55 / 63
第二章
懐かしの和食フルコース
しおりを挟む婚約式も無事終えて、晴れて婚約者同士となった私とアユムさんは、お互い忙しくとも二日に一回は会って話をする機会を作るようになった。
少しでも顔を見て話せるだけで、疲れていてもそれが吹き飛んでいくのだから不思議なものだと思う。
選挙も進み、新しい大臣も決まり、国民や貴族の代表達も選出され、週に一度、各議会が開かれるようになり、国の運営は順調に運び始めた。
忙しい日常が少しだけ落ち着き始めたある日。
「宰相、今日の書類は──」
「聖女様。今日はお休みでございます」
「……はい?」
良い笑顔でそう言い切った宰相に、私は眉間にしわを寄せて首をかしげる。
「今日はゆっくりとお休みする日、でございます。聖女様が代表となられて毎日駆け回ってくださったおかげで、国も安定し始めましたし、何より皆、交代で休みの日を頂いているのです。聖女様もゆっくりする日を取ってください」
「え、でも……」
コンコンコン──。
扉をたたく音が私の声をさえぎって響いた。
「あぁほら、いらっしゃいましたよ。どうぞー」
「へ?」
いらっしゃいました?
一体だれが?
「ティアラさん」
「!? アユムさん!?」
現れたのは私の婚約者様。
「え、あの、どうしてアユムさんが?」
いつもはアユムさんも勉強してる時間。
こんな時間に執務室まで繰るだなんて初めてじゃない?
何かあったのかしら?
「休日のティアラさんに、デートのお誘いをしにきたんだよ」
え……????
「で……デートォォォオオオオオオオ!?!?」
はっ!!
聞きなれない言葉に思わず叫んでしまったわ……!!
デートって、あれよね?
思いあう男女が、一緒にお出かけする、あのリア充イベントよね!?
「婚約者なのに恋人らしいこと何もしてないでしょ? 結婚までにたくさん思い出を作りたくて、宰相に相談したんだ」
「宰相に?」
振り返ると宰相のにっこりとした良い笑顔。
先ほどからの子の笑顔はそういうことか……!!
「行ってきてください。たまには息抜きも大切です。この国の代表になったとはいえ、皆で作り出す国家でもあるのです。あなた一人が背負う必要はございません」
「宰相……。はい。じゃぁ……行ってきます!!」
久しぶりのオフ。
それに初めてのデート。
私は胸を躍らせながら、差し出された最愛の人の手を取った。
***
「──のどかですねぇ……」
「そうだね。日差しもあって暖かいし、あの木の下にでもシートを敷いてお昼にしようか」
「はいっ」
王都外れののどかな平野。
近くを大きな川が流れ、水の音が耳に心地いい。
すぐそこの大木の下にシートを引いて、その上に二人並んで座ると、景色が一つの絵画のようにも見えて思わず見入ってしまいそう。
「さ、どうぞ。たくさん食べて」
アユムさんが用意してくれたバスケットから取り出して、料理が並べられる。
おにぎりにから揚げに卵焼き、それにたくあんや羊羹まで……!?
何この懐かしい和のラインナップ!!
「あ、みそ汁もあるからね」
そう言って水稲の中のものをカップに移せば、流れ出る茶色い汁。
この色、この匂い……!!
紛うこと無きみそ汁……!!
「ママン……」
「違う」
いや、この用意の良さと手際の良さ、それにラインナップはママンだよ……。
「でもなんで?」
あちらの世界との交流により、米はこちらでも作っているけれど、まだまだ流通が細い。
ましてたくあんやみそ汁なんて文化はこちらにはないし、羊羹だってこっちでは初めて見たわ。
どんなに恋しんだことか。
「こっちに戻ってくる時、母がリュックにいろいろ詰め込んでくれたんだよ。あと、焼き鳥屋おでんの缶詰なんかも入ってたけど、それはまた、ね」
お母様グッジョブ!!
「いただきます」
慣れ親しんだ食前のあいさつの後、私はおにぎりをそっと手に取った。
つやつやの白米……!!
ほんのりと暖かいのは、おそらくおにぎりを入れていた弁当箱に炎の魔石で保温を利かせていたのだろう。さすがママンだ。
「はむっ」
一目も気にすることなく大きな一口でかぶりつけば、口の中で米の一粒一粒がほぐれて、嚙む度に甘みを増していく。
よく聞いた塩みと米本来の甘みが口の中で一つに絡み合う……!!
O・NI・GI・RI最高ぉぉぉぉおおおおお!!!!
「てぃ、ティアラさん?」
「うぅ~~~~~……」
一口食べて無言で嚙み締め続け、ついには泣き始めた私を見てアユムさんがぎょっとして声をかける。
「お、おいしいです……!! すごく……っ!! おいしすぎて、懐かしくて、感動してるんです……!!」
高三のあの日の朝も、私、ご飯とみそ汁を食べて家を出たのよね。
あったかいご飯に、お豆腐としいたけ、それに玉ねぎの入ったみそ汁。
「……お母さん……」
「ティアラさん?」
「あの日、私が死んだ日ね。朝、こんな風に和食を食べて家を出たんです。その日は朝バタバタしてて、私、時間がないからって半分くらい残しちゃったんですよね……。それが最後になるだなんて知らずに。……お母さんに悪いことしちゃった」
明日もあるのだからと、当たり前を当たり前として考えていた。
でも──結果、私にその当たり前は二度と訪れなかった。
「自分のしたことに後悔はないんです。でも……時々、あのご飯をちゃんと食べてあげていたら……って思うんですよね。だから、私にとって一食一食がとても大切なんです。たとえダンジョンの魔物飯でも、ね」
そう笑って見せると、なぜかアユムさんは深刻な顔をして俯いた。
「アユムさん?」
どうしたんだろう、急に。
私が声をかけると、アユムさんは顔を上げ、真剣なまなざしで私を見て、そしてゆっくりと口を開いた。
「……ティアラさん。俺の話、聞いてくれる? 俺が、剣道を始めた理由──」
1
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる