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第二章
繋がれた今と過去
しおりを挟むそして結婚式当日。
私は真っ白なウェディングドレスに身を包み、鏡の前でその時を待つ。
頭にはレイナさんのベール。
手にはマモルさんのリボンがついたブーケ。
二人とも、アユムさんのご実家に集まって、魔石の通信から参列してくれることになっている。
嬉しいな。
私のことを陰では『脳筋』だとか『嫁ぎ遅れ』だとか言っていたような、よく知らない貴族令嬢や令息たちが参列するよりも、あのダンジョンを一緒に過ごした二人がいてくれる方が何倍も嬉しい。
もちろんカナンさんも招待させてもらっている。
コンコンコン──。
「はーい」
お父様かしら?
ウェルシュナ元殿下の時とは違って、今回はお父様が一緒にバージンロードを歩いてくれる。
それがほんの少し照れくさくて、でもとても楽しみだったりするのだ。
「ティアラ」
「お父様、お母様も」
父だけではなく母もそろっての登場に、私は立ち上がり出迎えた。
「ティアラ、綺麗だよ」
「えぇ。そのベールもとっても素敵。あなたによく似合ってるわ」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
目を細めて優しく微笑む二人に、私も笑顔でこたえる。
「ティアラ、お前に会わせたい人がいるんだ」
「私に?」
誰かしら?
結婚式の直前に、だなんて、よっぽどの重要人物?
「あぁ、私たちは数日前にお話しさせてもらったんだが、やはりどうしても、お前に式の前に話しておいてほしいと思ってな」
「お父様たちの知っている方なのですか?」
「ははっ。お前が一番、良く知っているはずの人達、だよ」
私が一番よく知っている、人達?
え、複数?
何、ナゾナゾなのかしら?
考えてみても全然わからない。
悩み始めた私にお父様は穏やかにほほ笑むと、懐から黒い石を取り出して私に見せた。
「これ、魔王の?」
「あぁ。式の参列のためにアユム殿のご両親に通信をつなげるのに、最前列の私たちの席に置いておこうと思ってね。そこで見てもらおう、彼らと──ね」
「彼ら?」
刹那、私の目の前に、魔石の力によって二つの影が映し出された。
「!!」
それは私の記憶の中に沈んだままでいた、懐かしい顔。
少し歳を取ったけれど、でも、わかる。
覚えてる。
だって──。
「お父さん……お母さん……」
私の、大好きな前世の両親だもの。
「何で……」
涙を浮かべて私を見つめる二人を呆然と見るしかできない私に、お母様が私の方に手を添えた。
「アユム様が、教えてくれたのよ。あなたのこと。あなたの、前世のこと」
「アユムさんが?」
「あぁ。3日前、私達は内密に話があるからとアユム殿に呼び出されてね。私達と、アユム殿のご両親が通信で集まって、そのことを聞いたんだ。そのうえで、お願いをされた。“ティアラさんの前世のご両親にも、見てもらいたい”とね。アユム殿のご両親はすぐにティアラの前世のご両親と連絡を取ってくれて、その翌日、初めて話をすることができたんだよ」
三日前から……。
じゃぁ、アユムさんが忙しくしていたのって、私の前世の両親とコンタクトを取ってくれていたから?
「ティアラちゃん、というのね、今は」
懐かしい、柔らかい声が今の私の名を呼んだ。
「っ……お母さん……」
「こんなに大きくなることができたんだな。それに、結婚まで。おめでとう」
「お父さん……」
変わらない暖かい声。
私が大好きだった、二人のまま。
「信じてくれるの? 私が、あなた達の娘だって」
髪の色も、目の色も、声だって違うのに。
「当たり前でしょう? あなた、前世から変わってないもの。泣きそうな時、口がきゅって真一文字になる癖」
はっとして思わず両手で口元に触れる。
「それに、黒崎さんや、歩君が嘘をつくような人たちじゃないのは、よくわかってるからな。どこかで生まれ変わって幸せになってほしい。そう思って生きてきたが……まさか、その記憶を持った娘に再会できるなんて……」
「お父さん……」
父の皺の刻まれた目じりから流れる涙。
そうだ、言わなきゃ。
ずっと、心残りだったこと。
言えなかったこと。
「お母さん!!」
「なぁに?」
「っ……ごめん、なさい。あの日。せっかく作ってくれた朝ご飯を残してしまって」
「!! ティアラちゃん……」
「明日もまた食べられるんだからって、当たり前に考えて……。お母さんのご飯を食べられるのは、あの朝食が最後だったのに……。……私、アユムさんを助けたことを後悔したことはなかった。でも……そのことだけは、転生してからもずっと後悔してた」
当たり前に訪れるはずだった次の日は来なかった。
当たり前に食べられると思っていたご飯もみそ汁も。
どれだけ後悔しても、転生なんてファンタジーな奇跡は起こったのに、人生の逆行というファンタジーは起きてはくれなかった。
「……そう……。ずっと、思っていてくれたのね。……ねぇ、ティアラちゃん。昔あなたにお味噌汁の作り方を教えていた時、うちの具材は何で毎日違うの? って聞いたこと、覚えてる?」
「え……? あ、えぇ……」
うちのおみそ汁の具材は毎日ばらばらだ。
豆腐とわかめだったり、ジャガイモが入っていたり、キノコが入っていたり、根菜が入っていたり、卵オンリーだったり。
毎日、見事に違うから、疑問に思って聞いたんだ。
「たしか、あるもので作るのがうちのみそ汁だって……」
「そう。決まりはないの。お母さんの味を覚えてるあなたなら、その味の再現はきっとできる。そうでしょう? だって、姿が変わっても、名前が変わっても、あなたは、お母さんのたった一人の娘だもの」
「お母さん……」
そうだ。私の中には、いつもお父さんとお母さんがいた。
会えなくても、ずっといたんだ。
ずっと、繋がっていたんだ。
「大学生になったらちゃんと恋愛して、結婚するんだって張り切っていた娘の晴れ姿を見ることができてうれしいよ」
「お父さん……。ありがとう、お父さん、お母さん。私を、前世で産んで、育ててくれて、ありがとう。突然死んじゃって、ごめんなさい……!! でも私……今、ちゃんと幸せよ」
きっと当たり前の日常が消えたことを苦しんでいたのは、私だけじゃない。
私を大切に育ててくれた父母は特に苦しんだだろう。
アユムさんが再び繋いでくれたんだ。
私の、大切な人達との人生を。
今日私は、大好きな今の父と母、そして前世での父と母、大切な人達に囲まれて、結婚式を挙げるんだ。
一度目とは違う、最高の結婚式を。
「お父さん、お母さん、見ていてね。私の、もっと幸せになる姿を」
私の言葉ににっこりとほほ笑んだ父と母を見て、私はまたきゅっと唇を引き結んだ。
ゴーン、ゴーン……。
鐘の音……時間だわ。
行こう。
私の、最愛が待ってる──。
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