異日本戦国転生記

越路遼介

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第八話 うなぎ料理屋『さくたろう』開店!

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近江の国は色々と複雑だ。南は六角氏、北は浅井氏、さらに大小の国人が入り乱れて、日々しのぎを削っている。作太郎、能、紗代はそういう状況を踏まえて戦国大名の城下町ではなく、今浜の町を拠点とすることにした。今日のうちに到着する予定だ。そして

「「わあああああ…!」」
琵琶湖が目の前に。能と紗代は、その美しさに見入っていた。作太郎も思わず
(戦国時代の琵琶湖って、こんなに美しかったのか…)
前世の秀雄も琵琶湖は妻と子供で訪れたことがある。遊覧船にも乗った。水面は黒く湖底など見えはしなかったが、今は普通に湖底まで見ることが出来そうだ。実際の戦国期の琵琶湖がこうだったのかまでは不明だが、現在作太郎がいる『異日本戦国転生記』の世界ではそうなのだ。とにかく大自然が美しい。

『名勝カード【琵琶湖】を手に入れました』
脳内のゲーム画面にそう表示された。前世のゲーム内ではコンプリートしていた『名勝カード』だが、現在所有しているのは『富士山』『白糸の滝』『熱田神宮』そして『琵琶湖』の四枚だけだ。見沼も十分に美しい沼地だったけれど対象外らしい。もっともコンプリートしても『風の旅人』という称号を得られて終わりなのだが。

(風の旅人には届かんな…。俺と嫁たちの旅は、ここ琵琶湖で終わりだ)
史実通りに歴史が進むなら近江は織田家の国となり栄えるが、ここは『戦国武将、夢の共演』シナリオ、信長が台頭するかも分からない。
現在、日本で最大勢力なのは三好氏である。当主の長慶がもし長生きをしたら信長が付け入る隙など無かったかもしれない。何が起こるか分からないからこそ面白い。
(うなぎ屋を営みつつ、動乱の世を傍観するのも悪くないな)
今浜の町は浅井家の勢力圏であるが城が無い商人の町。琵琶湖漁と交易も盛んで、活気あふれる町だ。


琵琶湖畔では能と紗代がまた水遊びを始めた。温かくなってきた。湖畔にはそろそろ咲くであろう桜の木も。
「平和だねぇ…」
そう思っていた時だった。強烈な気配を感じた。しかも琵琶湖の中からだ。
「能!紗代!」
すぐに二人の体を抱いて、湖畔へと。琵琶湖の湖面が盛り上がり、それは姿を現した。
「だいだらぼっち…!」
琵琶湖には恐るべき者がいる。だいだらぼっち、日本各地に伝説が残る巨人だ。もちろんイベント発生条件もある。段位三十五以上、だいだらぼっちのサポートカードを所有していないこと。
(条件、満たしているじゃないか俺!なんて迂闊なんだ!)
SSRだいだらぼっちのサポートカードを得るとスコップが武器になるうえ尋常じゃないほど穴掘りが得意となる。
伝承では山より大きいと言われるだいだらぼっち、しかし目の前にいるのは七メートル近い大男だ。貴方のサポートカードは必要ありませんからお帰り下さいというのも通用しない。こうして日本伝承上の怪物と一度対してしまったからには戦うしかない。

『試練【琵琶湖のだいだらぼっちと戦い勝利せよ】が入りました』
「サポートカードセット【SSR◆4呂布奉先】【SSR◆4安倍晴明】【SSR◆3小李広花栄】【SR◆4幻獣麒麟】【SSR◆2雪女ミゾレ】【SSR◆2諸葛亮孔明】」
花栄は水滸伝の梁山泊一〇八星一の弓術士。幻獣麒麟は雷と風を起こす。雪女ミゾレは唯一氷撃が出来るサポートカードである。頭を使って冷静に戦えるよう孔明のサポートカードもセットした。

「能、紗代、下がって。こいつは俺を狙っている」
「「旦那様あぶないっ!」」
「えっ…」
目の前にはだいだらぼっちが振るう巨大なスコップが。
「うおおおっ!」
辛うじて跳躍でかわした作太郎。全身真っ黒な体であるが筋骨隆々と言うのは分かる。丸坊主で顔は鼻が見えずに鋭い目と不敵に笑う口元だけが見える。
「あぶねぇっ!あんなの食らったら一たまりもない!」
ゆっくり作太郎に迫ってくるだいだらぼっち。

「水面から出ないうちに!『猛吹雪』!」
雪女ミゾレの特殊能力『猛吹雪』をだいだらぼっちに浴びせたが通じない。凍ったのは琵琶湖の湖面とだいだらぼっちの大腿部まで。巨体を凍らせるほどの冷気を出せなかった。
「くそっ、せめてミゾレのサポカがSSR◆4なら…」
前述の通り氷系の攻撃は、このミゾレのサポートカードしか存在しない。◆4で会得できる最大氷撃『絶対零度』が使えないのは苦しい。

とにかく飛び道具で勝つしかない。鍔迫り合いなど不可能だ。
雪女ミゾレのサポートカードを外して、急ぎ養由基をセット、中国春秋時代に在った弓術の達人だ。
作太郎の手に『養由基の弓』が出た。だいだらぼっちと距離を取るように琵琶湖畔を走る。さすがに素早さは作太郎の方が上だ。

「しかし、養由基のサポカはSSR◆無なんだが通じるか?花栄をセットしているし、何とかなると思いたい!」
現状、ないものねだりをしても仕方がないので、思い切って安倍晴明を外し、さらにSSR◆2那須与一をセットして弓勢の上乗せをして構えた。さらに言えば呂布も弓術の達人である。呂布、養由基、花栄、那須与一の弓術が込められた矢を射る。巨大なスコップに弾かれるだろうが花栄の特殊能力『神箭』を使うと、射た矢はだいだらぼっちを大きく外れ、弧を描いて、だいだらぼっちの後頭部や背中に刺さっていく。強靭な筋肉を誇るだいだらぼっちの肉体を弓聖四将の力が込められた矢は貫いた。

作太郎は連射を続ける。だいだらぼっちはスコップに振り回して弾き落とそうとするが次々と矢が刺さっていく。
「よし通じた!これでもかと弓の火力を増して正解だった!最後は麒麟!『雷』!」
麒麟の特殊能力『雷』がだいだらぼっちを貫き、ついに倒れた。その顔に方天戟の穂先を突き付けた。
だいだらぼっちは抵抗せず、頭を下げて負けを認めた。作太郎が手を振ると彼に刺さった弓は消滅、治癒法術を施すとだいだらぼっちは琵琶湖へと返っていった。

脳内のゲーム画面に
『試練【琵琶湖のだいだらぼっちと戦い勝利せよ】を達成しました』
『【SSRだいだらぼっち】【SSR見沼竜神】を獲得しました』
(これで見沼竜神を◆1に出来るな…。◆4まで遠いぜ。ガチャが恋しい)

試しに【SSR◆無だいだらぼっち】をサポートカードにセットしてみると作太郎の手の中に『だいだらぼっちの円匙』が装備された。一見、鉄製の普通のスコップだが、武器にもなり桁外れの穴掘り能力を発揮、特殊能力『巨大円匙』は大きな盾にもなって矢と敵が放つ気弾や攻撃法術を防ぐ。しかも作太郎と一体になって動く。◆無の状態でこれほどの恩恵を。さすがは伝説の怪物だいだらぼっちということか。

「「旦那様―ッ!」」
能と紗代が作太郎に抱き着いた。
「二人とも怪我はないか」
「私たちより旦那様です!あんな大きい怪物と戦ってお怪我は!?」
「ああ、能、大丈夫だよ。あちらもちょっとした腕試しのつもりだったのだろう。俺を殺すつもりはなかったようだ」
「ですが…」
「どうした、紗代」
「とても凛々しいお姿でした。旦那様があんなにお強いなんて…」
「ははは、ありがとう」


まだ今浜の町まで着いていなかったとはいえ、琵琶湖で伝承上の怪物だいだらぼっちと戦い勝利した少年のことが領主の耳に入らないわけがなく、今浜の町に着いて、宿を探していた作太郎たちに武士の一団が歩いてきて
「おぬしがだいだらぼっちを倒した少年であるか」
「いかにも」
「当主久政が嫡男、浅井備中守長政と申す」
いきなりか、と作太郎は思った。長政を寄越すと言うことは仕官を迫るか、それとも城内に病人がいるかのどちらか、それとも両方か。

「ふむ、見目麗しき姫二人を連れている凛々しき少年…。もしやおぬしは東海で名医と名を馳せた作太郎殿か」
「いかにも私が作太郎です」
「では、そちらのお二人が太田と北条の姫御でござるか」
「はい、寿能潮田家の娘、能です」
「小田原北条家の娘の紗代です。浅井備中守様、貴方の勇名は小田原にも届いておりますよ」
「これは恐悦至極」
北条にまで名が知られていることは素直に嬉しかったようだ。
「それで作太郎殿、父の久政が会いたいと言っている。おそらく仕官だろうが、するしないはおぬしの判断に任せる。とにかく一度会ってくれると助かるのだが」
「分かりました。しかし、妻たちと泊まる宿を確保してからでようございますか?」
「心得た。それで結構にござる」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「だいだらぼっちを倒したと言うから、どれほどの豪傑かと思えば何と…かほどに若い少年だったとはのう…」
「だいだらぼっちに殺意は感じませんでした。腕試し程度な気持ちだったのでしょう。運が良かったのです」
「あの怪物を弓矢で倒したと聞いたぞ。大したものではないか、のう長政」
「はい」
今浜の浅井屋敷、ここに作太郎は通されて浅井久政と対面した。長政と浅井重臣が二人立ち合っていた。赤尾清綱、遠藤直経、そうそうたる浅井の重臣だ。

「どうだ。儂に仕えぬか。六角氏と対するにおぬしの武勇が欲しい」
「お断りいたします」
即答だった。長政がやっぱり、という風に微笑んだ。
「武家の姫二人も娶りながら言うのも何ですが、私は武士になりたくないのです。窮屈ゆえ」
赤尾と遠藤も苦笑した。確かに窮屈と言われれば否定も出来ない。
「窮屈のう…。それを言われると反論できぬ」
久政も覚えがあるのだろう。こういう若者は仕官を無理強いしても、すぐに逃走してしまうのがおちだ。

「では、そちはここ今浜に何しに来たのじゃ?」
「今浜の町でうなぎ屋を営もうと思いまして」
「うなぎ?あんな泥臭いものを?」
と、長政。
「食べてみますか。収納法術内に出来立てのうな丼がございます」
「「いただこう」」
浅井親子、赤尾、遠藤は一口食べるや、怒涛のごとくかきこんでいった。久政は
「なんじゃ、これは!これがあのうなぎなのか!」
「琵琶湖産ではなく美濃国内の大河より獲れたものにございますが、身の大きい琵琶湖のうなぎなら、より期待が出来るかと思い、こちらにまいった次第で」
「驚いたのう…。父上…」
「ふむ」
「かような美味を生み出す者が万一戦場で討ち死にしたら天下の大損失ですぞ。この料理は我が領内の名物になりまする」
「ああ、すみませぬ。稲葉山でも披露したので、斎藤家でも名物になるかと」
「なに、かまわんよ。儂自身もこれは定期的に食べたい」
「若殿、それがしも同感にございます」
「うむ、これほどの美味を生み出す腕前、戦場で失ったら天下の一大事じゃ。うむ、仕官の誘いは聞かなかったことにいたせ」
あっさりと引いた久政、うな丼が人を引き付ける力はすさまじい。
「はい、ありがとうございます」
「店が出来たら知らせてくれ。すぐに食べに行こうぞ」


久政との話も終わり、長政が玄関先まで送ってくれた。その時だった。離れの物置小屋より異臭がした。前世、救命士だった彼が現場で何度も嗅いだ臭い、膿臭だ。
「御免」
作太郎は屋敷の廊下を降りて、物置小屋へと走った。長政は見られたくないものだったのか
「よされよ!汚らわしき者がそこには!」
物置小屋を開けると
「あ、ああ…」
十代後半の女が不潔極まりない布団と着物の中にあった。意識は朦朧として痩せている。
すぐに作太郎は洗浄法術をかけた。

「私は医者だ。しっかりせよ」
「な、ながま……さ…様」
「……弥生」
「わ…わたしは…断じて……ながま…さ様以外の……殿方と…」
「黙れ!その方の陰部の強烈な臭みは他の男との行為により感染するものだ!」
「失敬」
作太郎は自分の右手を法術で完全消毒したあと、弥生の陰部に触れて膿を指で掬って嗅いだ。黄緑色のドロドロとした液体、強烈な臭みだが顔色一つ変えずに
「『膣トリコモナス症』」
「作太郎殿?」
「備中守殿、これは目視出来ないほどの小さな虫が奥方の性器に侵入して炎症した病です。断じて他の男との不義密通で発症したものではございませぬ」
「な、なんと…」
「入浴や排せつの時に感染してしまうこともあるのです。それほど女子の性器とは繊細なものなのでございます」
「…………」
「いま奥方を治しますゆえ、疑ったことを詫びて大切になさってください。痩躯と衰えた体力、夫に疑われて傷ついた心まで私の治癒闘気は治せませぬ」
「分かった…。おぬしの言う通りにしよう」
「あり…がとう……」
「手前は武州牢人の作太郎と言います。もう大丈夫、性器の痒みと痛みから解放されますぞ」
「…ぐすっ、あ…ありがとう」
「では治します。気術『万病治癒』」

弥生、史実では六角氏の重臣平井定武の娘として生まれ、浅井長政に嫁ぐものの、六角氏の横暴に耐えかねた浅井家臣団が久政を廃して長政を擁立したあと離縁されて平井家に送り返されたとある。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

今浜の浅井屋敷を出たころには夕暮れとなっていた。
「彼女がおそらく史実の平井定武の娘だ。弥生と言う名はゲームオリジナル、長政との離縁後の話は知らないが六角家が滅亡したあとは尼にでもなったのだろうか。久政殿が言うには浅井家と六角家は交戦状態らしいが…野良田合戦は起きたあとか前なのか。まあ…ここは『異日本戦国転生記』の世界だ。これからどうなるかは知らないけれど」
何か久しぶりに一人で歩く作太郎、いつも両腕は能と紗代に抱かれているから。
「さぁて、明日は今浜商人の顔役に会って、忙しくなりそうだ。今夜も能と紗代をたくさん可愛がろう!」


翌日、今浜商人の顔役で座を取り仕切っている駿河屋藤兵衛のもとへと赴いた作太郎。
座に寄るのは小田原以来、藤兵衛は今浜の座で最も上位の者、彼自身も大店を経営している。
「はい、お噂は聞いておりますよ。お殿様の添え状もお持ちとか」
仕官は断ったものの浅井久政は作太郎を気に入り、今浜の町で店を構えるにあたり添え状をくれたのだ。小田原の座で発行した身分証を見せて、添え状を藤兵衛に渡した。それを一礼したあと一読し
「確かに。しかし、いかにだいだらぼっちを倒した若者とはいえ、お殿様が添え状を発給するとは、よほどに美味いものなのでしょうな」
「食べてみますか?美濃の大河産のうな丼ですが」
「おお、収納法術持ちですか。うらやましいですな」
「大八車二台分くらいですけどね。この特技のおかげで色々と助かっていますよ」

うな丼を差し出した。時間が経過しないので出来立てだ。こんなこともあろうかと草月庵で何杯か作っておいたのだ。
「いただきます」
藤兵衛は最初の一口を食べて固まった。
「こっ、これは美味い…」
「そうでしょう」
得意顔の作太郎だった。藤兵衛は夢中で食べていった。
「ご馳走様です。これは卑怯と言いたくなるほどの美味さですな」
「美濃の大河産も美味いですが、琵琶湖産のうなぎなら身も大きいので…」
「それは楽しみですな。それで奥方二人は元お武家のご息女と聞きましたが客商売は出来ますかな」
「私は実家で算用も学んでいましたし、旅の途中仲居の経験もしましたが、やはり不安はあります。夫と能様と共に試行錯誤しながらやって行こうかと」
「私も旅の途中に酒場で働き、温泉宿の仲居の経験もしましたが、その時に先輩たちに色々と教えてもらいました。その経験は活かせると思います」
「分かりました。お殿様の肝いりのうえ資金も十分でございますれば、港にも近い一等地をこちらで探しましょう。うなぎの仕入れについては午後一緒に市場に赴いて下されれば」
「分かりました。そうします」

「ところで作太郎殿」
「はい」
「こちらへ。申し訳ございませんが奥方二人はそのまま」
立ち上がりかけた能と紗代、作太郎が頷くと、そのまま座って夫が戻ってくることを待つことにした。廊下に出て
「藤兵衛殿、何か?」
「ある奴隷を作太郎殿に買っていただきたいのです」
「は?」
『異日本戦国転生記』には奴隷もいる。もちろん現実の戦国時代にも存在はした。
しかしまさか、今浜の座で切り出されるとは思ってもいなかった作太郎。
「これは浅井家からの依頼なのです。優れた武人であり名医、料理人である作太郎殿に売るのが最後の思いやりだと」
「購入者は私に限定されているのですか?」
「はい」
もう、この時点で誰が売られたのか悟った作太郎。
「…もしや弥生殿ですか」
「はい」

作太郎は不思議と腹は立たなかった。現在、浅井家と六角家は交戦状態。
長政自身、作太郎の言葉で妻弥生の不貞は誤解だったと反省したことだろう。
しかし、今さら父の久政を始め重臣たちに妻は潔白だったということを説明して何になる。
六角家から嫁いできた娘、決裂して交戦状態である今、浅井家にとって何の価値もない嫁なのだ。非情なようだが、それが戦国時代なのだ。情に流されては戦国大名など務まらない。

史実では出戻ってきた娘を迎えた平井家だが、こちらではどうなっているか分からない。嫁いだ以上、戻ってくるなという父親はこの時代珍しくない。
だから行き場のなくなった弥生を彼女の体を治した男で、長政なりに間違いないと見込んだ作太郎に預けてしまうのは優しさ、情けとも受け取れる。
だから作太郎は長政に対して少しも腹が立つことはなかった。
「とにかく会いましょう」

別室に入ると弥生が伏せていた。まだ歩ける状態ではない。うつろな目をして天井を見つめている。
作太郎は弥生の横に腰を下ろした。
「私を覚えていますか、弥生殿」
「…ええ、つい昨日のことですし」
「貴女を奴隷として買うことになりました。しかし、貴女の意思を聴いておきたい」
「…もう家の都合に振り回されるのはたくさんです」
「長政殿に未練は…」
「ありません。私が性器の痛みと痒みに苦しんでいたのに、あの男は不義密通と決めつけて、あんな牢獄のような物置小屋に…!あまつさえ売り飛ばす!未練など微塵もありませぬ!」
悔し涙を流す弥生、心底長政の仕打ちが許せないのだろう。
「…私は武士ではありませんし、なる気もない。貴女は料理人の三番目の妻となります。それでもよろしいか」
「…奴隷ではなく、側室にしてくれるのですか?」
「はい」
「…私は作太郎殿に治療をしてもらった時…とても嬉しかった。六角家の娘というだけで冷たくされ、夫の長政には不義密通を疑われ…浅井に嫁いで以来、あんなに優しくしてもらったことなんて無くて…」
「…………」
「平井の家だって私がどんな目に遭っていることくらい知っているはずなのに何もしてくれない…。もう父母や兄の顔など見たくもありません」
「…弥生殿」
「もう私には行くところがないのです…。作太郎殿…」
「…分かりました。貴女を私の三番目の妻として迎えます。藤兵衛殿、六角家にはそれとなく」
「はい、私の方で浅井家を経てお伝えしておきましょう」
「では弥生、現在俺の屋敷はないが宿に帰ろう。そこで適度な運動と美味い食事と睡眠だ。健康な体を取り戻したあと、俺に抱かれる抱かれないはそなたの気持ちに任せる」
「分かりました、旦那様…」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

これから二月後、今浜の町に日本初のうなぎ料理屋『さくたろう』が開店した。
仕込みも終えて開店前
「みんな、一旦集まってくれ」
「「はぁーい」」
「コホンッ、能、紗代、弥生」
「「はいっ」」
「おそらく、うなぎ料理屋専門店は日ノ本で初のはず。俺を含めて初めての試みばっかりだ。失敗をすることも多いだろうが、それを乗り越えて、この『さくたろう』を切り盛りしていこう!」
「「はいっ!」」

弥生は座から連れられたあと、作太郎たちの定宿で作太郎、能、紗代から献身的な看護を受けて、十日ほどで床払い、夫作太郎の作る栄養たっぷりの料理を食べて、どんどん肉がついていき、能たちとは槍の稽古で汗を流し、夜はたっぷり眠った。
しばらくして作太郎が買った屋敷に移ったが、このころには、すっかり回復して体力気力も充実していた。そして弥生は作太郎に抱かれたのだった。三人一緒に愛でられる時もある。能と紗代とは文字通り裸の付き合いなので、三人は大親友の間柄だ。

うなぎ屋『さくたろう』は藤兵衛が言う通り、今浜の港近くの一等地に建設された。
うなぎと米、他の食材も今浜の市場から仕入れる。作太郎ならサポートカードを何やら使えば自力で米以外は獲ることも可能かもしれないが、それはあえてしなかった。
今まで、さほど重要視されていなかった琵琶湖のうなぎ、数人の漁師と契約して毎日一定数を確保することが出来た。開店まで準備を進めて、いよいよ今日開店だった。
作太郎は粋な白い甚兵衛と前掛けを着て白帽子をかぶった。給仕と会計をする嫁たちも仲居の服に。

開店前より、うなぎを調理する作太郎、その香りは店外を漂い…
「旦那さ…もとい大将、開店前からすごい行列ですよ!」
大喜びの能だった。
「よし、少し早いけれどお客さん、入れようか。みんな初陣だ!エイ、エイ」
「「「オー!」」」

店内はお客でごった返し、外には行列が途切れない。
うなぎ調理はすべて作太郎一人だが、サポートカードに料理の神様と諸葛亮孔明が入っているため、その手際が鮮やか、迅速確実にとはまさにこのこと。楽しそうに調理して無駄が何一つない。嫁の三人も開店に向けて混雑時の対応は想定して練習してきたので慌てることは無い。三人とも元々武家の娘だ。多少のことでは動じない。

「いらっしゃいませー!」
と、弥生が店の入り口を向いた時だった。入ってきたのは少しの変装をしていたが長政だった。律儀に行列に並んだらしい。弥生は長政と知ってか知らずか普通に注文を取りに行き
「うな丼のご飯大盛で」
「はい、承知いたしました。大将、五番席、うな丼の大盛でーす!」
「はいよ!」
調理場から作太郎の声が。長政は元気に働く弥生の背を見て、少しだけ涙を流すのだった。
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