脳筋聖女と《贄》の勇者~聖女の力は使えずとも、そんな世界、私が壊してみせましょう~

景華

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第一章

契約の成立、そしてスタンピード討伐

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 広い青空を、光の翼で風を切って飛び、扉が開け放たれた城のバルコニーにゆっくりと降り立つ。
 カーテンの影から様子を伺うと、何やら中から激しい怒鳴り声が聞こえてきた。
 この声……お父様……?

 玉座の前にいるのは国王、王妃、ウェルシュナ王太子殿下、シェレナ王女殿下。
 ウェルシュナ殿下の腕には相変わらずピンク──彼の恋人メイリア・ボナローティ子爵令嬢が絡み付いている。
 その周りでは騎士や魔術師、神官達が顔を揃え、その中には宮廷魔術師であるお父様の姿も混ざっており、やはりさっきの怒鳴り声は父のものであると確信する。

「陛下、国民の避難指示を!!」
「だめだ。そうしたら奴ら、真っ直ぐに城へ受かって来るではないか。王族が絶えるわけにはいかん。誰かが時間を稼がねばならんのだ」

 は? 私の聞き間違いかしら?
 それじゃまるで、国民を囮にしているように聞こえているのだけれど……。
 仮にも、一国の王が?

「国民を何だと思っているのですか!!」
 怒鳴り上げる父に、今度はウェルシュナ殿下が鼻で笑って言った。
「は? そんなの、“壁”に決まってるだろう?」
「か……べ……?」
「そう。俺達王侯貴族を守るための、人間防壁。普段は人数ばかり多くて全く役に立たんのだ。こういった時に役に立ってこそだ。彼らも本望だろうさ」
「なんっ……だと……!?」

 あぁ……私の元婚約者は、こんなにもアホだったのか。
 自分さえ良ければいい。
 そんな考えを持つ王族なら──いっそ、いなくてもいいんじゃないかしら?
 だけど──。

 私の中にめぐるのは、先ほど別れたカノンさん達の顔。
 毎日懸命に働いて、街を賑わせてくれている国民の顔。

「さぁ!! さっさと馬車の用意をしろ!!」
「──お待ちください」
「あぁもう!! 誰だ!!」

 イラつくように言いながらバルコニーへと視線を向けたウェルシュナ殿下は、そこに立つ私を見るなりに動きを止め、言葉をなくした。
 同じようにこちらへ視線を向けた王も、王妃も、王女も、メイリアも、父達ですら、状況がよく理解できていないかのように目を大きく見開いて口をぽかんと開けた状態で固まってしまった。

「ティア……ラ……?」
「ただいま戻りました、お父様」

 そうバルコニーから中へ入り、にっこりと微笑みながらカーテシーを披露する私は、さぞ不気味だっただろう。
 だって私は──家族以外の人間には死んでいると思われていたのだから。

「ティアラ、だと……? お前、なんで生きて……」
 言葉にするのがやっとだという様子のウェルシュナ殿下へ、私は一歩ずつ近づく。

「あら、死んだとお思いで? 私はしっかりと生きておりますわよ。ピンピンしております。それに──おかげで様で聖女の力も覚醒して、以前よりも力がみなぎっております」
「聖女の力、だと!?」
 おかげさまで、を強調したのはせめてもの嫌味だが、彼らにはそれよりも事の事実の方が衝撃的すぎたようだ。

「お父様、安心してください。城下町の皆様はプレスセント伯爵家へ避難するよう指示しておきました」
「なんと……、そうか、うちならば町よりも安心、か」
「えぇ。まぁ、魔物の群れがここへ到着する前に私が封印してみせますけど」

 それをするだけの自信が、今ならばある。
 体の奥底から湧き上がる力を感じているのだから。

「ティアラ嬢、本当に……覚醒させた、のか? ならばすぐに──!!」
「その前に国王陛下、一つお約束を」
「な、何だね」

 我ながら性格が歪んでいると思うけれど、取引はしておかなければならない。
 自分の、そして家族の命を守るための。

「魔物達を倒した後の私と、そして私の家族の身の安全の保証をお願いします」
「身の安全、とな?」
「えぇ。討伐後、また処刑するとか言われてはたまったもんじゃないので」
「うぅむ、わかった。もしその力が本当だったならば、身の安全は保証しよう」

 陛下は自身のいない間での息子達の暴挙がある分、処刑云々に関しては何も言えないようで、肩を落として深く頷き、了承の意を示した。

「ではここにサインを」
 そう言って胸元からメモ帳とペンを取り出すと、陛下に一筆書いてもらう。
 その上から約束保護の魔法をかける。
 これでこの約束が破られることはない。
 念には念を、だ。

「ありがとうございます。あぁそれともう一つ」
「さっき一つって言わなかったか!?」
「ウェルシュナ、良い。ティアラ嬢、言ってみなさい」
 吠えるウェルシュナ殿下を制して、陛下が私を促した。

「ありがとうございます。“扉”のことですが、あれは私が封印させてもらいました。なので、管理役員の役職撤廃をお願いします。もうお必要のない役職になりますし、いつまでもあるのも税金の無駄になるので。そうすれば減税もしていただけるでしょう?」

 管理役員はあちら側の世界との交流をする危険な職でもある分、手当は大きく、給金は全て税金から出ている。
 それが、“扉”が閉じたことによりやることがなくなるのだから、あっても税金の無駄遣いだ。
 増え続ける重税に苦しむ人たちのためにも、減税をしていくべきだろう。

「そんなバカな提案──」
 国王陛下が呆れたように拒否しようとしたその時だった。

「な、何だあれは!?」
「空が……黒い……」
 バルコニーの窓から外を見てざわめき立つ騎士達。
 私たちも釣られるようにそちらへ視線を向けると──。

「なっ……!!」
「あれは……!!」

 西の空が黒くなって、それは僅かに蠢いているようにも見える。
 あぁ、そうだ。
 あれは──「スタンピード……」──魔物の群れだ……。

「動き始めた、か……」
「わ、わかった!! 撤廃でも何でもするから、あれをすぐに何とかしてくれ!!」
 なりふり構うことのできなくなった国王が半ばやけのように私にそう言うと、私はにっこりと微笑んでから再びメモとペンを差し出した。

「書いてくださいまし、陛下」
「ぐぬぬぬ……」
 陛下は奪うように私からそれらを取り上げると、再び一筆したため、私が約束保護の魔法を上からかけた。
 これで契約成立だ。

「さて……」
 私は西の空から大量に迫り来る魔物達を見上げた。
 一つ一つの粒が見え始めるほどに近づいてきたそれらは、確かに魔物の姿をしている。
 私は両手を大きくその黒い大群に向けると自分の身体の中の暖かい魔力を一気に大放出させた──!!

 どうかもう二度と、魔物に平和が脅かされることがありませんように。
 どうか人々が永遠に、笑って過ごすことができますように。

 そんな願いを込めた光は魔物の大群を包み込み、ジュウジュウと音を立て、一体、また一体と魔物が消えていく。
 そしてその光の粒子は、遠くに聳え立つ黒き魔王城へと降り注ぎ、やがて魔王城すらも跡形なく消えてしまった。

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