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第二章

婚約式の乱入者

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 思いが通じ合った翌日。
 二人で宰相とプレスセント公爵家へ、婚約についての話を進めに行き、すぐに日取りは決まった。

 聖女と勇者の婚約はすぐに発表され、国民を大いに沸かせた。
 いらぬ邪魔が入らぬうちにと、婚約式は婚約発表から二日後の今日、執り行われる。

 私はウェディングドレスとは違う、足首までの白いドレス、そしてアユムさんは白い騎士の正装に身を包んでの婚約式。
 ……カッコいい。
 直視できない。
 直視したら目が焼ける。

「では、聖女ティアラ・プレスセント。黒崎歩殿。こちらに、お二人の署名を」

 神殿の人間も私への対応が180度変わった。
 今まで私を見下してきた神官たちは、私を見れば首を垂れるようになり、何やら聖女の怒りで罰せられるのではないかと恐れていると聞く。

 私はそんな私情で人を罰したりはしないし、これからもするつもりもない、
 が──あえてそこらへんは明言することなく、好きに思わせて勝手にビビらせておく。
 それぐらいは許されるだろう。

 だって私、長年耐えてきたもの。
 彼らの言葉に。態度に。

 肩身の狭い思いをしながらも信じてくれていた、私を聖女認定した大司教だけが、にっこりと笑って「よかったです」と私たちの婚約と聖女覚醒を喜んでくれた。
 老年の大司教は私のことがあってすぐに聖女認定をして王家をだましたのだと、神殿の奥へ幽閉されていたという。
 私達の結婚式は、ずっと私が聖女だと信じ続けてくれた彼に執り行ってもらうつもりだ。

「婚約証明にサインを」
 そう促され、私たちはそれぞれペンを取ると、お互いに視線を交差させにっこりとほほ笑んでから、書類にサインをした。

「では、これにて婚約式を──」
 ──バァァァァンッッッ!!
「!?」

 大司教の言葉をさえぎって開け放たれた扉。
 その扉の先には──ピンク……。

「──メイリア嬢……」

 ウェルシュナ殿下の恋人で、私から婚約者を奪い取ったピンク──メイリア・ボナローティ子爵令嬢が、虚ろな目をしてふらふらとまっすぐにこちらへと向かってくる。

「と、止まりなさい!!」
「待って」
 騎士たちが駆け寄るのを私が声で制する。

 彼女のことはミモラから聞いている。
 いずれ話がしたいと思っていたところだったから、ちょうどいいわ。
 私は静かに瞑目し、一度息をふうっと掃いてから再び目の前の彼女に視線を向けた。

「お久しぶりです。メイリア・ボナローティ子爵令嬢」
「……何が……お久しぶりよ……。あなたが戻ってきたから全部だめになっちゃったじゃない!!」

 いつもはくるくると綺麗に髪を二つに結い上げた彼女が、髪を振り乱しながら怒鳴りつける。
 芽は充血してわずかに腫れて、唇はカラカラ。
 以前の愛らしさも、今は面影がない。

「私は、生きて戻ってきただけですよ」
 ちょっと聖女なんてものになっちゃったけど。

「それが余計なことなのよ!! あなたが戻ってこなければ、私はウェルシュナ殿下と結婚できた!! 皆にうらやましがられて、可愛いって褒められて、豪華で素敵な結婚式をするはずだったのよ!! それが……。あなたが戻ってきたせいでウェルシュナ殿下はあなたと結婚して私は側妃にするって言いだすし、挙句国民の反乱で幽閉されて、私との結婚も白紙。何でよ……!! あなたの婚約者も、あなたが着るはずだったウェディングドレスも、式を挙げるはずだった大聖堂も、全部、全部私のものになったはずだったのに……!! 返して……返してよ!!」

 えぇ……逆恨み……。
 私が着るはずだったウェディングドレス、メイリア嬢用に直しすらされてなかったけれど、あのままじゃぶかぶかよ? 胸あたりが特に。
 ──とは言えない。口が裂けても。

「あの……それ、本当に幸せ?」
「え?」
「私が持っていたものを奪うことと、それを自分のものにするということは、本当に幸せなのかしら? だってどれも私のお古よ? それ、何一つあなたのためにしてもらってないわよね? あなたを大切にしていたのなら、あなただけの式を、ドレスを考えるんじゃないの?」

 彼女が持っていたものはすべて、私のものだった物たち。
 何一つ彼女だけのものなんてない。
 そんな残酷な事実をためらうことなく突きつける。

 どこかで自分で気づかねばならないことだから。
 どこかでちゃんと向き合って前を向かねばならないことだから。

「っ……でも、あなたのせいで私はクラスでも腫れ物に触るように……」
「私のせい? っふふふ」
 いけない。
 あまりの責任転嫁具合に思わず笑いがこみあげてしまったわ。

「すべてあなたと、そしてウェルシュナ元殿下が蒔いた種よ。だって──あなた達が浮気しなければ、私は追放されなかった。あなた達が追放しなければ、私は死のダンジョンで戦い続けることはなかったし、聖女として覚醒することもなかった。アユムさんと……彼と出会うこともなかった」

 因果応報。
 厳しく言ってしまえばそうなのだろう。
 結果私はアユムさんに出会えたのだから、感謝したいくらいだけど。

「っ、それは……」
 言葉に詰まって涙をにじませ俯くメイリア嬢に、私は少しだけ表情を緩めた。

「あなたはウェルシュナ元殿下がいなければやっていけないような人じゃない。彼のことが本当に好きなら、一緒になることを止めはしません。でも、そうじゃないなら──このまま一人の男のために人生を台無しにする方が、よっぽど勿体ないんじゃない?」

 本当に愛しているならばその愛を貫けばいいだけのことだ。
 だってもう、私という邪魔者を気にする必要はないのだから。
 ウェルシュナ元殿下は幽閉されているだけで結婚は自由だし。

 もし私がメイリア嬢の立場で、アユムさんがウェルシュナ元殿下の立場だったなら、気兼ねなく結婚して私たちは私達で幸せになるわ。幽閉先の離宮で。

「っ……」
 力なくその場に崩れ落ちたメイリア嬢。
 もうこちらへの殺意は感じられない。

「……メイリア嬢を、ボナローティ子爵家まで丁重にお送りして差し上げてください」
 私が近くの騎士に沿う指示を出すと、気力をなくしたメイリア嬢は騎士達に両腕を引かれるがままに大聖堂から連れ出されていった。

「ティアラさん」
「いずれは話したいと思っていました。後は彼女が、自分で考え、答えを出すことです」
 冷たいようだけど、最後まで答えを見守り、面倒を見るような義理は私にはない。

「そうだね。彼女には彼女に人生がある。俺達には、俺たちの未来が待っているようにね」
 そう言って私を抱き寄せると、アユムさんは私の頭をそっとひと撫でして笑った。

「これからよろしくね、俺の婚約者様」
「~~~っ、はいっ……!!」
 こうして私は無事、アユムさんの婚約者になった。

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