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第二章

確かなつながり

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「……みっともないところをお見せしてしまって、ごめんなさい。それに、たくさんひどいことを言ってしまって……」

 背筋をピンと伸ばして頭を下げるルーシア様に、私はあわてて首を横に振った。

「と、とんでもないです!! その、私も、余計なことをしてしまってすみませんでした」

 他家の、しかも身分の高い家の内情に首を突っ込んではいけない。
 それは貴族の中では常識だというのに。

「……いいえ。そのような常識、不要ですわ。だってここは孤児院。私は、平民のルーシアですもの」
 目を赤くして笑ったルーシア様は、どことなくすっきりしたように見える。
 彼女の中で何か吹っ切ることができたのならいいな。

「ところであなた、フェブリール公爵家のあの子、ですわよね? 確か名前は──」
「セシリアです」
「え? いえ、でも」
「私はセシリア。長いこと“出涸らし”と呼ばれ、本当の名も忘れてしまいましたから。でも、良いんです、忘れたままで。だって私は、オズ様がつけてくださった“セシリア”という大切な名前がありますから」

 名は親から与えられる一つの愛情だと聞いたことがある。
 それが幸せの一つの形なのだと。
 だったら私の幸せは、オズ様のくれた“セシリア”とともにあるのだと、最近思うのだ。

「セシリア……。わかりましたわ。あなたが今幸せならばよかった。もう、あちらには戻る気はありませんの?」
「はい。私が戻っては、誰も幸せになりませんから」

 だから私は、来世にしか期待はしない。
 いずれ来るその時しか。

「……そう。……私、あの王都での魔力測定式の後も、あなたを探したのですよ。もしかしたら会えるかもしれない、と。でもあなたはいなくて、私の前に測定して、魔力枯らしだったからすぐに孤児院に送られたのだと思った。でも、この孤児院でローゼリア嬢の妹がデビュタントをしたと聞いて、どうしようもなく嫉妬してしまった。魔力枯らしでも家に置いてもらえてデビュタントまでしてもらえたのだと勘違いして。あなたは、一人で耐えてきたというのに……。……セシリア、あんな態度をとってしまった私が言うことではありません。でももし許していただけるならば、あらためて、私と友達になっていただけませんか?」

 そう差し出された右手を見下ろして、私は驚き息をのむ。
 あの日を境に会えなくなってしまった私達。
 もう会えないのだと諦めて手放してしまったその手が、そこにある。

「っ……よ、喜んで……っ!!」
 私は胸にこみあげる熱いものをこらえながら、ルーシア様のあの頃よりも大きく、そして少し硬くなった手を握りしめた。

 そんな私たちの真下では、季節外れのピンクの花が一輪だけ顔を出した。

***

「と、こんなふうに古紙で磨くと取っても綺麗に汚れが落ちるのよ」
「すごいですわ……。本当にぴかぴかになった……」

 一緒にルーシア様のお母様のカップケーキを頂いて、私は今、孤児院の教室の窓をピッカピカに磨き上げている。

 お勉強の後の家事の時間になり、子どもたちが分担して夕食づくりや掃除を始めたので、お手伝いを申し出たのだ。

「古紙は溜まっては回収され燃やされるだけだけど、その前にこんな活用術もあるから、実はお得なものなのよ」

 あれから敬語をなくすように言われた私は、敬語もなくルーシア様をルーシアと呼び捨てることになった。
 なんだか普通の友達ができたみたいで、少しだけむず痒い。

「あなた……本当になんて生活をして生きてきたの……」
「はは……」

 そういう生活です。
 洗剤代をケチるために活用してみただなんて言えない、絶対に。

「セシリア様──あぁ、ここでしたか」
「ハーティス院長」
「お迎えが来られましたよ」
「お迎え?」

 え、でもまる子もカンタロウもずっと一緒にいるけれど……。
 首を傾げ考えている間に、ハーティス院長の後ろから入ってきたのは、眉間にしわを寄せてものすごく不機嫌そうな顔をした、オズ様だった。

 鬼だ……鬼がいるぞ……!!

「オズ様、どうして……?」
 書き置きはしておいたはずなのに。
「もう夜になるのに帰ってこないから、迎えに来た」

「ひ、一人でも帰れますよ!? まる子とカンタロウも一緒ですし」
「それでも危険だ。君は一応女性だろうが。それに──連れてきたい人もいたからな」
「い、一応は余計ですっ!! って……連れてきたい人?」

 オズ様が振り返り後ろにいる誰かに頷くと、ゆっくりと部屋に入ってきた人物に、私も、そしてルーシアも驚きに目を見開いた。

「お父……様……? お母様……?」
 そこにいたのは、カップケーキを作り終えて公爵領へ帰ったはずのブロディジィ公爵夫妻。

「ルーシア」
「大きくなったわね、ルーシア」
「っ……!! お父様……!! お母様っ!!」

 ご両親の腕の中に飛び込むルーシア様。
 十年ぶりのそのぬくもりを互いにかみしめるように抱き合う三人に、心がどくんと跳ねた。

「私を……・守ってくれて、ありがとうっ……。私を大切に思ってくれてありがとう……っ!! 私、ここでちゃんと、生きていくから……!! お父様とお母様の娘として生まれてきたことを、誇りに思ってもらえるように……!!」

「っ、ルーシアっ……。住む場所は違っても、私たちの可愛い娘には変わりないわ」
「また会いに来るよ。今度からは遠くからこっそり見るんじゃない。ちゃんと会いに来るよ。この孤児院に」

 立場上、頻繁に会いに来るわけにはいかないだろう。
 だけど、この約束は、三人にとってとても幸せな希望溢れる未来の約束に違いない。

「オズ殿、本当にありがとうございました。セシリア殿も。本当に、本当にありがとう……!!」
「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとう。私達“家族”を、もう一度繋げてくれて……。これからもこの子のこと、よろしくお願いしますね」

 “家族”の繋がり。
 私みたいな不確かなものもあれば、オズ様やルーシア様のように確かなつながりもある。
 それをつなぎなおすお手伝いができたのなら、幸せなことだ。

「公爵様、夫人。わがままを聞いてくださってありがとうございました。私こそ、お二人にルーシア様との縁をまたつないでもらったようなものです。また、いつでもいらしてくださいね」

 そう微笑めば、ルーシアと視線が交わり、笑みが返ってくる。

「では、俺たちはこれで失礼する。公爵、また」
「失礼します」
 私は皆さまに頭を下げると、オズ様について孤児院を後にした。

***

「オズ様?」
「……」
「あの……怒ってらっしゃいます、よね?」

 また勝手なことをしてしまった。
 しかも男爵家の私が、ブロディジィ公爵夫人にカップケーキを焼けだなんてお願いまで。
 本来ならとても無礼な話だ。

「……怒る? そんなことするはずがないだろう」
「へ?」

 怒ってるんじゃないの!?
 ぽかんとしてオズ様を見上げると、オズ様は複雑そうな表情で私を見下ろした。

「君はルーシアの心を救った。そして公爵夫妻の心もな。前から寄付に来るたびにルーシアのことを気にして遠くからこそこそと見ていた二人だが、二人とも今更だとか、ここに馴染めていない娘に会えば言われるがままに連れて帰ってしまいそうだとか言いながら、きっかけもつかめず十年が過ぎた。そんな彼らの時を再び動かしたのは、まぎれもなく君だ。称えこそすれ、怒るなど、そんな気はない」

 怒ってない、だと……!?
 さっきまでものすごい怖い顔してたのに!?
 まるで今すぐにでも来世に送られそうな顔をしてたんだけど!?

「……はぁ……。俺の顔が悪かったな。すまない」
「い、いいえ!! 顔が悪いだなんて!! オズ様はいつもかっこよくて美しくてその上時々可愛いお顔──」
「っ、待て!! 可愛いって何だ!? ……そうじゃなくて……っ、すまん、少し疲れていたのと、暗くなっても帰ってこない君を心配した。だから、本当に君に怒っているなんてことはないから、誤解……しないでほしい」

 そうだ。
 オズ様、今日は嫌々ながらに朝から王都に行ってらしたのよね。
 なのに私を心配して……。
 夜の肌寒さが一気に私たちの周りだけ暖かくなる。
 魔力が漏れてしまってる。
 でも、今はそれでいいのかもしれない。

 だってとってもポカポカして、気持ちいいもの。

「オズ様」
「ん?」

「心配してくれて、ありがとうございます」
「……あぁ」

 オズ様の赤に私の赤が映る。
 暖かさが広がるのを感じる。
 あぁそうか。確かなもの。
 今の私には、ここにあるんだ。

「ちょ~っとぉ~、お二人さん?」
「!!」

 見つめあう私たちの間で声がして、私とオズ様はそろって地面を見下ろす。
 するとそこには、じっとりと見つめるカンタロウと、にやにやと笑顔で見上げるまる子がいた。

「僕たちもいるんだから、イチャイチャするのは二人きりの時にしようね」
「イチャ!? し、してない!!」
「してたわよ、このむっつりコンビ」
「む……っ!?」

 あぁ、完全に二匹のペースだ。
 私は苦笑いを一つこぼしてから、再びオズ様を見上げた。

「行きましょう、オズ様。公爵夫人がカップケーキを作ってくださっている間、私はオズ様にチョコレートタルトを作っていたんです。帰って、皆で食べましょう」

「……あぁ、行こう」

 少しだけ温かくなった冬の道を、二人と二匹が並んで歩く。

 暖かい家ではきっと、甘いチョコタルトが癒してくれると楽しみにしながら。


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