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第二章
懐かしの和食フルコース
しおりを挟む婚約式も無事終えて、晴れて婚約者同士となった私とアユムさんは、お互い忙しくとも二日に一回は会って話をする機会を作るようになった。
少しでも顔を見て話せるだけで、疲れていてもそれが吹き飛んでいくのだから不思議なものだと思う。
選挙も進み、新しい大臣も決まり、国民や貴族の代表達も選出され、週に一度、各議会が開かれるようになり、国の運営は順調に運び始めた。
忙しい日常が少しだけ落ち着き始めたある日。
「宰相、今日の書類は──」
「聖女様。今日はお休みでございます」
「……はい?」
良い笑顔でそう言い切った宰相に、私は眉間にしわを寄せて首をかしげる。
「今日はゆっくりとお休みする日、でございます。聖女様が代表となられて毎日駆け回ってくださったおかげで、国も安定し始めましたし、何より皆、交代で休みの日を頂いているのです。聖女様もゆっくりする日を取ってください」
「え、でも……」
コンコンコン──。
扉をたたく音が私の声をさえぎって響いた。
「あぁほら、いらっしゃいましたよ。どうぞー」
「へ?」
いらっしゃいました?
一体だれが?
「ティアラさん」
「!? アユムさん!?」
現れたのは私の婚約者様。
「え、あの、どうしてアユムさんが?」
いつもはアユムさんも勉強してる時間。
こんな時間に執務室まで繰るだなんて初めてじゃない?
何かあったのかしら?
「休日のティアラさんに、デートのお誘いをしにきたんだよ」
え……????
「で……デートォォォオオオオオオオ!?!?」
はっ!!
聞きなれない言葉に思わず叫んでしまったわ……!!
デートって、あれよね?
思いあう男女が、一緒にお出かけする、あのリア充イベントよね!?
「婚約者なのに恋人らしいこと何もしてないでしょ? 結婚までにたくさん思い出を作りたくて、宰相に相談したんだ」
「宰相に?」
振り返ると宰相のにっこりとした良い笑顔。
先ほどからの子の笑顔はそういうことか……!!
「行ってきてください。たまには息抜きも大切です。この国の代表になったとはいえ、皆で作り出す国家でもあるのです。あなた一人が背負う必要はございません」
「宰相……。はい。じゃぁ……行ってきます!!」
久しぶりのオフ。
それに初めてのデート。
私は胸を躍らせながら、差し出された最愛の人の手を取った。
***
「──のどかですねぇ……」
「そうだね。日差しもあって暖かいし、あの木の下にでもシートを敷いてお昼にしようか」
「はいっ」
王都外れののどかな平野。
近くを大きな川が流れ、水の音が耳に心地いい。
すぐそこの大木の下にシートを引いて、その上に二人並んで座ると、景色が一つの絵画のようにも見えて思わず見入ってしまいそう。
「さ、どうぞ。たくさん食べて」
アユムさんが用意してくれたバスケットから取り出して、料理が並べられる。
おにぎりにから揚げに卵焼き、それにたくあんや羊羹まで……!?
何この懐かしい和のラインナップ!!
「あ、みそ汁もあるからね」
そう言って水稲の中のものをカップに移せば、流れ出る茶色い汁。
この色、この匂い……!!
紛うこと無きみそ汁……!!
「ママン……」
「違う」
いや、この用意の良さと手際の良さ、それにラインナップはママンだよ……。
「でもなんで?」
あちらの世界との交流により、米はこちらでも作っているけれど、まだまだ流通が細い。
ましてたくあんやみそ汁なんて文化はこちらにはないし、羊羹だってこっちでは初めて見たわ。
どんなに恋しんだことか。
「こっちに戻ってくる時、母がリュックにいろいろ詰め込んでくれたんだよ。あと、焼き鳥屋おでんの缶詰なんかも入ってたけど、それはまた、ね」
お母様グッジョブ!!
「いただきます」
慣れ親しんだ食前のあいさつの後、私はおにぎりをそっと手に取った。
つやつやの白米……!!
ほんのりと暖かいのは、おそらくおにぎりを入れていた弁当箱に炎の魔石で保温を利かせていたのだろう。さすがママンだ。
「はむっ」
一目も気にすることなく大きな一口でかぶりつけば、口の中で米の一粒一粒がほぐれて、嚙む度に甘みを増していく。
よく聞いた塩みと米本来の甘みが口の中で一つに絡み合う……!!
O・NI・GI・RI最高ぉぉぉぉおおおおお!!!!
「てぃ、ティアラさん?」
「うぅ~~~~~……」
一口食べて無言で嚙み締め続け、ついには泣き始めた私を見てアユムさんがぎょっとして声をかける。
「お、おいしいです……!! すごく……っ!! おいしすぎて、懐かしくて、感動してるんです……!!」
高三のあの日の朝も、私、ご飯とみそ汁を食べて家を出たのよね。
あったかいご飯に、お豆腐としいたけ、それに玉ねぎの入ったみそ汁。
「……お母さん……」
「ティアラさん?」
「あの日、私が死んだ日ね。朝、こんな風に和食を食べて家を出たんです。その日は朝バタバタしてて、私、時間がないからって半分くらい残しちゃったんですよね……。それが最後になるだなんて知らずに。……お母さんに悪いことしちゃった」
明日もあるのだからと、当たり前を当たり前として考えていた。
でも──結果、私にその当たり前は二度と訪れなかった。
「自分のしたことに後悔はないんです。でも……時々、あのご飯をちゃんと食べてあげていたら……って思うんですよね。だから、私にとって一食一食がとても大切なんです。たとえダンジョンの魔物飯でも、ね」
そう笑って見せると、なぜかアユムさんは深刻な顔をして俯いた。
「アユムさん?」
どうしたんだろう、急に。
私が声をかけると、アユムさんは顔を上げ、真剣なまなざしで私を見て、そしてゆっくりと口を開いた。
「……ティアラさん。俺の話、聞いてくれる? 俺が、剣道を始めた理由──」
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