と…」
神官ノドスが辛らつに評するが
「よい、ノドス。今日は失敗するためにやった。彼らが己の課題を見つけられただけでよい」
「はっ」
「立て、みな」
「「はっ…」」
「何度失敗しても良い。だが、必ず次に生かせ」
「「はっ!」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クレシェンド王国中興の祖と名高い仁師王レンドル。
彼は国王でありながら国政に携わらず、後進の指導に全力を注いだ。
モンスターより王国全土を守る障壁『結界』そして産科の技術と知識。
レンドルは己が名を冠した学び舎『レンドル大学』で多くの少年と少女たちを厳しくも温かく指導し、苦節何年経ったろうか、ついに聖女アメリア、そしてレンドル以外の者たちが結界を張ることに成功したのだ。
校長レンドル、感無量だった。この日以降、レンドルは結界を張ることはなく、本格的に産科医の育成に入る。
彼の得手とする治癒魔法だが、使い手が彼以外にいないというわけではない。
外傷を消毒、そして治癒できてしまう者はいる。
しかし、彼らが駆使する治癒魔法とレンドルのそれが異なるのは、レンドルは並の治癒師より少ない魔力で並の治癒師が治せない外傷や火傷も治せてしまう。
何故かというとレンドルは人体構造に通じているからだ。
令和日本で産婦人科医として生きてきた彼。専門外とはいえ医師だ。
この世界の者が知り得ない内臓の働きについて十分に理解している。
治癒魔法は人体構造を知る知らないでは効き目が雲泥の差なのだ。
だからレンドルは先の大火において、ほぼ一人で重傷者を治せてしまった。
レンドルは出し惜しみをせず、優秀な女子たちに産科の技術と知識、そして同じく優秀な男子たちに医学の知識を授けていく。彼が仁師王と呼ばれる由縁だ。
懸命に働いてきた。気が付けば歳はそろそろ四十になろうとしていた。
彼の父母、岳父のトルステン公爵もすでに亡く、一度は焼け野原になった南街区はすっかり復興し、街区の中心地にはレンドルの像が建っている。
街区長に散々やめろと言ったレンドルだったが、あの大火のおり、この街の人々にレンドルがもたらした感激はそれほどのものだったということだ。
街区長は『自分が止めても町民は建てるでしょう。観念して下さい』と開き直り、ついに建ってしまった。レンドルは一度やむなく見に行くことになったが、恥ずかしくて一寸も見ていることが出来なかったらしい。
その像を見に行った帰りのこと。馬車の中で不貞腐れている夫を見て笑っている妻のソフィア。
「盛りすぎよね、像のレンドル、美男にしすぎだって」
「まったくだ」
馬車は城下町を進み、そろそろ王城へと到着する。夕日に映えた城壁、馬車の窓から見ても美しかった。
(思えば…本来の物語では、あの城壁の上から、しばり首の状態で俺は落とされ、落下の衝撃で首の頸椎が完全に離断…。皮だけで胴体と繋がる哀れな縊首の死体となったんだったな。アメリアとスパイのナディアはそれを見て腹を抱えて笑い、美酒を酌み交わした)
ずいぶんとストーリーが変わったものだと思う。いまレンドルが王様として生きる、この物語の世界では本来重要なキャラクターになるはずだったスパイのナディアが早々にリタイアして今は故人。アメリアの行方も分かっていない。
国民に吊るし上げられ、必死の抵抗もむなしく首にロープを巻かれたまま城壁から蹴り落とされた哀れな馬鹿王子レンドル…。それがまさか銅像が建つ展開なんて信じられ…
ドサッ
「えっ?」
馬車内にいた愛妻ソフィアが急に倒れた。
「ソッ、ソフィア!?」
そして
「ぐ~、が~」
「……卒中…ッ!」
俺は血の気が引いた。こればかりは治癒魔法でもどうしようもない。
「ソフィア!ソフィアーッ!」
卒中、頭の血管が破れた。脳内にピンポイントで治癒魔法を放つのは不可能だ。
日本でも昭和のころは死亡原因がもっとも多い疾患であった。
頭部を冷やし、四肢を温める、こんな手段くらいしかない。
なにが、ゴッドハンド、仁師王だ…!妻の卒中の前兆すら分からないとは、とんだ愚鈍だ。
夫婦の寝室、いつも二人で睦み合うベッドにソフィアは眠っている。
いびきの理由たる舌根沈下防止のため、肩に枕をスライドして気道の確保、いまはいびきもなく、呼吸しやすいのか安らかに寝ている。気が付かない。起きない。
俺は娘たちや侍女と共に看病をする。
「ソフィア…。歩けなくなってもいい、寝たきりでもいい…。俺を置いて逝かないでくれ」
死へと向かう愛妻に何も出来ず、俺は涙を流すしか出来なかった。
倒れた翌朝、ソフィアは目を覚ました。奇跡だ。
「う…あ……」
言語不明瞭だが、俺には分かる。目を見れば、その花びらのような唇を見れば。
「ソフィア!」
ソフィアは俺を見つめてニコリとほほ笑んだ。そして彼女は言ったのだ。
≪明日…死んではなりませんよ…≫
覚えていたのだ。婚約パーティーで俺が言った『君が死んだ翌日に俺は死ぬ』と言うことを。最後の力を振り絞っての言葉と笑顔。これが最後だった。『まだ、貴方はやるべきことがある。妻ごときの後を追って死ぬなど許さぬ』そう俺に言ってくれたのか。
ソフィアは静かに目を閉じて逝った。俺は誰はばかることなく泣いた。息子たち、娘たちも共に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
医療大国クレシェンド王国、今では他国からの留学生も少なくない。
オマケの人生でやり遂げたことにしては、よくやった方じゃないかと思う。
妻のソフィアが召され、それは悲しいことだったが、我ら夫婦は十分に後の世に種を蒔いたと思う。子供たちも立派になり独り立ちした。
俺は四十六歳で王位を息子に渡すことにした。引き留めも多かったが、この世界の人間の平均寿命は五十年…。織田信長の『人間五十年~』は正しかったんだね…。四十六歳なんて令和日本なら、まだ働き盛りだが、この世界では老境、スローライフに入る時期だ。好きなことをしたい。
「前世よりまだ年下だが、前世より密度が濃い人生だわ…」
早く愛妻の元に行きたいと思う。和美とソフィア、二人とも俺には過ぎた妻だった。しかし生憎と俺の体は憎らしいくらいに健康だ。
「父上、お呼びですか」
「おう、多忙のところすまないな」
俺とソフィアの長男アレクス、現国王だ。
「城下に俺の診療所を建ててくれないか。そこを終の棲家としたい」
驚いているなアレクス、先代国王が退位後に下野して市井の医者になるなんて前代未聞だしな。
「ち、父上、前国王が市井の医者になるなんて前代未聞です」
「だからいいんじゃないか。城の中での隠居生活は退屈だ。性に合わぬ」
それに…。と前置きし
「元々俺は国王なんかじゃなく、一人の医者でありたかった。第二の人生、認めてくれぬか」
「父上…。分かりました…」
一月後、俺は自分の城を得た。まあ、優れた息子に建ててもらったものだけどな!
嬉しいことに、事務方と看護師に、すでに城のメイドや女官を辞していたおばちゃんたちが駆けつけてくれた。
いずれも俺が出産補助をして赤ん坊を取り上げた母親たちだ。
元メイドと言っても、令和日本のフリフリエプロンをつけて『美味しくなぁれ』や『ご主人様ぁ♪』なんて言う可愛らしさなんぞ微塵もない肝っ玉母ちゃん集団。だが、それがいい。
俺も気楽にやれるし何より元城勤めの彼女たちは優秀だ。診察に集中できるってもんだよ。
診療所が商売繁盛じゃいけないのだろうが、多くの市民に頼りにされるのは嬉しい。
そんなある日のこと。夜中だった。
扉をドンドンと叩く。
「夜中にすいません!娘が産気づいて!お願いしますっ!」
急患は夜中でも受け付けろとスタッフに伝えていた。
ふふふっ、実は前世の私は数少ない救急対応の産婦人科医だったのだよ。
夜中の急患や出産どんと来いだ。
「患者を入れなさい。すぐに分娩補助の用意、それとクベースを!」
クベース、それは新生児対応のベッドだ。安定した室温と酸素濃度を供給する。
俺が国王の時に魔道技師たちに命じて開発させた。
「陛下…。もとい先生、良いのですか?昨日も夜中に急患があってロクにお休みになっていないというのに」
俺に手術着を着せながら元メイドのケイトが言う。そろそろ還暦な元気なおばちゃんだが、いまだに俺を陛下と言い間違える。
「なに、休める時を見つけて、その時にちゃんと休むよ。心配いらない」
思えば前世もこんなふうに睡眠時間削って患者に対応していたから五十五歳なんて歳で死んだのだろうと思う。
人間、眠らないのが一番悪い。懲りないことだと思うが、今さら生き方は変えられない。
「お母さんはこちらに、私に娘さんの状況を話して…」
「えっ…!」
「なっ…?」
医者の俺を見て驚く母親、患者の母親を見て驚く俺、看護師のケイトは何が起こったのかと俺を見ている。
「アメリアなのか?」
「…レッ、レンドル殿下…!?」
「先生、母体が!」
診察室に担ぎ込まれた母体、容態が急変したか、他の看護師が俺を呼ぶ。
「分かった。すぐに行く!」
「あああ…っ!どうか、娘と孫をお助け下さい!」
俺はアメリアに向き
「任せておけ」
とだけ言った。緊急事態だ。交わせる言葉は少ない。
とっくにクレシェンド王国より出て、いい暮らしをしているかと思った。それほど若き日の彼女の結界魔法はすごかったのだから。
いやいや、雑念は捨てろ。今はアメリアの娘の出産、孫の誕生に全力を注ぐことだ!
難産だった。しかし俺の出産補助の信条は苦痛少なめ。
痛みが無くても母体は体力を消耗する。せめて生まれ持った『気功』という特技を生かして痛みは減らしてあげたいと思い、産婦人科医を目指した俺。
二度目の人生、馬鹿王子レンドルに生まれ変わっても、それは変わらない。
オギャア、オギャア
分娩室の外でアメリアが泣いているのが分かる。あの様子では初孫だったのだろう。
娘さんに亭主が寄り添っていないことを考えると色々とありそうだ…。
「元気な男の子です。貴女の孫ですよ」
「先生…」
生まれた赤子はクベースに入れられて別室に。その別室を一望できる廊下にアメリアを連れて行き孫の顔を見せた。泣いている。嬉しいのだろう。
「……久しぶりだな」
「…ぐしっ、ええ…」
「すぐに君だと分かった」
四十を越した彼女は、若い時より魅力的に思えた。幸薄い感じの寂しそうな横顔が何とも保護欲をそそる。
かつては聖女として強き女であったのに不思議なものだ。年齢を重ねれば女性はより太々しくなるものではないか。俺が彼女を守ってあげたいと思えるほどになるなんて。
「正直言うと、クレシェンドの城下町に君が住んでいたことに驚いた。確か、あの書には国外追放と記されていたんだろう?君ほどの結界魔法使い、とっくに国外でいい暮らしをしていると思っていたから」
「…二十歳で魔力が尽きたのよ」
「えっ?」
「他国で一時聖女をしていたけれど、魔力が切れたら冷たいもの。婚約していた美男子貴族も手のひら返して婚約破棄、男って、どうしてこう身勝手ばかりと思った」
「それはすまなかったな…。俺はその美男子貴族をどうこう言えんよ」
「そして故郷に戻ってきた。他に行くところも無かった…。それに過去はどうあれ貴方が良き王様になっていると聞いたから」
「しかし、俺も息子もすべての国民を幸せに、とはいかなかったようだな…」
「…………」
「娘さんの夫は?」
「…娘が妊娠したと知るや逃げたわ」
「…………」
「私も同じようなものだった。先の国からクレシェンドに戻ってきて働いて…ある男に言い寄られた。聖女なんてやっていたから恋愛ごとに疎くてね。悪い男に引っかかって娘を身籠り、貯えも騙し取られた挙句に逃げられたわ」
「名前が分かるなら王家優秀な憲兵たちに逮捕させるが?一応詐欺と窃盗になるぞ、それ」
「必要ないわ。聖女の役を解かれて追放される時、私は『こんな国、滅んでしまえ』と思った。そのバチが当たったと思えば腹も立たないし…。私はともかく娘には騙した男と二度と会わせたくないから」
「そうか…」
「不幸な経緯はどうあれ、私たち母娘は孫に恵まれた。それで十分…」
「なあ、アメリア…。あ、呼び捨てでいいか?」
「ええ、かまわないわ。で、なに?」
「俺は先年妻を亡くしてな…」
「ええ、それは知っている。国中を悲しませた訃報だったもの」
「そして俺の人生のもう一つの夢、それは聖女が必要でなくなる世だ」
「…え?」
「君はおかしいと思わなかったか?国防の要たる結界を二十歳にも満たない小娘一人に担わせることを」
「そっ、それは思ったけれど…」
「俺自身、聖人となって結界を張って、今は俺の教え子たちがやっている。しかし、こんないびつな仕組みがいつまでも続くわけがない。聖女や聖人も生まれない時代が来れば、この国はモンスターに蹂躙される。地震、台風と言う天災にも対応できない」
「…………」
「いや、天災は甘んじて受け入れるのが人の道かもしれないが、モンスターの大群に滅ぼされるのは防ぎたい。俺は魔法と技術を組み合わせて出来ないかと思った。聖女と聖人に頼らないものを作りたいと国王になって以来研究してきた。しかし結局何も掴めず分からず…情けない話だが投げ出した状態だ。現状は結界魔法を使う者が俺から弟子に変わっただけ。だが下野した今も、その夢を諦めきれないんだ」
「殿下…」
「聖女としての君の経験と智慧を貸してくれないか。俺の伴侶としても」
「……えっ」
「今日君に再会し、若き日より魅力的だと思った。伴侶を失った私にとって強烈なほどに」
「…………」
「アメリア、一度君との婚約を破棄しておいて図々しいのは分かる。しかし俺はもう馬鹿王子じゃない。力を貸してくれ。そのうえで君を幸せにしたい」
「聖女を必要としない世のために…。それを元聖女の私に言いますか」
アメリアは生まれたばかりの孫に笑顔で言った。
「私の孫!見て!貴方にこんな素敵なお爺ちゃんが出来たわよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<エピローグ>
時が流れた。仁師王と呼ばれたレンドル王最期の時。第二の人生では市井の医者となり多くの人命を助けてきた。特に産科医として傑出した彼は、多くの母親と子供たちを助けてきた。
最期は城でなく、彼が希望した城下町の診療所、町民たちは彼の最期が近いと知るや、診療所周辺に来て快癒を願うよう祈りを捧げた。
寄り添うのは伴侶であり、元聖女のアメリア。汗がにじんだ額を冷たく絞ったタオルで拭う。
「はあっ、はあっ」
そこへ駆けてきた一人の若者がいた。
「お婆様!お爺様!」
それはあの日、レンドルが取り上げた赤子、アメリアの孫ロンメルだった。
「せっ、成功です!お爺様とお婆様が作り上げた魔蔵庫と魔法陣により!この国に無事に結界が張られました!もっ、もう…聖女も聖人も必要がありません!」
祖父母の悲願、ロンメルは大粒の涙を流して報告した。
魔蔵庫はその名の通り、魔力を機械で貯蔵しておくことが可能な魔道具だ。これならば聖女と聖人でなくても、魔力ある者が順番に魔力を補充すればいい。レンドルが晩年近くまでの時を要し開発した魔道具。そして魔蔵庫に蓄えられた魔力を発動する魔法陣はアメリアが構築したものだ。
聖女としての経験と、レンドルとの再婚以降、試行錯誤を繰り返してようやく完成させた魔法陣。元聖人レンドル、元聖女のアメリアが後の世に聖人と聖女を必要としないために完成させた奇跡の、希望の魔道具と魔法陣だった。
孫の報告を受けたアメリアは
「ああああ…」
彼女もまた大粒の涙を流した。そしてレンドルもまた涙を流し、そのまま息を引き取っていた。レンドルはかつての愛妻ソフィアに言った、聖女と聖人を必要としない世を見事孫の代で成し遂げたのである。アメリアは召された夫の手を両手で握り
「あなた…素晴らしい仕事しましたね…」
レンドルの言う後の世に聖人と聖女を必要としないために、という研究は誰もが不可能と思っていた。一部の心無い者は、やはりあの男は馬鹿王子のままだとあざ笑った。しかしレンドルは一度挫折したがアメリアという元聖女の伴侶を得て全力で取り組んだ。利口な者なら決してやらない成功の見えない研究を続けて、ついに実現させたのだ。馬鹿王子だからこそ、最後までやり遂げた。愛妻アメリアは夫に最高の賛辞を泣きながら贈った。
「馬鹿王子…!お見事でした…!」
俺は弟子たち数名を伴い、神官ノドスと共に王城地下へと歩いて行った。
そして魔導水晶の部屋へと。
部屋に入り、俺は整然と並ぶ弟子たちに言った。
「みな、俺が七日に一度、この国全土に結界を張っているは周知のことと思う。だが余も人間であるし、いつ死ぬか分からぬ」
「「ははっ」」
「お前たちは余のあとを継いで、この国に結界を張らねばならぬ。だが言っておく。いつか余か、他の者が結界を構築するに聖女や聖人を必要としない魔道具を作るであろう。作らねばならぬ。一握りの魔法使いが国防を担う仕組みなど誤っているのだ。すなわちお前たちは余と、その未来に出来る魔道具の間に立つ存在だ。だが中継役と言ってもけして己が任務を軽んじるな。お前たちが放つ結界魔法があって、その中継期を生きる、この国の民たちを守るのだと言うことを誇りとせよ」
「「ははっ」」
「では始める。初回だ。今日は後ろに余がいるし失敗しても構わぬから思い切ってやるように。三人一組で同時に結界魔法を放ち、一組ずつ一番、二番、三番とリレー方式で魔力を放つ。大学での訓練ではうまくいった。何度も訓練した。自信をもってやれ!」
「「はいっ」」
ついにアメリアと俺以外の者、聖女や聖人の肩書を持たない九人の若者が結界を構築する。
三人一組を三列の縦隊にし、リレー方式で結界魔法を放つ。
「師匠…」
「イレーヌ…。今日までよく頑張った。だがこれはゴールではない。スタートだ」
「はいっ」
最初の三人組が魔導水晶に手を触れた。初めてアメリアと俺以外の手が触れた。
三人の体から、ものすごい勢いで魔力が吸い取られる。
「「うあああああっ!」」
二番手、そして三番手と間断なく交代、一寸たりとも途切れさせず。
だが失敗に終わる。最後は俺が魔導水晶に触れて必要な魔力を放出した。
「はぁっ、はあっ」
一番手にいたレノマ、三番手にいたイレーヌは尋常じゃない汗をかき、両手両ひざを地につけていた。
失敗、弟子たちみなが悔し涙を流している。
「国王陛下、アメリア嬢の半分以下と…」
神官ノドスが辛らつに評するが
「よい、ノドス。今日は失敗するためにやった。彼らが己の課題を見つけられただけでよい」
「はっ」
「立て、みな」
「「はっ…」」
「何度失敗しても良い。だが、必ず次に生かせ」
「「はっ!」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クレシェンド王国中興の祖と名高い仁師王レンドル。
彼は国王でありながら国政に携わらず、後進の指導に全力を注いだ。
モンスターより王国全土を守る障壁『結界』そして産科の技術と知識。
レンドルは己が名を冠した学び舎『レンドル大学』で多くの少年と少女たちを厳しくも温かく指導し、苦節何年経ったろうか、ついに聖女アメリア、そしてレンドル以外の者たちが結界を張ることに成功したのだ。
校長レンドル、感無量だった。この日以降、レンドルは結界を張ることはなく、本格的に産科医の育成に入る。
彼の得手とする治癒魔法だが、使い手が彼以外にいないというわけではない。
外傷を消毒、そして治癒できてしまう者はいる。
しかし、彼らが駆使する治癒魔法とレンドルのそれが異なるのは、レンドルは並の治癒師より少ない魔力で並の治癒師が治せない外傷や火傷も治せてしまう。
何故かというとレンドルは人体構造に通じているからだ。
令和日本で産婦人科医として生きてきた彼。専門外とはいえ医師だ。
この世界の者が知り得ない内臓の働きについて十分に理解している。
治癒魔法は人体構造を知る知らないでは効き目が雲泥の差なのだ。
だからレンドルは先の大火において、ほぼ一人で重傷者を治せてしまった。
レンドルは出し惜しみをせず、優秀な女子たちに産科の技術と知識、そして同じく優秀な男子たちに医学の知識を授けていく。彼が仁師王と呼ばれる由縁だ。
懸命に働いてきた。気が付けば歳はそろそろ四十になろうとしていた。
彼の父母、岳父のトルステン公爵もすでに亡く、一度は焼け野原になった南街区はすっかり復興し、街区の中心地にはレンドルの像が建っている。
街区長に散々やめろと言ったレンドルだったが、あの大火のおり、この街の人々にレンドルがもたらした感激はそれほどのものだったということだ。
街区長は『自分が止めても町民は建てるでしょう。観念して下さい』と開き直り、ついに建ってしまった。レンドルは一度やむなく見に行くことになったが、恥ずかしくて一寸も見ていることが出来なかったらしい。
その像を見に行った帰りのこと。馬車の中で不貞腐れている夫を見て笑っている妻のソフィア。
「盛りすぎよね、像のレンドル、美男にしすぎだって」
「まったくだ」
馬車は城下町を進み、そろそろ王城へと到着する。夕日に映えた城壁、馬車の窓から見ても美しかった。
(思えば…本来の物語では、あの城壁の上から、しばり首の状態で俺は落とされ、落下の衝撃で首の頸椎が完全に離断…。皮だけで胴体と繋がる哀れな縊首の死体となったんだったな。アメリアとスパイのナディアはそれを見て腹を抱えて笑い、美酒を酌み交わした)
ずいぶんとストーリーが変わったものだと思う。いまレンドルが王様として生きる、この物語の世界では本来重要なキャラクターになるはずだったスパイのナディアが早々にリタイアして今は故人。アメリアの行方も分かっていない。
国民に吊るし上げられ、必死の抵抗もむなしく首にロープを巻かれたまま城壁から蹴り落とされた哀れな馬鹿王子レンドル…。それがまさか銅像が建つ展開なんて信じられ…
ドサッ
「えっ?」
馬車内にいた愛妻ソフィアが急に倒れた。
「ソッ、ソフィア!?」
そして
「ぐ~、が~」
「……卒中…ッ!」
俺は血の気が引いた。こればかりは治癒魔法でもどうしようもない。
「ソフィア!ソフィアーッ!」
卒中、頭の血管が破れた。脳内にピンポイントで治癒魔法を放つのは不可能だ。
日本でも昭和のころは死亡原因がもっとも多い疾患であった。
頭部を冷やし、四肢を温める、こんな手段くらいしかない。
なにが、ゴッドハンド、仁師王だ…!妻の卒中の前兆すら分からないとは、とんだ愚鈍だ。
夫婦の寝室、いつも二人で睦み合うベッドにソフィアは眠っている。
いびきの理由たる舌根沈下防止のため、肩に枕をスライドして気道の確保、いまはいびきもなく、呼吸しやすいのか安らかに寝ている。気が付かない。起きない。
俺は娘たちや侍女と共に看病をする。
「ソフィア…。歩けなくなってもいい、寝たきりでもいい…。俺を置いて逝かないでくれ」
死へと向かう愛妻に何も出来ず、俺は涙を流すしか出来なかった。
倒れた翌朝、ソフィアは目を覚ました。奇跡だ。
「う…あ……」
言語不明瞭だが、俺には分かる。目を見れば、その花びらのような唇を見れば。
「ソフィア!」
ソフィアは俺を見つめてニコリとほほ笑んだ。そして彼女は言ったのだ。
≪明日…死んではなりませんよ…≫
覚えていたのだ。婚約パーティーで俺が言った『君が死んだ翌日に俺は死ぬ』と言うことを。最後の力を振り絞っての言葉と笑顔。これが最後だった。『まだ、貴方はやるべきことがある。妻ごときの後を追って死ぬなど許さぬ』そう俺に言ってくれたのか。
ソフィアは静かに目を閉じて逝った。俺は誰はばかることなく泣いた。息子たち、娘たちも共に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
医療大国クレシェンド王国、今では他国からの留学生も少なくない。
オマケの人生でやり遂げたことにしては、よくやった方じゃないかと思う。
妻のソフィアが召され、それは悲しいことだったが、我ら夫婦は十分に後の世に種を蒔いたと思う。子供たちも立派になり独り立ちした。
俺は四十六歳で王位を息子に渡すことにした。引き留めも多かったが、この世界の人間の平均寿命は五十年…。織田信長の『人間五十年~』は正しかったんだね…。四十六歳なんて令和日本なら、まだ働き盛りだが、この世界では老境、スローライフに入る時期だ。好きなことをしたい。
「前世よりまだ年下だが、前世より密度が濃い人生だわ…」
早く愛妻の元に行きたいと思う。和美とソフィア、二人とも俺には過ぎた妻だった。しかし生憎と俺の体は憎らしいくらいに健康だ。
「父上、お呼びですか」
「おう、多忙のところすまないな」
俺とソフィアの長男アレクス、現国王だ。
「城下に俺の診療所を建ててくれないか。そこを終の棲家としたい」
驚いているなアレクス、先代国王が退位後に下野して市井の医者になるなんて前代未聞だしな。
「ち、父上、前国王が市井の医者になるなんて前代未聞です」
「だからいいんじゃないか。城の中での隠居生活は退屈だ。性に合わぬ」
それに…。と前置きし
「元々俺は国王なんかじゃなく、一人の医者でありたかった。第二の人生、認めてくれぬか」
「父上…。分かりました…」
一月後、俺は自分の城を得た。まあ、優れた息子に建ててもらったものだけどな!
嬉しいことに、事務方と看護師に、すでに城のメイドや女官を辞していたおばちゃんたちが駆けつけてくれた。
いずれも俺が出産補助をして赤ん坊を取り上げた母親たちだ。
元メイドと言っても、令和日本のフリフリエプロンをつけて『美味しくなぁれ』や『ご主人様ぁ♪』なんて言う可愛らしさなんぞ微塵もない肝っ玉母ちゃん集団。だが、それがいい。
俺も気楽にやれるし何より元城勤めの彼女たちは優秀だ。診察に集中できるってもんだよ。
診療所が商売繁盛じゃいけないのだろうが、多くの市民に頼りにされるのは嬉しい。
そんなある日のこと。夜中だった。
扉をドンドンと叩く。
「夜中にすいません!娘が産気づいて!お願いしますっ!」
急患は夜中でも受け付けろとスタッフに伝えていた。
ふふふっ、実は前世の私は数少ない救急対応の産婦人科医だったのだよ。
夜中の急患や出産どんと来いだ。
「患者を入れなさい。すぐに分娩補助の用意、それとクベースを!」
クベース、それは新生児対応のベッドだ。安定した室温と酸素濃度を供給する。
俺が国王の時に魔道技師たちに命じて開発させた。
「陛下…。もとい先生、良いのですか?昨日も夜中に急患があってロクにお休みになっていないというのに」
俺に手術着を着せながら元メイドのケイトが言う。そろそろ還暦な元気なおばちゃんだが、いまだに俺を陛下と言い間違える。
「なに、休める時を見つけて、その時にちゃんと休むよ。心配いらない」
思えば前世もこんなふうに睡眠時間削って患者に対応していたから五十五歳なんて歳で死んだのだろうと思う。
人間、眠らないのが一番悪い。懲りないことだと思うが、今さら生き方は変えられない。
「お母さんはこちらに、私に娘さんの状況を話して…」
「えっ…!」
「なっ…?」
医者の俺を見て驚く母親、患者の母親を見て驚く俺、看護師のケイトは何が起こったのかと俺を見ている。
「アメリアなのか?」
「…レッ、レンドル殿下…!?」
「先生、母体が!」
診察室に担ぎ込まれた母体、容態が急変したか、他の看護師が俺を呼ぶ。
「分かった。すぐに行く!」
「あああ…っ!どうか、娘と孫をお助け下さい!」
俺はアメリアに向き
「任せておけ」
とだけ言った。緊急事態だ。交わせる言葉は少ない。
とっくにクレシェンド王国より出て、いい暮らしをしているかと思った。それほど若き日の彼女の結界魔法はすごかったのだから。
いやいや、雑念は捨てろ。今はアメリアの娘の出産、孫の誕生に全力を注ぐことだ!
難産だった。しかし俺の出産補助の信条は苦痛少なめ。
痛みが無くても母体は体力を消耗する。せめて生まれ持った『気功』という特技を生かして痛みは減らしてあげたいと思い、産婦人科医を目指した俺。
二度目の人生、馬鹿王子レンドルに生まれ変わっても、それは変わらない。
オギャア、オギャア
分娩室の外でアメリアが泣いているのが分かる。あの様子では初孫だったのだろう。
娘さんに亭主が寄り添っていないことを考えると色々とありそうだ…。
「元気な男の子です。貴女の孫ですよ」
「先生…」
生まれた赤子はクベースに入れられて別室に。その別室を一望できる廊下にアメリアを連れて行き孫の顔を見せた。泣いている。嬉しいのだろう。
「……久しぶりだな」
「…ぐしっ、ええ…」
「すぐに君だと分かった」
四十を越した彼女は、若い時より魅力的に思えた。幸薄い感じの寂しそうな横顔が何とも保護欲をそそる。
かつては聖女として強き女であったのに不思議なものだ。年齢を重ねれば女性はより太々しくなるものではないか。俺が彼女を守ってあげたいと思えるほどになるなんて。
「正直言うと、クレシェンドの城下町に君が住んでいたことに驚いた。確か、あの書には国外追放と記されていたんだろう?君ほどの結界魔法使い、とっくに国外でいい暮らしをしていると思っていたから」
「…二十歳で魔力が尽きたのよ」
「えっ?」
「他国で一時聖女をしていたけれど、魔力が切れたら冷たいもの。婚約していた美男子貴族も手のひら返して婚約破棄、男って、どうしてこう身勝手ばかりと思った」
「それはすまなかったな…。俺はその美男子貴族をどうこう言えんよ」
「そして故郷に戻ってきた。他に行くところも無かった…。それに過去はどうあれ貴方が良き王様になっていると聞いたから」
「しかし、俺も息子もすべての国民を幸せに、とはいかなかったようだな…」
「…………」
「娘さんの夫は?」
「…娘が妊娠したと知るや逃げたわ」
「…………」
「私も同じようなものだった。先の国からクレシェンドに戻ってきて働いて…ある男に言い寄られた。聖女なんてやっていたから恋愛ごとに疎くてね。悪い男に引っかかって娘を身籠り、貯えも騙し取られた挙句に逃げられたわ」
「名前が分かるなら王家優秀な憲兵たちに逮捕させるが?一応詐欺と窃盗になるぞ、それ」
「必要ないわ。聖女の役を解かれて追放される時、私は『こんな国、滅んでしまえ』と思った。そのバチが当たったと思えば腹も立たないし…。私はともかく娘には騙した男と二度と会わせたくないから」
「そうか…」
「不幸な経緯はどうあれ、私たち母娘は孫に恵まれた。それで十分…」
「なあ、アメリア…。あ、呼び捨てでいいか?」
「ええ、かまわないわ。で、なに?」
「俺は先年妻を亡くしてな…」
「ええ、それは知っている。国中を悲しませた訃報だったもの」
「そして俺の人生のもう一つの夢、それは聖女が必要でなくなる世だ」
「…え?」
「君はおかしいと思わなかったか?国防の要たる結界を二十歳にも満たない小娘一人に担わせることを」
「そっ、それは思ったけれど…」
「俺自身、聖人となって結界を張って、今は俺の教え子たちがやっている。しかし、こんないびつな仕組みがいつまでも続くわけがない。聖女や聖人も生まれない時代が来れば、この国はモンスターに蹂躙される。地震、台風と言う天災にも対応できない」
「…………」
「いや、天災は甘んじて受け入れるのが人の道かもしれないが、モンスターの大群に滅ぼされるのは防ぎたい。俺は魔法と技術を組み合わせて出来ないかと思った。聖女と聖人に頼らないものを作りたいと国王になって以来研究してきた。しかし結局何も掴めず分からず…情けない話だが投げ出した状態だ。現状は結界魔法を使う者が俺から弟子に変わっただけ。だが下野した今も、その夢を諦めきれないんだ」
「殿下…」
「聖女としての君の経験と智慧を貸してくれないか。俺の伴侶としても」
「……えっ」
「今日君に再会し、若き日より魅力的だと思った。伴侶を失った私にとって強烈なほどに」
「…………」
「アメリア、一度君との婚約を破棄しておいて図々しいのは分かる。しかし俺はもう馬鹿王子じゃない。力を貸してくれ。そのうえで君を幸せにしたい」
「聖女を必要としない世のために…。それを元聖女の私に言いますか」
アメリアは生まれたばかりの孫に笑顔で言った。
「私の孫!見て!貴方にこんな素敵なお爺ちゃんが出来たわよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<エピローグ>
時が流れた。仁師王と呼ばれたレンドル王最期の時。第二の人生では市井の医者となり多くの人命を助けてきた。特に産科医として傑出した彼は、多くの母親と子供たちを助けてきた。
最期は城でなく、彼が希望した城下町の診療所、町民たちは彼の最期が近いと知るや、診療所周辺に来て快癒を願うよう祈りを捧げた。
寄り添うのは伴侶であり、元聖女のアメリア。汗がにじんだ額を冷たく絞ったタオルで拭う。
「はあっ、はあっ」
そこへ駆けてきた一人の若者がいた。
「お婆様!お爺様!」
それはあの日、レンドルが取り上げた赤子、アメリアの孫ロンメルだった。
「せっ、成功です!お爺様とお婆様が作り上げた魔蔵庫と魔法陣により!この国に無事に結界が張られました!もっ、もう…聖女も聖人も必要がありません!」
祖父母の悲願、ロンメルは大粒の涙を流して報告した。
魔蔵庫はその名の通り、魔力を機械で貯蔵しておくことが可能な魔道具だ。これならば聖女と聖人でなくても、魔力ある者が順番に魔力を補充すればいい。レンドルが晩年近くまでの時を要し開発した魔道具。そして魔蔵庫に蓄えられた魔力を発動する魔法陣はアメリアが構築したものだ。
聖女としての経験と、レンドルとの再婚以降、試行錯誤を繰り返してようやく完成させた魔法陣。元聖人レンドル、元聖女のアメリアが後の世に聖人と聖女を必要としないために完成させた奇跡の、希望の魔道具と魔法陣だった。
孫の報告を受けたアメリアは
「ああああ…」
彼女もまた大粒の涙を流した。そしてレンドルもまた涙を流し、そのまま息を引き取っていた。レンドルはかつての愛妻ソフィアに言った、聖女と聖人を必要としない世を見事孫の代で成し遂げたのである。アメリアは召された夫の手を両手で握り
「あなた…素晴らしい仕事しましたね…」
レンドルの言う後の世に聖人と聖女を必要としないために、という研究は誰もが不可能と思っていた。一部の心無い者は、やはりあの男は馬鹿王子のままだとあざ笑った。しかしレンドルは一度挫折したがアメリアという元聖女の伴侶を得て全力で取り組んだ。利口な者なら決してやらない成功の見えない研究を続けて、ついに実現させたのだ。馬鹿王子だからこそ、最後までやり遂げた。愛妻アメリアは夫に最高の賛辞を泣きながら贈った。
「馬鹿王子…!お見事でした…!」
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