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第一章

闇花《ダークフロウ》

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 朝だ。──と、思う。

 ダンジョン内の明るさと言うものは一日特に変わりがないからわかりづらいけれど、きっとそう。
 だってテントの外のヨイノクサが緑になっているもの。

「ティアラさん」
「アユムさん、おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」

 アユムさんの言葉に私は曖昧に笑顔を返す。
 よく……、は、正直眠れていない。
 あの後、レイナさんが制服に入れていた携帯で遊んでいたから。
 電波が無いのでメールや電話はできないけれど、充電はわずかに残っていて写真は撮れると言うことで、女子会からの派生で大写真大会が始まったのだ。

 こっちの世界にも写真はあるけれど、魔石が組み込まれた魔道具で撮影し、紙に念写されるような感じだから、携帯のようにデジタルの画面の中にぽんぽん入る写真は珍しい。
 だからか、職人の血が騒いだカナンさんが「解体したい!!」と暴走し始めて、それを止めるのが大変だった。
 目が血走ってたものね……。

「あ、歩君、おはよう」
「アユム、おはよ」
 手櫛で髪を整えながらレイナさんが、大きなあくびをしながカナンさんが、揃ってテントから現れた。

「おはよう、れいなちゃんカナンちゃん」
 対するアユムさんも僅かに二重になって少しばかり眠そうにしている。

「アユムさん、なんだか眠たそうですね」
「うん……、少し考え事をしていたらつい夜更かししちゃって」
 困ったように眉を下げて笑うアユムさん。
 考え事……。向こうの世界へ帰ることについて、かしら?
 あぁでも、そうか。今日、帰るのよね。
 アユムさんにおはようの挨拶をするのも今日で最後なのか……。
 そう思うとどこからともなく寂しさが押し寄せてくるけれど、気づかないふりをする。

「そういえばマモルさんは?」
「それが、俺が起きた時にはもういなくて……」

 私が起きてきたのもついさっき。
 だけど守さんには会っていない。
 狭いテント内なら人の動きはすぐにわかるものだけれど、その気配もなかった。
 いったいどこに……?

「おーーーーい」
 噂をすれば、明るい大声が階段の方から聞こえてきた。

「マモルさん!! どこに行ってたんですか!?」
 しかも一人で。
 魔物はもういないとはいえ、何があるかわからないと言うのに。
 そんな私の心配もよそにマモルさんは白い歯を覗かせて笑った。

「これ取りに行ってたんだ」
 そう言って私たちの前に差し出したのは五本の小さな青い花──“闇花《ダークフロウ》”。
 ダンジョンに生息する唯一の花で日の光がなくとも生きる非常に強い花だ。

「ちょっと待っててね」
 そう言って一度テントへ入り、なぜか本を持って出てくると、マモルさんは丁寧にその本の上に花を並べ、パタンと閉じた。

「これを本に挟んで──、っと、歩君、魔石で熱風起こせる?」
「え、あ、はい」
 炎の魔石でほんのりと暖かな風が起こり、次にマモルさんが本を開いてみると──。

「わぁ……!! 押し花?」
 綺麗にぺったんこになって乾燥した“闇花《ダークフロウ》”。
 この短時間で……あ、そうか、熱風の力?

「俺、異界省では異界植物課にいたから、よく異界の植物を管理役員にもらっては観察して、その後押し花にしたりしてたんだ。で、これ。皆で持ってたらどうかなって。日本では異界の植物でも、異界植物課がつけた花言葉があるんだ。この“闇花《ダークフロウ》”は、暗闇の中でも強く生きることから『生命力』そして『暗闇の中の希望』って花言葉なんだ」

「『生命力』……。『暗闇の中の希望』……」
 まさに私たちのようだ。
 暗闇の中を、希望を持って生き延びた私たちの。

「皆、ここで出会ったのも何かの縁じゃん? これからそれぞれの人生をいくだろうけど、ずっと繋がってる。どんな時があっても希望を持って進んでいこう。あぁ、まだ少し生乾きだから、それぞれ帰ったら本にでも挟んでね」

 希望を持って……。
 手渡された“闇花《ダークフロウ》”がぼんやりと光る。

 それはこの絶望のダンジョンの、僅かな希望の光のようにも見えた。
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