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第一章

正真正銘、聖女ですから

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「ちょっと待ったぁぁぁああ!!」
「!?」

 扉がバンッと大きく開け放たれ、大聖堂に、低く耳障りの良い声が響き渡った。
 
 誰もがその声の方、後方の扉へと視線を向けると──。
「アユムさん……!!」
 ついこの間、日本へ帰ったばかりの大好きな人。
 そして──「ティアラ様!!」──大勢の群衆。

 え、待って何事?
 なんでアユムさんが、鍬《くわ》やら工具やら包丁や麺棒やらを持った町の人達と……?
 なんか皆さんサングラスしてるし……。
 ていうか、結婚式に乱入とか……どこのベタなドラマよ!?
 それにアユムさんが持ってるあの黒い塊は……まさか……っ!!

「なんだお前たち!?」
「うちのティアラさん、返してもらいに来ました──よっ!!」

 彼の手の中の黒い塊に気づいた私は、彼がそれを投げると同時にとっさに目をぎゅっとつむる。
 すると鋭い閃光が、目をつむっている私にもわかるほどに会場を照らす。
 やっぱり光玉だったのか。
 だから皆サングラスを……。

 うっすらと目を開けると、皆が目を回している間にもアユムさんがバージンロードを駆け抜け、一気に私の目の前へと飛んできて、力強く私を抱き寄せた。

「アユムさん……なんで……」
「待たせてごめん」

 ぽかぽかとした陽だまりのようなぬくもりが心と身体に沁みわたる。
 知らぬ間に張り続けていた身体中の気が一気に抜けるように感じて、私は心のどこかでずっと彼を求めていたのだと気づいた。

「アユム!!」
 カナンさんが何かをこちらへと投げて、アユムさんがそれを受け取る。
 それは魔石で作られた、ミニチュアサイズの金槌《かなづち》。

「ティアラ様の指輪をたたいて!!」
 カナンさんの言葉にアユムさんは強く頷くと、私の指に輝く黒い指輪をそのミニチュアサイズの金槌でコツン、と叩いた。刹那──。

 パキンッ──!!

「!! 割れた……!!」

 引っ張っても取れないし押してみても壊れなかった指輪が、こんな小さなおもちゃみたいな金槌で軽く叩いただけで綺麗に真っ二つに割れるだなんて……。

「これは……いったい……」
「あたしが作った魔力抑制アイテムを壊すアイテムですよ!! 小さくても威力は抜群なんです!!」
 えへん、と胸を張るカナンさんに、「こら、調子に乗るな」と隣のカナンさんのお父様が彼女を小突いた。

 でも彼女のおかげで助かったわ。
 さすが錬金術師の家系。
 将来きっともっともっといろんなものを作り出して、たくさんの人の助けになってくれるだろう。

「はっはっはっはっは!! 魔力制御を壊されたところで、ティアラは俺には逆らえん!! ティアラ、わかっているな? お前が逆らえばどうなるか……」
「っ……」

 そうだ。できない。
 だってお父様が──「ティアラ!!」
「!!」
 群衆の間から飛び込んできた男性を見て、私は、そしてウェルシュナ殿下や国王夫妻、母とミモラも、誰もが目を見開いた。
 だってそこには──捕らわれているはずのお父様が立っていたのだから。

「お父……様、なんで……?」
「町の人達の半分には、お父さんの救出をお願いしたんだ。先に俺が牢へ行けば、ティアラさんの方が間に合わないかもしれなかったから、町の酒場の常連の騎士たちも手助けしてくれたんだ」

 それからアユムさんは、少しだけかがんでから「間に合った……よね?」と不安げに私の顔を見つめた。
「っ……はいっ……」
「よかった……」
 嬉しいはずが言葉が詰まって何も言えない。

「お前たち……こ、こんなことをしてどうなるかわかって──っ」
「わかっていないのはあなた方の方ですよ、陛下。長年の職務怠慢に、国民はもう王家を信用してはいない」
 お父様の瞳がまっすぐに陛下を射抜く。

「なんだと……? 臣民が王家を信用せぬなど……」
「当たり前だよ!! いろんな町に井戸を作ってくれたり、水路を作って住みやすくしてくれたのは、全部ティアラ様じゃない!! 王家は何もしてくれなかった!!」
 カナンさんから突然飛び出した私の名前に、頭がもはやついていかない。
 確かに私がすべてしたことだけれど。
 モーニングスターで。物理的に。

「俺たちのために何もしてくれない、外国にだけ目を向けた王家なんて、つぶれたらいいんだ!!」
「そうだそうだ!!」
「無能なトップを引きずり落とせ!!」

 国民の限界。
 暴動。反乱。
 それはいずれは起きていたであろう、必然的なことだった。
 今まで王家が国内に目を向けなかった結果だ。

「ひぃいいっ!!」
「だ、誰か……!!」

「逃げられませんよ」
 逃げようと背を向ける王と王妃に、お父様が魔法をぶつけると、二人の両足からぴきぴきと音を立てて凍り始めた。

「あぁ、無理に動こうとすれば割れますぞ、王、王妃。両足ごと、ね」
 そういうお父様は心底楽しそうで、本来のお父様の恐ろしさを思い知る。
 いつもはストッパーになる母も、今回ばかりは止める気はないようだ。

「きゃぁぁっ!!」
「くそっ!!」
 ウェルシュナ殿下とシェレナ王女が声を上げて私たちに背を向ける。

 この期に及んで逃げようって?
「そうは──させませんっ──!!」
 私が二人の方へと右手を掲げると、シュルシュルと指先から出現した光のロープが一直線にウェルシュナ殿下とシェレナ王女の方へ向かい、二人を拘束した。

「た、助けて、アユム!! あなた、私に未練があってあの“ヨミ”から生還してきたのでしょう!? 婚約を一度断ったことは特別に水に流してあげるから、だから──」
「俺はあなたのために戻ってきたんじゃないし、婚約を断ったのも後悔していない。勘違いしないでくれるかな」
 アユムさんの絶対零度の瞳がシェレナ王女を見下ろし、抑揚のない声で吐き捨てるように彼女を突き放した。

「ティ、ティアラ」
 すがるような目で私を見上げるウェルシュナ殿下。
 生まれた時から婚約者だった私へ向ける、初めての表情。
 だけど彼に情など、もはや私には残っていない。

「逃げることは──許しません。安心してください。命を奪うことはありませんから。だって私──、正真正銘、聖女ですから」

 見よ、この聖女スマイルを。
 どうだ、聖女らしかろう。
 そう言わんばかりに私は彼に微笑んで見せる。

 こうして波乱の結婚式は、国王一家の拘束によって幕を閉じた。


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