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優しい声と遠い距離

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 セイシスに横抱きにされたまま自室に戻ると、私はソファの上にゆっくりと丁寧に降ろされた。

「ありがとう、セイシス」
「どっか怪我は? 痛いとこないか?」

 心配そうにその場に跪いて私を見上げるセイシス。
 こういうところ、小さな頃からちっとも変わらない。
 何かあると私にやさしい声で聞くのだ。

「痛いとこないか?」って。

 それが心地良くて、毎回私は泣いてしまうのよね。
 大人になってもそれは同じで、思わず流れそうになる涙をぐっとこらえると、私は「大丈夫よ、セイシスが受け止めてくれたから」と笑ってみせた。

「……おまえ、相変わらず嘘がヘタすぎ」
「うっ……」
「まぁ、あんまり無理はするなよ」

 そう言ってまた、セイシスは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 いつもなら「子ども扱いしないで!!」と払いのける手を、脳に余裕のない私は甘んじて受ける。

 それにしても……。
 気にかかるのはアステルのあの言葉。
 まるで私が梯子をのぼることが想定外だったかのような……。
 まるで、最初の目的とは違う人間が梯子をのぼってしまったとでもいうような……。
 それにあの口元の笑みは……?

 っ、違う。だってアルテスよ?
 セイシスの義弟で、私の弟分のような存在だ。
 あのいつもニコニコしているアルテスに限ってそんなこと──。

 そう信じたい自分と、そうは言っても1度目でアルテスも私を刺したじゃぁないかと疑う自分が、私の中でせめぎあう。

 一回目、彼は──彼らは私を刺すとき、何を言った?
 どんな言葉をかけた?
 わからない。
 ただ覚えているのは、血走った彼らの目と、私を刺す熱い痛み、そしてそのあと彼らが自身の命を絶ったという事実だけ。

「はぁ……。そう言えばセイシス、あなた、父や公爵に呼び出されていたみたいだけれど、何かあったの?」
 この間も父に呼ばれていたし。
 私が尋ねた瞬間、セイシスの顔色が変わった。

「別に、お前には関係ないことだ。気にするな」
「なっ!!」

 関係ないですって?
 眉間にしわを寄せ、うんざりとして突き放すように言ったセイシスに、私はむっと口を曲げふんっと顔をそむけた。

「どうせ私になんて関係ないでしょうよ!! 何もかもわからないまま、私は死ぬまで一人でぐるぐる考えとけばいいんだわ!!」

 あぁもう!! イライラする!!
 何で私が一人で何でもかんでも考えなきゃいけないのよ。
 どいつもこいつも本当に……っ。

 セイシスのことはセイシスのことだ。
 私には関係ない。
 それはわかっているはずなのに、妙にいらいらしてならない。

 行き場のない苛立ちをセイシスにぶつけているだけ。これじゃただの子供だわ。

 やるべきこと、考えなくてはいけないことが多すぎて。
 頭の中がパンクして、自分ではどこから修理したらいいのかわからない。

「もういいわ。私は少し休むから、出てって」
「はぁ? っ……わかったよ。でもそのかわり、何かあればすぐに呼べよ? いいな?」
 そう呆れたように言いながらも、私の言葉に従ってセイシスは部屋を出た。


「……はぁ……」
 一人になって、深いため息を一つ。

 何かわからないけれど、イライラする。
 セイシスにはセイシスの生活があるんだから、私に関係ないのは当たり前なのに。
 勝手にセイシスはいつでも私の一番の理解者で、自分のそうなのだと思い込んでいた。

「いつまでもいると思うな、親とセイシス、ね」

 アルテスのことで頭の中がぐちゃぐちゃだけれど、とりあえずはフローリアンだ。
 図書室は今あわただしくしているだろうし……。

「……そうだわ。サフィールなら……」

 確かサフィールは華から作られる薬について研究していたはず。
 なら、フローリアンの花についても知っているかもしれない。

「──またすぐ奴を呼ばなくちゃいけなくなるなんて……」
 そう独り言ちながら、私はさっき出ていったばかりのセイシスを呼び戻した。





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