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アイドル声優、異世界へ【後編】
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「はぁーい!みんな!アタシ、アメリアでーす!」
ワアアアアアアアッ!
「「アメリアちゃーん!」」
「「アメリアーッ!」」
「うふふっ、みんな!アタシのファーストライブに来てくれて、ありがとう!」
うふふっ、やっぱり、この国に来て大正解だったわ!
アタシはリチャードの鬱陶しい求愛を蹴ったあとにグランシア王国を出て、ここバレンヌ王国にやってきた。この国は歌舞が盛んで、アイドルが存在する国と前々から知っていたのよ。アニメ情報だけどね。
物語の中で、ほんのワンシーンだったけれど、幼いころ父母にこの国に連れてこられてステージの上で踊って歌うアイドルがいた。父に『お父さん、私もアイドルになりたいな』と言うと、父は困ったように微笑み『ごめんなカトレア、お前は大きくなったら王妃様になるんだよ』と言ったシーンだ。
てなわけで、アタシはアメリアと名前を変えて、この国に来てアイドルを興行している歌劇団に行った。うふふっ、日本で培ったアイドル声優のスキル発揮だわ!グランシアにいたら、絶対になれなかった。あそこは封建的だし。
そして下積みを経てファーストライブ!500のキャパのホールが満員だわ!立ち見もいるくらいっ!
今に、この国一番の収容人員を誇る国立闘技場でライブやるんだから!
「では次の曲聴いて下さい!」
ワアアアアアアアアアアアアッ!
アタシのファーストライブからしばらく経ち、今日はアイドル総出のイベント。
それも終演し
「…え?グランシアとロンメルが戦争?」
終演後の控室、アイドル仲間のシンディちゃんから、そんな話を聞いた。
「らしいよ。さすがに勝敗までは分かんないけどさ」
おお~。相変わらず見事なバストで!衣装の上着を脱ぐとプルンと乳房が揺れますよ。女でも眼福。乳首もピンクだし。
ちなみにシンディちゃんを始め、私のアイドル仲間、いやこの国の人すべてアニメには出ない人たち。改めて自分がいる世界は現実なのだなぁと思った。それにしても、ただアタシがいないだけで、戦争なんて事態になるのね。バタフライ効果だったっけ?まあ、アタシには関係ないけど。
……あれ?
目の前の光景が暗転している。これなに?
体が重い、立っていられない。あれあれ?
あああああああっ!
そうだ!アタシってば病に倒れるって設定があった!いやだいやだ!これって、カトレアの正規ルートから外れても発生するの!?冗談じゃないわよっ!悪疾で顔が崩れたらアイドル出来ない!やっと、こっちの世界でもアイドルになれたのに!いやだ!いやあああああ!
そしてアタシは意識を手放し、数日の間、高熱で苦しみ…そして設定通りとなった。
熱は下がり、病の毒は体から抜けたものの、顔には夥しい痘痕が。
「いやあああああああ!」
人前に出られなくなったアイドルに劇団は厳しいもの。あっさりと解雇通告、三日以内に寮を出て行けと。
仲間のアイドルたちが必死に庇ってくれている。嬉しい。シンディちゃんは
「座長!アメリアのダンスは私たちの中でナンバーワンですっ!後輩たちへの指導者、もしくは私たちのマネージャーとして置いて下さい!」
「「お願いしますっ!」」
結局、座長が折れて、アタシは路頭に迷わずに済んだ。
しかし、アタシにはもう未来はない。この世界では、年頃になったらお嫁に行き、妻となり母となるのが女の幸せだ。それは平民と貴族関係ない。この顔では貰い手もないだろう。失意のなか、アイドルの裏方として働く日々が続いた。
そしてまた病がぶり返して高熱が出た。もう、このまま死んでしまえたらと思った。
もしかしたら死後、令和の日本に生まれ変われるかもしれないではない、そしたら悟志にもまた会えるかも。
「悟志…」
「……サトシとやらでなくて、ごめんよ」
「…………」
「探したよ、カトレア」
「……え?」
目覚めたアタシは目を疑った。アタシが伏せるベッドの横にリチャードがいたのだ。
少女漫画風のイケメンが何やら平〇弘司さんが描いた劇画顔みたいになって、長身の何とも堂々たる体躯ではないか。
「リッ、リチャード様?」
「“様”は、つけなくていいよ。僕はもう平民だから」
「……え?」
「僕は君に振られたあと、王位継承権を捨てて治癒師になったんだ」
リチャードは三男だけど、お母さんが正妃なので王位継承権一位は彼のはずだ。
「なっ、なぜ?」
「…国王になるのも君が隣にいてこそだと思った。でも君は消えてしまった。何やら張り合いもなくしてね。父母に願い出て廃嫡してもらい、長兄に王位継承権を譲った。その後にロンメル一の治癒師ゴードン先生の元に弟子入りした。修業を積み重ねていくうちに自分は天職を得たと思った。どうやら僕は王どころか貴族にも向いていなかったようだ」
「…………」
甘ったれた坊ちゃんの顔でなくなっている理由はそれか。彼もまた悟志と同じく人の生き死に多く関わってきたのだろう。いい劇画顔になっているではないか。
「ま、それが幸いしたみたいだ。今の戦争に関わらずに済んでいる」
「戦争…」
「ひどい戦争らしい。いたずらに戦線を広げて落としどころを互いに見つけられず、今も交戦中だ。両国とも得るところなく、ただ国力を落としているだけ。遠からず潰し合った挙句、両国とも滅ぶだろう。我が兄、そして現グランシア国王ネルソンは本当に愚かだ」
「…そんなことになっていたんだ…」
「君の実家も…すでに滅んだと聞く」
「…そう」
リチャードは冷たく絞ったタオルで私の額に浮かぶ汗を拭ってくれた。
「可哀そうに…苦しかったろう」
「リチャード…。うっ、うう…」
治癒師…。この世界には魔法は存在しないが、地球で言う気功のようなものが存在する。
国によって『オーラ』『チャクラ』と呼び方は様々だ。
まさかリチャードは…
「僕はチャクラを持っている。治癒にそれが使える」
「リチャード!?」
「高熱の方は薬草で対応するけど、痘痕は僕のチャクラで消えるよ」
「あっ、あああ…」
「泣かないで。今まで見つけてあげられなくてごめんね」
「うっ、ううう…」
「治療代は君のライブの最前列中央、これは譲れない」
「…用意するわ。絶対に…」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワアアアアアアアアアアアアアアアッッ!
会場は割れんばかりの大歓声だ。
「「アメリアーッ!!」」
「「ハイッ、ハイッ、ハイッ!」」
アタシの顔の痘痕は消えて、再びステージに帰ってこられた!
リチャードはアタシの復帰ライブの最前列中央で懸命に応援してくれている。拍手とコールが嬉しい。
ありがとう、貴方にあんなひどいことを言ったのに…貴方はアタシを探し当て、そして助けてくれた。
アタシは話した。令和日本から来たと言うのは、さすがに信じられないだろうから、アニメの通りに話した。
自分は一度貴方の妻になって、今と同じ病になった時に捨てられたと。にわかには信じがたい話だろうが、リチャードはそれを聞くや大粒の涙を流してアタシに『それでは嘘つきと呼ばれて当然だ。すまない、すまない』と詫びてきた。現在の貴方はアタシに何一つひどい仕打ちをしていないと云うのに。
そして彼はアタシの復帰ライブを観たら、この国を去ると言っていた。母国ロンメルから軍医になって欲しいと要望が来ていて、さすがにこれは断れず帰国するそうだ。滅ぶ母国を見届けるつもりだと。
かつての強引なアプローチはもう見る影もない。あっさりしたものだった。
でも、ごめんねリチャード。女心はコロコロ変わるのよ。本当に自分で呆れかえるくらいに。
「さて、皆さん、復帰早々ですけど、アタシ、結婚しますっ!」
日本と違い、アイドルの結婚がファンを失望させることはない。
こちらの世界では、みな大喜びで祝福する。
「その相手は!いまアタシの目の前で声援を贈ってくれている、治癒師のリチャード様です!」
ワアアアアアアアアアッッ!
「おめでとー!」
「幸せにー!」
当のリチャードはまったく予想しておらず、唖然としていたが
「ふつつかものですが、よろしくね!旦那様」
「あっ、あああああ!うわあああああ!」
ようやく我に返ったリチャードは歓喜のあまり、その場で泣き崩れた。
「おいおい、しっかりしろよ!我らのアイドル、アメリアちゃんの旦那さん!」
「「わははははは!」」
―エピローグ
「戦勝に乾杯!」
「「乾杯!!」」
ここはロンメル王国の王城。広間で戦勝パーティーが行われている。国王の乾杯の音頭に家臣たちが応え、杯のなかの酒を飲み干した。
会場の中央に置かれた台にはグランシア王国の王ネルソンとその王妃コーネリアの首が並んでいた。
それを切なそうに見つめるカトレア。アニメにはない展開だった。
「一応は学友だったからね…。僕も切ないよ」
「あなた…」
「明日、ロンメルを出る」
「そう」
リチャードは軍医として、そして時に戦場の将として手柄を立てすぎた。
国王である兄は建前上、爵位を授けると言っていたが、自分の立場を脅かす存在として危険視もしている。リチャードは王なんてものに興味はないのに。
「兄上は駄目だ…。遠からず僕を殺す」
「ええ、アタシもそう思うわ」
「なに、僕の治癒の術と、君のアイドルがあれば、どこでも食べていけるさ」
「そうね」
盛り上がっている戦勝パーティーを抜け出したリチャードとカトレア。その日のうちに旅支度をし、翌朝にロンメル王国から去っていった。
この2年後、ロンメル王国は苛政に耐えかねた民衆が蜂起、革命が起きて王族はすべて絞首刑となった。リチャードの予言通りグランシア王国もロンメル王国も結局滅亡したのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい、ワン、ツー、スリー!こら!ターンをするのに一緒に首を回すなと言ったでしょ!」
「すいませぇん…」
「難しいですよぉ先輩」
「難しいに出会えた!はい、おめでとう!泣き言言っているヒマあったらレッスン!」
「「はぁい…」」
「ほらっ!ダンスは指先まで意識集中!ファンはアイドルの美しい指だって見ているのよ!」
「「はぁい…」」
「返事は『はいっ』と歯切れよく!まったく最近の若いアイドルは!」
リチャードとカトレアはバレンヌ王国に戻ってきていた。歌舞は相変わらず盛んな国。
カトレアは再び歌劇団に属し、現在は王国のトップアイドルだ。後輩の指導もしている。今日も歌劇団のレッスンルームでカトレアの厳しい指導の声が響いた。
リチャードは
「ありがとうございますっ!ううっ、長き旅をしてきた甲斐がありました!我が娘の顔の火傷が!うううっ」
「先生、ありがとうございますっ!」
遠方から名医のリチャードを訊ねてくる患者とその家族は多い。現在リチャードは王国城下町に治癒院を開設して、今や数名の治癒師と看護師を束ねている院長先生だ。
「いやいや、顔は女の命ですからね。それにしても…」
「なにか?先生」
「君、アイドルになってみたら?すごく美人だし声もいい。僕のお嫁さんはトップアイドルのカトレア、彼女をお嫁さんにしている僕が言うんだから間違いない!」
「ええ~。どうしよっかなぁ~」
チラと上目遣いで父親を見る少女。
「ちょっ、ちょっと先生!ははは、参ったなぁ」
「それにしても先生って、あのカトレアちゃんの旦那さんなんだ」
「そうだよ。僕の自慢の奥さんだ。美人で料理も上手だし」
くしゅん!後輩を指導中のカトレア、突然のくしゃみ。誰かが噂しているかと思いつつポケットからティッシュを取り出し鼻をかんだ。
「ふふっ、またあの人がアタシを誰かに自慢しているのかしら。うふふっ」
ワアアアアアアアッ!
「「アメリアちゃーん!」」
「「アメリアーッ!」」
「うふふっ、みんな!アタシのファーストライブに来てくれて、ありがとう!」
うふふっ、やっぱり、この国に来て大正解だったわ!
アタシはリチャードの鬱陶しい求愛を蹴ったあとにグランシア王国を出て、ここバレンヌ王国にやってきた。この国は歌舞が盛んで、アイドルが存在する国と前々から知っていたのよ。アニメ情報だけどね。
物語の中で、ほんのワンシーンだったけれど、幼いころ父母にこの国に連れてこられてステージの上で踊って歌うアイドルがいた。父に『お父さん、私もアイドルになりたいな』と言うと、父は困ったように微笑み『ごめんなカトレア、お前は大きくなったら王妃様になるんだよ』と言ったシーンだ。
てなわけで、アタシはアメリアと名前を変えて、この国に来てアイドルを興行している歌劇団に行った。うふふっ、日本で培ったアイドル声優のスキル発揮だわ!グランシアにいたら、絶対になれなかった。あそこは封建的だし。
そして下積みを経てファーストライブ!500のキャパのホールが満員だわ!立ち見もいるくらいっ!
今に、この国一番の収容人員を誇る国立闘技場でライブやるんだから!
「では次の曲聴いて下さい!」
ワアアアアアアアアアアアアッ!
アタシのファーストライブからしばらく経ち、今日はアイドル総出のイベント。
それも終演し
「…え?グランシアとロンメルが戦争?」
終演後の控室、アイドル仲間のシンディちゃんから、そんな話を聞いた。
「らしいよ。さすがに勝敗までは分かんないけどさ」
おお~。相変わらず見事なバストで!衣装の上着を脱ぐとプルンと乳房が揺れますよ。女でも眼福。乳首もピンクだし。
ちなみにシンディちゃんを始め、私のアイドル仲間、いやこの国の人すべてアニメには出ない人たち。改めて自分がいる世界は現実なのだなぁと思った。それにしても、ただアタシがいないだけで、戦争なんて事態になるのね。バタフライ効果だったっけ?まあ、アタシには関係ないけど。
……あれ?
目の前の光景が暗転している。これなに?
体が重い、立っていられない。あれあれ?
あああああああっ!
そうだ!アタシってば病に倒れるって設定があった!いやだいやだ!これって、カトレアの正規ルートから外れても発生するの!?冗談じゃないわよっ!悪疾で顔が崩れたらアイドル出来ない!やっと、こっちの世界でもアイドルになれたのに!いやだ!いやあああああ!
そしてアタシは意識を手放し、数日の間、高熱で苦しみ…そして設定通りとなった。
熱は下がり、病の毒は体から抜けたものの、顔には夥しい痘痕が。
「いやあああああああ!」
人前に出られなくなったアイドルに劇団は厳しいもの。あっさりと解雇通告、三日以内に寮を出て行けと。
仲間のアイドルたちが必死に庇ってくれている。嬉しい。シンディちゃんは
「座長!アメリアのダンスは私たちの中でナンバーワンですっ!後輩たちへの指導者、もしくは私たちのマネージャーとして置いて下さい!」
「「お願いしますっ!」」
結局、座長が折れて、アタシは路頭に迷わずに済んだ。
しかし、アタシにはもう未来はない。この世界では、年頃になったらお嫁に行き、妻となり母となるのが女の幸せだ。それは平民と貴族関係ない。この顔では貰い手もないだろう。失意のなか、アイドルの裏方として働く日々が続いた。
そしてまた病がぶり返して高熱が出た。もう、このまま死んでしまえたらと思った。
もしかしたら死後、令和の日本に生まれ変われるかもしれないではない、そしたら悟志にもまた会えるかも。
「悟志…」
「……サトシとやらでなくて、ごめんよ」
「…………」
「探したよ、カトレア」
「……え?」
目覚めたアタシは目を疑った。アタシが伏せるベッドの横にリチャードがいたのだ。
少女漫画風のイケメンが何やら平〇弘司さんが描いた劇画顔みたいになって、長身の何とも堂々たる体躯ではないか。
「リッ、リチャード様?」
「“様”は、つけなくていいよ。僕はもう平民だから」
「……え?」
「僕は君に振られたあと、王位継承権を捨てて治癒師になったんだ」
リチャードは三男だけど、お母さんが正妃なので王位継承権一位は彼のはずだ。
「なっ、なぜ?」
「…国王になるのも君が隣にいてこそだと思った。でも君は消えてしまった。何やら張り合いもなくしてね。父母に願い出て廃嫡してもらい、長兄に王位継承権を譲った。その後にロンメル一の治癒師ゴードン先生の元に弟子入りした。修業を積み重ねていくうちに自分は天職を得たと思った。どうやら僕は王どころか貴族にも向いていなかったようだ」
「…………」
甘ったれた坊ちゃんの顔でなくなっている理由はそれか。彼もまた悟志と同じく人の生き死に多く関わってきたのだろう。いい劇画顔になっているではないか。
「ま、それが幸いしたみたいだ。今の戦争に関わらずに済んでいる」
「戦争…」
「ひどい戦争らしい。いたずらに戦線を広げて落としどころを互いに見つけられず、今も交戦中だ。両国とも得るところなく、ただ国力を落としているだけ。遠からず潰し合った挙句、両国とも滅ぶだろう。我が兄、そして現グランシア国王ネルソンは本当に愚かだ」
「…そんなことになっていたんだ…」
「君の実家も…すでに滅んだと聞く」
「…そう」
リチャードは冷たく絞ったタオルで私の額に浮かぶ汗を拭ってくれた。
「可哀そうに…苦しかったろう」
「リチャード…。うっ、うう…」
治癒師…。この世界には魔法は存在しないが、地球で言う気功のようなものが存在する。
国によって『オーラ』『チャクラ』と呼び方は様々だ。
まさかリチャードは…
「僕はチャクラを持っている。治癒にそれが使える」
「リチャード!?」
「高熱の方は薬草で対応するけど、痘痕は僕のチャクラで消えるよ」
「あっ、あああ…」
「泣かないで。今まで見つけてあげられなくてごめんね」
「うっ、ううう…」
「治療代は君のライブの最前列中央、これは譲れない」
「…用意するわ。絶対に…」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワアアアアアアアアアアアアアアアッッ!
会場は割れんばかりの大歓声だ。
「「アメリアーッ!!」」
「「ハイッ、ハイッ、ハイッ!」」
アタシの顔の痘痕は消えて、再びステージに帰ってこられた!
リチャードはアタシの復帰ライブの最前列中央で懸命に応援してくれている。拍手とコールが嬉しい。
ありがとう、貴方にあんなひどいことを言ったのに…貴方はアタシを探し当て、そして助けてくれた。
アタシは話した。令和日本から来たと言うのは、さすがに信じられないだろうから、アニメの通りに話した。
自分は一度貴方の妻になって、今と同じ病になった時に捨てられたと。にわかには信じがたい話だろうが、リチャードはそれを聞くや大粒の涙を流してアタシに『それでは嘘つきと呼ばれて当然だ。すまない、すまない』と詫びてきた。現在の貴方はアタシに何一つひどい仕打ちをしていないと云うのに。
そして彼はアタシの復帰ライブを観たら、この国を去ると言っていた。母国ロンメルから軍医になって欲しいと要望が来ていて、さすがにこれは断れず帰国するそうだ。滅ぶ母国を見届けるつもりだと。
かつての強引なアプローチはもう見る影もない。あっさりしたものだった。
でも、ごめんねリチャード。女心はコロコロ変わるのよ。本当に自分で呆れかえるくらいに。
「さて、皆さん、復帰早々ですけど、アタシ、結婚しますっ!」
日本と違い、アイドルの結婚がファンを失望させることはない。
こちらの世界では、みな大喜びで祝福する。
「その相手は!いまアタシの目の前で声援を贈ってくれている、治癒師のリチャード様です!」
ワアアアアアアアアアッッ!
「おめでとー!」
「幸せにー!」
当のリチャードはまったく予想しておらず、唖然としていたが
「ふつつかものですが、よろしくね!旦那様」
「あっ、あああああ!うわあああああ!」
ようやく我に返ったリチャードは歓喜のあまり、その場で泣き崩れた。
「おいおい、しっかりしろよ!我らのアイドル、アメリアちゃんの旦那さん!」
「「わははははは!」」
―エピローグ
「戦勝に乾杯!」
「「乾杯!!」」
ここはロンメル王国の王城。広間で戦勝パーティーが行われている。国王の乾杯の音頭に家臣たちが応え、杯のなかの酒を飲み干した。
会場の中央に置かれた台にはグランシア王国の王ネルソンとその王妃コーネリアの首が並んでいた。
それを切なそうに見つめるカトレア。アニメにはない展開だった。
「一応は学友だったからね…。僕も切ないよ」
「あなた…」
「明日、ロンメルを出る」
「そう」
リチャードは軍医として、そして時に戦場の将として手柄を立てすぎた。
国王である兄は建前上、爵位を授けると言っていたが、自分の立場を脅かす存在として危険視もしている。リチャードは王なんてものに興味はないのに。
「兄上は駄目だ…。遠からず僕を殺す」
「ええ、アタシもそう思うわ」
「なに、僕の治癒の術と、君のアイドルがあれば、どこでも食べていけるさ」
「そうね」
盛り上がっている戦勝パーティーを抜け出したリチャードとカトレア。その日のうちに旅支度をし、翌朝にロンメル王国から去っていった。
この2年後、ロンメル王国は苛政に耐えかねた民衆が蜂起、革命が起きて王族はすべて絞首刑となった。リチャードの予言通りグランシア王国もロンメル王国も結局滅亡したのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい、ワン、ツー、スリー!こら!ターンをするのに一緒に首を回すなと言ったでしょ!」
「すいませぇん…」
「難しいですよぉ先輩」
「難しいに出会えた!はい、おめでとう!泣き言言っているヒマあったらレッスン!」
「「はぁい…」」
「ほらっ!ダンスは指先まで意識集中!ファンはアイドルの美しい指だって見ているのよ!」
「「はぁい…」」
「返事は『はいっ』と歯切れよく!まったく最近の若いアイドルは!」
リチャードとカトレアはバレンヌ王国に戻ってきていた。歌舞は相変わらず盛んな国。
カトレアは再び歌劇団に属し、現在は王国のトップアイドルだ。後輩の指導もしている。今日も歌劇団のレッスンルームでカトレアの厳しい指導の声が響いた。
リチャードは
「ありがとうございますっ!ううっ、長き旅をしてきた甲斐がありました!我が娘の顔の火傷が!うううっ」
「先生、ありがとうございますっ!」
遠方から名医のリチャードを訊ねてくる患者とその家族は多い。現在リチャードは王国城下町に治癒院を開設して、今や数名の治癒師と看護師を束ねている院長先生だ。
「いやいや、顔は女の命ですからね。それにしても…」
「なにか?先生」
「君、アイドルになってみたら?すごく美人だし声もいい。僕のお嫁さんはトップアイドルのカトレア、彼女をお嫁さんにしている僕が言うんだから間違いない!」
「ええ~。どうしよっかなぁ~」
チラと上目遣いで父親を見る少女。
「ちょっ、ちょっと先生!ははは、参ったなぁ」
「それにしても先生って、あのカトレアちゃんの旦那さんなんだ」
「そうだよ。僕の自慢の奥さんだ。美人で料理も上手だし」
くしゅん!後輩を指導中のカトレア、突然のくしゃみ。誰かが噂しているかと思いつつポケットからティッシュを取り出し鼻をかんだ。
「ふふっ、またあの人がアタシを誰かに自慢しているのかしら。うふふっ」
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