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第一章
満天の星空の下で
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パンッ──パンパンッ!!
夜空にきらきらと大輪の花が打ちあがる。
国王一家は反乱ともいえる国民の行動によって、ひとまず離宮へと身柄を移され、宰相から今回の一件についての説明と、私の聖女としての覚醒が国中に伝えられた。
長年の悪性に苦しんでいた国民は、その町その村で祝いの宴を行っているようで、私たちも今、城下町の宴へお呼ばれしている。
「かぁーっ!! うんめぇ!! こんな料理初めて食べた!!」
「食材自体はどこでも手に入るものだからね。今度うちのシェフを連れて来よう。レシピを提供するよ」
「本当ですか伯爵様!! さすがティアラ様のお父上だ!! プレスセント伯爵様に、かんぱぁーい!!」
あーあー、あんなに吞んで顔赤くしちゃって……。
でもあんなでもちゃんと約束を覚えていて、後日本当にシェフを連れて行くんだろうな、お父様。
伯爵家からも料理や酒が提供され、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
もちろん父もここぞとばかりにそれに参加している。
さっきの打ち上げ花火も、うちの酔っ払いの魔法だ。
しばらくカナンさんや町の人と話をして、疲れたから、と輪から外れて端の方のベンチに腰掛ける。
本当に、こんなことになるなんて、だれが想像しただろう。
気が弱く何でも王に従ってきた宰相も、今日のことで己の無力さを恥じ、宰相の座を辞すると言うし、これからがこの国の正念場ね。
「綺麗……」
見上げれば満天の星。
あれからアユムさんとはしっかり話をしていない。
お互い人に囲まれっぱなしで、そんな暇もなかったから。
じっと夜空を見上げているうちにその闇へと吸い込まれそうになった──その時。
夜空よりも深い、漆黒の髪がさらりと視界に映りこんだ。
「ティアラさん」
「ひぁっ!? あ、アユムさん!?」
「はは、抜けてきちゃった」
そう言って笑ったアユムさんは、私と二人だけの時に見せる子供っぽい笑顔で、私は緩みそうになる頬を必死に引き締める。
「アユムさん……。大体のことはカナンさんから聞きました。……何で、来てしまったんですか」
もっと他に言うこともあったろうに、私から出てきたのはそんな可愛げのない言葉。
こんなだからきっと、ウェルシュナ殿下にも可愛げがないと言われるのだろう。
ボスの魔石を持っていて、それが片道切符の転移の魔石だなんて……。
それに、レイナさんがアユムさんに通信石を起動してもらうなんて、盲点だった。
すべて、私の考えの甘さが招いたことだ。
私のせいで──アユムさんは、家族と過ごす日常を失ってしまった。
その事実が、とてつもなく重い重しとなって私にのしかかる。
「もう、家族に会えないんですよ?」
「うん」
「アホですか!?」
「アホ、かも」
何で笑ってるのよ……。
そんな、優しい表情で。
まるで聞き分けのない子供の言葉を、ただ優しく見守る母親のように。
「でも──好きな女性を犠牲にして生きていく方が、俺はずっと後悔するって思ったんだ」
「アユムさん……」
……ん?
待って、今──。
「好きな女性……って……」
「俺が元の世界を捨ててまで追いかけたい女性は、ものすごく鈍感で困ったな」
そう言って苦笑いするアユムさんに、思考が停止する。
瞬きすら忘れるほどに、ただ彼を呆然と見てふっと笑い声が近くに響いた。
そして──。
「ティアラさん」
「は、はいっ……!!」
アユムさんは私の目の前にひざまずくと、するりと長い指先で私の左手をさらった。
その姿のなんと絵になることか。
まるで絵本の中の騎士様みたい。
「俺は、ティアラさんのことがずっと……ずっと、好きでした。これからも、それは変わりません。その……こういうの慣れてなくて、あんまり気の利いたことが言えなくて申し訳ないけれど……。……俺と、生涯を共にしてくれませんか?」
「!!」
暗くてもわかるほどに顔を耳まで赤く染めて、まっすぐに私を見つめるアユムさん。
これって、ぷ、プロポーズ、というやつ!?
アユムさんが、私に!?
辺りをきょろきょろと見渡しても、周りには誰もいない。
加えてアユムさんの黒い双眸は私だけ、ただ一点を見つめている。
ということは……これは、私に向けたもの、なのよね?
すごく……すごくうれしい。
でも……。
「私は嫁ぎ遅れです。アユムさんより五つも上ですし……。アユムさんにはこれからもっと若くて顔も性格も可愛らしい方が──」
「俺は、ティアラさんが、好きなんだよ。歳なんか関係ないし、この世界では違うのかもしれないけど、むこうでは五歳くらいおかしくない。それに可愛さだったらティアラさんには十分すぎるくらい備わってる。顔も声も性格も。しっかりしているように見えて意外と朝が弱くてぼーっとよだれを垂らして──」
「わぁぁぁぁあああっ!?」
何!?
いったい私は何を聞かされているの!?
何かの罰ゲーム!?
私が頭を抱えて声を上げると、アユムさんは「ぷはっ」と空気が抜けるかのように笑った。
「ほら、そういう反応。可愛いよ、ティアラさんは」
「うぅ……で、でも──っ」
それでもまだ反論しようとする私の唇にアユムさんの人差し指がそっと押し付けられ、言葉は口から出てくることなく封じられた。
「俺の人生の終わりに見るのは、あなたの笑顔が良い」
人生の、終わりに……。
私の中に浮かぶのは、少年の泣き顔。
「……そんなの……約束は、できません。私の方が早く死んじゃうかもしれないでしょう? アユムさんがケガをしたり病気になったりしたら、きっと私、聖女の力で治しちゃいますもん」
「はは、確かに」
「でも……」
「ティアラさん?」
「私の今世の終わりに見るのは、今度は笑顔がいいです」
叶うならば、今度は大切な家族に囲まれて、笑顔を見ながら逝きたい。
「あの世界を捨てさせてしまった責任、取らなきゃですね。──アユムさん」
「ん?」
私はアユムさんの剣だこのできた硬い手を両手で包み込むと、彼をまっすぐに見つめて笑った。
「私に、あなたの残りの人生全部を預けてくれませんか? 必ず、幸せにしますから」
「っ……それ、俺のセリフ……っていうか、ティアラさん、かっこよすぎ」
「ふふっ。さっき可愛い可愛い言われすぎたので、かっこよく決めてみました」
そういたずらっぽく言ってみれば、アユムさんはむすっとした表情を浮かべ──。
「ひゃっ!?」
「俺も負けてられないね」
力強く手を引かれ、気づけば私はアユムさんの腕の中。
そのぬくもりが私の芯までも温めていく。
「俺も、あなたを幸せにするって誓うよ。……愛してる。ティア」
そして満天の星空の下、二つの影が重なった。
《第一章完》
夜空にきらきらと大輪の花が打ちあがる。
国王一家は反乱ともいえる国民の行動によって、ひとまず離宮へと身柄を移され、宰相から今回の一件についての説明と、私の聖女としての覚醒が国中に伝えられた。
長年の悪性に苦しんでいた国民は、その町その村で祝いの宴を行っているようで、私たちも今、城下町の宴へお呼ばれしている。
「かぁーっ!! うんめぇ!! こんな料理初めて食べた!!」
「食材自体はどこでも手に入るものだからね。今度うちのシェフを連れて来よう。レシピを提供するよ」
「本当ですか伯爵様!! さすがティアラ様のお父上だ!! プレスセント伯爵様に、かんぱぁーい!!」
あーあー、あんなに吞んで顔赤くしちゃって……。
でもあんなでもちゃんと約束を覚えていて、後日本当にシェフを連れて行くんだろうな、お父様。
伯爵家からも料理や酒が提供され、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
もちろん父もここぞとばかりにそれに参加している。
さっきの打ち上げ花火も、うちの酔っ払いの魔法だ。
しばらくカナンさんや町の人と話をして、疲れたから、と輪から外れて端の方のベンチに腰掛ける。
本当に、こんなことになるなんて、だれが想像しただろう。
気が弱く何でも王に従ってきた宰相も、今日のことで己の無力さを恥じ、宰相の座を辞すると言うし、これからがこの国の正念場ね。
「綺麗……」
見上げれば満天の星。
あれからアユムさんとはしっかり話をしていない。
お互い人に囲まれっぱなしで、そんな暇もなかったから。
じっと夜空を見上げているうちにその闇へと吸い込まれそうになった──その時。
夜空よりも深い、漆黒の髪がさらりと視界に映りこんだ。
「ティアラさん」
「ひぁっ!? あ、アユムさん!?」
「はは、抜けてきちゃった」
そう言って笑ったアユムさんは、私と二人だけの時に見せる子供っぽい笑顔で、私は緩みそうになる頬を必死に引き締める。
「アユムさん……。大体のことはカナンさんから聞きました。……何で、来てしまったんですか」
もっと他に言うこともあったろうに、私から出てきたのはそんな可愛げのない言葉。
こんなだからきっと、ウェルシュナ殿下にも可愛げがないと言われるのだろう。
ボスの魔石を持っていて、それが片道切符の転移の魔石だなんて……。
それに、レイナさんがアユムさんに通信石を起動してもらうなんて、盲点だった。
すべて、私の考えの甘さが招いたことだ。
私のせいで──アユムさんは、家族と過ごす日常を失ってしまった。
その事実が、とてつもなく重い重しとなって私にのしかかる。
「もう、家族に会えないんですよ?」
「うん」
「アホですか!?」
「アホ、かも」
何で笑ってるのよ……。
そんな、優しい表情で。
まるで聞き分けのない子供の言葉を、ただ優しく見守る母親のように。
「でも──好きな女性を犠牲にして生きていく方が、俺はずっと後悔するって思ったんだ」
「アユムさん……」
……ん?
待って、今──。
「好きな女性……って……」
「俺が元の世界を捨ててまで追いかけたい女性は、ものすごく鈍感で困ったな」
そう言って苦笑いするアユムさんに、思考が停止する。
瞬きすら忘れるほどに、ただ彼を呆然と見てふっと笑い声が近くに響いた。
そして──。
「ティアラさん」
「は、はいっ……!!」
アユムさんは私の目の前にひざまずくと、するりと長い指先で私の左手をさらった。
その姿のなんと絵になることか。
まるで絵本の中の騎士様みたい。
「俺は、ティアラさんのことがずっと……ずっと、好きでした。これからも、それは変わりません。その……こういうの慣れてなくて、あんまり気の利いたことが言えなくて申し訳ないけれど……。……俺と、生涯を共にしてくれませんか?」
「!!」
暗くてもわかるほどに顔を耳まで赤く染めて、まっすぐに私を見つめるアユムさん。
これって、ぷ、プロポーズ、というやつ!?
アユムさんが、私に!?
辺りをきょろきょろと見渡しても、周りには誰もいない。
加えてアユムさんの黒い双眸は私だけ、ただ一点を見つめている。
ということは……これは、私に向けたもの、なのよね?
すごく……すごくうれしい。
でも……。
「私は嫁ぎ遅れです。アユムさんより五つも上ですし……。アユムさんにはこれからもっと若くて顔も性格も可愛らしい方が──」
「俺は、ティアラさんが、好きなんだよ。歳なんか関係ないし、この世界では違うのかもしれないけど、むこうでは五歳くらいおかしくない。それに可愛さだったらティアラさんには十分すぎるくらい備わってる。顔も声も性格も。しっかりしているように見えて意外と朝が弱くてぼーっとよだれを垂らして──」
「わぁぁぁぁあああっ!?」
何!?
いったい私は何を聞かされているの!?
何かの罰ゲーム!?
私が頭を抱えて声を上げると、アユムさんは「ぷはっ」と空気が抜けるかのように笑った。
「ほら、そういう反応。可愛いよ、ティアラさんは」
「うぅ……で、でも──っ」
それでもまだ反論しようとする私の唇にアユムさんの人差し指がそっと押し付けられ、言葉は口から出てくることなく封じられた。
「俺の人生の終わりに見るのは、あなたの笑顔が良い」
人生の、終わりに……。
私の中に浮かぶのは、少年の泣き顔。
「……そんなの……約束は、できません。私の方が早く死んじゃうかもしれないでしょう? アユムさんがケガをしたり病気になったりしたら、きっと私、聖女の力で治しちゃいますもん」
「はは、確かに」
「でも……」
「ティアラさん?」
「私の今世の終わりに見るのは、今度は笑顔がいいです」
叶うならば、今度は大切な家族に囲まれて、笑顔を見ながら逝きたい。
「あの世界を捨てさせてしまった責任、取らなきゃですね。──アユムさん」
「ん?」
私はアユムさんの剣だこのできた硬い手を両手で包み込むと、彼をまっすぐに見つめて笑った。
「私に、あなたの残りの人生全部を預けてくれませんか? 必ず、幸せにしますから」
「っ……それ、俺のセリフ……っていうか、ティアラさん、かっこよすぎ」
「ふふっ。さっき可愛い可愛い言われすぎたので、かっこよく決めてみました」
そういたずらっぽく言ってみれば、アユムさんはむすっとした表情を浮かべ──。
「ひゃっ!?」
「俺も負けてられないね」
力強く手を引かれ、気づけば私はアユムさんの腕の中。
そのぬくもりが私の芯までも温めていく。
「俺も、あなたを幸せにするって誓うよ。……愛してる。ティア」
そして満天の星空の下、二つの影が重なった。
《第一章完》
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