私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華

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すれ違いと確かな約束

名前を呼んで

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「あぁ、そうだ」
「あぁそうだ、って……、名字が違うじゃないですか」

 騙されてはダメだ。
 主任は和泉で、皆川ではない。
 騙そうったってそうはいかない。
 私はそこまで何も考えていない人間じゃないんだから。

「ん? あぁ。そりゃ、由紀の旦那の名字だからな」
「…………はい?」

 由紀の旦那?
 皆川さんの……旦那ぁぁあああ!?

「ちょ、まっ、み、皆川さんの旦那、って……!? 結婚……っ!?」
「皆川由紀。旧姓・和泉由紀。32歳。17歳で10歳年上の男と結婚。12歳の息子と10歳の娘がいる。5年前職場復帰をして、以来秘書課で腕を振るっている。ほれ、これが証拠の戸籍謄本」

 鞄の中から一枚の紙を取り出すと、私の目の前に差し出す主任。
 それには確かに旧姓【和泉】と記録してある。

「本当だ……。でも何でこんなもの持って……?」
「由紀がコンビニで発行してくれた。変な噂が回ってるっていうのもあいつから聞いた。それでお前が誤解してるだろうから、これ持って誤解を解いて来いって」

 変な噂?
 誤解?
 未だ頭が付いて行っていない私にまっすぐに視線を合わせると、主任が再び口を開いた。

「俺の彼女は、お前しかいない。その先を考えてるのも、お前だけだ。他の女はいらない」
「っ……」

 縋るような熱い視線。
 あまりにまっすぐなそれに、目を逸らすことができない。


「……こんなところでなんですから、とりあえず、中へどうぞ」
 それだけ言うのがやっとだった。

 こんな玄関でするような話ではない。
 私はそう言うと、主任を部屋へを案内した。

 キッチンを通り過ぎ奥の自室へと主任を通すと、「どうぞ」と、真っ白いラグマットへ座るよう促す。

「失礼する」
 律儀にそう断ってから腰を下ろす主任。
 その後ろには桜色のベッド。
 ベッド脇にはクマのぬいぐるみ。

 主任がメルヘンになってしまった……。

「あの、主任。ごめんなさい、電話、出なくて……。……私、主任と皆川さんの噂を聞いて……不安になって……。帰りもお二人でどこかに行かれるようだったし、そういう仲なんだって、信じちゃって……」

「はぁー……やっぱりそうだったか。すまない。俺も、お前に何も説明してなかったからな」

「それに……」

「それに?」

 私は意を決して顔を上げると、まっすぐに主任を見つめた。

「しゅ、主任は私のことは水無瀬って呼ぶのに、皆川さんのことは由紀、って呼び捨てにしてるから……!!」
「っ!! そ、それは身内だからで──」
「でも!! それでも、そんなこと知らなかったですもん」
「!!」

 目頭が熱くなる。
 感情が溢れ出す。
 自分で求めることのできない言葉の波が、一気に押し寄せてくる。



「比べてしまったんです。名前で呼んでももらえない自分や、主任のこと何も知らない自分に気づいて、私なんて、って……」
「水無瀬……」

 こんなネガティブな私なんて、愛想尽かされてしまっただろうか?
 一人先走って空回りして……皆川さんにも迷惑をかけて。

「ごめんなさい。やっぱりこんな私じゃ、主任に釣り合わな──」
「雪兎」
「え?」
 顔を上げたすぐそこには、主任の穏やかな顔。

「俺の名前だ。その……言おうとは、思っていたんだ。名前で呼んでほしい、と。オフの時まで主任と呼ばれるのもなんだし」
「ぁ……」

 私もだ。
 私も、主任のことを主任と呼び続けていた。
 なのに自分だけって……。

「お前のことも、名前で呼んで良いだろうかとずっと思っていて、なのにそれが出来なくて、お前が何も言わないのをいいことにそのままにしてしまった。すまない」
「っ、そんな、主任が謝る事じゃ──!!」
「雪兎だ。……これからは、名前で呼んでほしい。これからもずっと、俺の傍にいてくれ。──海月」
「!!」

 海月。
 そう呼ばれた瞬間、涙腺が大崩壊を起こした。
 ぼろぼろと流れ落ちる雫を手の甲で拭って、それでも流れるのをそのままに、私は笑った。

「はい──っ、雪兎さん」

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