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第十六話 シートピア大震災、地震、津波、さらに…

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「シートピア全町民、高台に避難しろ!荷車持つな!引き返すな!身一つで高台へと向かえ!津波が来るぞ!津波が来るぞ!!津波が来るぞ!!!」

 突如の巨大地震に襲われた海洋都市シートピア、長大な堤防に守られているが
「この揺れでは津波は堤防を乗り越えて町を襲う!高台に向かえ!引き返すな!荷車持つな!津波が来るぞ!津波が来るぞ!!津波が来るぞ!!!」

 この大音声の発生源は漁業ギルドの屋上、ケンジがそこに立ち全町民に呼び掛けた。
 居合わせていた漁業ギルド職員のエレナ、第四夫人ミファン、護衛兼後見人のリチャードも思わず耳を塞ぎたくなるほどの大きな声だった。

 地震直後、講堂にいたエレナにケンジは
「屋上に案内してくれ!」
 と指示した。かつて、エレナが一目ぼれした時の何かスイッチが入った顔。
 否応もなく、エレナはケンジを屋上に連れて行き、施錠されているドアを開ける。
 屋上に飛び出るやケンジは全町民にスキル『号令』を使って避難勧告をしたのである。津波が来るぞ、と。
 追いかけてきたミファンとリチャードは津波!と驚きつつ、そのあまりの声の大きさに耳を塞いだ。
 エレナは
「何を食べたら、こんなデカい声出せるのよ!ミファン、アンタ知っていたの、彼のこんな特技!」
「知らないわよっ!耳いたっ!」
「腹に響きますな、男でも惚れる、いい喉です」

 前世消防士であったケンジの避難勧告は説得力もあって町民たちは大急ぎで避難を開始した。
 消防学校の教官時代、彼は訓練の指導にマイクを一切使わなかった。それでも広い訓練場の隅々まで号令は届いた。転生して、それが特技化した『号令』は町民すべての肺腑に響いた。

「急げーっ!」

 ケンジは最後、そう言うとエレナ、ミファン、リチャードに向き
「我らも避難開始だ。この地域の津波を避ける高台は海神ポセドを祀るお社だ。行くぞ!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 この日、いつものように俺はロッグダメージで顔が溶けてしまった女性の顔を元に戻していた。

「あああ、ありがとう!ありがとう!遠いシートピアまで来たかいがありました」
「カノンダ帝国南部の町から来たのでは遠かったでしょう」
「はい、でも何とか町の人がお金を出し合ってくれて船賃が出来て…」

 このように東の大陸と西の大陸、両方に拠点を持つようになった俺の治療を受けるために大陸地続きである国は予算を捻出して東の大陸はシートピアに、西の大陸はターサンドに患者を乗せた馬車隊を組んで遠征してくることも多くなった。
 離れている国々には申し訳ないが内陸に行けば治癒(大)を欲する権力者が何をしてくるか分からない。いつでも海に逃げられる海沿いの町シートピアで行うことはターサンド国王命令なのだから仕方ないのだ。

「エレナ、次の方を」
「はい、ええと、次はバレンシア西方の町ウッドシティの娘さんですね。顔の痣を消してほしいとのことです」
 本来なら、治療時のサポートをするのは妻のソニアかレイラだったのだが、現在彼女たちは子育てに忙しいので気心の知れたエレナが担当している。まぁ、ここ漁業ギルドの職員だし。
 でも、いいのかな、仕事はいえ半ば元カノとも言える彼女を使って。まあ、彼女の気持ちは旦那様に行っているから安心だけど。

 ちなみにリチャード卿とミファンは護衛として警戒心を持ち、俺の左右にピタリとついている。
 二人がこうしていないと、いつ商人や権力者たちがすり寄ってくるか分からないからだ。

 そんな二人の苦労を他所に、次の患者がどこから来たのか知ると
「ウッドシティからかよ…。バレンシア東西横断じゃないか。大変だったろうな」
「それほどの気持ちと言うことですよ。お願いしますよ、先生」
「先生はよせよエレナ」
 その時だった。

 ズズズ……ゴゴゴ……

「…!地震だっ!」

 ドンッ!

 地面が跳ね上がったか、強烈な衝撃が漁業ギルドを襲った。さしものリチャード卿とミファンも立っていられず、俺も椅子から投げ出された。
「いかんっ」
 こんな中世欧州文化の建物では、この激震は持たない。
 俺はグレンの特技『察知』を応用して建物全体の立面図と平面図を頭に描き、建物全体の要所を見極め、それに対して水魔法
「氷柱!」
 頑丈な氷の柱を立てて、とっさに耐震構造にした。いま治療待ちの女性たち、漁業ギルドの通常業務をする職員たち、そして俺の治療のサポート役の人たちを合わせればギルド内は、かなりの人数がいる。これで持てばいいが…。

 時間にして二分近い激震だった。何とか漁業ギルドの建物は崩れずに済んだ。
 東日本大震災クラスかもしれない。
 となると
「エレナ!」
「うっ、う~ん…。ちょっと腰を打った…」
「それは気の毒だが屋上に案内してくれ!津波が来るとシートピアの町民に伝えたい!」
「えっ、えええ!」
 俺の顔を見てエレナも重要性を悟ったか、講堂入り口の鍵箱に駆けて、すぐに屋上の鍵を掴み
「分かった。来て!」
「リッ、リチャード卿!私たちもケンジを追いますよ!」
「うっ、うむ…。それにしてもすごい地震だったな…」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「そんな…。悪夢だわ……!」
「ちきしょう…!俺の船、二月前に買ったばかりなのに…」
「ああ、私たちのシートピアが…」
 高台から津波に沈んでいく町を茫然として見つめる人々。ゴオオオオッと大きな轟音と共に黒い津波が各漁船もろともに。

 ソニアとレイラの屋敷も例外ではなく沈んで流されていった。
「せっかく私たちのためにグレンが建ててくれた屋敷だったのに…」
 避難場所である海神ポセドを祀るお社、高台にあり、大漁と海難事故を防ぐ神様と信仰を受けているが津波までは、さすがの海神も対応しきれなかったか。
 ソニアは息子テリー、レイラは娘のステラの手を繋ぎ途方に暮れていた。
 ミファンがそこに駆け付け
「ソニア、レイラ、無事だったか」
 ホッとするソニア。
「ミファン、貴女も無事で良かった…。エレナも」
「ええ、何とか間に合ってよかったわ」
 レイラが
「グレン…いえ、ケンジは?」
「それが……」

「おぉーい!」
 ソニア、レイラ、ミファン、エレナの元に歩いてくるケンジとリチャード。
 多くの人たちを連れていた。
「ふう、はあ…」
 ようやく安全地帯に辿り着いたと安堵したか、ケンジとリチャードは腰を下ろした。
 その二人に感謝する者たち多数。
「旦那、爺さん、アンタらが倒壊した建物から俺たち家族を助けてくれなかったら今ごろ死んでいた…。ありがとう…!」
 そう、ケンジとリチャードは、その身体能力を生かし、倒壊した建物の屋根や壁を吹っ飛ばして生き埋めになっていた者を助けてきた。怪我を負っていれば治癒魔法で治療した。
「いや、船長、通りかかっただけだ。気にしないでくれ」
 跪き号泣してケンジとリチャードに感謝する漁船の船長と、その家族たち。


 ケンジは改めて眼下の光景を見つめる。言葉も出ない。
 好きな町だった。エレナと一緒に炭焼き小屋で魚を食べたのも、つい昨日のよう。その炭焼き小屋も沈んで流されている。エレナはそれを見るや項垂れた。
「ケンジと出会った大切な場所だったのに…」
 シートピアで治療を初めて以来、ケンジはソニアとレイラを連れてエレナの家族とよく炭焼き小屋へ飲みに行っていた。
 ケンジも、その小屋が流れる様を正視できず目をつぶった。

 ソニアとレイラと再会したシートピアの町、彼女たちを現地妻にして、屋敷も構えて子も生したケンジ。
 しかし大自然の前に人はあまりに無力だ。何も出来ない。
 命が助かっただけでも僥倖と思うしかないだろう。

「これが現実の光景なのでしょうか…」
 リチャードが言った。夢であれば、どんなにいいことか。
「結局、漁業ギルドから、このお社入り口に続く道にあった家屋からしか人は助けられなかった…。どれほどの犠牲者が出ることか…ん?」

 ハッキリと眼下に見えた。二つの人影。一人が瓦礫の下敷きに、もう一人が必死になって瓦礫から出そうとしている姿。水位が上がっていることに気付いているのかいないのか、あきらめず瓦礫の下から必死に助け出そうとしている。
「リチャード卿、あの瓦礫の向こう役場があるけれど、あの壁にロープつけた槍を投げて強く刺すこと出来ますか」
「容易いことです。時間がありません。その槍を私に」
 収納魔法からケンジは槍を取り出し、しっかりと長ロープを結着し、リチャードに手渡した。
「ほう、見たことも無いロープの結び方ですが一目で分かる。これならけして外れません。ふんっ」
 要救助者二名がいる瓦礫の向こうにある役場の壁にリチャードが投げた槍がしっかりと刺さった。心得たもので高さもちょうどいい。
 さらにロープをしっかりと張り、高台の落下防止の欄干と結び付けたケンジはそのロープにカラビナを通し、一気に降下した。

「お母さん!お母さん!」
「もういい…!キラリまで死んでしまう…逃げなさい…」
「やだぁ!やだぁ!」
 少女は瓦礫に埋まった母親の半身にしがみつき、そこから引きずり出そうと必死だった。
 母親の体も瓦礫内の何かに刺さったか出血していた。
「私は放っておいても死ぬ…。お願いだから……逃げて…」

 その時だった。ケンジがロープを伝って母娘がいる場所に降りてきた。
 そして収納魔法から手製のトビ口を握るや
「危ないから下がっていなさい」
「はっ、はい!」
 母親に覆いかぶさっていた瓦礫を少女に害が及ばないよう吹っ飛ばした。ただし瓦礫の一番上の層のものを吹っ飛ばしただけで、あとは迅速に母親の体を傷つけないよう丁寧に手作業で除去していく。もちろんケンジはケブラー手袋を装着している。そして母親を救出し、観察の結果
「良かった。何箇所か傷ついているか浅手だ。お母さん、ちょっと痛むかもしれませんが刺さっているものを抜きますね」
「お願いします…。貴方は…」
「水位が迫っています。それは後で」
 その後、ケンジは母親に『洗浄』で傷を洗い『消毒』後に『治癒(中)』を施し、足の裏と四肢に傷を負っていた娘のキラリにも同様の術を施した。

 そして
「お母さん、一度に二人は運べません。先に娘さんを高台に搬送し、すぐに戻ります」
「分かりました。先に娘をお願いいたします」
「やだっ、お母さんと一緒じゃなきゃ!」
「ごめんね、二人一緒は無理なんだ。でも大丈夫、君を安全な場所に届けたら、必ずお母さんも助けに戻るから」
 そう言うとケンジは娘キラリの体と自分の体をロープで固定、急ぎ安全ベルトに結着したロープから先の展張ロープへ戻り、『斜めブリッジ救助』と呼ばれるロープ渡河技術で瞬く間にキラリを高台へと連れて行きトンボ返り、母親も同様に高台に避難させた。

 前世高野健司は若いころ日本全国の救助隊の技術を競い合う『救助技術指導会』の『斜めブリッジ救助』で全国優勝をしているほどの猛者だった。一人の人間を縛着した状態でそれが出来るのは、やはり勇者としての力も大きかっただろう。
 ケンジがまるで猿のようにロープを登ってくる様に高台にいる町民たちは『おおおおおおっ』と感嘆の声を上げていた。
 母親を高台に連れて戻り、キラリと無事を喜び合った時は、その場のみなが大歓声をあげて涙した。
「見事なものですな。武神の一閃より、いまケンジ殿が行いし救助の技術の方が勝ります」
「ありがとう、リチャード卿」

「おじさん、ありがとう…。ありがとう…」
 ケンジはキラリの頭を撫でた。
「本当に…あのままでしたら今ごろ母娘そろって死んでおりました。何てお礼を言えばいいのか」
「どういたしまして。ともあれ間に合ってよかった」
 ケンジは東日本大震災において、同じ条件となった母娘のことを思い出した。
 彼自身がその場にいたわけではないが、瓦礫に埋もれて負傷している母親を置いて逃げるしかなかった娘の話。
 水位が迫るまで懸命に母親を助けようとしたが叶わず、その場から立ち去るしかなかった。
 震災から十年以上経っても、母親を見捨てた自責の念で苦しんでいる。助かっても身を引き裂かれるような苦しみを味わうことに。
 母親と抱き合い無事を喜ぶ娘キラリを見て
(この子に同じ思いをさせずに済んで良かった)
 ケンジはキラリの涙を見つめ、そう思った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 高台のエリアに住む人たちの温かい支援のおかげで、地震当日の食事は何とかなった。
 また高台には避難所があるので雨風はしのげる。俺が身を寄せた避難所は先の海神ポセドのお社があるところだ。体育館とはいかないが、それなりの人数は収容できるし食糧と水の備蓄も十分だ。
 先祖より津波の恐ろしさと、その後の避難生活について伝わっているのだろう。防災対策が杜撰な東京雑居ビルの各オーナーに見せてやりたいほどの十分な備えだった。倉庫には避難住宅用の組み立て小屋の資材まで揃っていたくらいだから恐れ入るわ。

「ようやく波が引いていくな。これもまた恐ろしいもので現在助かっている人も、これで沖まで流されてしまうんだ…。でも何も出来ない」
 高台から引いていく波を見つめる俺、落下防止の欄干に思わず拳を叩きつけてしまった。

「自惚れないで。いくら元勇者、稀代の治癒師と言っても、こんな未曽有の天災の前に貴方一人で出来ることなんて、たかが知れているでしょう」
 ソニアが少し出血した拳を清水で洗ってハンカチで拭き、絆創膏を貼ってくれた。ソニアの言うことは正しい。
「避難所の方は?」
「ああ、当面は心配ないだろう。王都にも早馬を飛ばして支援要請したらしいし」
「そう、しかし復興には時間がかかるでしょうね」
「その間、ターサンド王国に来て、うちで暮らすか?サナたちと会ったことも無いだろう」
「ううん、私はグレンの現地妻で満足しているよ。それなりにこの町で友達も出来たしね。それに私だって魔法使い、復興に役立つこともあるだろうし」

 ソニアは火と土の魔法を使う。土魔法は使い方によっては人間重機にもなるから大きな戦力だろう。
 レイラも同じ考えのようだ。俺を見て黙って頷いている。
 ソニアは男の子、レイラは女の子を生んでくれた。作者もびっくりだろう。天地がひっくり返ってもグレンの子をソニアとレイラが生む展開にはならないはずなんだから。障害も無い元気な子供を二人も生んでくれて感謝しかない。
 俺はソニアの息子テリー、レイラの娘ステラを腕に抱き上げ
「テリー、ステラ、この光景を忘れるな。そしてお前たちも子や孫に語り継ぐんだ。津波の恐ろしさをな」
「うん、パパ」
「うん、絶対に忘れないよ、パパ」
 俺はソニアとレイラ、そして子供たちと共に引いていく波を見つめていた。

 後に『シートピア大震災』と呼ばれることになる、この大災害。
 そろそろ夕暮れになろうと言う時、さらに俺たちに驚愕的な知らせが届いた。
 俺が避難所を周り、負傷者の手当てをしていたところ

「たっ、大変です!」
 若い漁師が血相変えて避難所にやってきた。みなが彼のことを見つめた。
「モッ、モンスターの大群がシートピアに向かっています!」


次回 最終回
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