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第二章
抱擁の多幸感と魔力暴走
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「ふぅ……」
「うん、だいぶ魔力が安定してきましたね。すごいです、セシリア」
「あ、ありがとう、ございます」
ジュローデル公爵家の庭にて、私は今日もオズ様と手をつないで魔力コントロールの修業をする。
オズ様と手をつないでいると、やっぱりぽかぽかと気持ちがよくて、身体の中の水がゆるりと波を作るかのように動こうとする。
きっとこれが魔力なんだろう。
少しずつコントロールができるようになった私は、にっこりと笑った。
「よし、じゃぁ次のステップに移りましょう」
「次のステップ?」
コントロールできるようになったというのに、まだ何かあるのかしら?
「はい。今の段階では、基本のコントロールができるようになったにすぎません。何か不測の事態に陥った時。心乱された時。いつもと違う精神状態でもきちんとコントロールできるようにならないと、魔力暴走の可能性はあるのです」
「はぁ……」
確かに、私はオズ様みたいな冷静さなんてものは持ち合わせていないし、何かあった時に心が動きやすい。
コントロールを強固なものにしておかないと、私も不安だわ。
「よろしくお願いします!! お師匠様、オズ様!!」
「ん、良い子ですね。じゃぁとりあえずオズ、あなたはセシリアを抱きしめましょうか」
「……」
「……」
「…………はぁっ!?」
だ、だだ、抱きしめる!?
どういうこと!?今まで通り手をつなぐのではだめなの!?
「おい師匠」
「おやオズ、怖い顔で睨んではいけませんよ。より多くの魔力を引き出すには、より強い幸福感を感じてもらう必要があるのです」
「だからって何で……、だ、抱きしめなければならないんだ」
「抱擁は人にとってのストレスを大幅に緩和してくれ、幸福感を抱かせる行動の一つなのですよ。ほら、幼子が母親に抱っこされて落ち着くのと同じです」
だ、抱っこって……。
あぁでも、私にもそんな風に抱きしめられたことがあったのかしら?
覚えていないけれど。
「オーズ? 良いのですか? セシリアが魔力暴走を起こしてしまっても」
「うぐっ……」
「同じ悲しみや苦しみ、味あわせたくないですよね?」
お師匠様それ脅迫では!?
「くっ……。……わかった。……セシリア、失礼する」
「へ!?」
オズ様は一言私に断りを入れると、カチコチと身体全体をこわばらせて、両腕でぎこちなく私を包み込んだ。
「お、オズ様!?」
包まれるぬくもりは先ほどまでの手を握るという行為なんかよりもずっと心の奥に沁み込んでくる。
オズ様の硬い胸板から伝わる心の振動。
息遣いもすぐ近くに感じられて、落ち着かない。
そしてそんなときに限って、思い出してしまったのだ。
オズ様の、逞しい裸体を──。
一度思い出せば脳内を支配する、普段引きこもり気味で薬草のことか書類整理ばかりしているオズ様の、鍛え上げられた身体。
どんどん顔も身体も熱くなってくる。
身体の奥からうねりを上げて水があふれだすような感覚に陥った、刹那──。
「っ、セシリア!!」
「!?」
だめっ……!!
あふれだすものを制御できない……!!
私の中から眩い白光が溢れ出し、風を起こし、庭全体を光の風が包み込んだ。
ど、どうすれば……。
私の……私のせいでオズ様たちが死んでしまったら……。
涙がこぼれそうになったその時、私の耳元でまた暖かい息遣いを感じた。
「大丈夫だ──」
私の身体が、さっきよりもずっと強く抱きしめられる。
「オズ……様……?」
「大丈夫だ。俺も、師匠も。だからゆっくり呼吸をしろ。俺だけを見て。何も考えなくていいから」
オズ様だけ……見て……?
見上げた先には、私と同じ色のオズ様の瞳が穏やかに私を見下ろしていた。
──綺麗……。
私は自分の瞳の色が大嫌いだった。
不気味で、不吉だとずっと言われてきたから。
あぁでも──。
この色は──。
こんなにも、綺麗だったのか──。
ゆっくりと呼吸を繰り返すと、次第に落ち着いてくる光の風。
やがてそれはすべて私の中へと還っていった。
「大丈夫か? セシリア」
「は、はい。ありがとうございました、オズ様」
「いや……」
短く返すと同時に離れていくオズ様の身体。
自分で自分の感情に戸惑う。
すぐに離れてしまったぬくもりが、恋しいだなんて。
「セシリア、今のが魔力暴走です。自分の属性の暴走ですが、あなたは光属性。基本的には人に危害を与えるような魔法ではないので、オズが死ぬことはありませんからね、ほら、ごらんなさい」
「へ? わぁ……!!」
お師匠様の視線をたどれば、辺り一面色とりどりの花畑。
今は冬期で寒い時期だというのに、何で……?
「そうか……。聖女の力は光。暖かい治癒の光で花を咲かせ、薬草も青々と茂ったということか……」
「そういうことです。美しいですね、あなたの魔法は」
「はい……すごく……!!」
自分の中にある魔法が、こんなにも素晴らしい光景を生み出すだなんて。
「光魔法であっても、悪意に対しての攻撃性を持った魔法は可能ですが、今のあなたがそれを出すことはないでしょう。セシリア、自分のその力を恐れなくていい。受け入れて、大切にしてあげてください」
受け入れる、か……。
私と一緒に生まれてきた魔力。
そうね。ずっと一緒にいたんだものね。
あぁでも……なんだか、もう……眠いわ……。
「っ」
「セシリア!!」
ふらり、と力が抜けて倒れかけたところを、オズ様がすかさず支えてくれた。
「眠くなってしまったようですね。魔力は体力もたくさん消耗します。故に急激な眠気に襲われることもあるのですよ。大丈夫。身体が慣れて体力が上がれば、そう簡単に眠くなることもなくなるでしょう」
あぁそうか。
だからオズ様はあんなに身体を鍛えて……。
「セシリア。今日はもうここまでだ。部屋で休みなさい」
「はい、オズさ──ひゃっ!?」
オズ様はぼーっと返事をする私に一つため息を落とすと、私の背中と膝裏に手を入れて一気に抱き上げた。
「師匠。俺はこれを運んでくる」
「はい、お二人とも、お疲れさまでした。ではまた」
微笑まし気に笑顔で手を振るお師匠様に、私は自分の状態が恥ずかしくなって、オズ様の肩口に顔をうずめ手を振り返すのだった。
「うん、だいぶ魔力が安定してきましたね。すごいです、セシリア」
「あ、ありがとう、ございます」
ジュローデル公爵家の庭にて、私は今日もオズ様と手をつないで魔力コントロールの修業をする。
オズ様と手をつないでいると、やっぱりぽかぽかと気持ちがよくて、身体の中の水がゆるりと波を作るかのように動こうとする。
きっとこれが魔力なんだろう。
少しずつコントロールができるようになった私は、にっこりと笑った。
「よし、じゃぁ次のステップに移りましょう」
「次のステップ?」
コントロールできるようになったというのに、まだ何かあるのかしら?
「はい。今の段階では、基本のコントロールができるようになったにすぎません。何か不測の事態に陥った時。心乱された時。いつもと違う精神状態でもきちんとコントロールできるようにならないと、魔力暴走の可能性はあるのです」
「はぁ……」
確かに、私はオズ様みたいな冷静さなんてものは持ち合わせていないし、何かあった時に心が動きやすい。
コントロールを強固なものにしておかないと、私も不安だわ。
「よろしくお願いします!! お師匠様、オズ様!!」
「ん、良い子ですね。じゃぁとりあえずオズ、あなたはセシリアを抱きしめましょうか」
「……」
「……」
「…………はぁっ!?」
だ、だだ、抱きしめる!?
どういうこと!?今まで通り手をつなぐのではだめなの!?
「おい師匠」
「おやオズ、怖い顔で睨んではいけませんよ。より多くの魔力を引き出すには、より強い幸福感を感じてもらう必要があるのです」
「だからって何で……、だ、抱きしめなければならないんだ」
「抱擁は人にとってのストレスを大幅に緩和してくれ、幸福感を抱かせる行動の一つなのですよ。ほら、幼子が母親に抱っこされて落ち着くのと同じです」
だ、抱っこって……。
あぁでも、私にもそんな風に抱きしめられたことがあったのかしら?
覚えていないけれど。
「オーズ? 良いのですか? セシリアが魔力暴走を起こしてしまっても」
「うぐっ……」
「同じ悲しみや苦しみ、味あわせたくないですよね?」
お師匠様それ脅迫では!?
「くっ……。……わかった。……セシリア、失礼する」
「へ!?」
オズ様は一言私に断りを入れると、カチコチと身体全体をこわばらせて、両腕でぎこちなく私を包み込んだ。
「お、オズ様!?」
包まれるぬくもりは先ほどまでの手を握るという行為なんかよりもずっと心の奥に沁み込んでくる。
オズ様の硬い胸板から伝わる心の振動。
息遣いもすぐ近くに感じられて、落ち着かない。
そしてそんなときに限って、思い出してしまったのだ。
オズ様の、逞しい裸体を──。
一度思い出せば脳内を支配する、普段引きこもり気味で薬草のことか書類整理ばかりしているオズ様の、鍛え上げられた身体。
どんどん顔も身体も熱くなってくる。
身体の奥からうねりを上げて水があふれだすような感覚に陥った、刹那──。
「っ、セシリア!!」
「!?」
だめっ……!!
あふれだすものを制御できない……!!
私の中から眩い白光が溢れ出し、風を起こし、庭全体を光の風が包み込んだ。
ど、どうすれば……。
私の……私のせいでオズ様たちが死んでしまったら……。
涙がこぼれそうになったその時、私の耳元でまた暖かい息遣いを感じた。
「大丈夫だ──」
私の身体が、さっきよりもずっと強く抱きしめられる。
「オズ……様……?」
「大丈夫だ。俺も、師匠も。だからゆっくり呼吸をしろ。俺だけを見て。何も考えなくていいから」
オズ様だけ……見て……?
見上げた先には、私と同じ色のオズ様の瞳が穏やかに私を見下ろしていた。
──綺麗……。
私は自分の瞳の色が大嫌いだった。
不気味で、不吉だとずっと言われてきたから。
あぁでも──。
この色は──。
こんなにも、綺麗だったのか──。
ゆっくりと呼吸を繰り返すと、次第に落ち着いてくる光の風。
やがてそれはすべて私の中へと還っていった。
「大丈夫か? セシリア」
「は、はい。ありがとうございました、オズ様」
「いや……」
短く返すと同時に離れていくオズ様の身体。
自分で自分の感情に戸惑う。
すぐに離れてしまったぬくもりが、恋しいだなんて。
「セシリア、今のが魔力暴走です。自分の属性の暴走ですが、あなたは光属性。基本的には人に危害を与えるような魔法ではないので、オズが死ぬことはありませんからね、ほら、ごらんなさい」
「へ? わぁ……!!」
お師匠様の視線をたどれば、辺り一面色とりどりの花畑。
今は冬期で寒い時期だというのに、何で……?
「そうか……。聖女の力は光。暖かい治癒の光で花を咲かせ、薬草も青々と茂ったということか……」
「そういうことです。美しいですね、あなたの魔法は」
「はい……すごく……!!」
自分の中にある魔法が、こんなにも素晴らしい光景を生み出すだなんて。
「光魔法であっても、悪意に対しての攻撃性を持った魔法は可能ですが、今のあなたがそれを出すことはないでしょう。セシリア、自分のその力を恐れなくていい。受け入れて、大切にしてあげてください」
受け入れる、か……。
私と一緒に生まれてきた魔力。
そうね。ずっと一緒にいたんだものね。
あぁでも……なんだか、もう……眠いわ……。
「っ」
「セシリア!!」
ふらり、と力が抜けて倒れかけたところを、オズ様がすかさず支えてくれた。
「眠くなってしまったようですね。魔力は体力もたくさん消耗します。故に急激な眠気に襲われることもあるのですよ。大丈夫。身体が慣れて体力が上がれば、そう簡単に眠くなることもなくなるでしょう」
あぁそうか。
だからオズ様はあんなに身体を鍛えて……。
「セシリア。今日はもうここまでだ。部屋で休みなさい」
「はい、オズさ──ひゃっ!?」
オズ様はぼーっと返事をする私に一つため息を落とすと、私の背中と膝裏に手を入れて一気に抱き上げた。
「師匠。俺はこれを運んでくる」
「はい、お二人とも、お疲れさまでした。ではまた」
微笑まし気に笑顔で手を振るお師匠様に、私は自分の状態が恥ずかしくなって、オズ様の肩口に顔をうずめ手を振り返すのだった。
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