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第二話 初戦闘、呂布奉先対見沼竜神
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戦国時代にタイムスリップをした物語はいくつもある。
その時に主人公は信長や秀吉、家康に会い歴史的な知識を生かして戦国時代に大きく関わっていくことになることが多い。
しかし、この異日本戦国転生記では、その歴史的知識があまり役に立たない。
もちろん、史実通りのシナリオでも開始できるものの、この世界には法力と闘気が存在している和風ファンタジーの世界で個の力が戦局を一転させることもある。そのため史実では上杉景勝が勝利した御館の乱が景虎勝利になることもあれば、桶狭間の戦いで信長が返り討ちなんて展開もある。
法力と闘気を有しているのは何も主人公だけではないのだから。
『戦国武将、夢の共演』というシナリオになれば、もう誰が天下人になるか予想もつかない。太田道灌と伊達政宗が同一世代にいるシナリオなのだから。
そして秀雄が先に巻物で確認したところ、シナリオは『戦国武将、夢の共演』だった。
いま、彼がいる世界には北条早雲もいれば直江兼続もいるのだ。
「ふう」
沼を出た作太郎、ふとさっきまで泳いでいた沼を見ると
「しかし、綺麗だな…。大昔の沼って、こんなに綺麗だったのか…」
沼と言えば真っ黒な水というのが印象だが、いま目の前にある沼は底まで透き通って見える。
「垢まみれの体だったが、すっきりした。こんなボロな野良着は脱いで…」
所有するアイテムから適当な旅装を見繕った。
「こんなところでいいだろう」
配信初日からプレイを開始して月に課金五千円入れていた彼の収納法術内はアイテムや装備品が豊富だ。戦国時代、一般的な旅装に着替えた。刀も腰に差した。
巻物を見ると職業が浮浪児から武州牢人に変化していた。
「早々に浮浪児が主人公である設定を砕いてしまったけれど、身寄りのない根無し草であるのは同じだ。まずは衣食住を確保しないとな」
しかし、その前に…
作太郎は沼のほとりで座禅を組んだ。前世でも、そうやったことはない座禅だが今はそれしか思い浮かばなかったよう。ゲームの世界とはいえ、ここはもう彼にとっては現実だ。何が出来て、何が出来ないのか、頭の中で考えて、それを割り出してみる。
小一時間ほど経ったろうか、沼で泳いだのは昼頃であったが今はもう夕暮れ時だ。
静かに目を開けて
「うん、こりゃ出鱈目だ」
現状、サポートカードの助けが無くても作太郎は強い。それだけではなく前世で救急救命士の資格も得ていたせいか、治癒の力が抜きんでている。これに治癒に特化したサポートカードをセットすれば、法術では外傷、気術で万病に対応できる。まさにゴッドハンド状態。神医級の治癒能力を持つ呂布奉先の誕生だ。
「ふう、前世で五十五歳まで生きて良かった。ヤンキーだったころの若さで今の状態になっていたら、どれだけ思い上がっていたことか。まあ、あまり反則的な力は使わず、普通に生きて行こう。で、今更何だが、ここはどこか」
脳裏にゲーム画面を出してマッピング機能を使う。空からの視点で自分の位置が確認できる。
「これも反則だな…。どんな奇襲も見抜けてしまう」
広大な沼地のほとりにいる自分が地図上で現認できた。ご丁寧に地名も表示される。
「武州見沼か…。となると作太郎の故郷の村も、この近くだ。行ってみる…ん?武州見沼…」
作太郎は立ち去ろうとした見沼に振り返る。本当に、ここが『異日本戦国転生記』の世界なら、この場所でイベントが発生するはずなのだ。もちろん条件を満たしていれば、の話だ。
段位三十以上に達していること。
「条件…満たしているな。でも、まさかな」
そう立ち去ろうとした時
『どこへ行く』
「……!?」
イベントが発生してしまった。未所有のサポートカード、その一枚目を獲得するためには、その対象と戦って勝たなければならない場合がある。それ以降はガチャか試練を達成して得られる。もっとも今の世界にはガチャはないが。
声の方向に振り向くと、見沼の水面が盛り上がり、巨大な竜が姿を現した。
「…み、見沼竜神…!?本当に『異日本戦国転生記』の世界に来てしまったんだな、俺は!」
さらに決定打となったのは脳内に『異日本戦国転生記』のゲーム画面が表示されて
『試練【見沼竜神と戦い勝利せよ】が入りました』
と表示された。
目の前に伝承上の存在だった竜が現れたら、嫌でも現実だと認めざるを得ない。
恐ろしいが逃げようとも思っていない作太郎だった。ここで死んだらそれまで。
あの世の女房と両親、妹に『埼玉県の見沼に行ったら竜神様が出てきて殺された』と、あっけらかんと言うのも悪くない。
「サポートカードセット【SSR◆4呂布奉先】【SSR◆4安倍晴明】【SSR◆4達磨大師】【SR◆4聖獣ヤマト】【SR◆4聖獣ヒヨシ】【SR◆4聖獣アスカ】」
覚悟は決めたが黙ってやられるわけにもいかない。異日本の戦国時代に転生して最初のバトルが竜神だなんて、むしろ嬉しいじゃないか。若き頃、ケンカに明け暮れた不良少年に戻ったかのようだった。
最強豪傑である呂布、陰陽術の安倍晴明、少林寺拳法の開祖達磨大師のサポートカードをセット、体中の闘気が溢れる作太郎、戦闘時の闘気は炎のような紅蓮の色。
聖獣のヤマト、ヒヨシ、アスカはいわゆる桃太郎の犬、猿、雉だ。ヤマトは攻撃力、ヒヨシは防御力、アスカは素早さを飛躍的にあげる。この聖獣三枚はSSRが存在せずSRまでしかないが、三枚を◆4にしてセットすれば、鬼を圧倒する桃太郎の力を主人公に与える。
呂布をサポートカードで組むと豪槍『方天戟』が使用可能となり、作太郎の手に、それが現れる。武装も呂布の鎧へと自動的に変わっていく。
「来い!見沼竜神!」
竜の息吹が直撃、しかし
『……!?』
紙で出来た人型の人形がヒラヒラと舞っている。擬態、晴明の特殊能力だ。本体の作太郎は聖獣アスカの能力で、とんでもない跳躍をしており竜神の横っ面に方天戟の一撃を思い切り食らわせた。続けて強烈な蹴りを竜神の顎に叩きつけた。
作太郎は自分の動きが信じられない思いだ。サポートカードを使って戦うのは、これが初めてだが、本当に呂布、晴明、達磨大師の技が自分のものとなっている。聖獣たちのカードがもたらす補助により、体が羽のように軽い。
竜神の尻尾が作太郎に叩きつけられた。沼地に吹っ飛ぶ。地に叩きつけられなかったことと聖獣ヒヨシの防御力により、ダメージはさほどない。
見沼のほとりに上がって槍を構える作太郎。しかし
ザッブーン
と、大きな水音を立てて竜神は沈んでいった。どうやら最後の力を振り絞って繰り出したのが尻尾での反撃だったようだ。
「…え?」
浮かんでこない。作太郎は頭を掻いて
「…これって、もしかして現地の人たちに怒られるんじゃないのか?竜神をぶん殴って沈めた…なんて」
しかし、しばらくすると竜神は再び姿を現して
『いや、効いたのう。まさか二発食らって伸びてしまうとは思わなんだ』
「いえいえ、少々事情があって、他人様より強い力を得られたもので…」
『若者よ、我を倒す、その力…。この戦の世で嘆く弱き者のために使って欲しい』
「肝に銘じます」
見沼竜神は再び沼に潜っていくのであった。その時、作太郎の脳内に『異日本戦国転生記』のゲーム画面が映り
『試練【見沼竜神と戦い勝利せよ】を達成しました。サポートカード【SSR見沼竜神】を獲得しました』
「やった。持っていなかったんだよな。一枚目を試練で手に入れれば、以降は他の試練達成で手に入る」
『異日本戦国転生記』では、優れたサポートカードの一枚目は、こうした試練の達成で手に入ることがある。ちなみに先の戦いで作太郎がすでに所有していた呂布、晴明、達磨大師はゲーム内の試練で獲得し、その後ガチャと他の達成報酬で◆4にまで上げた。
繰り返すが、脳内のゲーム画面にガチャはない。ガチャそのものが存在していないため未所有のサポートカードはこうしてランダムで発生する『試練』を達成するしかない。
その後、作太郎はサポートカードを脳内画面から外して武装も解いた。
当初の予定通り、この世界における作太郎の生まれ故郷に向かうことにした。
そろそろ夜だ。廃村でも何でも雨露がしのげるなら、それでいい。
しばらく歩くと家屋が見えてきた。
「これが見沼村か…。現在のさいたま市の面影なんてゼロだな」
前世のおり、コンサートを観に行くため訪れたことのある、さいたま市。
しかし今は荒野だ。風にさらされるゴーストタウン、村人の気配はない。
「ここは現在の大宮公園あたりかな…。輝幸のサッカーの試合の応援のため行ったことがあるが」
輝幸とは前世秀雄の次男だ。父と同じ消防士になった。
「あと、しばらくもすれば緑に飲み込まれて廃屋は土に還る、か…」
とりあえず、今日の寝床にする廃屋は決めた作太郎。収納法術内から寝袋を出す。
囲炉裏があるので、火も熾した。収納法術内より野菜と魚、肉も取り出した。
「こんなことを想定していたわけではないが…ゲーム内で食材は買っておいてよかった。収納法術内なら食材も腐らず鮮度そのままだからな。大助かりだ」
水も出して、グイッと飲んだ。
「酒もあるが、飲まない方がいいだろうな。いつ襲われるか分からない状況だ」
パチパチ…
囲炉裏の火の音を心地よく聞く作太郎。食材の焼ける匂いもいい。調味料は醤油、味噌、塩とある。
「史実なら、このあたりの殿様は太田三楽斎のはずだが…シナリオは『戦国武将、夢の共演』だからな。史実情報はあてにならない。と、焼けたな。芋に塩を振って、と」
どんな状況であれ、ともかく食うことが大事だろう。魚に至っては骨と頭まで食べる。最初は除こうとしたが美味しいので頭から丸かじりだ。今の作太郎の顎と喉は強靭だ。骨など刺さらないのだ。
「魚の腸は苦手だったのに、こんなに美味く感じるなんて…と、肉も焼けたな。こいつには味噌だ」
転生初日だと言うのに独り言が多いことだ、作太郎はそう苦笑して食事を進めていく。
食後、塩で歯磨きを済ませ、廃屋を出て夜空を眺めた。満天の星空、そうロマンチストでもなかった彼でも魅入ってしまう。
「こんなにも大昔の夜空は美しかったのか…」
そのまま寝そべって夜空を見つめる作太郎。
「都内の消防局で務めていた俺はビル街と人混みが当たり前の風景だった。さっきまではマイナスの思考しか無かったが…先の綺麗な沼地、この夜空…。戦国時代の大自然を見られるのは、とても幸運なことかもしれない。こんな捨てられた村に流れる空気でさえ美味いんだから」
ようやく星空の美観に満足した作太郎は廃屋内に入って寝袋の中に入った。
火は絶やさない、熾したままだ。
「さて、これからどうするか…。とりあえず決めているのは武士にはならないことだ。面倒くさそうだし…。幸いにゲーム内の金があるし、おそらくはそのまま使えるはずだ。とうぶん金の心配もない。となれば、あれかな」
ゲームでは何者にも仕えず、どこにも属さずに旅をし続ける主人公であることも出来る。名勝を訪れると『名勝カード』が得られて、日本国内の名勝をコンプリートすると『風の旅人』という称号も得られる。特にそれ以外はない。称号だけだ。何のアイテムも得られるわけでもないが浪漫がある。
「この時代の松島、天橋立、厳島はどんなものか。よし、日本三景を観に行くか」
当面の方針は決まった作太郎は、囲炉裏の火の音を心地よく聞きながら眠るのだった。
翌朝、作太郎は廃屋前で消防体操をした。
「うむ、やはり朝はこれがないと始まらないな」
朝食も軽く済ませ、囲炉裏の火を消火したか厳重に確認したあと、
「さぁて、行くか」
作太郎は京都に向かうことにした。西か東か、松島か天橋立か、どちらを選ぶか思案したかが最初の目的地は天橋立に決めた。そちらなら道中に富士山、琵琶湖、三方五湖に寄ることが出来る。天橋立のあとに厳島を目指し、日本三景のうち二つが達成だ。その後に松島に行くかは、その時に考えようと思った。
足早に向かうのもいいが、彼はとりあえず、この世界の人間と出会っておきたいと思い、今いる地点から一番近い城を目指すことにした。小規模ながら城下町があることは地図で分かっている。
「寿能城か…。史実なら豊臣秀吉の北条攻めで落とされているんだった」
前世の出身地が小田原市だけあって、作太郎は豊臣秀吉の小田原攻めはよく知っている。
当時の城主は潮田出羽守資忠といい、太田三楽斎の四男だ。
「寿能城があるということは、やはりこの一帯のお殿様は太田三楽斎ということかな。史実通り嫡男の氏資に追放されるのかは分からないが」
寿能城に着いた作太郎、見沼を天然の堀とした平城だ。周囲は田畑が多く、地図で見た通り小規模な城下町があった。活気に溢れている。殿様の統治が上手く行っている証だろう。
「ううむ、作太郎の故郷見沼村は凶作により村民が逃散したのではなく、ここ寿能城の城下町に移民してきたのかもしれないな」
ともあれ、この世界にいる人々に出会えた作太郎。
「すごいな、本当に俺は戦国時代にいるんだ…。いや、もしかして江戸時代…では無いよな。江戸時代に寿能城が残っているわけないし。ここの城主、潮田資忠は秀吉の小田原攻めの時、唯一討ち死にした十万石級の大名だ。もっとも夢の共演シナリオだし、ここの殿様が潮田家である保証もないが」
「そこの若いの、うちの魚の串焼きを食べて行かないか、美味いよ!」
「もらいます」
「ありがとうよ、三文だ」
塩味も何もない、しかし
「いい食べっぷりだねぇ、頭から一気に!」
「見沼の恵みですか、美味いですね、もう一本!」
「はいよ」
絶妙な焼き加減、炭で焼いているから旨味も倍増というところか。作太郎は魚の串焼き二本を平らげ、味噌だれで食べる野菜の串焼きも食べた。
「こういう食習慣にも慣れて行かないとな…。ラーメンやカツ丼が食べたいが、むやみに作れば混乱を招くだろう」
酒場があった。ゲームでは酒と食事のみならず博打が出来る場所でもある。チンチロリンだが、作太郎は博打に興味はない。前世でも競馬やパチンコも一切やらなかった。
博打が出来る場でもあるので酒場は昼間から営業している。これはこの異日本の酒場すべてがそうだ。何か情報が得られるかもと思い、作太郎は酒場に入った。
酒場の席について
「蕎麦と酒」
「はいっ」
注文をすると給仕の娘が下がっていった。周囲を見渡すと、酒場内もかなり活気づいている。
どこの世界でも昼から酒を飲む自堕落な人間はいるようだ。まあ、作太郎もだが。
近くに博打で素寒貧になった男がやけ酒を飲んでいた。
「ちきしょう…。イカサマしやがって…」
ああはなりたくないと思いつつ、作太郎は卓上に置かれた蕎麦をすすった。
やはり令和と比べると味は落ちるが、それは仕方ない。ただ酒は美味かった。
「ふう、腹に染みるな…。今の俺は未成年だしな。おっ、酒を飲むと蕎麦の味も上がったような気がするな」
そろそろお勘定、そう思っていると奥の賭場より怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめぇ!負けた額が払えねえってどういうこったぁ!」
「ひええっ、すみません!すみません!」
今も昔も、ああいう光景は変わらないな、そう作太郎は思い、そのまま勘定を払って出ようとしたところ
「助けてくれぇ!殺されるっ!」
博打で負けて金が払えなくなった若者が賭場から酒場に逃げ込んできた。だが、強面の男たちが追いかけてきて、酒場の外に連れ出した。酒場にいた人々、給仕や女将、料理人も日常茶飯事の光景なのか、全く意に介さずだった。
代金を支払うと、強面の男たちが戻ってきて、作太郎に
「おう、騒がしてすまなかったな」
そう言って再び奥の賭場へと。作太郎が酒場を出ると、博打に負けた男が袋叩きにされて倒れていた。
「う、うう…。いてぇ…」
作太郎はその男の前に腰を下ろして
「博打の必勝法は博打をしないことだ」
そう言って男の傷を治したのだった。
「え…」
治癒の法術と気術を使える者は珍しくない。ただ、人体構造を理解していれば使う法力や闘気の量は少なくて済む。前世、救命士でもあった作太郎は、ほんのわずかな法力で男の怪我を治した。
「じゃあな」
作太郎は酒場の前から立ち去り、城下町を歩き出した。
「まっ、待ってくれ!」
さっき治した男が追いかけてきた。
「なんだ」
「お、おぬしならお城の姫の病が治せるかもしれぬ!」
「……!?」
話し方が先ほどまでと違う。雰囲気も何やら変わった。それを感じ取った作太郎は
「…俺は武州牢人、作太郎、おぬしは?」
「それがしは寿能城主、潮田出羽守様に仕える北沢小兵衛と申す」
北沢小兵衛、史実の北沢宮内、潮田資忠の重臣で、彼の十三代目子孫が近代漫画の祖である北沢楽天である。
その時に主人公は信長や秀吉、家康に会い歴史的な知識を生かして戦国時代に大きく関わっていくことになることが多い。
しかし、この異日本戦国転生記では、その歴史的知識があまり役に立たない。
もちろん、史実通りのシナリオでも開始できるものの、この世界には法力と闘気が存在している和風ファンタジーの世界で個の力が戦局を一転させることもある。そのため史実では上杉景勝が勝利した御館の乱が景虎勝利になることもあれば、桶狭間の戦いで信長が返り討ちなんて展開もある。
法力と闘気を有しているのは何も主人公だけではないのだから。
『戦国武将、夢の共演』というシナリオになれば、もう誰が天下人になるか予想もつかない。太田道灌と伊達政宗が同一世代にいるシナリオなのだから。
そして秀雄が先に巻物で確認したところ、シナリオは『戦国武将、夢の共演』だった。
いま、彼がいる世界には北条早雲もいれば直江兼続もいるのだ。
「ふう」
沼を出た作太郎、ふとさっきまで泳いでいた沼を見ると
「しかし、綺麗だな…。大昔の沼って、こんなに綺麗だったのか…」
沼と言えば真っ黒な水というのが印象だが、いま目の前にある沼は底まで透き通って見える。
「垢まみれの体だったが、すっきりした。こんなボロな野良着は脱いで…」
所有するアイテムから適当な旅装を見繕った。
「こんなところでいいだろう」
配信初日からプレイを開始して月に課金五千円入れていた彼の収納法術内はアイテムや装備品が豊富だ。戦国時代、一般的な旅装に着替えた。刀も腰に差した。
巻物を見ると職業が浮浪児から武州牢人に変化していた。
「早々に浮浪児が主人公である設定を砕いてしまったけれど、身寄りのない根無し草であるのは同じだ。まずは衣食住を確保しないとな」
しかし、その前に…
作太郎は沼のほとりで座禅を組んだ。前世でも、そうやったことはない座禅だが今はそれしか思い浮かばなかったよう。ゲームの世界とはいえ、ここはもう彼にとっては現実だ。何が出来て、何が出来ないのか、頭の中で考えて、それを割り出してみる。
小一時間ほど経ったろうか、沼で泳いだのは昼頃であったが今はもう夕暮れ時だ。
静かに目を開けて
「うん、こりゃ出鱈目だ」
現状、サポートカードの助けが無くても作太郎は強い。それだけではなく前世で救急救命士の資格も得ていたせいか、治癒の力が抜きんでている。これに治癒に特化したサポートカードをセットすれば、法術では外傷、気術で万病に対応できる。まさにゴッドハンド状態。神医級の治癒能力を持つ呂布奉先の誕生だ。
「ふう、前世で五十五歳まで生きて良かった。ヤンキーだったころの若さで今の状態になっていたら、どれだけ思い上がっていたことか。まあ、あまり反則的な力は使わず、普通に生きて行こう。で、今更何だが、ここはどこか」
脳裏にゲーム画面を出してマッピング機能を使う。空からの視点で自分の位置が確認できる。
「これも反則だな…。どんな奇襲も見抜けてしまう」
広大な沼地のほとりにいる自分が地図上で現認できた。ご丁寧に地名も表示される。
「武州見沼か…。となると作太郎の故郷の村も、この近くだ。行ってみる…ん?武州見沼…」
作太郎は立ち去ろうとした見沼に振り返る。本当に、ここが『異日本戦国転生記』の世界なら、この場所でイベントが発生するはずなのだ。もちろん条件を満たしていれば、の話だ。
段位三十以上に達していること。
「条件…満たしているな。でも、まさかな」
そう立ち去ろうとした時
『どこへ行く』
「……!?」
イベントが発生してしまった。未所有のサポートカード、その一枚目を獲得するためには、その対象と戦って勝たなければならない場合がある。それ以降はガチャか試練を達成して得られる。もっとも今の世界にはガチャはないが。
声の方向に振り向くと、見沼の水面が盛り上がり、巨大な竜が姿を現した。
「…み、見沼竜神…!?本当に『異日本戦国転生記』の世界に来てしまったんだな、俺は!」
さらに決定打となったのは脳内に『異日本戦国転生記』のゲーム画面が表示されて
『試練【見沼竜神と戦い勝利せよ】が入りました』
と表示された。
目の前に伝承上の存在だった竜が現れたら、嫌でも現実だと認めざるを得ない。
恐ろしいが逃げようとも思っていない作太郎だった。ここで死んだらそれまで。
あの世の女房と両親、妹に『埼玉県の見沼に行ったら竜神様が出てきて殺された』と、あっけらかんと言うのも悪くない。
「サポートカードセット【SSR◆4呂布奉先】【SSR◆4安倍晴明】【SSR◆4達磨大師】【SR◆4聖獣ヤマト】【SR◆4聖獣ヒヨシ】【SR◆4聖獣アスカ】」
覚悟は決めたが黙ってやられるわけにもいかない。異日本の戦国時代に転生して最初のバトルが竜神だなんて、むしろ嬉しいじゃないか。若き頃、ケンカに明け暮れた不良少年に戻ったかのようだった。
最強豪傑である呂布、陰陽術の安倍晴明、少林寺拳法の開祖達磨大師のサポートカードをセット、体中の闘気が溢れる作太郎、戦闘時の闘気は炎のような紅蓮の色。
聖獣のヤマト、ヒヨシ、アスカはいわゆる桃太郎の犬、猿、雉だ。ヤマトは攻撃力、ヒヨシは防御力、アスカは素早さを飛躍的にあげる。この聖獣三枚はSSRが存在せずSRまでしかないが、三枚を◆4にしてセットすれば、鬼を圧倒する桃太郎の力を主人公に与える。
呂布をサポートカードで組むと豪槍『方天戟』が使用可能となり、作太郎の手に、それが現れる。武装も呂布の鎧へと自動的に変わっていく。
「来い!見沼竜神!」
竜の息吹が直撃、しかし
『……!?』
紙で出来た人型の人形がヒラヒラと舞っている。擬態、晴明の特殊能力だ。本体の作太郎は聖獣アスカの能力で、とんでもない跳躍をしており竜神の横っ面に方天戟の一撃を思い切り食らわせた。続けて強烈な蹴りを竜神の顎に叩きつけた。
作太郎は自分の動きが信じられない思いだ。サポートカードを使って戦うのは、これが初めてだが、本当に呂布、晴明、達磨大師の技が自分のものとなっている。聖獣たちのカードがもたらす補助により、体が羽のように軽い。
竜神の尻尾が作太郎に叩きつけられた。沼地に吹っ飛ぶ。地に叩きつけられなかったことと聖獣ヒヨシの防御力により、ダメージはさほどない。
見沼のほとりに上がって槍を構える作太郎。しかし
ザッブーン
と、大きな水音を立てて竜神は沈んでいった。どうやら最後の力を振り絞って繰り出したのが尻尾での反撃だったようだ。
「…え?」
浮かんでこない。作太郎は頭を掻いて
「…これって、もしかして現地の人たちに怒られるんじゃないのか?竜神をぶん殴って沈めた…なんて」
しかし、しばらくすると竜神は再び姿を現して
『いや、効いたのう。まさか二発食らって伸びてしまうとは思わなんだ』
「いえいえ、少々事情があって、他人様より強い力を得られたもので…」
『若者よ、我を倒す、その力…。この戦の世で嘆く弱き者のために使って欲しい』
「肝に銘じます」
見沼竜神は再び沼に潜っていくのであった。その時、作太郎の脳内に『異日本戦国転生記』のゲーム画面が映り
『試練【見沼竜神と戦い勝利せよ】を達成しました。サポートカード【SSR見沼竜神】を獲得しました』
「やった。持っていなかったんだよな。一枚目を試練で手に入れれば、以降は他の試練達成で手に入る」
『異日本戦国転生記』では、優れたサポートカードの一枚目は、こうした試練の達成で手に入ることがある。ちなみに先の戦いで作太郎がすでに所有していた呂布、晴明、達磨大師はゲーム内の試練で獲得し、その後ガチャと他の達成報酬で◆4にまで上げた。
繰り返すが、脳内のゲーム画面にガチャはない。ガチャそのものが存在していないため未所有のサポートカードはこうしてランダムで発生する『試練』を達成するしかない。
その後、作太郎はサポートカードを脳内画面から外して武装も解いた。
当初の予定通り、この世界における作太郎の生まれ故郷に向かうことにした。
そろそろ夜だ。廃村でも何でも雨露がしのげるなら、それでいい。
しばらく歩くと家屋が見えてきた。
「これが見沼村か…。現在のさいたま市の面影なんてゼロだな」
前世のおり、コンサートを観に行くため訪れたことのある、さいたま市。
しかし今は荒野だ。風にさらされるゴーストタウン、村人の気配はない。
「ここは現在の大宮公園あたりかな…。輝幸のサッカーの試合の応援のため行ったことがあるが」
輝幸とは前世秀雄の次男だ。父と同じ消防士になった。
「あと、しばらくもすれば緑に飲み込まれて廃屋は土に還る、か…」
とりあえず、今日の寝床にする廃屋は決めた作太郎。収納法術内から寝袋を出す。
囲炉裏があるので、火も熾した。収納法術内より野菜と魚、肉も取り出した。
「こんなことを想定していたわけではないが…ゲーム内で食材は買っておいてよかった。収納法術内なら食材も腐らず鮮度そのままだからな。大助かりだ」
水も出して、グイッと飲んだ。
「酒もあるが、飲まない方がいいだろうな。いつ襲われるか分からない状況だ」
パチパチ…
囲炉裏の火の音を心地よく聞く作太郎。食材の焼ける匂いもいい。調味料は醤油、味噌、塩とある。
「史実なら、このあたりの殿様は太田三楽斎のはずだが…シナリオは『戦国武将、夢の共演』だからな。史実情報はあてにならない。と、焼けたな。芋に塩を振って、と」
どんな状況であれ、ともかく食うことが大事だろう。魚に至っては骨と頭まで食べる。最初は除こうとしたが美味しいので頭から丸かじりだ。今の作太郎の顎と喉は強靭だ。骨など刺さらないのだ。
「魚の腸は苦手だったのに、こんなに美味く感じるなんて…と、肉も焼けたな。こいつには味噌だ」
転生初日だと言うのに独り言が多いことだ、作太郎はそう苦笑して食事を進めていく。
食後、塩で歯磨きを済ませ、廃屋を出て夜空を眺めた。満天の星空、そうロマンチストでもなかった彼でも魅入ってしまう。
「こんなにも大昔の夜空は美しかったのか…」
そのまま寝そべって夜空を見つめる作太郎。
「都内の消防局で務めていた俺はビル街と人混みが当たり前の風景だった。さっきまではマイナスの思考しか無かったが…先の綺麗な沼地、この夜空…。戦国時代の大自然を見られるのは、とても幸運なことかもしれない。こんな捨てられた村に流れる空気でさえ美味いんだから」
ようやく星空の美観に満足した作太郎は廃屋内に入って寝袋の中に入った。
火は絶やさない、熾したままだ。
「さて、これからどうするか…。とりあえず決めているのは武士にはならないことだ。面倒くさそうだし…。幸いにゲーム内の金があるし、おそらくはそのまま使えるはずだ。とうぶん金の心配もない。となれば、あれかな」
ゲームでは何者にも仕えず、どこにも属さずに旅をし続ける主人公であることも出来る。名勝を訪れると『名勝カード』が得られて、日本国内の名勝をコンプリートすると『風の旅人』という称号も得られる。特にそれ以外はない。称号だけだ。何のアイテムも得られるわけでもないが浪漫がある。
「この時代の松島、天橋立、厳島はどんなものか。よし、日本三景を観に行くか」
当面の方針は決まった作太郎は、囲炉裏の火の音を心地よく聞きながら眠るのだった。
翌朝、作太郎は廃屋前で消防体操をした。
「うむ、やはり朝はこれがないと始まらないな」
朝食も軽く済ませ、囲炉裏の火を消火したか厳重に確認したあと、
「さぁて、行くか」
作太郎は京都に向かうことにした。西か東か、松島か天橋立か、どちらを選ぶか思案したかが最初の目的地は天橋立に決めた。そちらなら道中に富士山、琵琶湖、三方五湖に寄ることが出来る。天橋立のあとに厳島を目指し、日本三景のうち二つが達成だ。その後に松島に行くかは、その時に考えようと思った。
足早に向かうのもいいが、彼はとりあえず、この世界の人間と出会っておきたいと思い、今いる地点から一番近い城を目指すことにした。小規模ながら城下町があることは地図で分かっている。
「寿能城か…。史実なら豊臣秀吉の北条攻めで落とされているんだった」
前世の出身地が小田原市だけあって、作太郎は豊臣秀吉の小田原攻めはよく知っている。
当時の城主は潮田出羽守資忠といい、太田三楽斎の四男だ。
「寿能城があるということは、やはりこの一帯のお殿様は太田三楽斎ということかな。史実通り嫡男の氏資に追放されるのかは分からないが」
寿能城に着いた作太郎、見沼を天然の堀とした平城だ。周囲は田畑が多く、地図で見た通り小規模な城下町があった。活気に溢れている。殿様の統治が上手く行っている証だろう。
「ううむ、作太郎の故郷見沼村は凶作により村民が逃散したのではなく、ここ寿能城の城下町に移民してきたのかもしれないな」
ともあれ、この世界にいる人々に出会えた作太郎。
「すごいな、本当に俺は戦国時代にいるんだ…。いや、もしかして江戸時代…では無いよな。江戸時代に寿能城が残っているわけないし。ここの城主、潮田資忠は秀吉の小田原攻めの時、唯一討ち死にした十万石級の大名だ。もっとも夢の共演シナリオだし、ここの殿様が潮田家である保証もないが」
「そこの若いの、うちの魚の串焼きを食べて行かないか、美味いよ!」
「もらいます」
「ありがとうよ、三文だ」
塩味も何もない、しかし
「いい食べっぷりだねぇ、頭から一気に!」
「見沼の恵みですか、美味いですね、もう一本!」
「はいよ」
絶妙な焼き加減、炭で焼いているから旨味も倍増というところか。作太郎は魚の串焼き二本を平らげ、味噌だれで食べる野菜の串焼きも食べた。
「こういう食習慣にも慣れて行かないとな…。ラーメンやカツ丼が食べたいが、むやみに作れば混乱を招くだろう」
酒場があった。ゲームでは酒と食事のみならず博打が出来る場所でもある。チンチロリンだが、作太郎は博打に興味はない。前世でも競馬やパチンコも一切やらなかった。
博打が出来る場でもあるので酒場は昼間から営業している。これはこの異日本の酒場すべてがそうだ。何か情報が得られるかもと思い、作太郎は酒場に入った。
酒場の席について
「蕎麦と酒」
「はいっ」
注文をすると給仕の娘が下がっていった。周囲を見渡すと、酒場内もかなり活気づいている。
どこの世界でも昼から酒を飲む自堕落な人間はいるようだ。まあ、作太郎もだが。
近くに博打で素寒貧になった男がやけ酒を飲んでいた。
「ちきしょう…。イカサマしやがって…」
ああはなりたくないと思いつつ、作太郎は卓上に置かれた蕎麦をすすった。
やはり令和と比べると味は落ちるが、それは仕方ない。ただ酒は美味かった。
「ふう、腹に染みるな…。今の俺は未成年だしな。おっ、酒を飲むと蕎麦の味も上がったような気がするな」
そろそろお勘定、そう思っていると奥の賭場より怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめぇ!負けた額が払えねえってどういうこったぁ!」
「ひええっ、すみません!すみません!」
今も昔も、ああいう光景は変わらないな、そう作太郎は思い、そのまま勘定を払って出ようとしたところ
「助けてくれぇ!殺されるっ!」
博打で負けて金が払えなくなった若者が賭場から酒場に逃げ込んできた。だが、強面の男たちが追いかけてきて、酒場の外に連れ出した。酒場にいた人々、給仕や女将、料理人も日常茶飯事の光景なのか、全く意に介さずだった。
代金を支払うと、強面の男たちが戻ってきて、作太郎に
「おう、騒がしてすまなかったな」
そう言って再び奥の賭場へと。作太郎が酒場を出ると、博打に負けた男が袋叩きにされて倒れていた。
「う、うう…。いてぇ…」
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「え…」
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「じゃあな」
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「まっ、待ってくれ!」
さっき治した男が追いかけてきた。
「なんだ」
「お、おぬしならお城の姫の病が治せるかもしれぬ!」
「……!?」
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