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第2話 姉は声優、妹はピアニストへと!夢が膨らみますっ!
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私は稲垣弘毅が経営していた会社の仕事に就いた。まあ、リモートワークなので自宅で出来る仕事なのだが、稲垣弘毅の記憶はそのまま頭に残っているので問題は無かった。
前世、と言っていいのか私も元は商社マン、独立して社長になったのだ。その時の経験も生きている。仕事のやり方がアナログからデジタルに変わっただけだ。
それにしても、稲垣弘毅と言う男は児童虐待をしていたような男であったのに仕事は出来たようで、それなりに社会的に信頼を得ていた。収入も多く、何やら彼の財産を使うのが申し訳なく思えてしまうが、けして自分の楽しみのため使わないと誓うことで許してほしい。
私の最期の願いにより、彼は死んでしまったのだからな…。墓まで持っていく秘密ではあるが何らかの形で弔うことが出来たらと思う。
あのあと元嫁の茜との接触はLINEだけだった。離婚に伴う財産分与のやり取り。事務的な文字が羅列する。
子供のことは何も書かれていない。私が愛花はちゃんと食事をしているかの問いかけもスルーだ。やれやれ…。
ところで私は愛梨の足は治せないかとネットで情報を集めた。茜が出産した病院の医師に告げられ、頭から一生残る障害と決めつけていたかもしれない。医術も進歩している。あれから愛梨が生まれて五年以上経つのだから、もしかしてという願いを込めて。
結果から言うと治せた。
そのまま放置していただけだったのだ。
ようやく見つけた名医に『もう少し遅かったら治せませんでした。今まで何をしていたのですか』と、こってり叱られてしまい、返す言葉も無かった。放置していたら、さらに障害は悪化し、杖が必要なほどになってしまったとか。冷や汗が出た。
愛梨は手術とリハビリに耐えて、そして全力疾走で私の胸に『パパ、治ったよ!』と飛び込んできてくれた。
病院内で私は愛梨を抱きしめて泣いてしまった。看護師と主治医も拍手しながら泣いていた。愛梨も私に抱かれながらわんわん泣いている。ああ、よかった…。
仕事はリモートワーク、スマートフォンとパソコンがあれば自宅でも業務は遂行でき、娘との時間は十分に確保できた。便利な世の中になったものだと思う。
娘の愛梨には美味しい料理を振舞った。毎日たくさん食べてくれて嬉しい。前世、社会人になる前はバイト漬けの日々で、その中には飲食業もあり、後々何かに使えればと思い和洋中の料理を覚えたものだった。何でもやっておくものだ。
そんなある日のランチの時
「あれ?」
「どうした愛梨?」
「このミートソース…。以前、お爺ちゃんがご馳走してくれたものと同じ味…」
ギクッという効果音が全身に響いたようだった。そういえばお腹を空かせた愛梨を招いてご馳走したことがあった。私が作ったスパゲティミートソースを美味しい美味しいと食べていた。
「あははは、たぶん同じマーケットで材料を買ったんだろうね。食材が同じだと似たような味になってしまうんだよ」
そんなことあるわけないと思うが愛梨は納得し
「お爺ちゃん、死んじゃったんだよね…」
「ああ、パパとママ、お病気のせいで仲良く出来なかった…。後悔しているよ」
愛梨は玄関先で稲垣弘毅と高橋次郎が揉めていたのを見てはいないが互いの怒声は聞いている。
いつまで『お病気のせいで』が通じるかは分からないが、今はこれで通すしかない。
「なあ愛梨、一日のうちお父さんと英語だけで話す時間を作らないか?」
ランチの後、愛梨に提案してみた。そして英語を幼いうちから身に付けておくことは後々の役に立つ。
私は英語の重要性を幼児に分かりやすく説明した。
ちなみに私は前世の知識で数ヶ国の言語を話すことが出来る。海外の商社とも取引があり、マスターするのは必須だった。その頃に翻訳アプリなんて無かったのだから。
最初は戸惑い、渋った愛梨だが、やがて頷いた。ゆくゆくは自分がマスターしている外国語すべて教えたいと思っている。必ず将来の役に立つ。
愛梨は小学生になった。このころになると年相応の健康的な体つきにもなっており、甘えてくれるのも多くなった。
そして愛梨には意外な才能があった。ピアノである。
自宅のパソコンで仕事をしていると愛梨が通う小学校から電話があって
「市立第三小学校で音楽教諭をしている設楽です!稲垣愛梨ちゃんのお父様ですか?」
「はい、そうですが…」
少し興奮した様子の若い女性教諭からの電話に少し戸惑っていると
「愛梨ちゃんはピアノの天才ですっ!」
「は?」
「愛梨ちゃんは一度聴いた楽曲を完全に覚えて、すぐに弾けてしまうほどの天才なんです!」
「い、いや先生、それは他の児童と間違えてらっしゃいます。娘はピアノに触ったこともないのですよ」
「そうなんですか!?」
「はあ…。いや見たのも小学校の音楽室が初めてだったのではないかと思います」
こんなファンタジーみたいな話、本当にあるのかと思った。
ピアノを見たことも無かった七歳の少女がいきなり音楽教諭を驚愕させるほどの腕前を見せるなんて。
女性教諭の設楽さんは興奮収まらず、児童の人違いはしていないと言い、さらに
「ならば、すぐにピアノ教室に通わせることをお勧めしますっ!」
「は、はあ…」
ずば抜けた一芸を発揮することもあると言われるサヴァン症候群か?と思ったけれど、それは考えすぎか。
しかし、にわかには信じられなかった。
女性教諭に言った通り、愛梨はピアノなんて弾いたことが無かったのだから。
数日後の休日、私は愛梨を連れて大型楽器店に赴き、実際にピアノを弾いてもらった。
びっくりした。
店員も、その場にたまたま居合わせた人たちも愛梨のピアノに驚いている。
こりゃあ、すぐにでもピアノを買い与え、防音設備を整えた新居に引っ越すしかないと私は速攻で決断した。
すると楽器店の従業員が『お父様ですか?』ともみ手しつつ詰め寄ってきた。
整髪剤たっぷりの七三分け、チョビ髭に蝶ネクタイ、スーツ、本当にこんなキャラ実在するのかと驚きつつ、チョビ髭に『ええ、まあ』と返す。チョビ髭は
「さぞや高名な先生に指導されておいでなのですね!お嬢様のピアノは素晴らしいです!」
「いやいや、娘は誰にもピアノを教えてもらっていません。先日、通っている小学校の音楽教諭からピアノの天才と大絶賛されて、それは本当なのかと父親として確かめたく、申し訳ないですが無料で弾かせてもらえるこちらに伺った次第です」
「ならば、当店と提携している一流の先生をお勧めしたいのですが…お嬢様は天才ですっ!」
そんなやり取りの中でも愛梨は気持ちよさそうにピアノを弾き続けている。
「小学校の先生にも強く勧められているため娘と前向きに検討させていただきます」
しかし、驚いた…。私も前世の記憶があるけれど愛梨にも、そんなものが宿っているかもしれない…。
楽器店を出て愛梨と手を繋いで歩く。
「パパ、愛梨ピアノ習いたい」
「いいとも。さっきのお店のチョビ…いや従業員さんにも勧められたしね」
そしてさっき決断したことを話す。
「なあ愛梨、ピアノを習うのなら同時にピアノが欲しくないか?」
「いいの!?」
「うん、だけどそのためには今のアパートから引っ越すしかないよ。防音が整っていないからピアノの音はご近所に迷惑だからね」
「転校するの?」
「うーん、愛梨、小学校で友達は出来たかい?」
「うんっ、萌絵ちゃん、静香ちゃん、あずきちゃんと…」
「そっか、それじゃ転校しない範囲で新居を探そうと思うよ。新しいお家を決めてからピアノを買いに行こう」
「やったぁ!パパ大好き!」
抱きついてきた。むやみやたらに贅沢はさせないけれど愛梨の才能を伸ばすためなら金など惜しくはない。
小さかった会社も、徐々に大きくなってきている。収入は二人家族に十分すぎるほどある。
娘の夢を叶える手助けをするくらいの資金なら…
「ん?」
自宅アパートの前に少女が座り込んでいた。私と愛梨に気付いたようだ。
「…あ」
「パパーッ!」
ボロボロの姿で私に抱きついてきたのは長女の愛花だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
愛花に夕食を食べさせ、愛梨が添い寝、もう二人はスウスウと寝息を立てている。
元嫁から私のスマートフォンに連絡が入った。
「…私だ。久しぶりだな」
「愛花はそっちに?」
「ああ、こちらに来た。夕食後、風呂に入らせて、今はもう愛梨と一緒に寝ているよ」
「そう」
「何があった?」
「新しいお父さんに懐かなかったのよ。私にも反抗的になるし…」
「お前…。それでかつての愛梨のように虐待したというのか!?」
「相手の連れ子とも折り合いが悪くってね。嫌なら出て行けと言ったら案の定アンタの家にね」
「そういうのも、全部ひっくるめて再婚したんじゃ…ああ、もういい。愛花の親権も私に移す。手続きの時、再度私から連絡するから!」
「分かった。じゃあね」
電話を切った。まったく何て女だろう。稲垣弘毅はこんな女のどこに惚れたのか分からない。
稲垣弘毅と茜のなれそめであるが、元は会社の上司と部下である。小なりとはいえ会社社長の財力に目を付けて篭絡したと言うところだろう。だから、すぐに破綻したのだ。
見てくれだけが良い中身がスカスカな女に、稲垣がまんまと騙されたというべきか。
でもまあ、健康な女の子二人を産んでくれたことは事実だ。それは感謝だ。
しかし、引っ越し前に愛花が来てくれて良かった。その後だったら愛花には、もう行くところが無かった。
翌朝、通学班で登校する愛梨を見送り、その後愛花と話した。朝食後…。
「つらかったな…。ごめんな、パパ迎えに行ってやれなくて…」
「パパ…」
「昨日、愛花が寝たあとママと電話で話したよ。愛花、ママとパパと、どっちの家に住みたい?」
「ぐしゅっ…。パパがいい。あんな家、もう戻りたくないよ!」
「そうか、分かった。ごめんな、仲のいいパパとママでいられなくて。ママはいなくても、パパがママの愛情以上のものを愛花に届けたいと思う。もう一度パパの娘になってほしい」
「パパ…。うっ、うう…」
「愛花、私たち家族は近いうちに引っ越しをするんだ」
「お引っ越し?」
「ああ、愛梨なんだが…」
私は愛梨のピアノについて話した。騒音の関係から環境が整っている住居に引っ越すこと。そして一日に何時間か英語だけで会話する時間を設けていることを。愛花は
「愛梨ちゃん、すごい…。ねえ、パパ…。愛花が愛梨ちゃんのようにピアノが出来なくても、英語を話せなくても愛花を怒らない?」
「そんなわけないだろう?」
愛花の頭を撫でた。
才能の有無、英語の出来る出来ない、そんなもので娘を怒るわけもない。父親としてアドバイスくらいだ。
「なあ、愛花に将来の夢はあるのかい?」
「ええと…」
あるのだろう。照れくさくて言えないのか。
「パパ、聴きたいな。そして愛花の夢を叶える手助けをしてあげたいんだ」
「…声優さんになりたい。アニメの魔法少女やアイドルになってみたいの!」
「いい夢だ。しかし声優か…。なかなか難しいと聞くが…」
「だめ?」
「今のうちから舞台で芝居する経験を積んでおいた方がいいだろうな。愛花、どこかの劇団に入ってみるかい?声優は声だけのお芝居じゃないんだ。舞台に立って全身でお芝居出来る人でなければね」
この豆知識は前世、声優を特集したドキュメンタリーで聞いた…と思う。
「パパ、すごい!」
「ありがとう、それじゃパパ、愛花が入れそうな劇団を探しておくよ」
「うんっ」
「それじゃ、小学校の入学手続きに行こうか。愛梨と同じ小学校だよ。支度しておいで」
「うんっ、大好き、パパ!」
前世、と言っていいのか私も元は商社マン、独立して社長になったのだ。その時の経験も生きている。仕事のやり方がアナログからデジタルに変わっただけだ。
それにしても、稲垣弘毅と言う男は児童虐待をしていたような男であったのに仕事は出来たようで、それなりに社会的に信頼を得ていた。収入も多く、何やら彼の財産を使うのが申し訳なく思えてしまうが、けして自分の楽しみのため使わないと誓うことで許してほしい。
私の最期の願いにより、彼は死んでしまったのだからな…。墓まで持っていく秘密ではあるが何らかの形で弔うことが出来たらと思う。
あのあと元嫁の茜との接触はLINEだけだった。離婚に伴う財産分与のやり取り。事務的な文字が羅列する。
子供のことは何も書かれていない。私が愛花はちゃんと食事をしているかの問いかけもスルーだ。やれやれ…。
ところで私は愛梨の足は治せないかとネットで情報を集めた。茜が出産した病院の医師に告げられ、頭から一生残る障害と決めつけていたかもしれない。医術も進歩している。あれから愛梨が生まれて五年以上経つのだから、もしかしてという願いを込めて。
結果から言うと治せた。
そのまま放置していただけだったのだ。
ようやく見つけた名医に『もう少し遅かったら治せませんでした。今まで何をしていたのですか』と、こってり叱られてしまい、返す言葉も無かった。放置していたら、さらに障害は悪化し、杖が必要なほどになってしまったとか。冷や汗が出た。
愛梨は手術とリハビリに耐えて、そして全力疾走で私の胸に『パパ、治ったよ!』と飛び込んできてくれた。
病院内で私は愛梨を抱きしめて泣いてしまった。看護師と主治医も拍手しながら泣いていた。愛梨も私に抱かれながらわんわん泣いている。ああ、よかった…。
仕事はリモートワーク、スマートフォンとパソコンがあれば自宅でも業務は遂行でき、娘との時間は十分に確保できた。便利な世の中になったものだと思う。
娘の愛梨には美味しい料理を振舞った。毎日たくさん食べてくれて嬉しい。前世、社会人になる前はバイト漬けの日々で、その中には飲食業もあり、後々何かに使えればと思い和洋中の料理を覚えたものだった。何でもやっておくものだ。
そんなある日のランチの時
「あれ?」
「どうした愛梨?」
「このミートソース…。以前、お爺ちゃんがご馳走してくれたものと同じ味…」
ギクッという効果音が全身に響いたようだった。そういえばお腹を空かせた愛梨を招いてご馳走したことがあった。私が作ったスパゲティミートソースを美味しい美味しいと食べていた。
「あははは、たぶん同じマーケットで材料を買ったんだろうね。食材が同じだと似たような味になってしまうんだよ」
そんなことあるわけないと思うが愛梨は納得し
「お爺ちゃん、死んじゃったんだよね…」
「ああ、パパとママ、お病気のせいで仲良く出来なかった…。後悔しているよ」
愛梨は玄関先で稲垣弘毅と高橋次郎が揉めていたのを見てはいないが互いの怒声は聞いている。
いつまで『お病気のせいで』が通じるかは分からないが、今はこれで通すしかない。
「なあ愛梨、一日のうちお父さんと英語だけで話す時間を作らないか?」
ランチの後、愛梨に提案してみた。そして英語を幼いうちから身に付けておくことは後々の役に立つ。
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最初は戸惑い、渋った愛梨だが、やがて頷いた。ゆくゆくは自分がマスターしている外国語すべて教えたいと思っている。必ず将来の役に立つ。
愛梨は小学生になった。このころになると年相応の健康的な体つきにもなっており、甘えてくれるのも多くなった。
そして愛梨には意外な才能があった。ピアノである。
自宅のパソコンで仕事をしていると愛梨が通う小学校から電話があって
「市立第三小学校で音楽教諭をしている設楽です!稲垣愛梨ちゃんのお父様ですか?」
「はい、そうですが…」
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「愛梨ちゃんはピアノの天才ですっ!」
「は?」
「愛梨ちゃんは一度聴いた楽曲を完全に覚えて、すぐに弾けてしまうほどの天才なんです!」
「い、いや先生、それは他の児童と間違えてらっしゃいます。娘はピアノに触ったこともないのですよ」
「そうなんですか!?」
「はあ…。いや見たのも小学校の音楽室が初めてだったのではないかと思います」
こんなファンタジーみたいな話、本当にあるのかと思った。
ピアノを見たことも無かった七歳の少女がいきなり音楽教諭を驚愕させるほどの腕前を見せるなんて。
女性教諭の設楽さんは興奮収まらず、児童の人違いはしていないと言い、さらに
「ならば、すぐにピアノ教室に通わせることをお勧めしますっ!」
「は、はあ…」
ずば抜けた一芸を発揮することもあると言われるサヴァン症候群か?と思ったけれど、それは考えすぎか。
しかし、にわかには信じられなかった。
女性教諭に言った通り、愛梨はピアノなんて弾いたことが無かったのだから。
数日後の休日、私は愛梨を連れて大型楽器店に赴き、実際にピアノを弾いてもらった。
びっくりした。
店員も、その場にたまたま居合わせた人たちも愛梨のピアノに驚いている。
こりゃあ、すぐにでもピアノを買い与え、防音設備を整えた新居に引っ越すしかないと私は速攻で決断した。
すると楽器店の従業員が『お父様ですか?』ともみ手しつつ詰め寄ってきた。
整髪剤たっぷりの七三分け、チョビ髭に蝶ネクタイ、スーツ、本当にこんなキャラ実在するのかと驚きつつ、チョビ髭に『ええ、まあ』と返す。チョビ髭は
「さぞや高名な先生に指導されておいでなのですね!お嬢様のピアノは素晴らしいです!」
「いやいや、娘は誰にもピアノを教えてもらっていません。先日、通っている小学校の音楽教諭からピアノの天才と大絶賛されて、それは本当なのかと父親として確かめたく、申し訳ないですが無料で弾かせてもらえるこちらに伺った次第です」
「ならば、当店と提携している一流の先生をお勧めしたいのですが…お嬢様は天才ですっ!」
そんなやり取りの中でも愛梨は気持ちよさそうにピアノを弾き続けている。
「小学校の先生にも強く勧められているため娘と前向きに検討させていただきます」
しかし、驚いた…。私も前世の記憶があるけれど愛梨にも、そんなものが宿っているかもしれない…。
楽器店を出て愛梨と手を繋いで歩く。
「パパ、愛梨ピアノ習いたい」
「いいとも。さっきのお店のチョビ…いや従業員さんにも勧められたしね」
そしてさっき決断したことを話す。
「なあ愛梨、ピアノを習うのなら同時にピアノが欲しくないか?」
「いいの!?」
「うん、だけどそのためには今のアパートから引っ越すしかないよ。防音が整っていないからピアノの音はご近所に迷惑だからね」
「転校するの?」
「うーん、愛梨、小学校で友達は出来たかい?」
「うんっ、萌絵ちゃん、静香ちゃん、あずきちゃんと…」
「そっか、それじゃ転校しない範囲で新居を探そうと思うよ。新しいお家を決めてからピアノを買いに行こう」
「やったぁ!パパ大好き!」
抱きついてきた。むやみやたらに贅沢はさせないけれど愛梨の才能を伸ばすためなら金など惜しくはない。
小さかった会社も、徐々に大きくなってきている。収入は二人家族に十分すぎるほどある。
娘の夢を叶える手助けをするくらいの資金なら…
「ん?」
自宅アパートの前に少女が座り込んでいた。私と愛梨に気付いたようだ。
「…あ」
「パパーッ!」
ボロボロの姿で私に抱きついてきたのは長女の愛花だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
愛花に夕食を食べさせ、愛梨が添い寝、もう二人はスウスウと寝息を立てている。
元嫁から私のスマートフォンに連絡が入った。
「…私だ。久しぶりだな」
「愛花はそっちに?」
「ああ、こちらに来た。夕食後、風呂に入らせて、今はもう愛梨と一緒に寝ているよ」
「そう」
「何があった?」
「新しいお父さんに懐かなかったのよ。私にも反抗的になるし…」
「お前…。それでかつての愛梨のように虐待したというのか!?」
「相手の連れ子とも折り合いが悪くってね。嫌なら出て行けと言ったら案の定アンタの家にね」
「そういうのも、全部ひっくるめて再婚したんじゃ…ああ、もういい。愛花の親権も私に移す。手続きの時、再度私から連絡するから!」
「分かった。じゃあね」
電話を切った。まったく何て女だろう。稲垣弘毅はこんな女のどこに惚れたのか分からない。
稲垣弘毅と茜のなれそめであるが、元は会社の上司と部下である。小なりとはいえ会社社長の財力に目を付けて篭絡したと言うところだろう。だから、すぐに破綻したのだ。
見てくれだけが良い中身がスカスカな女に、稲垣がまんまと騙されたというべきか。
でもまあ、健康な女の子二人を産んでくれたことは事実だ。それは感謝だ。
しかし、引っ越し前に愛花が来てくれて良かった。その後だったら愛花には、もう行くところが無かった。
翌朝、通学班で登校する愛梨を見送り、その後愛花と話した。朝食後…。
「つらかったな…。ごめんな、パパ迎えに行ってやれなくて…」
「パパ…」
「昨日、愛花が寝たあとママと電話で話したよ。愛花、ママとパパと、どっちの家に住みたい?」
「ぐしゅっ…。パパがいい。あんな家、もう戻りたくないよ!」
「そうか、分かった。ごめんな、仲のいいパパとママでいられなくて。ママはいなくても、パパがママの愛情以上のものを愛花に届けたいと思う。もう一度パパの娘になってほしい」
「パパ…。うっ、うう…」
「愛花、私たち家族は近いうちに引っ越しをするんだ」
「お引っ越し?」
「ああ、愛梨なんだが…」
私は愛梨のピアノについて話した。騒音の関係から環境が整っている住居に引っ越すこと。そして一日に何時間か英語だけで会話する時間を設けていることを。愛花は
「愛梨ちゃん、すごい…。ねえ、パパ…。愛花が愛梨ちゃんのようにピアノが出来なくても、英語を話せなくても愛花を怒らない?」
「そんなわけないだろう?」
愛花の頭を撫でた。
才能の有無、英語の出来る出来ない、そんなもので娘を怒るわけもない。父親としてアドバイスくらいだ。
「なあ、愛花に将来の夢はあるのかい?」
「ええと…」
あるのだろう。照れくさくて言えないのか。
「パパ、聴きたいな。そして愛花の夢を叶える手助けをしてあげたいんだ」
「…声優さんになりたい。アニメの魔法少女やアイドルになってみたいの!」
「いい夢だ。しかし声優か…。なかなか難しいと聞くが…」
「だめ?」
「今のうちから舞台で芝居する経験を積んでおいた方がいいだろうな。愛花、どこかの劇団に入ってみるかい?声優は声だけのお芝居じゃないんだ。舞台に立って全身でお芝居出来る人でなければね」
この豆知識は前世、声優を特集したドキュメンタリーで聞いた…と思う。
「パパ、すごい!」
「ありがとう、それじゃパパ、愛花が入れそうな劇団を探しておくよ」
「うんっ」
「それじゃ、小学校の入学手続きに行こうか。愛梨と同じ小学校だよ。支度しておいで」
「うんっ、大好き、パパ!」
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