48 / 66
第三章
迎えが来ました
しおりを挟む
なんて青白い肌。
荒い呼吸の中に混ざるごぽごぽという雑音。
肺が炎症しているんだわ……。
早く楽にして差し上げないと。
「失礼します」
汗がにじんだその額にそっと手をかざし、弱り切ったお身体に負担にならない程度の量から少しずつ魔力を流し込んでいく。
最初から重い食べ物を病人に与えると胃に負担がかかるのと同じで、魔力も弱った身体に与える際は細心の注意を払わねば危険になることもある。
淡い光に包まれた殿下の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
それに合わせて、私の魔力も少しずつ流す量を増やす。
浸透させて、送り込んで、また浸透させて。
それを何度も繰り返していくと、次第に殿下の顔色も良くなり、苦し気にしていたのが落ち着いた眠りへと変わっていった。
「これで大丈夫です。じきに目を覚まされるでしょう。それまでゆっくりと眠らせて差し上げてください」
「すごい……。顔色が見違えるようだ……!!」
「あぁ……クリストフ……!! よかった……!!」
眠る王太子殿下に縋り付く王妃様は、こう見ると普通の母親なのだと感じる。
いいな……。
ふと、羨ましい、と感じてしまった。
心配してくれる家族がいるというのは、身分なんて関係なく、誰にでもある幸せというものなのだろう。
「目を覚まされたら、しっかり水分を取らせて差し上げてください。あと、食事はなるべく重湯から流動食を経て、固形のものへと変えてください。全く食べなかった殿下の身体に最初から普段の料理を食べさせてしまえば、胃に負担がかかってしまいますから」
私のアドバイスを、宰相様が一言一句逃すまいとすごい速さでメモを取っていく。
さすが我が国の有能な宰相様だ。
「それと少しずつ、適度な運動を日の光の下ですることをお勧めします」
気も身体も弱い殿下は、庭でも必ず日傘を持っている、とお姉様に聞いたことがある。
そしてあまり遠くまで歩くことなく、いつも庭のガゼボでお茶会をするのだとか。
「身体がお弱いからと、刺激を取り除くだけでは、身体はその環境に慣れてしまいます。少しずつ、身体を動かすことに慣れさせることで、健康的なお身体になっていくと思います」
アレルゲンを取り除くだけでは逆効果であるのと同じ。
毒に慣れさせる、ではないけれど、身体を鍛えることを少しはしていかなければ、いつまでも虚弱体質のままになってしまう。
「ありがとうセシリア嬢……!! 適切なアドバイスまで……。何と礼を言ったらいいか……!!」
「お礼なんて……。ただ陛下、先程の約束は──」
「あぁ、わかっておる。すぐに手続きをしよう。私も命は惜しいし、何よりそれだけの対価に見合った、いや、それ以上のことをしてくれたのだ。応えねばそれこそ王家の恥というもの」
良かった……、国王陛下がまともな方で。
「それにしてもこの地から、やはりそなたが聖女……ということか……。だがなぜ測定石はローゼリア嬢に反応を……」
不思議そうに首をかしげる陛下に、私は黙って口をつぐむしかない。
だってそれを言えば、お姉様に力がないとわかってしまうもの。
いや、なんとなく気づき始めているのかもしれない。
だってお姉様は……一度だってまだ魔法を使ったことがないのだから。
「セシリア嬢、もしよければ、これが目覚めるのを待ち、改めて聖女の認定を──」
「その必要はありません」
陛下の不穏な発言をバッサリと切り捨てた、低く通る耳に馴染む声。
「オズ様……!!」
扉の方へ視線を移すと、鬼の形相でオズ様が腕を組んで立っていた。
「オズか」
「陛下。ご無礼、お許しください。彼女は無事お役目を終えましたでしょうか?」
淡々とした口調が妙に怖い……!!
「あぁ。クリストフを治してくれたばかりでなく、助言までしてくれた。本当に、彼女には感謝しているよ」
「そうですか。では彼女は俺が連れて帰ります。失礼」
「へ!? ちょ、ちょっ──!?」
オズ様は言うだけ言って、展開についていけていない私の手を取ると、足早に殿下の部屋を後にした。
荒い呼吸の中に混ざるごぽごぽという雑音。
肺が炎症しているんだわ……。
早く楽にして差し上げないと。
「失礼します」
汗がにじんだその額にそっと手をかざし、弱り切ったお身体に負担にならない程度の量から少しずつ魔力を流し込んでいく。
最初から重い食べ物を病人に与えると胃に負担がかかるのと同じで、魔力も弱った身体に与える際は細心の注意を払わねば危険になることもある。
淡い光に包まれた殿下の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
それに合わせて、私の魔力も少しずつ流す量を増やす。
浸透させて、送り込んで、また浸透させて。
それを何度も繰り返していくと、次第に殿下の顔色も良くなり、苦し気にしていたのが落ち着いた眠りへと変わっていった。
「これで大丈夫です。じきに目を覚まされるでしょう。それまでゆっくりと眠らせて差し上げてください」
「すごい……。顔色が見違えるようだ……!!」
「あぁ……クリストフ……!! よかった……!!」
眠る王太子殿下に縋り付く王妃様は、こう見ると普通の母親なのだと感じる。
いいな……。
ふと、羨ましい、と感じてしまった。
心配してくれる家族がいるというのは、身分なんて関係なく、誰にでもある幸せというものなのだろう。
「目を覚まされたら、しっかり水分を取らせて差し上げてください。あと、食事はなるべく重湯から流動食を経て、固形のものへと変えてください。全く食べなかった殿下の身体に最初から普段の料理を食べさせてしまえば、胃に負担がかかってしまいますから」
私のアドバイスを、宰相様が一言一句逃すまいとすごい速さでメモを取っていく。
さすが我が国の有能な宰相様だ。
「それと少しずつ、適度な運動を日の光の下ですることをお勧めします」
気も身体も弱い殿下は、庭でも必ず日傘を持っている、とお姉様に聞いたことがある。
そしてあまり遠くまで歩くことなく、いつも庭のガゼボでお茶会をするのだとか。
「身体がお弱いからと、刺激を取り除くだけでは、身体はその環境に慣れてしまいます。少しずつ、身体を動かすことに慣れさせることで、健康的なお身体になっていくと思います」
アレルゲンを取り除くだけでは逆効果であるのと同じ。
毒に慣れさせる、ではないけれど、身体を鍛えることを少しはしていかなければ、いつまでも虚弱体質のままになってしまう。
「ありがとうセシリア嬢……!! 適切なアドバイスまで……。何と礼を言ったらいいか……!!」
「お礼なんて……。ただ陛下、先程の約束は──」
「あぁ、わかっておる。すぐに手続きをしよう。私も命は惜しいし、何よりそれだけの対価に見合った、いや、それ以上のことをしてくれたのだ。応えねばそれこそ王家の恥というもの」
良かった……、国王陛下がまともな方で。
「それにしてもこの地から、やはりそなたが聖女……ということか……。だがなぜ測定石はローゼリア嬢に反応を……」
不思議そうに首をかしげる陛下に、私は黙って口をつぐむしかない。
だってそれを言えば、お姉様に力がないとわかってしまうもの。
いや、なんとなく気づき始めているのかもしれない。
だってお姉様は……一度だってまだ魔法を使ったことがないのだから。
「セシリア嬢、もしよければ、これが目覚めるのを待ち、改めて聖女の認定を──」
「その必要はありません」
陛下の不穏な発言をバッサリと切り捨てた、低く通る耳に馴染む声。
「オズ様……!!」
扉の方へ視線を移すと、鬼の形相でオズ様が腕を組んで立っていた。
「オズか」
「陛下。ご無礼、お許しください。彼女は無事お役目を終えましたでしょうか?」
淡々とした口調が妙に怖い……!!
「あぁ。クリストフを治してくれたばかりでなく、助言までしてくれた。本当に、彼女には感謝しているよ」
「そうですか。では彼女は俺が連れて帰ります。失礼」
「へ!? ちょ、ちょっ──!?」
オズ様は言うだけ言って、展開についていけていない私の手を取ると、足早に殿下の部屋を後にした。
168
お気に入りに追加
750
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完結)余りもの同士、仲よくしましょう
オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。
「運命の人」に出会ってしまったのだと。
正式な書状により婚約は解消された…。
婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。
◇ ◇ ◇
(ほとんど本編に出てこない)登場人物名
ミシュリア(ミシュ): 主人公
ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる