私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華

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近づく距離

嘘だろ……

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「うぅ、すみません主任。ご迷惑おかけして……」
「いや。お前がこんなに酒に強いとは、想定外だった。おかげでそれを口実に連れ出す予定が遅れてしまったな」

 え、まさか私の酔い待ちだった!?
 やっぱりこの人、鬼畜だ……!!

「着いたな」
 タクシーが旅館に到着し、扉が開いて主任が降りると、私の方へ手が差し出される。
「ほら、手」
「~~~~っ」
 こういうところ、本当にずるいと思う。

 さっきまでのチクチクもやもやしたものが消えていく。
 代わりに心を満たすのは、温かい感情。

 ──あぁ、やっぱり。
 気づきたくなかったけれど、気づいてしまった。

 私は──主任に惹かれてる。

 駄目だ。

 私と主任じゃ釣り合わない。

 第一、こんな、顔も良くて何でもできてスパダリ属性の男性が、私のこと好きなってくれるわけがない。
 こんな、罰ゲームで告白されるような女なんか……。

 この気持ちは、もう一度自分の中の奥深くに沈めてしまおう。

 気づかれないように。

 今まで通り。

 真面目に仕事をこなしていこう。

 せめて迷惑にならないようにひっそりと、傍で仕事を支えていく。

 それだけで、十分じゃないか。


***



「嘘だろ……」
「えぇ……」

 旅館についてすぐ、信じられないことを聞かされた私たちは、受付で固まってしまった。
 なんと、部屋が二人部屋の一室しか取れていなかったのだ。

「きちんと二部屋取っていたはずだが?」
「それが……こちらの方で間違えていたようで……」
「ならもう一室今から部屋の用意を──」
「申し訳ございません。あいにくと本日は満室で……」
「……」

 まさか部屋が一部屋、しかも二人部屋しかないだなんて……。
 しかも満室。
 あぁ……主任の眉間の皺がすごいことに……。
 女将さんも申し訳なさそうにしてるし……うん、ここはもう仕方ない。

「あの、大丈夫です、このままの部屋で」
「水無瀬?」
「主任、部屋がないよりマシです。このまま泊まりましょ」

 先ほど自分の気持ちを認識したばかりだし、意識してしまうのは仕方ない。
 だけど主任が私を意識するわけがないのだから、大丈夫。
 まぁ、私が一緒っていうのは申し訳ないけれど、部屋が無いのだから仕方がない。

「お前……。……わかった。ではこの部屋のままで頼む」
「は、はい。それではお部屋にご案内いたします」

 女将さんの後を付いて行こうとする私の手を、大きな手がとる。
「行くぞ」
「へ!? ぁ、は、はいっ」
 私は主任に手を引かれながら、女将さんのあとに続く。

 早くなる鼓動の音が聞こえていないだろうかと気になりながら、私はつながれた手を握り返した。

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