来世に期待します~出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで~

景華

文字の大きさ
上 下
32 / 66
第二章

聖女の力とその代償

しおりを挟む
「ねぇオズ最近薬草変えた?」

 魔法薬茶の茶葉の入った瓶をじっと見ながらドルト先生がくいっとトレードマークの丸眼鏡を上げる。

「は? いや、いつもと同じだが……どうかしたか?」
「ん-、最近魔法薬茶の効力がすごいって、患者さんやここにおしゃべりに来る人達の間で大人気なんだよね。だから何か薬茶の種類でも変えたのかなーってさ」

 この町に来てあっという間の二か月が経ち、今はオズ様について町の視察を終え、ドルト先生の診療所で一休み中。
 いつ来てもここには町の人がいて、患者さんだけでなく元気な人もおしゃべりに来ているのは、ドルト先生の人柄によるものだろう。

「元々魔法が付与された魔法薬茶は、薬の効果を強めてくれたり、身体のサポートをしてくれていたんだけど、最近のは肩こりのために身体を温める魔法薬茶であっても、温める上に身体がスッキリとするんだってさ。明らかに効果が高くなってるって評判だよ」

 えぇ……すごい……。
 魔法薬茶って何でもできるのね。
 のんきにそんなことを考える私の耳元で、「あぁそれはセシリアのせいですね」とふんわり柔らかい声がした。

「!? お、お師匠様!?」
 
 一体どこから現れた!?
 相変わらず神出鬼没のお師匠様に、オズ様がため息を一つこぼす。

「師匠、突然湧いて出てくるな。セシリアの心臓に響く」
「ふふ、すみません。それにしても、薬草への光魔法の付与、ですか……。すばらしいですね。──うん、心地良い光魔法です」

 お師匠様が棚から瓶に詰められた茶葉を取り出すと、嬉しそうに目を細めた。

「セシリアが育てているから、光魔法が付与されているんでしょう。多分、お世話中もオズのことを考えて──」
「わぁぁぁあああああっ!!」

 何言ってんのこの人!?
 それに、聖女のことを知らないドルト先生の前で光魔法のことを言うなんて──!!

「あぁ、安心しなさい。ドルトには君のことは伝えている。そのうえで、セシリアがここにいることは王都へ行った際に言わないよう口止めをしてある」
「あ……そうなん、ですか」

 一応宰相の息子だもんね。
 時々王都に行っているみたいだし、ぽろっと口から出ちゃわないようにそういう根回しは必要なんだろう。

 あらためて、私はオズ様に守られているのだと感じる。
 私も、オズ様の──この町の人達のために、もっと役に立ちたい。

「日々オズと魔力コントロールの修業をしている分、安定してきたし、これなら自分の意思で上手に魔法も使えそうですね」
「え、オズと修行? どんなどんな? 聖女の修業って興味ある!!」

 興味を示すドルト先生に、オズ様は顔をゆがめて「君には関係ない」と吐き捨てた。
 言えない。日々抱きしめられているだなんて。絶対に。

「ふふ、言えませんよねぇ、あんなことやこんなことをしているだなんて」
「たしかに、あれは言えないわよねぇ」
「僕も口に出すのはとてもとても……」
 
 お師匠様、カンタロウ、まる子がオズ様で遊び始めるのももう慣れてきた。

「っ、語弊がある言い方をするな!!」
「えぇ~!? 何それ!? オズのエッチー!!」
「ち、ちがっ……!!」

 私はもう慣れてきたけれど、相変わらずこの手の話題にはいつもクールなオズ様が取り乱して、思わず苦笑いする。
 今日も平和な日常が繰り広げられる──と思っていた矢先のことだった。

 ──バンッ!!

「ドルト先生!!」

 勢いよく診療所の扉を開けて入ってきたのは、ミトさん達町のご婦人方。
 皆そろって顔を青白くさせ、目に涙を浮かべ、息を切らしながら肩を上下させている。

「!? どうしたの皆そろってそんなに慌てて」
「何かあったのか?」
 ただ事でない様子にオズ様が尋ねると、わずかにミトさん達の表情が緩んだ。

「あぁオズ様……!! ちょうどいいところに……!! 王都に酒を卸しに王都に行った男たちが、帰る途中で賊に襲われて……!!」
「賊にだと!?」

 賊……。

 ここから王都へ行くにはフェブリール男爵領を通ることになる。
 そしてそのフェブリール男爵領の王都への道には林があり、時々出るのだ、賊が。

 被害も大きいというのに、お父様もお母様も見て見ぬふり。
 特に対策がなされることもなく、今に至る。
 男爵領の怠慢のせいで、この町の人にまで被害が出るだなんて……!!

「はい!! 動けるものが荷馬車に積んで動けない者を運んで逃げてきたみたんですけど、ひどい怪我をしてるやつらもいて……!!」
「それで、今彼らはどこに?」
「噴水広場にシートを敷いて寝かせています!! 傷がひどくて下手したら連れてくる途中で傷が広がりそうで……」
「わかった。すぐに行こう。オズ、セシリアちゃんも、手伝ってくれる?」

「あぁ」
「はいっ!!」

 私がお父様たちに進言しても何も変わらなかったかもしれない。
 でも現状を知っておきながら何もしなかった私にも罪はある。

 私たちはドルト先生の指示で薬品や浄化石をありったけ抱えると、けが人が運ばれているという噴水広場へと向かった。

***

「……これは……ひどいな……」
「っ……」

 シートの上に横たわる七人の男性達。
 軽症者たちはその場で噴水の淵に座り、町の人達に治療を受けている。

 力なく横たわっている男性たちは皆血まみれで、たくさんの切られた跡。
 荒い息を繰り返してうなっている者もいれば、意識を失ってしまっている者もいる。

「ドルト先生……!! 助けてください!! 主人が……主人が……!!」
「お父さぁーん!!」
 家族の悲痛な叫びが耳を貫く。

「とにかく、浄化の魔石でまずは止血しながら患部を浄化する。オズ、そっちの人達を頼めるかい? 僕はこっちをしてまわるから!!」
「わかった」

 オズ様とドルト先生がそれぞれ浄化石を手に患者をまわる。
 止血をしながら浄化石で浄化をして血や土汚れが消え患部が一瞬見えやすくなるも、止血がうまくいかずに次から次へとどす黒い血があふれ出す。

「だめだ……!! 傷が深すぎて血が止まらない……!! この薬品たちだけじゃとても……。っ、このままじゃ出血多量で……!!」
 
 焦ったようなドルト先生の声。
 オズ様も唇をかみしめながらも懸命に止血を続けるけれど、そんな事お構いなしに血はなおもあふれる。

「そんな……」

 この人はよくおいしいお魚を釣ってきてくれる、ミトさんの旦那さん。
 こっちは酒蔵の若旦那さん。
 あの人は町のレストランのコックさん──。

 どの人も皆、私がここにきてお世話になった人ばかりだ。
 そんな人たちが力なくただ横たわる姿に、私は何もできず拳をぎゅっと握りしめる。

 何もできない。
 あぁ、やっぱり私は──。

「私は……役立たずだ……」
「そんなはずはないですよ」
「!?」

 つぶやいた言葉に反応したのは、この場でただ一人落ち着いて様子を見守る、お師匠様。

「お師匠、さま……」
「あなたには、聖女の力がある」
「聖女の……でも……」

 人に対して使ったことがない。
 使ったとしたら、茶葉に、しかも知らない間に付与していただけだったし、魔力暴走で無意識に花を咲かせたぐらいだ。

「大丈夫、できますよ。自分の力を開放させて。あなたは、あなたの周りにいる人を癒したいのでしょう?」
「っ……!!」

 周りの──。
 私を受け入れてくれたトレンシスの町の人達。
 誰にも気にされることのなかった誕生日を祝ってくれた、優しい人達。

 私は……もし私に聖女の力があるのなら──この人たちを助けたい!!
 お願い。どうかこの優しい人たちを、助けてあげて……!!

 そう願った瞬間、身体の奥深くからあふれ出したのは、暖かい光の波。
 そしてそれは私の身体を抜けて、光の粒子となって目の前の人々へと降り注いだ。

「!! これは……」
「見て!! 傷が……傷が塞がっていく……!!」

 みるみるうちにあふれていた血は止まり、深かった傷が塞がり、やがてそこには何もなかったかのような、綺麗な肌へと戻っていった。

 ゆっくりと目を開けて起き上がる男性達を見て、身体の力が一気に抜ける。

「よかっ……た……」
「セシリア!!」

 それだけを口にして、私の意識は暗闇に消えた。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。 「運命の人」に出会ってしまったのだと。 正式な書状により婚約は解消された…。 婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。 ◇ ◇ ◇ (ほとんど本編に出てこない)登場人物名 ミシュリア(ミシュ): 主人公 ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

やり直し令嬢は何もしない

黒姫
恋愛
逆行転生した令嬢が何もしない事で自分と妹を死の運命から救う話

処理中です...